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戦いじゃなくても

 人のいない街。部屋だけ作られて中身は空っぽな高層ビルの屋上。公平はそこで魔力を集中させていた。


「……いくぞ。『ギラマ・ジ・メダヒード』!」


 呪文の発声と共に魔法が発動する。突き出した手のひらから直径十メートル以上もの巨大な火球が放たれた。炎が向かう先はこのビルよりも大きな影。


「さあ、テストといこうか?」


 標的であるエックスはそっと手を前に出した。そのまま公平の火球を受け止めて、その火力を確かめると満足げに微笑みながら握り潰す。


「うん。上出来上出来」


 言いながら公平のいるビルへと歩み寄る。その一歩ごとに『箱庭』の街が大きく揺れて、幾つかの建物はその振動で倒壊した。エックスは今、普段の倍の大きさ──200mになっている。その為通常の強度の『箱庭』では耐えきれないのである。

 十分近付いたエックスは、下腹部よりも低いビルの上にいる公平に顔を近付けようと軽く屈んだ。


「お疲れ様、公平!……ん?」


 その公平は魔法を撃った腕をぎゅっと押さえて悶えていた。きつく歯を食いしばり、目から涙が流れている。きょとんとした表情でその様子を見つめ、『どうしたの?』と尋ねる。


「ち、ちちちょ、ちょ、ちょっと、だ……け、痛いって。い、い、言ったよな……」

「うん」


 吾我が初めて『ギラマ・ジ・メダヒード』を使った時もそうだった。これは人間が使うには反動が大きすぎて制御が難しい魔法なのである。彼も魔法の反動で苦しんでいたはずだ。


「だからまあ。ちょっと痛いよ、って」

「こ、れ、のどこがちょっとだよお~……」

「……え?そんなに痛いの?」


 信じられないという口調で言う。魔女であるエックスにはこの魔法の反動がどれだけ人間の身体を痛めつけるか分かっていなかったのだ。100倍以上の大きさの指先を伸ばして、公平の腕にちょんと触れる。そして次の瞬間──。


「あだああああああ!?」


 公平の絶叫が『箱庭』に響き渡った。


「ええっ!?そ、そんなに!?」

「ぎゃあああああああああ!?おおおおおおおおおああああああ!?」


 耐え難い痛みに襲われて狂ったように転げまわる公平の姿にエックスは慌てて立ち上がる。くるんと指先を回し、癒しの魔法でビル全体を包みこんだ。


「あ、が、がが……!あれ?」

「ど、どう?痛みも収まったんじゃない!?」


 公平は身体を起こすと、確かめるように腕を振った。反動による痛みはすっかり消えている。二人同時に安堵の息を零した。


「こんなもん恐くて使えねえって……」

「うーん。困ったなあ。吾我クンはね」


 すでにこの魔法を使いこなしている吾我は、反動に耐えるための方法を教えてくれていた。『簡単だよ。何回も何回も魔法を使うんだ。そのうち痛みを引き起こさない使い方が自然に身に着く。或いは先に痛みに慣れる』とのこと。


「だから使いこなすには何度も魔法を使うしかないんだけど……」

「は、ははは……」


 話を聞いた公平は笑うしかなかった。冗談じゃない。そんな事をしてたら慣れるより先に痛みで死ぬ。


「でもね。これくらい強い魔法じゃないと魔女とは戦えないんだよ?」

「いや。まあ。うん。そうなんだろうけどさ……」


 公平は煮え切らない態度で答えた。彼の気持ちはエックスにも分かった。そもそも魔女と戦う気なんてないのだ。


(まあそりゃあそうだよ。だって。最初に会った時とは違って、魔女相手ならボクが戦えるもんね)


 エックスは困ってしまった。このままウィッチの魔法を教えようとしても上手くいかないだろう。魔女とどうしても戦わなくてはいけなくて、その為に危険な力に手を伸ばした吾我とは状況が違う。かと言ってまた自分の魔法を教えても以前の焼き直しにしかならない。


「……うーん。仕方ないな」


 もう一度腰を落とし、ゆっくりと顔を近付けて、公平の顔を凝視しながら口を開く。


「それなら。これ以上魔法を練習するのは止めておこうか」

「……え?」


 戸惑う公平にエックスはにっこりと笑いかける。残念だが仕方がない。威力だけで言うなら十分なレベルになっている。弱い魔女相手であればダメージを与えられる程度の力は既に身についているはずだ。だから本当に残念だった。このままいけば、いずれ公平はウィッチの魔法を完全に使いこなしていた。記憶が戻った暁には更にパワーアップ出来ていたかもしれない。


