異世界人たちのお買い物。
エックスと公平はスーパー小枝に来ていた。
「今日の晩御飯何にしようか。公平は何か食べたいものある?」
「うーん。お好み焼きが食べたい」
「おっけい」
最初に野菜を取りに行く。キャベツを両手に一個ずつ手に取って、どっちがよりいいモノなのかしらと比べてみた。本当はどこを比べればいいのかなんて知らないのだけれど、こんな風にした方がベテランの主婦っぽくてかっこいい気がする。
「……うん。多分こっち」
右手に持っていたキャベツを、公平の持つ買い物籠に入れる。手近な野菜を手当たり次第に籠に入れていった。お好み焼きは適当に選んだ野菜を適当に放り込んでも美味しくなるから好きだ。
「流石にトマトは無理じゃないか」
「この子はサラダ用だからいいの」
野菜を選んだら次はお肉だ。お好み焼きと言えば豚肉である。公平は迷いなく進むエックスの後を付いていった。その後ろ姿は自信満々である。
人間世界にやってきたころのエックスは料理なんて出来なかった。カレーを作るのにも四苦八苦していたと思う。ちょっと前までは公平の方が料理上手だったが、今ではとっくに追い抜かれてしまった。
「野菜でしょ。豚肉でしょ。あ、小麦粉小麦粉」
「後はイカとかタコでも入れるか?」
「おー。いいねー。お好み焼きって何でも入れられるからいいよねー。片付けは面倒だけど……。あっ。そうだそうだ。そういえばティッシュが無いんだった。買ってこないと……」
「なにィ!?どうしてこれを貰うことが出来ないのだ!?」
突然にレジの方から大声が聞こえた。二人は殆ど同時に、数メートル向こうの声の方へと顔を向ける。
「いやだからねボク?お店でモノを持って帰ろうと思ったらお金が必要で……」
「だからそんなものは持っていないと言っているだろう!」
「……えーっと。そうしたら、お母さんに……」
若い店員と子供のやり取りを見つめる。緑色の帽子と服。ここからでも誰か分かった。ボウシだ。エックスは無言で彼の元へと歩いて行く。公平は慌ててその後を追った。
「こらっ」
「むっ。おお。これはエックス殿」
ボウシはいつの間にやら背後に立っていたエックスを見てにこやかに挨拶した。店員が不安げにその顔を見つめる。
ボウシはまるで悪びれていなかった。そもそも悪いことをしているとも思っていないのだろう。ルールが分かっていないとも思えない。貨幣制度くらい彼の連鎖にもあったはずだ。もしかしたら神様気分が抜けていないのかもしれない。
「ごめんなさい。この子ボクの知り合いで。えっと……いくらですか?」
「えっ?ええと……。324円です」
「はい。じゃあこれ。迷惑かけてごめんなさい。それじゃあ行こうねボウシくん」
「待ってくれエックス殿。この娘には立場の違いというものを分からせてやらねば……」
エックスは腰を落として、ボウシと視線を合わせた。そして、微笑みながら小さな声で言う。
「いいから来い」
「はい」
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買い物を終えて。エックスと公平はボウシを連れて向かいの喫茶店に入っていた。
「あのねえ。言いたくないんだけどさ。公平の部屋に住まわせてあげてるんだからさ。こっちのルールに合わせる努力をしなよ」
「うぅ……。すみません……」
「まあまあ」
公平はアイスコーヒーをストローで一口飲むと、二人のやりとりに入り込む。
「コイツもこっちに来たばかりだしさ。ちゃんと教えなかったこっちも悪い」
「甘いなあ公平は。この子の連鎖にお金がなかったわけないよ。それにボクは最初っからお買い物も出来ただろう?」
「まあ、そうかもね」
言いながら公平は財布を取り出して、中から1000円札を取り出してボウシに渡す。
「これは?」
「数字は読めるか?」
「1000と書いてある」
「なら練習しよう。この後、これを使って買い物して来い」
