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轟く恋の雷

 エックスはそっと手を伸ばし、聖女と名乗る少女──デイン・ルータを軽く摘まんだ。目を覚ましたクロサワが慌てた調子で彼女に手を伸ばしているのが視界の端に見える。何だか様子がおかしいが、絡まれても面倒なのでエックスは高度数キロメートル先まで飛んでいって基地から離れた。そうして、指先のルータに目を向ける。


「ルファーを裏切った?それで魔法の連鎖に来たって?」


 ルータはこくりと頷いた。彼女の無感情な瞳がまっすぐに見つめてくる。この少女の言葉がどこまで本当かは分からない。下手をすれば全部嘘かもしれない。だが、今『聖技の連鎖』に繋がりうるのは彼女だけだ。


「理由が分からないなあ。何が気に入らなくて逃げてきたの?」

「この前、ある連鎖を壊した。『聖技の連鎖』に仇なす連鎖。……私はその連鎖の女神と友達だった」

「……それでルファーについていけなくなったって?でも、それならその時にイヤって言えばよかったじゃないか」


 ルータは頭を振って否定した。


「ルファーが恐かった。彼女に逆らえばどうなるか分からない。身勝手なのは分かっているけれど」

「まあ、そうだねえ。だいぶ身勝手だ。自分の身の可愛さに、友達を……」


 と、そこでエックスは気付いた。ルータは泣いている。彼女の瞳から零れる涙が指先を濡らす。


「ちょ……」

「本当はずっと前から分かっていた。ルファーとちゃんと話をしないとって」


 そうして、顔を上げてエックスを真っ直ぐ見つめる。


「ようやくチャンスが来たの。貴女の力を借りれば、ルファーと対等に話が出来るはず。だから……」

「それは」


 と、エックスが口を開いた瞬間。彼女の身体の至る所でぽつぽつと爆発が起きた。


「えっ!?」


 見ると人間世界にも現れた戦闘機が隊列を組んで攻撃を仕掛けてきている。エックスは流石に困惑した。あれだけコテンパンにしてやったというのにどういうつもりだろうか。


「あっ。しまった」


 そう呟くルータに視線を向ける。


「きっと彼らは私を助けるために攻撃してきている。まだみんなにかけた聖技を解除していないから」

「……この子たちに何をしたの?」


 周囲を飛び回る戦闘機を指差して問いかける。ルータは少し逡巡したのちに続けた。


「マリアが他者の心を凍らせることが出来るように。私も相手の心に雷を落とすことが出来る」

「雷?」

「その力で……彼らはみんな私に恋している」


 エックスは目を丸くした。言葉の意味が一瞬理解しきれなかった。


「それはその。つまり。恋の雷……ってコト!?」


 こくりと頷いたルータの頬は少し赤らんでいる。よっぽど恥ずかしいのだろう。思わず噴き出しそうになったが、辛うじて堪える。


「貴女を呼び出すために力を使わせてもらった。この世界の人間は私がお願いすればなんでもやる」

「な、なるほど。だからさっきのクロサキっておじいちゃんは嘘をついてまでキミを隠そうとしたわけだ」

「そう。流石に世界を超えれば効果は薄れるから気絶でもさせれば解除されてしまう。代わりに私に恋していた間の記憶も消える」


 言葉の響きとは裏腹に思いのほかバカに出来ない効果である。恋は盲目というが、一国の軍隊を動かしてしまえるほどに強力な恋心を強制的に植え付けるのならば最早洗脳と言ってもいいレベルだ。


「……そういうことだから。私が降りていけば攻撃も止まる。手を放してほしい」


 相変わらず攻撃は続いていた。とはいえ少しもダメージはない。だからこのまま受けていても問題はない。これを止めるために指先の聖女を開放する必要もない。


「……仕方ないな」


 そう分かってはいたが、エックスは指を離した。ルータを信用したわけではない。


(今この世界は彼女への恋心に包まれている。完全に掌握されているのと同じだ)


