47 生きている森
ルイたちが意を決して、奇怪な悪魔たちが踊っているかのようにみえる樹々の林道をぬけて村の門扉に向かうと、人影がみえた。
門の両側のたいまつの、ゆれる炎のあいだに立っていたのは警備員だった。
哨戒兵のようないでたちは当初と変わらない。
「やァ、王子さまたちじゃないか」
警備員は気さくな態度で、思わずルイはディレンツァをみたが、ディレンツァは無反応で、アルバートが代わりにほほえみながら「こんばんは」とあいさつした。
能天気なひびきだった。
「やっぱり、行っちまうのかい」
「ええ、今夜発ちます」
「ずいぶん急だな。でも、精霊たちのつどう樹をめざすんなら時間はあんまり関係ないな」
「やっぱりそうなんだ」
ルイは会話に参加する。
警備員はちらりとルイをみて、にっこりする。
「そこの魔法使いさんならわかるだろうけど、この森は広いし、世界樹の根っこなんざ、オレにはよくわからんが遠いらしい。朝出発したって夜までにたどりつけるとは思えないし、おなじことだろうな」
「そう……私たちは風の王に逢えると思う?」
ルイはいたずらな目をしてみる。
「どうだろう、逢えたらいいな。オレはそう祈ってるぜ」
警備員は両目を大きくする。
「――ぼくたちを監視していたんじゃなかったんですね」
アルバートが割って入ってくる。ディレンツァも、じっと警備員をみている。
「監視? まァ、そういわれればそうだけど、オレとしては警護していたつもりだぜ。露骨にそういう雰囲気をだすと失礼かと思ったからさ。そうか、ばれてたか」
警備員は照れたようにあたまをかく。
アルバートはにっこりする。
小路で遭遇したとき草刈りのふりをしていたのは配慮だったのだろう。
すると、遠くから鳥たちのさえずりのような笛の音が聞こえてきて、それに威勢のいい太鼓が調子をそろえる。
高揚してくるリズムだった。
休憩が終わって深夜帯に入ったらしい。
王都のそれよりも、なつかしい印象をうける祝祭である。
しばらく全員で広場のほうをみていたが、警備員がルイたちをみる。
「さて、オレも今夜は酒でも呑もうかな。魔法使いさんはわかってるだろうけど、三角標をこえたら気をつけなよ。それじゃ、元気でな」
そして、手をかかげた。
敬礼のようにもみえる。
ルイが手をふって応え、ディレンツァを先頭に三人は森に踏みだした。
しばらく歩くと、村落の境界を示す木製の柵までたどりついた。
柵に沿って、ずっとさきまでかがり火が置かれているらしく、ぼんやりとあかるい列ができている。
「なんだか村に迷いこんだのが、ずいぶんまえのことのように思えるわ」
ルイがため息をつく。
「結局、ひと月半くらい滞在しちゃったのかな?」
アルバートが指折り数える。
「そういえば、三角標って?」
ルイが訊ねると、ディレンツァがうなずいた。
「測量や生態系調査などをしたさいに目印として設置したものだ。そこよりさきは未調査であったり、落差があるとか池沼がある――要するに危険という意味だな」
「でも……」
ルイは眉をひそめる。
「調査のたぐいって最近はじまったわけでもないでしょう? この村だってけっこう昔からあるって聞いたような。ほら、旧教とか話していたでしょう?」
「ああ、少なくとも王都よりも旧いようだ。しかし、村議会の測量士によれば、森の状況は刻々と変化しているのだという。もともと水の国の森にはそういう傾向があるようだがね。詩人は、森が生きている、と表現していたな」
「ふぅむ。なんだか意味深ねぇ」
ルイは腕をくむ。
「とにかく、それだけ調べなければならないほど広いってことなんだね」
アルバートが受けると、ディレンツァが小声でつぶやいた。
「広すぎるという印象もあるがな――」
アルバートがふと木柵のほうをふりかえる。
点々とかがり火やたいまつがあったけれど、もやもやした夜霧と鬱蒼としげる樹木で、もうなにもみえない。
ルイが「レムレスが見送りにこなくて淋しいの?」とにんまりすると、アルバートは少し面食らった顔をしてから、「もちろん、でもルイだってそうでしょ」と微笑する。
アルバートのくせに堂々としていて、ルイは内心驚いた。
「ウンブラさんが治ってないのに、出発するのは心残りじゃない?」
「ふん、王子とちがって頑丈だから問題ないわ。情熱的って意味なら名残り惜しい気もするけど」と、ルイはうっとりしてみせる。
じっさい、演技しながら少しどきどきした。
がっちり抱擁されたときのことを思いだして、顔が赤くならないか心配になる。
「ふふ、いつかまた訪問できたらいいね」
アルバートが涼しい顔をするので、ルイはむかっとして「調子にのらないほうがいいわよ」と吐きすてる。
「無事に森から還れたら――の話なんだから」
アルバートは頸をすくめる。
「ごもっとも」
「ねぇ、方角はこれで合ってるのかしら」
ルイがぼやいたものの、ディレンツァは返事をしなかった。
ようやく、いつもの三人にもどった雰囲気をルイは感じていた。
そして、よくみえない足もとの枯れ葉を踏みながら、三人は森の奥に向かった――。




