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五年前の別世界より

 田中は駆け足でゼミの教室へと向かっていた。昨夜、彼は何かのきまぐれを起こして真面目にゼミの準備をしていた。慣れないことをしたせいで真夜中までかかってしまった。その結果、不幸にも寝坊したのである。


「ああああ。やべえやべえやべえ!」


 普段の彼であれば遅れたって気にしない。準備をしていない以上、遅刻なんて些細な事だからである。だが今日はちゃんとやってきた。そういう時くらいはパーフェクトにこなしたいのだ。

 数学家の講義棟に飛び込んで、階段を二段飛ばしで駆けあがる。と、その時だった。


「おおっと!公平!?

「うん?」

「なんだよお前も遅刻か!?」


 公平がいた。彼は怪訝な表情を田中に向ける。


「遅刻?って何のこと?」

「あン?ゼミに決まってんだろ?」

「ゼミ?って何?」


 話が噛み合わない。公平は『ゼミなんて知らないよ』という顔である。ここで田中はピンと来た。


「……あれ?もしかして今日ってゼミないのか?ああ、そうかそうか。そういうことか」


 公平は目をパチパチさせて不思議そうに田中を見つめていた。


「うん?じゃあなんでお前大学にいるんだ?」

「なんでって。授業があるから」

「ええっ?」


 彼は卒業に必要な単位を前期で取り切っていたはずだ。自分でそう言っていたし、今期はゼミ以外の授業は受講しないと宣言していたはず。気が変わったのかなと首を傾げる。そこで公平が口を開いた。


「ところでさ」

「何だよ」

「キミ、数学科だよね?」

「当たり前だろ。つーかなんだキミって気色わりい」

「きしょっ……。まあいいや。橘と木之本見なかった?同じ数学科なんだけど」

「たちばなときのもと?」


 田中は首を捻って記憶を思い返してみる。橘。木之本。名前を頭の中で行ったり来たりさせた。


「そんなヤツいたっけ。同期にはいなかったと思うけど」

「あ……。そっすか」


 公平はぽりぽりと頭を掻いた。


「アイツ等どこ行ったんだろ……」


 そう言って『橘』と『木之本』なる人物を探しに行く。田中は腕組して公平の言動を考えた。


「……まあ。授業って言ってたし。ゼミはないらしいし。俺も帰ろ」


 考えてもよく分からないし、考えても面白くない。田中は考察を止めて振り返る。来た時とは打って変わってのんびりと階段を降り始めた。と、そこで携帯が鳴った。表示されているのは公平の名前である。


「もしもし?」

「お前今どこ?」

「え?さっき会ったろ」

「会ってねえよ。……つーかさ。いつになったらゼミに来るわけ?」

「え、ええっ!?今日休みじゃねえの!?」

「寝ぼけてんのか!俺が居て教授も居るのに休みなわけがあるか!」

「え、いや。え、ええっ!?だって今……」

「何でもいいから早く来いっ!」


 そう言って電話が切れた。田中は後頭部を掻いて再び走りだす。じゃあさっき会った公平はなんだったのだろうか。世の中には三人同じ顔をした人間がいると言うが。


「でもアイツ公平って言って反応したよな……」


 名前まで同じということだろうか。何だか気持ち悪い。


--------------〇--------------


「ってことで。アレはお前のドッペルゲンガーだと思うんだよね」

「遅刻の言い訳ちょっと酷くないか?」


 公平は田中と談笑しながら大学講義棟を出た。ふと顔を上げると空を舞う流星のようなものが見える。


「あれ。エックスだ。どうしたんだろ。本気出してお昼ご飯作るから早く帰ってこいって言ってたし迎えに来たのかな」

「いいなー。俺も食いに行っていい?」

「多分いいと思うけど?おーいっ」


 公平は上空のエックスに向かって手を振った。その直後に、何らかの違和感を覚える。何かが違う。何が違うのかは分からない。ただ近付いてくる彼女の姿は確かにエックスであった。


