尋問をしよう
人間世界へ攻撃を仕掛けてきた異世界の軍隊。エックスはそれを丸ごと殲滅した。さて……その後は。
「ここがキミたちの世界?」
「はい……」
「ふうん」
人間世界を攻撃してきた落とし前をつけに、軍隊たちの世界へと赴いていた。空の上からこの世界の街並みを見下ろす。人間世界に近い風景だった。ポケットの中にはエックスの魔法の力で未だ眠っている軍人が。掌の上には案内係としてたった一人起こされた一番偉そうな風貌のおじさんが。
「だいたいね。キミたちが悪いんだからね。なんで人間世界を攻撃してきたのか覚えてないんだから」
「す、すみません」
このおじさんはどれだけ脅かしてもこれ以上の事は言わなかった。そこまで心が強い人間には見えないのできっと本当にそれ以上のことは知らないのだろう。猶更タチが悪い。
「なんでもいいけどさぁ」
「ん?なんだいウィッチ」
「なんでアタシまで一緒に!?しかもまたこんな風に縮めて!こんなところに閉じ込めてさ!」
『こんな風に縮めて』とは人間サイズの大きさにするという事だ。『こんなところ』とはエックスの首飾りにくっついている檻の中だ。この檻は魔法を封印する力を有している。
「仕方ないじゃん。キミを一人にして向こうに残していたら何するか分かんないし」
「アンタね!これでもアタシは相当譲歩してたのよ!それなのにこの扱いってなに!?約束が違うんじゃない!?」
「人間世界以外の世界に行くときにキミをどう扱うかについては話してないしー。それにこっちの方が持ち運びしやすいしー」
「このお!詐欺師!ウソツキ!」
檻の隙間から、手を伸ばしてぽかぽかと。ウィッチはエックスの胸を叩いた。痛くも痒くもないので無視することにして、掌の上に再び視線を落とす。
「それで?キミより偉い人はどこにいるのかな?取り合えずその人に話を聞こうじゃないか」
「わ、分かりました」
心のどこかで無意味に終わるかもなと思っていた。黒幕は恐らくこの世界の軍人ではないからだ。
(ここに入った瞬間からずっと感じてた)
魔法とは似て非なる力の気配。世界全体を覆いつくすような大規模の力が確かに存在している。その大本がどこにあるかは不明だが、それでもこの世界のどこかに、異連鎖から来た何かがいる。
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「ここ?」
「は、はい」
案内された施設を見下ろす。人間世界で破壊した黒色の三角戦闘機がまだまだ幾つも待機していた。ここが何らかの軍事施設であることは間違いなさそうである。
「そういう事なら」
基地というだけあって敷地はとても広い。無造作に足を降ろしても問題はなさそうだったので、無造作に降りる。
視線の先には一際大きな──と、言ってもエックスの腰くらいの高さしかない建物が。恐らくこれが基地だろうか。足を踏み下ろす一歩一歩を強めにして、わざとらしく地面を揺らしながら近付いていく。
建物の窓からこちらを見つめる視線を感じた。エックスはそんなものは気にせず歩み寄っていく。
手に囚われている男はふと違和感に気付いた。ちょっとずつだが視点が高くなっている。同時に自分が乗せられている掌もどんどん広くなっていった。ぞっとしながら顔を上げる。真っ直ぐに基地に近付いていくエックスは、少しずつ大きくなっていた。やがては最初の2倍の大きさ、200m以上にまで。
目と鼻の先にまで近付いて、最後に思い切り足を踏み下ろす。最初に見た時と比べて随分可愛い大きさになったものだ。基地の高さはもうエックスの膝にも届いていない。
「初めまして。ボクはエックス。ちょーっと話を聞きたくて来たんだ」
微笑みながら言い、親指で背後の戦闘機を指差す。
「あれと同じ飛行機がボクの世界を襲ったんだ。どういうわけなのか教えてもらえないかな?責任者の人出て来てよ」
そして。基地を深い影が包み込んだ。中にいる軍人の何人かは、一瞬で夜になったのかと錯覚したほどに突然の事である。エックスの足が基地の真上に掲げられたのだ。
「でないと。この玩具みたいな建物を踏みつぶす」
「なっ……!」
