黒き蝶と白き民の物語
その昔……白き富士の麓、白を神聖とし、白色を愛した民達がおったそうな
その民達はみな白い色の物を崇め奉り、黒い色の物を不幸の象徴として遠ざけた
彼らは自らの髪を白く染め、真っ白な衣類に身を包み、そして、黒い物達を徹底的に排除した
黒い犬に黒い猫、黒い鳥や蝶に至るまで……
その結果、黒いのが当たり前であるはずの烏や黒い揚羽蝶は特に憎まれた
彼らはみな、その姿を見かけただけで民に追い掛け回されて、みな駆逐されていった
そうして作り上げられた白き村ではとある奇跡が起こるようになった
その奇跡とは……白い民の人間達はみな死ななくなったのである
死を象徴する黒き蝶を徹底的に遠ざけたことで彼らには死が訪れなくなったのだ
どんなに年老いても、どんな病気に罹ったとしても、どんな酷い事故に巻き込まれたとしても、彼らは決して死ぬことはなかった
民達はみな最初の内はその奇跡を神の贈り物として大層喜んでおったが、その喜びは長くは続かなかった
なぜならば……彼らは死ななくなった代わりに永遠の苦しみを知ってしまったからである
彼らは不滅の体を手に入れたわけではなかった
そのため、身体に傷が付けば痛いし、病気に罹れば苦しみも感じる
それなのに死ぬことはできない
つまり、怪我や病気の苦しみが永遠に続くのである
それはまるで地獄のような状況であった
さらに問題はそれだけでは留まらなかった
死なない民達は死なないため、どんどんと人口が増えていき、食料や住む場所を圧迫していった
そして、遂には村から出ていく者達が後を立たなくなったそうな
だが、村の外に出た者達はみな幸せになることはなかった
それは何時までも死なないことを不審に思った外の者達が彼らのことを迫害していたからである
何をしても死なない彼らは人体実験において格好の餌食となり、捕らえられては様々な拷問に掛けられた
そんな迫害を受けても彼らは決して死ぬことはなかった
彼らが苦しみから解放される唯一の方法は脳みそを潰すしか方法がなかった
痛みを感じる元さえ断ってしまえば苦しむこともなくなる
だが、それは同時に人間としての思考も失い、後に残されるのは……ただの肉の塊と成り果てる
そんな残酷な方法しか死ねない彼らには残されていなかった
死の尊さについて学んだ民達は慌てて死の象徴である黒い蝶を探したが、彼らの姿は何処にも見えず、白き民達の下には決してその姿を現すことはなかったそうな
白き民達に追いやられた黒き蝶達は彼岸の先にある紅き彼岸花の元で静かに蜜を啜っていた
生に悶え苦しむ白き民達を嘲笑うかのように……
人は幸せと共に不幸せとも隣り合わせな存在であり、そのどちらが欠けたとしても決してうまくはいかない……
生があれば、死があり、喜びがあれば、悲しみや苦しみがある……
それらの複雑な環境があるからこそ人は必死に生きることができ、正に満足を感じられるのである。
この物語はそんな思いを懐きながら死の尊さについて考えてみました。