「……うん?エックスさんなんか見なれない服着てるな」

「……うん。ホントだ。どうしたんだろ……」


 ニコニコ顔で手を振りながら近づいてくる。その巨体が近付いてくるにつれて違和感が強くなって。そして。


「……いや!違う!」


 公平は咄嗟に田中の前に立った。


「え、なに?」

「アイツエックスじゃない!」

「ウソっ!?」

「逃げろ!俺が何とかする!」

「お、おう!」


 田中は背を向けて走り出した。飛んでくる『エックス』は悪戯っぽく笑うと公平を通り過ぎていく。


「なにっ!?」

「もーらったっ」

「うわああ!?」


 彼女は飛びながら地上に手を伸ばした。そのまま逃げていく田中を捕まえてしまう。


「ゲットー。にぎにぎー」

「あ、が……」


 田中が苦悶の表情を浮かべる。公平は激昂しながら上空に浮かぶ『エックス』を見上げる。


「た、田中を離せ!」

「ん?いいよー」


 と、『エックス』はその場で手を離した。空中で支えるものがなくなった田中は当然地面に向かって落ちる。


「うわああああ!?」

「おいおいおい!」


 公平は慌てて跳びあがり田中を救出した。抱きかかえて地上に降ろす。


「し、死ぬかと思った……」

「じょ、冗談じゃねえ……」


 息切れしながら立ち上がり、上空で自分たちをニヤニヤしながら見下ろす『エックス』を睨む。田中や他の学生たちは慌てて逃げ出した。公平だけは残り彼女と向き合う。


「お前……。一体なんだ!誰なんだ!」

「キミ公平でしょ?なら見て分かると思うけどなあ」


 彼女はニッと笑って続けた。


「X。僕の名前はX。バッテンのローマ字一つでXだ。キミの恋人とほぼほぼ同一人物だと思ってくれて構わない」

「エックスはお前みたいなことはしねえよ!」


 『断罪の剣』を発動させて思い切り振る。斬撃が形になって、Xに向かって走り出す。


「ふうん……!」


 Xは右手を前に出し、斬撃を受け止める。公平には彼女の目が一瞬輝いたように見えた。


「いちち。なるほどね。そういう攻撃か」


 だが。ダメージを与えることは出来ているようだった。


「……ならっ!」


 公平は剣を上空に投げて叫ぶ。


「『完全開放』!」


 攻撃が通るなら強力な魔法で、一撃で仕留めるまでだ。剣が十三本に分かれる。それぞれが魔力で結び合いネットワークを形成。内部にXを捕えようとする。だが。


「残念。もう僕には効かないよ」


 今度はハッキリと分かった。Xの目が再び輝く。同時に公平の魔法が消滅した。


「……えっ?」


 魔法の還元をされたわけでもない。そういう気配は一切感じなかった。そもそも目の前のXからは、魔力もキャンバスも感知できない。それらを所持していないのだ。だからこそ公平は彼女がエックスではないと分かったのである。

 Xは戸惑っている公平を見つめている。悪戯っぽい笑みを浮かべて、人差し指をピンと立てた。大学教授が講義をするみたいに口を開く。


「あらゆる物は分子・原子・素粒子・もっともっと細かいモノで構成されている。僕はそれを操ることができるんだ。当然キミの攻撃もそういう物質で構成されている。分解するのは容易いことさ。……それからこういうことも出来る」


 Xはそう言うと立てた指先を向けた。次の瞬間、公平の身体をとてつもない重圧が襲う。自分を襲っているのは重力であると理解できた。素粒子を自由に操ることのできる彼女は、重力子を操作して局所的に超重力を発生させているのである。


「く、く、く……」


 それでもと。公平は顔を上げてXを睨む。彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「へえ……。負けず嫌いなんだ。僕の公平とはちょっと違うね」


 彼女の右腕を包むように機械の砲が武装される。Xはそれを公平に向けた。


「だけど」


 砲の内部が光り、それも徐々に強くなっていく。身体強化では振り切れないほどの超重力のせいで一歩も動けず、魔法も使えない。


「少し。立場の違いは理解してもらおうかな」


 光弾が発射された。公平のすぐ目の前に着弾し、その身体をふっ飛ばす。

 地面に大穴が開いた。Xは無造作に大学敷地内に足を下ろす。避難が完了していなければ、一人か二人は踏みつぶされていたかもしれない。それを防ぐくらいの時間は稼げた。取り敢えずよかったなと、消えゆく意識の中で公平はぼんやりと考えた。


