やさぐれエックスの心はトゲトゲしている。【イラスト追加】
ツイッターで親しくさせていただいているLabbaさん(イタリアの方!)からイラストをもらいました。
挿絵にしてもいいよとおっしゃられたのでお言葉に甘えて…。
翻訳サイトを駆使しながら読んでいただきました…感動!
ありがとうLabbaさん!
「どーせボクは怪獣ですよーだ」
ちびちび。ちびちび。コンビニで買ってきたお酒を飲む。ジュースのような見た目をしながらしっかりアルコールの味がした。丁寧にグラスに注ぎなおしてちびちびと。おつまみはコンビニで一緒に買ってきたポテトチップスやむしゃくしゃしながら勢いで作った各種の揚げ物である。
「いっぱい揚げたなあ」
山盛りの唐揚げやイカリングやトンカツ。どれも公平の好物である。しかしある理由により手放しでは喜べずにいた。
「今日はとにかく揚げまくりたい気分なんだ」
「それはいいけどさ……」
山盛りと言っても比喩ではない。本当に山のようだった。公平は文字通りの揚げ物の山を見上げる。エックスは魔法で食材を大きくして調理した。コンビニで買ったものも大きくしている。ポテチのパッケージに描かれたジャガイモを模したキャラクターに威圧されているような気分である。つまりは本体である魔女の巨体で、思いっきり暴飲暴食したいくらいにはムカムカした精神状態だということだ。
「ボクなりに頑張ってきたのに。みんなあんな風に思ってたなんてさ……」
言いながらエックスはイカリングを一口齧った。
「みんながみんなそう思ってるわけじゃないって……」
「そうかな……。ん」
齧ったイカリングを箸で摘まんだまま公平に差し出す。両断されたイカの断面。そんなことしなくても小さくしてくれればいいのにと思いつつ巨大なイカに向かう。エックスの口の中の匂いがした。
(そりゃそうか)
なんて思いながらかぶりついた。ぐにぐにとした弾力のせいで噛み切るのも一苦労である。配分を間違えて口の中いっぱいにイカを含むことになった。
イカだらけの口内である。味は……イカの味しかしない。素材のままのイカの味だ。エックスがかじった後なのでソースなんかもかかっていない。顎を一生懸命に動かしてイカと格闘する。
「どう?」
公平は彼女を手で制した。少し待ってほしい。答えられる状態ではない。今はイカと戦うのに精いっぱいで会話をする余裕がないのだ。
「そう?」と微笑むと残ったイカリングを一口で丸ごと口に含んで数十秒で食べきった。
対して公平は数分間イカを噛み続けてなお飲み込み切れていなかった。魔女仕様の大きさになったせいか想像以上に歯ごたえがある。
エックスはイカに苦戦する様子を涼しい顔で見下ろしながら、次の揚げ物に箸を伸ばす。公平が飲み込んだ時には一人でトンカツ・唐揚げ・イカリング・ポテチのローテーションを数周していた。
「あー疲れた」
顎がヘトヘトになってしまった。唐揚げを一口でたいらげたエックスは改めて聞いてみる。
「どう?」
「美味しいけど……。これはイカでしかないな」
「だろうねえ。だってイカしか食べてないし?」
意地悪気に笑ってイカリングを箸で摘まむ。イカイカ♪と歌いながら食べてお酒を飲んだ。
「小さくしてくれればいいのに」
公平もビールを飲みながら言う。
「いや」
エックスはぽりぽりポテチを食べながら答える。
「即答……」
「今日のボクは意地悪怪獣だから。公平の大好物のイカリングも唐揚げもそのままでは食べさせてあげないんだ。ふっふっふっ。火の通っただけのイカや鶏肉や豚肉を食べるがいい」
「なんて意地悪なんだ意地悪怪獣……!」
「ハイどうぞ~大好物のトンカツですよ~。でも公平のお口じゃあ豚肉しか食べられないねえ。トンカツのサクサク感を味わえないねえ。ふふっ。ねえどんな気分?」
