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クリスマスの前準備

「やーっと冬休みかあ」


 公平はぐぐっと伸びをした。今年最後のゼミがたった今、終わった。次回は1月の予定である。田中はぐったりと机に突っ伏した。


「お前はいいよなあ。俺はまだ明日も明後日も授業だよ」

「それはお前が悪い。俺はもうゼミ以外の単位は取ったから」


 言うと公平はカバンを背負って立ち上がる。田中が顔を上げた。


「もう帰るのか?早いな」

「エックスが待ってるんだよ。今日は早く帰って来いって」

「ふうん。今年はエックスさんとクリスマスを過ごすわけか」

「……ふふっ。まあね。そういうわけで俺は忙しいんだ。じゃあな」


 公平は教室内で空間の裂け目を開き、そのまま向こう側へと飛び込んだ。裂け目が閉じた後、シンとした空気が部屋を包む。


「羨ましいねえ。幸せそうで」


 独り言を言いながら荷物を持ち、ゆっくり立ち上がって教室を出る。その口元は微笑んでいた。なんのかんのと言っても、田中にとっては公平もエックスも大事な友人だ。二人の関係が上手くいっていることは、彼にとっても喜ばしいことなのである。


--------------〇--------------


「ただいまー」

「あっ。おかえり!」


 エックスは空間の裂け目から出てきた公平を摘まみ上げてにっこり微笑んだ。


「それじゃあ行こうか」

「ごめんだけど俺全然分かってないんだよ。これから何をするの?」

「言ってなかったっけ。クリスマスのご飯の用意だよ」

「……その状態で?」


 指先に摘ままれたままで首を傾げる。エックスはコクリと頷いた。その身体は身長100mの巨体である。公平が小さいわけではない。意味が分からなかった。彼女は彼の疑問に答えるように口を開く。


「だって。危ないからね」

「……どこに行くつもりなの?」


 むふふとエックスはほくそ笑んだ。


「ボクの世界にもクリスマスはあるって言ったでしょ?魔女のみんなもこの夜ばかりはごちそうを食べるのさ」

「ごちそう?」

「例えばローストチキン」

「えっ。いやいや待て待て」


 確か魔女の世界には碌な食べ物が無かったはずだ。SFなんかに出てくるディストピア世界のご飯のような不味いゼリーを食べていたと聞いたことがある。

 おかしい点はそれだけではないのだ。普通の鶏肉では魔女の大きさにはどう考えても足りないということである。一体何羽分のローストチキンが必要なのか分からない。エックスは食べ物を大きくできるが、それは彼女がランク100の全能の魔女だからである。


「まあまあ。それについては順を追って説明しましょう」


 エックスも公平が疑問を抱くことは当然分かっていたらしい。指先に摘ままれてぶらぶらと揺れている彼の目の前に左手を突き出す。


--------------〇--------------


 元々魔女の世界にもクリスマスはあった。しかし、それを享受できるのは選ばれた特権階級の人間だけ。まだ魔女になる前のエックスはクリスマスとは全く無縁だった。


「でもボクは魔女になって、魔法を手に入れた。そして空で暮らすようになった。地上の身分制度から解放されて自由になったってわけ」


 それから数百年。地上の情勢に変化はなく、一部の特権階級の人間がそれ以外を食い物にする歪な社会は依然として続いていた。同時に魔女もまた次々と覚醒し、空に移り住む仲間は増えていった。


「そんな時にある魔女が言ったんだ。『せっかくだからクリスマスってやってみたいわね』って。確かローズが言ったんだっけかな」

「ローズか……。言いそう」


 その言葉に魔女たちは騒めいた。クリスマスに対するそれぞれの想いを言い合い始めたのである。『確かにクリスマスってやったこと無いね』『クリスマスってなに?』『確か……誰かの誕生日よ』『そうなの?ブルジョワ共のお祭りだと思ってた』『……なんでアイツ等ムシケラのくせに自分たちだけ楽しそうにしてるのかしら』『なんだかムカついてきた』『やっぱり地上は焼き払った方が……』


「と、まあ。あのままだとその日のうちに全面戦争になりそうだったから。ガス抜きも兼ねて急遽クリスマスを行うことにした」

「イヤだよそんな殺伐としたクリスマス」

「でもまあ。その。ボクたちみんなクリスマスってどういうものか知らなかったからさ。地上に降りてクリスマスについて聞きに行くことにしたんだよね。っていうかボクが行った」

「あ、そうなの?」

「他の子だと地上に着いた瞬間に戦いになるかもしれないし」

「ああ……。うん……」


 エックスはとある特権階級の少女を一人捕まえて、丁度今の公平と同じように摘まみ上げて脅かした。『クリスマスが何をするものか教えなさい。さもないと四肢を磨り潰して地面に落として跡形も残らないくらいに踏みつぶす』と。


