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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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46 脱出の手引き

 風にのったひばりのようにテーブルや参列者らの合間を駆けぬけ、ザウターとティファナは中央広場からでた。

 ずっと村の生活になじんで暮らしていたので身体がなまっているかと思ったが、想像以上に脚はよく動いた。


 いまや後景にひろがる夜霧につつまれた結婚式場は、かがり火に照らされた部分だけが浮かびあがり、どたばた喜劇の回想シーンのようだった。

 太鼓や笛に怒号や哄笑がいりまじって聞こえてくる。


 ザウターはひさしぶりに全身を動かす興奮から、口が裂けるほどの笑みをうかべてしまう。


 上機嫌なパートナーをみて、ティファナも悪い気はしないようで、しばらくすると自分の脚で走りだした。

 動きづらそうなタイトな衣装だが、あまり関係ないらしい。

 式典を中止されることでむくれたり、激怒したり、泣き叫んだり、最悪脱出を拒否するのではないかと危惧していたが杞憂だった。


「愛の逃避行だねぇ」


 一瞬ふりかえったとき目が合うと、ティファナはにんまりした。


 妄想のなかで陶酔しているようにもみえたが、どこまでが本気かよくわからなかった。

 村での日々が、ある意味で虚飾でしかないと気づいているふうでもある。

 ごっこ遊びのつもりだったなら、そろそろ潮時であることは感じていたのかもしれない。


「ねぇ、どこにいくの?」


 森に入ると、ティファナが訊ねてきた。

 うねうねとからみあう交尾期の蛇のような樹木の根を、ザウターは跳びこえ、ティファナは軽快に踏んでいる。

 かがり火が少なくなったため、周囲が一気に暗くなった。


「とにかく、世界樹の根とやらを拝みにいくさ。沙漠の国の連中は、そこに向かうつもりなんだろうからな。ひと仕事したら荷物をとりにもどる」


 ザウターは鼻を鳴らす。

 沙漠の国の王子たちが長老から合意を得たという話は聞かない。

 戒律だか不文律だか知らないが、村の手順にのっとると、すべてが遅滞する。

 連中も業を煮やすときがくるにちがいないが、自分たちのほうが先手をとれた。


「うーん……どうかな?」


 ティファナがいつになく神妙な顔をする。くちびるはムのかたちだ。


「――なにがだ?」


 ザウターはたちどまる。

 すると、急にとまったためティファナが湾曲した根っこに脚をとられころびそうになったので、ザウターは腰に手をまわして支え、そのままその根にこしかけさせた。

 ティファナは三日月に坐っている夢魔といった顔つきをしている。


「この森は過ごしやすいし、結婚もできたし、お邪魔虫にも出くわさなかったし、良いこと尽くしだったんだけどなぁ」


 とがらせたくちびるに手をそえて考えこんでいる。

 不足の事態にさえ享楽しかおぼえないティファナにはめずらしいしぐさである。


 そこで、ふいに靴音が聞こえて――ザウターは暗がりをにらむ。


「おっと――こわい顔しないでくれよ。べつにひきとめにきたわけじゃないさ」


 低木の茂みから樵夫が現れた。

 つながったもみあげとあごひげの中心の毛を、右手の親指とひとさし指でつまんでいる。


「ほら、村をでてくんだろ。荷物をもってきてやっただけだよ」


 左手には二人ぶんの背嚢をもっていた。

 背中にはザウターの大剣もかついでいる。


「わぁ、ありがとう、とっても!」


 ティファナがはじけるように跳ねて荷物をうけとる。

 中身を確かめて、ザウターをみるとにっこりした。

 おそらく、お気に入りのマジックハット、そして〈魔女の角笛〉と〈銀の鎖〉を確認できたのだろう。


「ふふ、いい女だな、つくづくうらやましいぜ」


 樵夫はそんなティファナをみて、にやりとする。

 ティファナはうひひと笑った。


「行っちまうのは淋しいけどな、まァよくあることさ。ちなみに、これを届けろって指示したのは長老だよ」


 樵夫は背嚢と大剣をザウターに手渡す。

 あやしいそぶりはない。


「そんな物騒なものが村にあったらこまるってこともあるぜ。そこまで重たい剣を自在にふりまわせるやつはそういないだろうけどな」


 ザウターは(中身が重要ではないため)背嚢はみず、大剣の柄頭、鍔、剣身を少しだけ確認した。


「入念だな。そういう性格もふくめてオレはあんたのことも好きだったぜ」


「――長老はオレたちが村をでようとしていることをもう報ってるんだな」


「ああ、まァ、ここだけの話、長老だけでなくて村のメンツはだいたい、あんたの連れはともかく、あんたはすぐにでてっちまいそうだなとは話していたよ」


 樵夫はひげだかもみあげだかを数本ぬく。


「もしそうなったら手引きしろって命令されてただけさ。今夜の騒動は、長老にはまだ報告されてないと思うぜ。なんせ、現場はパニックだったからな!」


 樵夫はげらげら笑う。

 ティファナもつられてけらけら笑う。

 その様子をみてザウターも疑念をむきだしにするのはやめることにした。


「かがり火がみえるうちは安全さ。まァ、あんたら一風変わってるし、なんだか強そうだから、運がよければそとにでられるぜ。縁があったら、またこいよ」


 樵夫は手をあげて村にもどろうとする。


「――闇の精霊ってなんなんだい?」


 その背中にザウターは声をかけるものの、樵夫は一度ふりかえり、お手あげのポーズをしてから去っていった。


 予想した範疇だったのでザウターは、「ふん、かくしごとが多い連中だな、オレはずっといけ好かないと思ってたよ」とつぶやいたが、ふとみると、ほんとうにめずらしく、ティファナがわりと真剣な目つきをして森の奥をみつめていたのだった。

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