--------------〇--------------


「……うん?」

「ああ。起きた?」


 目を覚ますと空を飛んでいた。Xの手に握りこまれている。脱出しようにも魔法を封じられているせいで何もできない。


「へえ。まだ逃げられる気でいるんだ」


 言いながらXは手の力を入れては抜いてを何度か繰り返す。にぎにぎにぎにぎと歌いながら。その度に公平は苦悶の表情を浮かべる。それが面白いのか更に力を強くしてきた。


「ふふん。分かったかな?にぎにぎ。もう僕からは逃げられないんだよ?にぎにぎ」

「ぐ、あ……」

「アハハ。面白い顔。まあ逃げてもいいんだけどさ」


 Xは人差し指と親指だけで公平を摘まむ。彼の真下に数百mの高度から見下ろす街並みが広がった。支えてくれるものは何もない。


「ここからどーやって逃げるのかしら?小人クン?」

「この……!」


 悔しがる公平を余所にXは彼を握り直してクスクスと笑った。胸の奥がむかむかする。このままいいようにされるのは我慢ならない。何か仕返しする手はないか、頭をフル回転させた。だがいいアイデアはさっぱり思いつかない。


「さあて、と。この辺でいいかなー」


 ゆっくりとXは下降を始める。公平は真下を見下ろしてぎょっとした。


「思いっきり街中じゃねーか!?」

「そうだよー?」


 Xは平気な顔で地上に近づいていく。足元の車や自分を見上げる人を確認すると、それらに手をかざした。


「邪魔」


 その一言と共にそれらが勝手に動いて離れていく。重力操作の応用である。重力の向きを変えて地面と平行に落としたのだ。公平はXの手の中から地上を見回す。奇跡的に壊れた車や怪我人はいない。だが、こんな無茶苦茶を続けていたらいずれ死者が出る。

