表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/439

カレーライスと冬の予定。

 結論を言えば、家庭教師である加藤の生徒のクラスメート──榊梓とその家族は無事であった。ガンズ・マリアは取り逃がしたが、最悪の結果ではない。ただ依然として安心できない状況である。早くマリアを倒さなければ次の犠牲者が出てしまう。エックスは不安を覚えながら眠りについた。

 翌日の夕方のこと。


「はあ……」


 エックスはその日何度目かのため息を吐いた。くるくるとお玉をかき混ぜてカレーを煮詰める。食欲を誘うスパイスの香りが広がった。

 異連鎖との戦いではいつも先手を打たれてしまう。今までの異連鎖との接触を通じてその力をある程度感知できるようになったつもりだった。実際ボウシたちの行動はある程度把握できるようになっている。しかし今回はそうならなかった。

 公平を誘い出すための撒き餌の力ですら感じ取ることが出来なかった。彼が『レベル5』で発動させた強力な魔法の気配を追いかけてみなければ間に合わなかっただろう。恐らくルファーが何らかの細工を施したのだ。そうでなければ公平が気付いてエックスが気付かないなんて状況を作れるわけがない。

 小皿にカレーを少しだけ入れて、味見をする。問題なく美味しかった。悩み事に追いかけられていても、いつもと変わらない味が出来る。メーカーさんの開発したカレールウは偉大だ。


「よしっ。後はもうちょっとでご飯が炊けるから……。ん?」


 ご飯を炊くためのお釜は火にかけられていなかった。蓋を開けてみると水に浸されたお米がある。


「……しまった」


 ご飯を炊くのを忘れていた。いつもならカレーの準備の合間にご飯を炊いている。時間に無駄が無いように料理をしているのだが、今日はそれが出来ていなかった。考え事をしていたせいだ。

 エックスは暫くボウルの中のお米と睨めっこした。しかし、そうやっていても現実は変わらない。一瞬魔法で一気に炊いてしまおうかと思ったけれど、『家事には極力魔法を使わない』という自分ルールを守ることにした。


「ごめーん!ちょっとご飯遅くなるー!」


 自分の部屋で次回のゼミの準備をしている公平に向かって声をかける。


--------------〇--------------


「はあ……」


 またエックスの口からため息が零れる。公平はカレーを食べながら心配そうに見つめた。今の彼女は通常の魔女の大きさである。つまり100mくらいの巨大な身体だった。

 普段なら。エックスが人間大の大きさではなく、巨大な身体で食事をしている時は公平に甘えたい時だった。思いついたように公平を箸で摘まんで『食べちゃおうかなー』なんて言いながら大きく開けた口に近づけたり、彼女の食べる大きな料理を公平に近づけて食べさせようとしたり、逆に公平の食べているものを一口で全部取っていったりしてくる。だが今日はそうではない。黙々とカレーを食べている。今日は朝からずっとこんな調子である。

 不安なのかな、と。公平は思った。人間大の大きさでもエックスは強いが、魔女の大きさでいる時はそれよりもずっとずっと強い。不安な心を守るために強い姿でいるのではないか。


「なあエックス」

「うん……?」

「えっと」


 首を傾げるエックスに対して、公平は言葉を詰まらせてしまう。何を言えばいいのだろう。今回の件は彼女が悪いわけではない。だから励ますのも何か違うような気がする。『気にしなくていいよ』なんて言ったら却って落ち込みそうだ。

 エックスは公平の言葉を不思議そうな表情で待っている。公平は深く息を吐くと一口カレーを食べて口を開いた。


「カレー美味しいな」

「うん?うん。うん?うん。ありがとう」

「うん」


 それからエックスと公平はカレーを食べるのに戻った。暫く無言で食べ進める。やがてエックスの身体がふるふると小さく震えだした。くっくっと笑いを堪えている。


「な、なんだよ」

「『なんだよ』はこっちの台詞だって。なんだよ今の会話はさ」


 先ほどのやりとりを思い出して何だか急に可笑しくなってきたのだ。おかしな会話だった。けらけら笑うエックスに、公平は気恥ずかしくなった。


「……や、でもカレー美味いし」

「いつもと同じカレーだしっ」


 分かってるよと公平は心の中で返した。これがいつもと同じカレールウで作ったカレーだってことくらい食べれば分かる。悔しいやら恥ずかしいやら。言葉に出来ない悶々とした気持ちを誤魔化すみたいに、いつも通りに美味しいカレーをかきこんでいった。

 そんな彼の姿をエックスはニマニマした微笑みで見つめていた。


「ふふっ。本当に美味しいみたいで何より」

「ああ、美味しいよっ!だから言っただろっ!」


 半ばヤケクソ気味に言い返す。その頃には公平の皿は空っぽになっていた。せっかくなのでおかわりをしに、魔法を使って台所に向かう。そして、気付いた。今日のエックスは通常の大きさで料理をしていたのだ。食材もその大きさに見合うだけ巨大化させられている。白米もカレーの食材も。当然ながら大きすぎて普通の人間では食べるのに一苦労である。そもそも盛り付けることも困難だ。というか不可能だ。