「なんだその会話」

「あの時はボクも若かった……。人を脅迫することに抵抗が無かったんだよね。相手が嫌いな上級国民の子供だったってのもあると思うけどさ」

「……ふうん」


 『今もそんなに変わらないだろ』という言葉を飲み込む。


「でもそこはボクは困った。公平も気付いていると思うけどボクたちが満足できるくらい大きな鳥なんていないんだ。どうしたもんかなって」

「おっ。来たか鶏肉問題」

「でもここで逆転の発想さ。魔女の世界に大きな鳥がいないなら、異世界に探しに行けばいいじゃないってね」

「それで見つかるのかよ」

「それが見つかったんだよね。おっきな鳥がいる世界」

「見つかったのか……話が早いな」


 こうしてローストチキン問題は解決された。せっかく見つけた大切な鶏だ。翌年絶滅することのないように、魔女たちは一年に一度、クリスマスのためだけに鶏を狩ってもいいという決まりを作った。

 これが魔女の世界に於けるクリスマスの歴史である。魔女たちにとってはクリスマスだけが美味しいごちそうを食べることができる日なのだ。


「で、今年は魔女の世界のクリスマスをプレゼントしようと思うので。鳥の世界に行こうと思う」

「なるほど」


 合点がいった。確かにそういうことなら魔女の身体で行かないと危険だ。幾らエックスが強いとは言え、相手は魔女が食べて満足できるくらいに大きな鳥である。怪我をしない可能性が全くないとは言い切れない。

 ただ一つ。まだ一つ分からないことが残っていた。公平は口を開く。


「……ところでさ」

「うん?なに?」

「それ俺も行かなきゃダメ?」

「ダメ」


 即答であった。


--------------〇--------------


 裂け目を通り抜けたエックスが行き着いたのは、人気のないボロボロに崩壊した都市であった。いくつものビルが倒れていて、長い年月が経ったのか苔が生い茂ったり所々崩れたりしている。公平は彼女の頭の上から世界を見回してみた。同じような光景がどこまでも広がっている。まるで突然人間という種が絶滅したような雰囲気だ。


「……本当にこんなところにデカイ鳥がいるのか?」

「それが居るんだよねえ」


 エックスはずんずん歩を進めていく。その振動でボロボロの建物が崩れたりした。行く手にうち捨てられた乗り物のような物体や横たわるビルを無造作に踏みつぶす。


「乱暴じゃないか?」

「当然。相手に出てきてもらわないと」

「……うん?」

「つまり……」


 言いながらエックスは頭に手を当てて公平が落ちないようにした。そのまま後ろに跳び下がる。一瞬前に彼女が居た場所目がけて上から下へと大きな何かが通り抜けた。


「な、なんだ!?」

「来た来た。そりゃあ来るよねえ。縄張りを荒らしてるんだからさ」


 エックスが手を離す。公平が顔を上げると、そこには巨大な鶏が威嚇のように羽を広げていた。鋭い目でこちらを睨み、大きな鳴き声を上げる。


「……マジでデカイ鶏じゃん」


 公平は唖然とした。


「ねー。すごいよねー」


 呑気にエックスは言っているが、その間にも鶏は彼女を目がけて走りだしている。


「き、来てるよ。普通に来てるよ!?」

「よおっと」


 エックスはぴょんと跳びあがり突撃を躱した。そのまま鶏の背後に着地し、抱きかかえるように捕まえる。


「よおしゲットー」


 鶏はエックスの腕から逃れようとぎゃあぎゃあ鳴きながら暴れた。しかし、残念ながらエックスの力には到底及ばなかった。彼女の腕は鶏の抵抗を受けてもビクともしない。いくら大きな鶏でも所詮鶏である。魔女の力にはとても敵わないのだ。


「それで、コレどうするんだ?」

「うーん。取り敢えず動かないようにするかな」

「それってどうやって……」


 パリッという音がした。エックスの手の中で電気の魔法が発動する。鶏は一瞬痙攣して、そのまま眠るように瞼を閉じた。


「この通り。電気ショックで気絶させる」

「手際がいいな……」


 公平はどうしたらいいか分からずに、取り敢えず拍手をすることにした。頭上から聞こえる小さなパチパチという音が何だか照れくさい。


「えへへ。そりゃあもう何百回とやってきたからね」


 なんて。ピクリともしない巨大鶏を抱えながら得意げに言う。


「それでコイツを捌くのか?」

「……あっ」

「……『あっ』って?」

「あ、いや。実は」


 他の魔女と暮らしていたころを思い返す。クリスマスのエックスの仕事は鶏を捕まえてくるところまでだった。それ以降の作業はトリガーだったりナイトだったり、他の魔女がやってくれていたのである。ここから先、食べられる形にする技術はエックスにはない。


「じゃあ。どうすんだよ」

「……うん」


 エックスとその場に鶏をそっと置いた。

 二人は崩れたビルの陰から眠っている鶏をこっそり見守る。暫くして鶏は気絶から目を覚ました、周囲をきょろきょろ見回して、そのままどこかへ走り去っていく。後に残ったものは静寂だけだ。


「……まあ。あれだ。鶏肉はもう、人間世界で買おうか」

「俺もそれがいいと思うよ。絶対間違いないし」


 かくして。無駄な寄り道をしつつも、二人はクリスマスに向けてちょっとずつ行動を勧めるのであった。

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