 彼女の足が置けるだけのスペースが開いた。Xはそこに降り立つ。リラックスするみたいにぐぐっと背伸びをした。


「ふぅ。さあて、と」


 そしてXは公平に顔を近づけた。


「分かっているだろう?この街は僕には狭い」


 言いながら手近なビルに足を近づける。窓の向こうで悲鳴を上げて逃げ出す人の姿が見えた。


「だからさ。例えばこういう邪魔なモノを蹴散らして。踏み潰して。まっさらにして。住みやすい世界を創るのっていいアイデアだと思わないかい?」

「や、やめろって!そんな……」

「いーやっ」


 足を振りかぶる。まだ中に人が居るビルなのに。彼女は構わず蹴り飛ばそうと──。


「『メダヒード』!」


 声がした。火球がXの背中に当たる。彼女はギリギリで足を止めて、振り向いた。


「なあに?」

「こっちの台詞だ……。何をしているんだエックス……!」


 Xは目をぱちくりさせた。


「知らない子だなあ。ああそうそう。彼女の名誉のために言っておこう。僕この世界のエックスではないからね」

「なに?」

「ほら。公平はすぐに気付いたみたいだよ?」


 公平を持つ手を軽く上下に振る。吾我は訝しんだが、魔力もキャンバスも感じ取れないことからその言葉が本当であると理解した。


「なら話は早い!『ギラマ・ジ……』」


 Xは愉しそうに笑う。公平は、彼女には魔法は効かないということを伝えようとしていた。しかしながら途方もない握力で全身を握り締められているせいで声が出せなかった。


「おいで。ムシケラくん?」

「『メダヒード』!」


 吾我は掌を前に突き出す。だが、何も起こらない。


「なにっ!?」

「はい。残念でしたー」


 Xは吾我を蹴り飛ばした。どこぞのコンビニのガラスに激突して、崩れ落ちる。


「く、あっ……」


 そのまま。彼は意識を失った。


「ふっふーん。僕の勝ち~」

「なんだなんだ。一体なんだ!?」


 コンビニから店員が飛び出してくる。気絶している吾我。割れたガラス。ニマニマと地上を嘲笑うXの姿。店員であるスタッグはその全てを見た。

 Xはスタッグの姿に気付くと少しだけ目を見開いた。


「あれれ?キミは……」

「まさか……。貴女がやったのか……!」

「……ふふっ。そうだよ?桑野クン?」

「そうか……。許せんっ!俺の大事な職場をっ!」


 スタッグは怒りのままに『魔人スタッグ』に変身する。羽を羽ばたかせて飛行の用意をした。深く静かに息を吸い、吐き出す。


「『オーバーヒート』!うおおおおっ!」


 その叫びと共に、スタッグの全身が真っ赤に染まり燃え上がる。地面を蹴りぬいて飛び出していく。炎に包まれた拳を。突き出して。


「えいっ」


 そしてそれより遥かに巨大な拳に殴り返されて。そのまま墜落した。変身が解けたスタッグは吾我の隣で仲良く気絶する。


「ふふっ。そっかそっか。桑野クンもこっちにいるんだね」

「ど、どういうことだよ……」

「別にー?」


 Xは倒れている二人に歩み寄り、ひょいひょいと拾い上げる。と、思うと大きく口を開けて、二人をその中に放り込んだ。口を閉ざし、もごもごとしている。


「よ、よせよ!そんな……。食べるなんて」

「んー。うるさいぞー?」


 公平を握り締めて黙らせる。ちらっと下を見た。スタッグが出てきたコンビニは、騒ぎのために皆逃げ出してしまっている。もうもぬけの空だ。Xはにやりと笑ってそこに座り込ぬ。彼女のお尻の下じきになってコンビニが潰された。


「むー。もろーい。椅子にもならないのー?……って。こんなちっちゃな椅子いらないけどさ」


 足を延ばしてリラックスする。手の中の公平はぐったりしていた。次は彼を口の中に入れてあげようか。口の中の二人を舐めまわしながら考えていた時である。


「公平の帰りが遅いと思ったら」


 とっくに周囲の人は避難して。周りには誰もいないはずで。近付いてくる者もいるはずがないのに。一人の女性がいた。俯きながら歩み寄ってくる。Xは彼女を一目見て、そして笑いかける。


「もう来たんだ。待ってはいたけどさ。まだコンビニ一個潰しただけだよ。もうちょっと遅くても良かったのに」

「……へえ。キミ。ボクを待ってたんだ」


 顔を上げる。緋色の瞳同士が見つめ合う。その身体がカッと輝き大きくなっていく。その勢いのままに回し蹴りを繰り出した。Xは咄嗟に膝立ちになり、彼女の一撃を受け止めた。


「初めまして。エックス、だよね?」

「ああ。初めまして。さようなら!」


 そう言ってエックスは軸足で地面を蹴って跳び下がる。距離を取りながら手を挙げると魔法を発動させる。Xの真上に『星の剣』を創りだし、落とす。


「……残念」


 だがしかし、Xは公平や吾我にしたようにエックスの魔法を消してしまう。その一瞬の動揺を見逃さない。右手に大砲を武装させると光弾を放ち攻撃する。

 魔法では防御出来ない。腕を交差させ受け止めようとする。と、その瞬間超重力が彼女の防御を解いた。Xの攻撃を無防備のままに受けてしまう。


「うああっ!?」

「ふふん。残念。その力は僕には効かないよ?さあさあどうする~?」


 その言葉に。エックスは小さく歯ぎしりした。


「ボクは」

「ん?」

「ボクは。これでもさ。我慢していたんだ。我慢ならないことばっかりだけど我慢して。全力は出さないつもりだった」


 そして。顔を上げる。


「そうやってボクの顔で調子に乗って。街を壊して。みんなを。公平を傷つけて。……やっぱりさ。我慢とか手加減とかさ。馬鹿みたいだよね」


 その瞬間、Xの全身を寒気が襲った。咄嗟に手の中の公平をエックスに向かって投げつける。先ほどと同じく動揺を誘う作戦。予定通り彼女は彼を受け止めるのに一瞬だけ気を取られた。その一瞬で全ての武装を展開する。大砲。重力ナイフ。小型ビット群。

 自動操縦のビットたちが同時に動き出した。あらゆる角度からエックスに向けてレーザーを照射する。間髪入れずに、Xは体内のエネルギーを大砲に送り、全力の一撃を発射させる。慌てて出したはいいけれど、重力ナイフはいらなかったなと思い直す。