 このままルータがいなくなったりでもしたらこの世界の住人全員とんでもないことを実行しかねない。それは、あまり気分がよくないことだ。

 ルータはくるくると縦に回転しながら落ちていき、胸に手を当てて歌うように呟いた。


「『──聖剣起動──』」


 空中でその小柄な体が光に包まれ、次の瞬間に巨大化した足が地面に着く。一瞬、彼女の背に翼が現れて、大きく広がったかと思うと光になって消えた。


「おいで」


 微笑みを浮かべながら手を前へと差し出す。一機の戦闘機がそこへと着陸した。指先で優しく撫でてやる。


「いいこだね。よしよし」


 次々と戦闘機たちは着陸して、その操縦士たちは次々に機体を降りていく。もうエックスの周囲を飛びまわる者はいない。


「これでもう大丈夫かな」


 ルータの周囲にいる軍人たちの雰囲気は緩み切っている。その気になれば自分たちを纏めて踏み潰してしまえそうな大巨人の足元にいるというのに、ぼんやりと見上げているだけで危機感がまるでない。


「取り敢えず。キミがここにやってきた理由は分かったよ。デイン・ルータ」


 エックスの声にルータは顔を上げた。既に彼女も地面に降りていて、しっかりと大地を踏みしめて立っている。エックスに近付こうとする者はいなかった。皆、ルータの背後に隠れるような位置取りだ。何だかフクザツな気分である。


「まあいいけど」

「なにが?」

「こっちの話。とにかく。キミがルファーと話をする時に立ち会ってほしいんだろ?なにかあった時のボディーガードってわけだ。……好都合だよ。ボクも早く『聖技の連鎖』に行きたかったんだ」

「理解が早くて助かる。……ただ。今はまだ『聖技の連鎖』には行けないけれど」

「……なんで?」


 そちらから『魔法の連鎖』に入ってこられるのに。場所さえ分かれば行けるのではないか。エックスは訝しんだ。


「『聖技』への道は三重の結界で秘匿されている。『聖技』との同盟を結んだ三つの連鎖の神々による防御。内から外へ出るのは簡単だけど、外から内に入るにはルファーの許可が必要。残念だけど私はもう入ることは出来ない」

「……でもその神様たちはみんなルファーより弱いんでしょ?そんな連中が力を合わせて作ったバリアなんて強引に壊して無理やり入るさ」

「……そうね。貴女なら出来る、かも」


 ルータは俯きながら言った。どこか思うところがありそうである。


「ル、ルータ様を悲しませないでください!」


 基地の屋上でクロサワが叫ぶ。


「……なっ!ボクは別にそんなつもりじゃ……」


 足元からも『そうだそうだ』と声が上がりはじめる。エックスはたじろいで、思わず一歩後ずさる。こんな形でダメージを受けるとは思わなかった。物理的戦闘は得意だが、精神攻撃には弱いエックスである。こうやって大勢から敵意を向けられるのは苦手だった。


「うざっ。なにこの虫けらども。踏みつぶしちゃえば」

「め、滅多なことを言うなよっ!」


 ウィッチの乱暴な発言は無視してルータに向き直る。


「なにか言いたいことがあるの?ボクが今、『聖技の連鎖』に乗り込んでいったらダメ?」

「……結界を強引に破ったら、恐らくその余波で三つの連鎖が壊れる。出来ればそういう事はしたくない」

「そ、そうか。分かったよ。それならまずはその結界を張ってる連鎖の神さまをやっつけて……」

「私が知っているのは一つだけ。残りの二つは別の聖女の管轄だからどれを攻略すれば結界を破れるのか分からない」


 結界を破らないと『聖技』には入れない。結界は三つの連鎖の神が作っており、それらを全て倒さなくては破ることは出来ない。そして、その連鎖の内二つはどこにあるのか分からない。……と、いう事は。


「また手詰まり……?」


 がっくりと肩を落とす。


(まあそもそもこの子が言ってることが本当だとも思っていないけどさ……)