これくらい脅かせば偉い人も出てくるだろう。勿論本当に踏みつぶすつもりはない。手早く済ませたいだけだ。ウィッチが胸元の檻の中で『クスクス』と笑っていた。きっと柄にもないことをしているのが可笑しいのだろう。そんな事エックス自身分かっている。
「そ、それだけはやめてください!お願いですから!」
手の上のおじさんが人差し指にすがるようにして懇願してくる。
(いや、だから本気じゃないって)
そう言ってやりたいが、そんなことをしたら色々と台無しだ。まだ話を聞けていないのに。
(あ、そうだ。いいこと思いついた。……またウィッチに笑われるだろうけど)
小さく息を吸って、吐いて、手の上のおじさんを睨む。
「うるさい」
おじさんがビクッと震えた。エックスは内心でほくそ笑む。期待通りの反応だ。
「ああ、そうだ。もう用は終わったもんね。それならこのまま……」
そう言ってゆっくりと手を閉じていく。肌色の暖かく柔らかい壁が押し潰さんと徐々に迫ってくる。おじさんは大きな悲鳴を上げた。このまま握り潰すフリをすれば中にいる人も出てくるのではないか。エックスは慎重にギリギリ怪我しないところを攻める。一方でウィッチは大笑いしていた。
「……緊張感薄れるなあ」
と。小声で呟いたその時。
「待ってくれ!」
誰かが屋上にまで上がってきた。エックスは手を広げておじさんを開放してあげると足を地面に降ろしてしゃがみこんだ。そうして屋上にいる男へ顔を近付ける。高そうな服を着た初老の男。ギリギリおじいさん、と呼べないこともない雰囲気だ。
「ク……クロサワさん……!」
手の上でおじさんが息も絶え絶えな状態で口を開く。
(なるほど。このクロサワさんって人が一番偉いのかな)
そういう事なら、と。エックスはクロサワをギロッと睨みつけた。
正直なことを言えば、クロサワから大した情報が出てくるとは思っていない。エックスは今回の事態はこの世界に潜む異連鎖からの闖入者が原因であると考えている。この男を幾ら尋問したって無駄に終わる可能性の方が高いのだ。
(ただ。それはそれとして)
このクロサワという男が黒幕である可能性も否定はできないので、エックスは少し厳しく問い詰めることにした。わざと淡々と。無感情に。そうやって恐がらせるのだ。
「出てきたね。それじゃあ聞かせてもらうよ。一体どういうつもりでボクの世界をこ」
「申し訳ありません!」
「うげ、き……した……の……?」
「異世界への移動手段が確立したのでここはひとつ他所の世界を侵略してみようかと!私の独断で実行しました!」
クロサワはエックスが言い終わるよりも早く土下座して、そのままの状態で今回の経緯を説明してくる。自分が黒幕であると言いたいらしい。
「……この人なんにも覚えていないって言ってるんだけど」
手の上のおじさんを指差して言う。
「事前に記憶処理を施しましたので!なにも考えず異世界を攻撃できるようにと!」
「……あ、そう」
どういうことだろうか。この男が結局全ての悪ということだろうか。
「ク、クロサワさん!アナタなんてことを……!」
「す、すまないタカギくん。全て私の……」
手の上のおじさん──タカギとクロサワの言い合いを聞き流して考える。それではこの異連鎖の力の気配は一体なんだろうか。
(だってほらそこかしこに)
そう思いながら顔を上げる。人間世界と殆ど同じ風景。そしてそれを包む異連鎖の力。
(……あれ。あ、そっか)
そこで、ハッと気付く。
「私はアンタを絶対に許さない!部下まで危険に晒して……」
「ほ、本当にすまなかった!許してもらえるなんて思っていないが……」
「うん。分かりました」
エックスの言葉でクロサワはハッと顔を上げる。タカギが彼女の顔を見上げた。
「だってほら。見ての通りボクはどこにも傷一つついてないし。正直言えばそこまで怒っていないんだ。身の程を弁えて、二度と異世界を侵略しようとか考えなきゃあそれでいいよ」
「あ、ありがとうございま……」
「ただし」
この一言にクロサワの言葉が止まる。彼の発言はおかしい。恐らく嘘を言っている。エックスはクロサワに微笑みながら続けた。
「一つだけ条件があるんだ。って言ってもとっても簡単なことだよ」