「豚肉に襲われてる気分かな……」
そう言いながら突き付けられたトンカツの断面を齧る。今回はバランスを誤らず適当な量に留めた。
「美味しい?」
「……豚肉の味しかしない」
「……せっかく作ったのに張り合いがないな」
「だから俺が食べられる大きさにしてって」
「むー。仕方ないなあ」
意地悪怪獣は名前に反して優しい怪獣らしい。あっさり意地悪を止めてくれた。公平用のお皿に公平用の大きさに直した料理を盛り付ける。
「おお……。普通に美味そう」
「感謝しなさい。意地悪怪獣の慈悲だ」
「ありがとう。やさしい意地悪怪獣」
「どういたしまして」
公平はイカリングにソースを付けて口に運ぶ。サクサクとした衣の食感。その向こう側に広がるイカの甘さ。やっとイカリングを食べたと実感できた。こうなるとビールも美味しい。箸も進む。
「ああ。美味しい。エックス料理上手になったなあ」
「えへへ。揚げ物って普段やらないから上手に出来たか心配だったんだよね」
空になった缶をテーブルに残して次のお酒を開けた。エックスは──というより魔女はみんなうわばみである。いくらお酒を飲んでも酔っ払うことはない。
桃色のカクテルがグラスに注がれていく。半分くらい入ったところでエックスはふと思いついた。ちらっと公平を見下ろしてニヤッと笑う。
「いやいや。本当に美味しいよ。やっぱエックスの料理は……うわっ」
突如彼女の箸が公平を捕まえた。そのまま顔の前に運ぶ。
「ふふふ。優しいエックスモードは終了だ。意地悪怪獣がまた目を覚ましたぞ」
「……ご飯食べてるときに遊ぶの止めようよ」
「みんな言ってたねえ。ボクは真っ先に公平のこと食べちゃう怪獣だって」
「言ってたねえ」
「ふふっ。じゃあそれを……実行しちゃおう!」
あーんと口を開けて箸を近づけていく。公平はそれを冷ややかな目で見ていた。途中で彼女の動きが止まる。口が離れていくと不満げな表情が見えた。
「……少しは恐がってくれてもいいんじゃない?」
「いや……。だからさ。ご飯食べてるときに遊ぶのは」
「まあ。いいや」
言うとエックスは箸を離す。うわあと叫びながら公平は落ちていく。思いのほか早く着水した。
「あ、あれ?水!?」
だがすぐに間違った理解だと気付いた。匂いが違う。これは水ではなくアルコールだ。周囲には透明な壁。切り取られた丸い空でエックスの緋色の瞳が見つめていた。
「おま……わあっ、ちょっと!?」
エックスは公平の言葉を無視して更にお酒を注いでいく。アルコールの滝に沈められないように必死に抗う。
「んっふっふー。公平入りカクテルのかんせーい。いただきまーす」
グラスが持ち上げられて傾いて。公平はカクテルに流されていく。エックスの唇が近づいてくる。
流れるままに彼女とキスをする。
(こ、このまましがみついていれば……)
彼女の唇をひしっと抱きしめた。グラスが離れていく。エックスは自分の唇に公平が残っていることに気付いた。
「へえ。なかなか情熱的じゃないか。でも……だぁーめ♡」
言うと舌を伸ばして彼を口の中に捕らえた。怪物のような舌がきゅうきゅうと彼の全身を締め上げる。
「ふふ。お酒の味だあ……」
身体中にまとわりつくカクテルを根こそぎ吸い尽くすようにエックスの舌は公平をしゃぶる。声を出すことも出来ない圧迫感。味がしなくなったところで口が開いた。光射す向こう側から彼女の指が伸びてくる。
「く、くそ……」
逃げようとしても結局は口の中。逃げられる場所はない。しいて言うなら喉の向こうにある胃の中くらいだ。いっそ落ちてみるか?と動きだすより先に彼女の指先が公平を捕えてしまう。
「う、うわあ!離せえ!」