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行先は田中とスタッグがアルバイトしているコンビニである。
「なんであの店?」
「あそこなら、最悪トラブルを起こしても話せばわかるし」
「なるほど」
入店していくボウシを、道を挟んで向かいの建物の影から見つめる。
基本的なことは教えたつもりだった。消費税まで考慮して、1000円あれば大体900円くらいのモノなら買えると伝えてある。適当になにか好きなものを買って帰ってこいという指示を出した。買い物の練習である。
「これくらいなら普通にやれば五分以内に帰ってくるだろ」
「そうだね。遅くても十分もすれば戻ってくると思うよ」
十分経った。
「遅いな」
「まあ。もうちょっと待ってみよう」
二十分経った。
「……遅いな」
「……雑誌の立ち読みでもしてるのかな」
三十分経った。
「行こうか」
「うん」
これ以上待っていてもきっと帰ってこない。もうさっさと助け舟を出した方がいい。信号が変わるのを待って、横断歩道を走っていって、コンビニに入る。と、同時に怒号が耳に飛び込んできた。
「貴様ァ!異連鎖から来たのがそんなにおかしいか!」
「ですから!誰もそんな事を言っておりませんでしょう!」
「だったらさっきの変なものを見るみたいな目はなんだ!」
「ですから!キャンバスと魔力が無いのでおかしいなと思っただけです!」
「おかしいだとォ!?」
「ああああああああ!」
ボウシがスタッグと言い合いをしている。エックスと公平は慌てて二人の間に割って入る。他の客がいなかったのが幸いである。店の奥を見ると田中は品出しのフリをして面倒ごとに関わらないようにしていた。ちゃっかりしている男だ。
「こ、この。お客様は。一体何なのですか……。お知り合いですか?」
スタッグは必死に怒りを抑えながらも何とか敬語を保って尋ねた。彼には悪いことをしてしまった。
「あ、うん」
「わ、悪いなスタッグ。俺たちの知り合いなんだ」
「エックス殿離してくれ!この男!私をおかしなものでも見るみたいな目で見たんだ!許してはおけない!」
「……本当にこの子はもうっ!」
うんざりしたエックスはボウシに対して魔法を行使した。彼を手の平に収まるサイズに縮小させて、上着のポケットに放り込む。もっとちゃんとこの世界のルールを教えないと駄目だ。この子はきっとまたトラブルを起こす。
スタッグは拳を固く強く握り締めて、深く息を吐き心を落ち着かせた。公平は同情する目で彼を見つめる。ボウシが滅茶苦茶なことを言っているのは見ただけで分かった。
「よく耐えたな……」
「クビにはなりたくないですから」
「ゴメンね。本当に。因みにあの子何を買ったの?」
「このきな粉のおはぎですよ。何だか故郷の食べ物に似てるとかなんとか」
「ああ、そうなんだ……。ゴメン。お金はボクは出すからね」
「毎度どうも……。270円です」
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エックスは、公平を人間世界のコンビニに残し、ボウシを連れて部屋に戻ってきた。元の大きさに巨大化して、机の上に彼を降ろす。上からじいっと見つめながら口を開いた。
「あのねボウシくん」
「はい」
「これから暫くは、お買い物に行くときは必ずボクか公平を呼ぶように」
「え。何故ですか」
「何故って?キミに常識が無いからだよ。人間世界で生活するルールを一から十まで教えてあげるから」
「なっ!しかし待ってほしい!言っちゃあなんだが、私に言わせればこっちの連鎖の住人の方が非常識だ!今時異連鎖人を見たくらいであんな……」
エックスは拳を固く握りしめると軽く振り上げて机の上に叩き落す。ボウシの数cm手前。彼の背丈よりも数倍巨大な拳が机を揺らして聳え立った。
「うっ……」
「なら仕方ないね」