 なんて自分に言い聞かせる。けれどもやはり落胆は大きい。公平の記憶がまた遠のいた。


「いずれ他の聖女が『魔法の連鎖』に現れるはず」

「だから?」

「彼女たちを倒してその時に聞き出せばいい」


 バッと顔を上げてルータの瞳をじいっと見つめる。彼女の発言が全て本当だとは思っていない。それでも、手がかりがない以上は彼女の言う通りに動くしかなさそうだ。


「……他の二人の聖女の名前と、その能力は?」

「一人はもう知っているはず。ガンズ・マリア。氷の聖女」


 公平の記憶を奪った聖女だ。エックスとしてはア・ルファー以上に憎い相手である。今度見かけたらぎたんぎたんギタンギタンにしてやろうと思っていたところだ。丁度いい。


「もう一人は、ベール・タニア。炎の聖技を得意とする聖女」

「……炎ね。うん。分かった」


 今までの聖女の力を見るに、最後の聖女も心や記憶、精神に干渉してくる何かを使ってくるかもしれない。例えば記憶の焼却とか。


「記憶……。あ、そうだ。大事なことを忘れてた」

「?大事なこと?」

「うん。実は……」


 と。ここでエックスは言葉を止めてしまう。これ以上続けることが出来なかった。公平の記憶は『聖技の連鎖』にあるのかどうか──まだ取り戻すチャンスはあるのかどうかを聞きたいのに。


(もしもここで『ない』なんて言われたら)


 その時、果たして自分は立ち直れるのだろうか。


「どうしたの?」

「……あ、いや」

「なにもないのなら。これ」


 そう言うとルータは懐から何かを取り出した。白く光を放つ小さな小さな何か。


「なにこれ……。珠?」

「マリアが奪った貴女の大事な人の記憶の一部」

「えっ?」

「『聖技』にとっては人質のようなもの。だから、ルファーはこれを分割して自分と、私を含めた三人の聖女に預けた」


 エックスは『それ』を受け取る。つまりは公平の記憶ということだ。


(これを使えば。もしかしたら公平はボクのことを思い出してくれるかもしれない)


 そして。もう一つ。


「……まだ公平の記憶は取り戻せるってことだ」


 エックスは無意識のうちに笑っていた。一番大事なことを確認できた。ルータと視線を合わせる。


「キミはこれからもこの世界に居るの?」

「そのつもり。貴女がいいなら、だけど」

「一つ条件がある」


 エックスはルータに手を向けて、彼女に対して魔法を打ち込む。


「これでキミはこの世界から出られなくなった。『魔法の連鎖』にいてもいいよ。その代わり他の世界には絶対に出ないでもらう」


 これ以上ルータに恋する世界を増やされたら溜まらない。まだエックスは彼女を信用しきってはいないのだ。


「それで、この連鎖に居られるなら」


 ルータは微笑みながら頷いて、この世界に軟禁されることを受け入れた。


--------------〇--------------


「と、言うわけで。キミの記憶の一部を返してもらった」


 テーブルの上の公平にさっきあったことを話す。ごくりと生唾を飲み込んだ。目の前に差し出された巨大な指先には白く光る珠が乗せられている。これが、奪われた記憶の一部。


「これでエックスのことを思い出すかもしれないんだね」

「うん。ルータの言っていることが本当だったらね」

「本当じゃないかもしれないのか……」

「でも……ここで偽物を掴ませる意味はないと思うんだ。そうだと分かった瞬間にボクにやっつけられるだけだからね。だからきっと本物だよ」

「なるほどね。でもこれどうすればいいんだろう……」


 そう言いながら公平は『記憶』に触れた。その瞬間にエックスの指先から『記憶』が離れていき、公平の中へと飛び込んだ。


「うっ!?」

「どう!?」


 エックスは公平に顔を近付けた。期待を込めた瞳でじいっと見つめる。公平は顔を上げて、ゆっくりと口を開く。


「お……」

「お?」

「思い出した……」

「ホント!?」


 公平はこくりと頷いて、更に続けた。


「数学の事を……」

「……ん?すう、がく?」

「この一年半くらいで勉強したこと。全部思い出した」

「……それで?そんな事よりボクのことは?」


 自分自身を指差しながら尋ねる。公平は申し訳なさそうな顔をして、ふるふると首を横に振った。


「ごめん。そっちはぜんぜん思い出せない」

「は、ははは……。そんな中途半端な……」


 がくりと。エックスは肩を落とす。とんだぬか喜びだ。そのまま力なく椅子に腰かける。


「あ、でもほら!これで年明けのゼミも対応できるようになったしさ!あ、それにさ!俺の記憶がまだ敵のところにあるって証明出来たんじゃないか!?これは本物だったわけだし」

「はははは……。そうだねえ。いやあ、公平は前向きだねえ」


 ボクはもう疲れたよ。顔を上げて。天井を見上げて。もうめんどくさいから聖女全員纏めて来ないかな、なんて考える。

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