「は、はあ。それは一体」
「実はさ。ボク今とっても疲れてるんだよね。悪いんだけど人間世界まで送ってよ。出来るだろ?」
クロサワが小さく絶句した。彼の身体が小さく震えている。
「さ、お願いね。あの飛行機で送ってくれればいいよ。大丈夫。乗り込むときは小さくなって上げるから」
なんて言いながら出来るわけないだろうけどと心の中で呟く。クロサワの言葉が真実ならこの世界は異世界間を移動できる手段を有しているということになる。そして魔法ではない。この世界で感じ取ることのできる魔力の気配はとても小さい。人間世界に住む大多数の人と同じだ。魔力が錆び付いていて使えない状態なのである。
そして異世界間を移動する手段は純粋な技術力・科学力でもない。この世界の技術水準は見たところ人間世界と同等かちょっとだけ上回っているというレベルである。この程度で異世界間の移動が出来るわけがないのだ。
(ってことはだよ。技術でも魔法でもない手段で人間世界にやってきて攻撃してきたってことだろ。……それってつまり)
ほぼ間違いない。背後には異連鎖の力がある。
クロサワは冷や汗をだらだらと流して黙りこくっていた。エックスは更に追い打ちをかける。
「どうしたの?まさか出来ないの?そんなわけないよね。……それとも。この期に及んでウソを言ったの?」
クロサワの身体がビクッと震えた。狙い通りである。あとはこのまま一つ一つ分からせてやるのだ。その気になれば建物ごと踏みつぶしてやれる巨人を騙そうとしたこと。それがバレそうだということ。一つ一つ分からせて。最後にそんな不届き者にはどんな末路が待っているのか教えてやる。エックスは軽く足を振った。
ドンッ!という音を立てて基地が揺れた。軽く蹴ってやったのだ。中から悲鳴が聞こえる。クロサワが頭を抱えてひいひい言っている。
「ねえ。教えてよ。まさかと思うけど。ボクにウソを言ったの?」
「ひ、あ、じ、じつ……は……」
よし、と心の中でガッツポーズをする。笑いそうになるのを堪えて、クロサワを冷たくじいっと見つめる。半ば拷問に近い尋問が上手くいった。これで黒幕に手が届く。
「じつは……は」
(──来た!)
と、思ったのも束の間。言葉を発する前にクロサワは白目をむいて大の字になって倒れてしまった。
「……はっ!?いや、ちょっとぉ!?」
「クロサワさん!」
たまらずタカギはエックスの手の上を飛び出して屋上に飛び移り、クロサワに駆け寄った。身体を何度か揺するも反応はない。呼吸は出来ているので死んではいない。恐怖のあまり気絶してしまっただけである。胸元の檻の中でウィッチが大爆笑していた。エックスはわなわなと震えて、怒りのあまり叫ぶ。
「ふざけんなー!気絶するなら最後まで言ってから気絶しろー!」
「アッハッハッハッ!本当にバッカねえ、エックスちゃん!アンタ小人を甚振る経験が少ないから加減ってもんが分かってないのよ!」
「うるさいっ!」
やり場のない怒りのあまりウィッチの檻を揺らして折檻している時。屋上に通じる扉が開いた。その瞬間にエックスの手が止まる。ウィッチ共々『それ』を感じとった。
コツコツと小さな足音が近付いてくる。屋上のふち、エックスの前へと向かって。気付いたタカギが茫然とその少女を見つめた。
「コイツ……!」
ウィッチが檻の中で息を呑む。
「なんだ……そこにいたのか……」
その少女を見つめてエックスの口元が僅かに歪んだ。扉を開けた瞬間に力を押さえるのを止めたのだ。だから今ならはっきりと分かる。見つけた。彼女が異連鎖からの闖入者だ。
少女は一度エックスを見上げるとぺこりと頭を下げた。金色のポニーテールがふわふわと揺れる。子供っぽい声が響いた。
「御無礼をお許しください。エックス様。どうしても、ルファーに気付かれずに貴女をお呼びしたかったのです」
「ルファー、か」
それは。つまりそれは。少女が顔を上げて続ける。
「私はデイン・ルータ。『聖技の連鎖』から逃げ出して、貴女様に助けを求める愚かな聖女です」
それが本当かどうかなんてどうでもいい。ともあれ。もう一度『聖技の連鎖』と繋がったのだ。エックスの胸の鼓動が、ほんの少し早くなる。