エックスはスッと立ち上がるとボウシを摘まみ上げた。
「な、なにをするのです!?」
「言うこと聞けないなら仕方ないよ。その両腕両脚を潰して外出できないようにしよう」
言いながその腕に指をかける。
「や、やめっ。やめてください!」
「え。でもキミ、ボクの言うこと聞けないんでしょ。公平の部屋に住まわせてもらってるくせに、こっちの言うことは聞けないんでしょ。じゃあもう動けないようにするしかないじゃないか」
彼女の指に力がかかる。ボウシは悲鳴を上げてごめんなさいごめんなさいと叫んだ。
「……言うこと聞く?これから買い物行くときはボクか公平を呼ぶ?」
「は、はい。呼びます。呼びますから許して」
エックスはほうと息を吐いて、指を離し、机の上に帰した。
「よろしい。それじゃあコレが最後のチャンスだ。もしも約束を破ったら、『魔法の連鎖』から追い出すか、それがイヤなら四肢を潰す」
エックスは冷たい目で見下ろしながらボウシに言い聞かせる。彼にはその姿がア・ルファーみたいに見えて、コクコクと首を縦に振る事しかできなかった。
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あんなことするつもりじゃあなかったのに。罪悪感で胸が一杯になったエックスは公平を魔法で呼び出して、気を紛らわせるために晩御飯まで二人で一緒に布団に籠ることにした。
「と、言うわけで俺は帰るよ。悪かったな」
「いえ。またのお越しを」
スタッグは感情の籠ってない口調で言う。
公平がエックスの部屋に戻ってから五分後。スタッグがタバコの補充をしていた時。銀髪の少女が入ってきた。適当に商品を物色すると、サンドイッチを手に取った。そのままレジを通さずに店を出ようとする。
「おっと。お客様。ちょっと待っていただきたい」
「あン?」
彼女は呼び止めたスタッグを睨みつける。彼には入店した時点で気付いていた。この少女からは魔力もキャンバスの気配も感じない。つまり。少なくとも人間世界の住人ではない。もしかしたら異連鎖人かもしれない。その意味はよく分からなかったが、要するに先ほどの子供と同じ境遇の可能性はある。
「いいや。なにも咎めようというわけではないのです。きっとこの世界、或いは連鎖のルールが分かっていないだけでしょうし」
「あ?ルール?……っていうか、なんだお前。アタシがこの連鎖の生き物じゃないって分かるのか?」
「ええまあ。ああ、けど勘違いしないでください。俺たちもまだそういう遠いところから来た人には慣れていないだけなんです」
予想は当たった。スタッグは内心ほくそ笑んで、レジから500円の硬貨を取り出す。
「店から商品を持っていくときはこういうモノが必要なんですよ。次に来た時は持ってきてください。今回は俺が払っておきますから」
「……なんだって?いいのかよ」
「ええ。ただし今回だけだ。次からはお金を持ってきてください。俺も幾らでも奢ってあげられるほど金持ちじゃあないんだ」
少女は手に持ったサンドイッチとスタッグを何度か見比べる。イチゴのサンドイッチだった。500円もしない商品。それくらいなら一回くらいは奢ってあげても構わない。
少女は顔を上げると、ばつが悪そうにしながら言った。
「そりゃあそうだよな。悪かった。次からは気をつけるよ」
「ええ。次からでいいです」
「お前いいヤツだな。気に入ったよ」
「それはどうも」
「アタシはガンズ・マリアってんだ。『聖技の連鎖』から来た。この借りはそのうち返すよ」
「ありがとうございます。それではまたのお越しを」
マリアは「じゃあな」と言い残し、店を出て行く。スタッグは再びタバコの補充作業に戻った。口調は悪いが最初の子供よりはずっと素直である。今回は対応を間違えなかったのが良かったのかもしれない。心の中で自分を褒めた。
「しかし……。『連鎖』とはどういう意味だろうか」
なんて、呟いてみる。




