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魔法のレッスンをもう一度

『魔法使えるようになりたくない?』


 エックスの言葉は公平の心の奥底にまで届いて好奇心を刺激した。魔法という未知の力。それを使えるようになれるかもしれないという高揚。


「やってみたい。俺、魔法を使えるようになってみたい」


 いつの間にかそう口走っていた。記憶を無くす前の彼と同じように。エックスは心のどこかでそうなることを予期していた。どうなっても公平は公平なのだから。


「おっけい。それでは改めて。キミに魔法を教えてあげよう」


 にんまりと笑いかけながら言う。その瞬間に公平は背筋が凍るのを感じた。エックスの笑みを見た瞬間に直感的に分かった。これは重大な選択ミスかもしれない、と。


「あ、ごめんやっぱ……」


 が、言い切る前に公平はエックスの手に握りしめられる。逃げる間も、悲鳴をあげる隙すらなかった。まるで逃げるのが分かっていたかのように感じた。だがそれも当然のことである。


(最初の時もそうだったもんね~)


 彼女の指に口元を覆われて、声を出すことが出来ない。辛うじて言葉にならない声が漏れるくらいだ。


「んー?なに?なんか言ったー?」


 なんて。エックスはわざとらしく問いかけてみる。公平はもごもごと自分の意思を告げようとしたが、『分かんナーイ』『聞こえナーイ』と答えるばかりでまともに取り合ってくれない。

 エックスは内心ほくそ笑んでいた。記憶を無くす前の公平との日々は、今の彼にはない情報的なアドバンテージである。そもそも魔女である彼女は肉体的に圧倒的な優位性があるという事は無視する。


「大丈夫だよ公平。ボクだって無茶をする気はないからさ」


 そう言って拘束を少し緩めた。公平の口も押さえつけられることは無くなった。


「ねえ。魔法を覚えてみようよ?」

「……分かったよ。まあ、やってみたいのはホントだし」

「よろしい。それでは早速。簡単なところから始めようか?」


--------------〇--------------


 魔法は大きく二つの要素で成立している。魔法を描く『キャンバス』と、描いた魔法を現実に出力するためのエネルギーである『魔力』。基本的にはこの二つだ。


「最初は魔力操作から覚えていこうか。魔力を全身に流して、筋力を強化する」

「よ、よし」

「その前に今の公平のパワーを見ておこう」

「ん?なんで」

「いいからいいから」


 公平を机の上に降ろす。そうしてその目の前に人差し指を近付けた。第一関節の辺りに魔法で作られた縄が括りつけられている。


「と、言うわけで。綱引きだ」

「ええ……」


 当然のことだが、縄が括りつけられている指の奥には車くらいなら簡単に押しつぶせそうな大きさの手が控えていて、更にその奥にはその手の持ち主であるエックスがいる。そこいらのビルなんかよりもずっと大きな女の子だ。綱引きなんかしたところで結果は分かる。ビクともしない。


「やる意味ないんじゃないかな……。だってやる前からどうなるか分かるよ」

「文句はいいからやるのっ!」


 渋々縄を手に取って、引っ張ってみる。思った通りの結果だ。エックスの手は少しも動かない。精一杯やってはいるが限りなく徒労だ。顔を上げてみるとにんまりとした表情が自分を見下ろしている。なんだか悔しくなってもっともっと力を籠めてみる。が、それでも彼女の手は動かない。


「と、まあ。こんな具合に。普通の人間さんのパワーではボクの手だって動かすことはできないのです」

「く、く……!分かってるよ……そんなこと……!」


 口ではそう言っているけれど内心ではまだ諦めていないようで、公平は更に力を強くしていった。どうにか一矢報いようと頑張っている。エックスはそんな姿に胸の奥がむずむずするのを感じた。悪戯心である。


「……一方で。ボクの方はあっさりとキミを引っ張ってしまえます」

「わっ!わっ!?」


 エックスは軽く、本当に軽く縄を引っ張った。公平が転ばない程度の力で。それでいて公平の腕力をねじ伏せられる力で。一年以上一緒に生活していたのだ。それくらいの加減は熟知している。怪我でもさせて嫌われたらたまらない。