 公平が意識を取り戻した。幾つもの同時攻撃が襲いくる光景にハッとする。


「や、ば……!」

「大丈夫」


 その言葉に顔を上げる。すぐに、分かった。彼がよく知る彼女が微笑んでいる。

 次の瞬間エックスの姿が消えた。同時に彼女がいた場所に巨大な足が落ちる。Xの攻撃全部を同時に踏みつぶしてしまえるほどの大きさであった。


「え、ええっ!?」


 Xは恐る恐る顔を上げる。怒り心頭のエックスが先ほどの百倍程度の大きさになって自分を見下ろしていた。


「さあ。覚悟はいいかい?」


 エックスはそう言って。足を上げた。


「き、聞いてないよこんなの!?」


 咄嗟にXは逃げようとする。しかし、そんな彼女も今のエックスには百分の一の大きさの小人でしかない。当然逃げられるわけはない。あっさりと踏み下ろされた足の下敷きになるのだった。


「ふう。おしまいっ!」


 エックスは得意げに胸を張った。その肩の上で公平は地上を見下ろす。Xは目を回して気絶していた。


「あっさり終わっちゃったよ……」


 『魔法』を極め、全能の力を手に入れたエックスが相手では、素粒子がどうとかいう『技術』は通用しないらしい。

 エックスは気絶しているXを拾い上げた。途中で涎にまみれた二人の男が彼女の口からせき込みながら脱出する。


「さあて。それでコイツはなんなんだろう……」

「さあ?俺もよく……」

「えーっ!?なんでそんなに大きくなってんだよぉ!?」


 エックスは地上からする聞きなれた声に目を向けた。と、同時にあれっと思う。公平は自分の肩にいるはずなのに。


「……ああそうか。ボクが二人いるんだもんな」

「どうした?」

「魔力で視力を強化してあの辺を見てごらん」


 言いながらエックスは地上を指差した。


「あそこでもう一人の公平が大きくなったボクを見てびっくりしてるから」


--------------〇--------------


 エックスの部屋。エックスはXと公平とドッペルゲンガーの公平を連れ込んだ。ドッペルの方の公平が殆ど土下座のような勢いで頭を下げる。


「ごめんなさいっ!ほらっ。Xも謝れよ!」

「えー……。でも、僕悪くないし……」

「いやいや」

「それは嘘」


 公平とエックスはXの発言を否定した。彼女は絶対に悪い。というより彼女一人だけが悪い。


「そっかー。公平も来てたかー。『異次元旅行装置』のテストに巻き込まれてたんだね」

「変なモン発明するのはいいけどさ。他の人に迷惑かけるのは止めろよな!」

「はーい……」


 Xはしゅんと落ち込む。彼女は別の世界からやってきたのである。『魔法の連鎖』の中にはない、どこか別の遠い世界だった。自分たちにそっくりな二人を見つけたので興味本位でちょっかいをかけてみたのだという。


「いやでも。やっぱり僕は悪くないと思うんだ。だって誰も怪我しないように注意したし!」

「吾我くんとスタッグくんに大怪我させたのは誰ですかー?」

「な、治したじゃん。小人の怪我なんてさ。僕が舐めちゃえば簡単に治るんだよ?」

「じゃあコンビニを敷き潰したのはどこの誰ですかー?」

「そ、れも直したじゃん。ハハハ……。ホラ、素粒子レベルで組みなおしてさ……」

「だからってやっていいことと悪いことがあるでしょ!」


 言い訳ばかりしている自分と同じ顔をエックスは覗き込んだ。Xはうぐぐと圧倒される。彼女には勝てないと分からされてしまったのだから仕方がない。


「だいたいね。ボクはキミの『小人』って言い方が気に入らないんだよ!百歩譲って他の顔なら良いけどさ。ボクの顔でそういう事を言わないでほしいっ。大体ボクたちはただ大きいだけなのにそれに驕って……」