「でもやりたくないことを無理にやっても面白くないでしょ?それにボクだってそんな事やりたくないし」

「……いいの?そんなあっさり……。せっかく色々教えてくれたのに……」

「いいのいいの。ボクだってホントにイヤになったんなら無理強いはしないよ」


 そう言ってエックスは自室への道を作ると、『それじゃあ帰ろうか』と手を差し伸べてくる。公平は彼女の手に乗る事を躊躇うかのようにして俯いていた。


「……ん?どうしたの?」

「いや……あのさ。別にさ」

「え?」

「魔法の練習がイヤになったわけじゃ、ないよ。ただ痛いのはイヤだなって」


 ちらっと視線だけ上げてエックスの顔を見てみる。口元を押さえてくすくす笑っていた。


「な、なんだよ」

「わがままだなあ。でもやる気があるのはいいことだよ。……そうね。そういうことならボクはこれから攻撃以外の魔法の使い方を教えることにしようかな?」

「攻撃以外?」

「そう」


 エックスは裂け目を閉じると差し出した手で公平を優しく摘まんで、そっと地面に降ろした。どう見えているのだろうかと心配になる。天を衝くほどの大巨人である自分の姿。恐くはないだろうか。大丈夫だとは思うけれども、せめて優しく声をかける。


「せっかく魔法を勉強してきたんだもんね。使わないのは勿体ないよ」


 ぱちんと指を鳴らした。それと殆ど同時に『箱庭』の街を行き交う人々が現れた。一瞬にして無人だった街並みが人の姿でいっぱいになる。公平は驚いた様子で周囲を見回して、近くにいたサラリーマン風の人物の表情を覗き込んだ。


「この人たちどっから来たの?つーかこの人なんか目ェ死んでる……」

「生きてないからね」

「生きてない!?」

「魔法で動く人形だよ。うーん、人間世界風で言うなら『使い魔』?ショートケーキと全く同じ材料で構成されている。通称ショートケーキ人間だ」

「なんでそういうことするの?」

「ちなみに味もショートケーキだよ」

「なんでそういうことするの?」


 エックスは公平の疑問には答えずに話を続けた。


「彼らを街の人に見立てて。公平は魔女であるボクの侵攻から彼らを守る。そういう特訓」


 以前WWの人間にもやった訓練である。今後魔女や聖女が襲ってきたときに公平が上手く避難誘導してくれればエックスはとても助かる。足元に人がいては本気で戦えないからだ。


「どう?やってみる?」


 エックスの問いかけを受けて、公平は小さく息を吐いた。


(そう。これは魔法が使えるキミにしか出来ないことだ。戦いじゃなくても、キミの魔法が輝く状況は幾らでもある)


 公平は彼女を真っ直ぐに見つめて、こくりと頷いた。やる気十分。エックスは満足げに笑みを浮かべる。


--------------〇--------------


「でもまあ。最初だしね。なるべくマイルドにしよう」

「マイルド?」


 公平が首を傾げるので、分かりやすく見せてあげることにした。足元を見下ろして、彼のすぐそばにいたショートケーキ人間を見定めると、徐に踏み潰してやる。なるべく弱く。それでいて確実に潰せるくらいの強さである。

 公平の方へと視線を向ける。突如降ってきた巨大な足が、一秒前まで目の前にいた人間そっくりな人形を押し潰す光景にびっくりして腰が抜ようだ。少し刺激が強すぎたのかもしれない。


「ホントは中身も魔法で作った赤いイチゴのソースが流れていて、潰れた痕は血みたいに見えるのだけれど」


 言いながらそっと足を上げる。公平は咄嗟に目を背けた。殆ど人間にしか見えない存在が踏み潰された痕というショッキングな光景は見たくないのだろう。エックスはくすっと笑って更に言う。


「でも最初からリアルにしたら恐いだろうから。だからボクが踏みつぶしたショートケーキ人間はお花に変わるようになっている」

「え?花?」


 公平はショートケーキ人間が踏み潰された痕に視線を戻した。確かにそこには小さな白い花が幾つか咲いている。

 エックスは公平が花を見ている間にそっと足を上げて元の位置へと戻した。巨大な物体が移動したことによる空気の流れが、花弁をゆらゆらと揺らす。

 公平はきょとんとした表情で顔を上げた。どや顔で返してやる。


「どう?これくらいのマイルドな表現なら大丈夫?」

「……うん。確かにこれは全然恐くはない。……なんかいっそバカにされている気がするくらいだ」

「まっさかぁ」


 エックスは公平のすぐ目の前でしゃがみこみ、悪戯っぽく笑う。


「でも。そうね。そう思うなら早く慣れてね?」


 なんて。からかうように続けた。そうすればきっと負けん気が発動してやる気を出してくれるのではないかと期待して。


「ぐぐぐ……。上等だ……!」

「ふふ。よろしい」


 公平は思った通りの反応を見せてくれた。『そう来なくっちゃ』と心の中で呟く。

 ゆっくりと立ち上がって、箱庭中のショートケーキ人間たちに命令を送る。すぐに効果は発動して彼らは怯えながらエックスから逃げ出し始めた。これでシチュエーションはバッチリである。


「それじゃあ。始めよう」


 そう言って、エックスは足を上げた。

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