離さない。巨人の指先は小人の抵抗などにはびくともしない。外界に出されて逆さまにぶら下げられる。目に映るのは上下が逆になったニコニコ顔のエックス。
「も、もうやめに……」
「またまたっ!そんなに嫌じゃないくせに!」
「い、いやだから……!」
今は酔ってるから──という言葉を発するより先に公平は落ちた。行先はやはり彼女のグラスの中である。
「ちょ、エックス!話を──」
「ふんふーん♪」
エックスは構わずグラスに口をつけ、お酒を飲む。再び彼女とキスをすることになる。今度は負けるもんかと唇にしがみつく。次は本当に胃の中に逃げようと。しかしそれは叶わない。唇はふうと息を吐いた。それだけで公平は吹き飛ばされて。またカクテルの中に戻される。
「ふっふーん。同じ手は食わないのだー」
「お、おい!だから!あぶっ!」
エックスは鼻唄を歌いながらカクテルを追加していく。
「や、やめ……」
「やめなーい」
わざと公平に当たるようにして。
「あ……が……」
沈む。
「ぷはあ!」
浮かぶ。
「ほらほらー。逃げて逃げてー」
「まって、うああ!?」
沈む。
「がはっ!」
浮かぶ。
「頑張れ頑張れー。溺れちゃうぞー?」
「ちょっとまっ、がふっ!?」
沈む。
「クスッ。可愛いなあ……」
とどめを刺すように。残ったカクテル全部を注いで公平をグラスの底まで沈める。そうやって藻掻くさまを楽しんでいる。
公平はアルコールの海を必死に泳いで外を目指した。このままだと酒に溺れて死ぬ。
「はあ……が……!はあ……。エ、エックス……。お願いだから……。一回止めてうわあ!」
けらけら笑いながらグラスを回しはじめる。
「大袈裟だなー。その気になれば魔法で逃げられるくせにー」
巨人が悪戯気分で起こした渦潮に飲み込まれていく。襲い来るアルコールに意識がどうにかなりそうだった。このまま沈んでしまえば本当に死ぬ。最後の力を振り絞って「助けて!」と叫ぶ。
「あ、あれ……?」
公平の様子がおかしい。回転を徐々に弱くしていく。彼には魔法があるのだ。だから本当に嫌な時は逃げられるのだ。それに魔力強化で身体能力を上げれば多少乱暴なことをしてもへっちゃらである。それをしないということは余裕があるということで──。
「……あ」
公平はお酒を飲んでいる。人間の身体なので多少なりとも酔っ払っている。現在進行形でカクテルの海に落とされ酔いは酷くなっているだろう。そして。人間は酔っ払うと魔力が使えなくなる。必然。魔法も。
さあっと血の気が引いた。グラスの中は落ち着いていた。恐る恐る覗き込む。
「だ、大丈夫?」
「……どうにか」
緋色の瞳にじわっと涙が浮かんだ。ぽつりと呟く。
「よかったあ……」
「本当によかった……」
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その後エックスはすんすん泣きながら謝った。彼の身体をお風呂で綺麗にしている時も泣いていた。別に悪気があったわけではなくちょっとしたじゃれあいのつもりの事故であるし、何より無事だったので「いいよ」と許したのだが、彼女は泣き止まなかった。
その夜二人は一緒に寝た。寝る前にも泣きながら「今日はゴメンね」と言うので「いいよ」と返した。そして、公平は目を閉じた。
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暫くして目を開けてみる。泣きつかれた彼女の寝息が聞こえる。たまにやりすぎることはあるけれど。だけど本当は繊細で優しいのを分かっている。公平は枕を登って彼女のおでこを撫でた。
「そういうエックスだから好きなんだよなあ」
そして。彼女の寝顔のすぐ隣で横になって、改めて目を閉じた。