「おかわりよそってあげようか?」


 まごついているところに後ろからエックスの声がした。振り返るとからかうような顔が見下ろしている。だが今更そんなことを気にする公平ではない。


「お願いします」


 そう言いながら皿を差し出す。


「おまかせあれ」


 それを受け取りながら答える。手始めに指先に載せたカレー皿を60倍の大きさに巨大化させた。その状態でご飯を盛り付け、カレーをかける。最後に食材と一緒に皿を60分の1サイズに縮めて公平に返した。


「ありがとう」

「ふふ。どういたしまして。ついでだからテーブルまで運んであげよう」


 エックスは公平を摘まみ上げてリビングに戻った。テーブルの上に彼を降ろす。

 エックスに盛ってもらった二杯目のカレーを食べ始めた。ふと視線を上げると、彼女は既に自分の分を食べ終わっていて、じいっと公平を見つめていた。


「どうした?

「さっきさ。本当は何を言おうとしたの?」

「本当はって……」


 公平はスプーンを置いた。何か言いたかった。だけど何を言えばいいのかは分からなかった。だからそれを素直に答える。


「ごめん。俺にも分からないんだ」

「そっかあ」


 エックスはすっくと立ちあがった。


「ボクもおかわりしよっと」


 カレー皿を持って台所へ向かう。暫くするとぎょっとするほどに山盛りになったカレーと一緒に帰ってきた。


「多いなっ!」


 見上げる程の量だった。文字通り山のようである。


「なんか笑ったらお腹空いちゃってさ。それにさ、ボク昨日パン屋さんでカレーパン買ったんだけど色々あって食べられなくてさ。何だか悔しいじゃないか」

「ああ。それは悔しいな。あそこだろ?あの揚げたてカレーパンが美味いパン屋。名前知らんけど」

「あ、分かる。パン屋さんの名前って覚えにくいよね」


 雑談しながら笑い合う二人はおかわりのカレーライスを食べ進める。一杯目の時とは違う、和気あいあいとした雰囲気の中で。


「うん。元気出てきた。またクヨクヨすることもあるだろうけどさ。でも今はもう大丈夫。公平のおかげかな。えいえいっ」


 エックスはつんつんと指先で公平を突っついた。巨大な人差し指は振り払うことができない。振り払おうとしたところで力では勝てないのだ。


「おいおい、やめろよ」


 彼に出来る抵抗はそんな言葉だけだった。その程度でエックスが止まることはない。


「あ、そうだ」


 むしろ彼女の悪戯はエスカレートしていく。公平をひょいと摘まみ上げると、山のようなカレーの上に晒す。


「登ってみる?」

「登らない!」

「じゃあトッピングに」

「ならない!」


 食い気味に否定する公平。エックスはくすくす笑った。


--------------〇--------------


 食事の後は魔法の特訓。その後はお風呂で汗を流し、それから就寝である。エックスは自分のベッドの上に公平を寝かせた。大きな可愛らしい笑顔が目の前に広がる。


「早いところ全部終わらせたいな」

「そうだね。先に悩み事は解決しないとね。今年の冬はしっかり楽しみたいもん。人間世界では初めての冬だしさ」

「あー。そういえばそうだっけ。冬は色々イベントあるもんな」

「そうそう。クリスマスにお正月」


 公平は目をぱちくりさせる。


「魔女の世界にもクリスマスってあるのか?」


 クリスマスとは要するにイエス・キリストの誕生日である。魔女の世界にも同じイベントがあるのは変ではないか。つまりキリストが魔女の世界にもいることにならないか。


「あるよー」


 エックスはあっけらかんと答える。彼女の世界にもイエス・キリストは存在しているらしい。


「流石聖人だなあ……」

「そういうものかなあ」

「せっかくエックスの最初の冬だもんなあ。戦いなんて早く終わらせたいよな。俺、温泉とか行きたい」

「ああ。いいねえ。冬だし、温泉スキー旅行とかしちゃう?」


 布団の中で冬の予定を二人で話し合う。新潟に帰るついでにスキーに行こうか、とか。北海道に行ってカニでも食べてこようか、とか。敢えて南の方を観光しようか、とか。

 話しているうちにそんな大それたことはしなくてもいいのではないかと思ってくる。クリスマスに二人でパーティするだけで。お正月には二人で一緒に新潟に帰るだけで。それだけでも十分だった。

 実行するかどうかはさておき、予定を考えるのは楽しかった。戦いが終わった後の明るい未来の想像図だからなおさらである。


「そうじゃなくても12月と1月はイベントいっぱいだもんねー」

「2月もあるだろ。バレンタインとかさ」

「バレンタインってなに?」

「……なんでクリスマス知っててバレンタイン知らないんだよ」

「ええー。そういうモノなの?」

「バレンタインってのはさ……」

「ふむふむ」


 公平の説明を、エックスは興味津々といった様子で聞いた。12月のとある夜のことである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