「これが基本的な魔女と人間の力の差だねー」

「はあ……はあ……」

「力では絶対敵わない。かと言って逃げることだって出来やしない」


 指先で公平の頬に軽く触れる。疲労している彼を魔法で癒しながら尋ねる。


「どう?この指を振り払えると思う?」

「無理……かなあ?」

「そう。魔女に標的にされたらもう終わりなんだ」


 人間と魔女とでは身体の大きさがあまりにも違う。逃走も抵抗も意味を成さない。そんなものを簡単に踏みにじってしまえるだけの力の差がある。


「だから魔力による筋力強化は必須なんだ。それだけでも生存確率は上がるからね。公平に最初に教えたのもコレなんだよ」

「それでどれくらい強くんだろう」

「上手いこと隙をつけばボクくらいなら投げ飛ばせる」

「……嘘だあ」


 公平はけらけら笑って言った。嘘じゃないんだけどな、とエックスは思った。


--------------〇--------------


「ではもう一度綱引きをしましょう。今度はさっきとは違う。ボクがキミの魔力を操作して、筋力強化をする」


 エックスはそっと公平の背に空いている方の手の人差し指を当てた。彼の身体が微かにビクッと震えるのが分かる。


「大丈夫だって。変なことしないから」

「や、分かってるけど」


 エックスは小さく笑って、公平の中にある魔力を操って全身の隅々まで巡らせた。魔力の励起は既に完了している。使おうと思えばいつでも使える状態ではあるのだ。ただ使い方を忘れてしまっているだけである。


「……うん。こんなもんかな。さあもう一回引っ張ってごらん」

「何も変わった気がしないけどな……」

「まあ、やってみれば分かるさ」


 公平は首を捻りながら縄を手に取り、軽く引っ張ってみる。


「……え?」


 軽い。さっきよりもずっと軽い。まだそんなに力をいれていないのに。エックスの指は確かにくくっと動いた。


「え、なんかインチキしてない?わざと指動かしたりとか」

「そんなことして何になるのさ。公平の有利になるようにも不利になるようにもしてないよ」

「えー……」


 半信半疑でもう少し強く引っ張る。指どころか手まで引っ張れてしまえた。エックスがわざと動かしているような感じでもない。思わず縄を落としてしまう。空になった手のひらをじっと見つめる。

 エックスは机に突っ伏して公平に顔を近付けた。まだ自分のやったことを信じ切れていない様子の彼に語り掛ける。


「どう?面白いでしょ?」

「う、うん。すごい」


 エックスは一切力をいれていないが、それでも彼女の手の重さは先ほど実感していた。あんなに容易く引っ張れるなんて信じられなかった。


「記憶を無くす前のキミは、大体三日でコツを掴んだよ。同じ特訓で魔力の使い方を教えてあげよう」

「……よし」


 公平は笑顔で顔を上げた。


「それなら、昔の俺と競争だ!」

「ふふっ。そうだね。それじゃあ始めようか」

「それで特訓って何を……」

「んー?なあに、簡単なことさ」


 言うや否や、エックスは公平を摘まみ上げて床に降ろした。足元で戸惑っている彼の視線の先には彼女の素足が。五本の指がくにくにと、楽し気に動いている。なにか、イヤな予感がした。


「……それでこれで何をするの?」

「ふふっ。こうするのさ」


 エックスは軽く右足を上げて、少しだけ前へと踏み下ろした。ちょうど公平のすぐ目の前である。圧縮された空気で吹き飛ばされてしまう。


「あらら……。せっかく近づけてあげたのに……」

「いてて……。ちょっとなにを……?」

「うん?決まっているでしょ?ボクの頭の上まで。さっきかけてあげた魔力操作のイメージを思い出しながら」


 やはり目の前にはエックスの足が。そして彼女は言い放つ。


「登ってきて?」

「お前の趣味がだいぶ入ってるだろ」


 公平の言葉にエックスはくすくす笑った。

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