「う、うるさーい!」


 と、背後に回した手で隠し持っていた装置を起動させる。Xと異世界の公平の身体が光に包まれた。エックスは咄嗟に二人から離れる。


「ふふ。懸命だねエックス。今のままじゃあキミも僕たちの世界に行くところだった」

「こ、この……!待てー!」

「待たない!バイバーイ!もう二度と来ないよーだ!」


 べえと舌を出して捨て台詞を残したX。ぺこぺこと謝り続けていたもう一人の公平。光と共に二人の姿が消えた。エックスは悔しそうに両手を握り締めた。公平はぽつりと呟く。


「アイツ、結局謝らないで帰っていったな……」

「ボクはそこが一番釈然としないんだよ……!」


 かくして。人間世界を襲うちょっとした騒動は幕を閉じた。Xともう一人の公平は彼らの世界へと帰っていった。五年前の別世界へと。

【初めに】

今回出てきたXともう一人の公平は、五年前投稿していた小説のメインキャラクターであるXと公平です。

当時はXは巨大化させられたサイボーグで、公平は戦う力を持たない一般人でした。

そんな二人を今のエックスと公平の物語に混ぜてみたのが今回の短編です。

つまりは完全な身内ネタです。それを知っている人間も多分自分一人だけ。酷い。でもこれを書いたのには理由があるのです。


残念ながら当時はお話を完結させることは出来ませんでした。

今の連載を始めるにあたり、古い小説は全部消してしまったので二度と読むことはできないです。

ですが。この二人のおかげで今のエックスと公平があるので。こっちの二人にも思い入れがあるので。それに今の連載を始めて一周年なので。

記念というよりもお礼です。

五年前に勇気を出して。小説を投稿して。あの二人を生み出してくれた自分へのお礼として。ちょっとだけ顔を出してもらいました。


因みに「橘」と「木之本」も五年前に書いていたキャラです。彼らは公平の友達でした。

ついでに言うと「スタッグ」=「桑野」も五年前からいました。

彼は公平の一年後輩で、エックスを改造したのと同じ組織に改造人間にさせられて、「クワッガー」というクワガタムシのヒーローに変身できるようになった代わりに頭がおかしくなってしまった男でした。


【Xについて】

Xはエックスに比べて良くも悪くもポジティヴです。やりたいことはなんでもやります。

巨人である自分の力を振るうことに迷いがありません。人間に力を向けるのなんて日常茶飯事です。

「殺さなきゃ何してもいいんでしょ?」ってキャラです。人間を「小人」呼ばわりするタイプの巨大娘。見た目は同じですがエックスとXは水と油です。

一人称は漢字の「僕」。名前の表記はローマ字で「X」。幼少期に家族から悪い組織に売り飛ばされて巨大な改造人間にさせられました。

持っている武器の半分はお手製です。彼女は超天才なので。

世界征服のための兵器としては99%完成していましたが、最後に精神を完成させるために誘拐された公平を食べるように命じられます。

ですが、そういう事を特に望んでいなかったXは組織を裏切って公平と暮らすことを選ぶのでした。


【当時の公平について】

魔法が使えない以外は今とほぼ同じです。

戦闘能力もありませんでした。

某国立大学の理工学部数学科に通っています。

前述の経緯でXに出会った彼は彼女に半ば連れ去られる形で一緒に暮らすことになります。

その生活の中で巨大なXの玩具にされたりするのでした。

この時には公平には妹が居たりしました。今は弟になっています。

当時はぼんやりと「最終的に公平も改造人間になってエックスと一時敵対するけど最後は元の鞘に収まる」という展開を考えていましたが、そんなところまでお話をつくることが出来ずに連載は無期限休止になりました……。


【その他】

・当時の連載ではXの妹としてYとZというキャラが居ました。現在の連載でも設定だけありますけど登場の予定はないです。


・一周年記念に投稿する短編としてはもう一つの候補がありました。「未知との出会い」で想定していた別の終わらせ方を公平の夢として書くというものです。「実はエックスは人間世界を支配することが目的の魔女で、公平のおかげで全能になった後はその力で手始めに公平を虐殺し、人類に忠誠を誓うように命じる」という展開です。あれだけ長々とやってラストがそういうちゃぷだい返しをする展開は一周して美しい気もしましたが、バッドエンドはあんまり書きたくないのでボツにしました。


【最後に】

一年間エックスのお話を書けて良かったです。この一年は色々と良いことがありました。

沢山の方と交流できて、小説の感想もいただいて、エックスのイラストももらえました。

それに対してこんな身内ネタみたいな反応に困る短編を書いちゃうのはどうかと思いますが、先ほども言ったようにコレは今の自分から過去の自分へのお礼なのでご容赦ください。


以上!


これからもウチのエックスちゃんをよろしくね!

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