エゴサーチをやってみた
「むー……」
大学の学食。その日エックスは人間の大きさになって遊びに来ていた。公平と一緒に大学へ行き、一緒に授業を聞いて一緒にお昼ご飯を食べた。食事の後、渋い表情でスマートフォンと睨めっこしている。
「どうかした?」
隣に座る田中と談笑していた公平はエックスの様子に気付いた。
「……自分の名前で検索してみたんだけど」
「エックスさんエゴサするんだ……」
田中が呟いた。エゴサーチ。一度エックスの名前で調べてみたことがある。その時は『どこかこわい』なんて書いてあったはずだ。彼女の表情を見るに結果はその時からあまり変わっていないらしい。
スマートフォンを買ったエックスは最近SNSを始めた。インターネットにつながっている人間世界にいる時だけだが。そこで自分はどう思われているかを調べたようである。しょんぼりしながら小さな画面を見つめている彼女の姿が何だかおかしかった。公平は意地悪に笑う。
「なんて書いてあったの?」
「えーっと……。言いたくないなあ」
「じゃあ自分で調べるよ」
「えーっ。ずるいよ」
公平は構わずエックスの名前で調べてみた。田中がのぞき込んでくる。
「えーっと」
「声に出しちゃイヤだよ」
「『怪獣』」
「出すなって!」
顔を真っ赤にして怒る。一発目からシンプルながら酷い言葉だ。
「『人間のことを虫けらとか下等生物とか思ってそう』」
「思ってないもんっ!」
「実際のトコどうなの?」
田中が聞いてきた。少なくともこの世界の人間相手に対して言ったことはないと思う。
「これは言ってない。だから多分思ってない」
「多分……」
「じゃあ今のところ一つはウソか」
「待って田中クン?それはつまりキミはボク=『怪獣』は本当だと思っているってこと?」
「やべっ」
田中は食器を返すとそのまま逃げていった。エックスは彼を睨みながら逃げる姿を目で追いかける。いつか仕返ししてやると心に決めた。
公平は検索を続けつつ、田中がエックスに慣れてきたことを嬉しく思った。本当に恐いと思っているならあんなふうに口を滑らしたりはしない男である。
「あっ。コレ面白い」
「もういいよ。やめてよ」
「『人間を誘拐して玩具にしてそう』」
「してない!」
「してるじゃん……」
「……そっか。してるわ」
条件反射的に否定したが、よくよく思い返してみると公平と一緒に暮らすことになった経緯は殆どこういうことである。人間世界に来た時にたまたま最初に見かけた公平を捕まえて自分の部屋に連れ帰った。その後は紆余曲折合ったが、概ね彼を玩具にしながら生活している。
「まあ。別にイヤじゃないけど」
「公平ったら変態みたい」
「エックスお前……」
顔を上げるとむっとした顔でエックスが睨んでいた。彼女なりの仕返しだったらしい。少し意地悪し過ぎたなと反省して、スマホをポケットにしまう。
「悪かったよ。もうやらないから」
「……もう。本当に止めてよね」
「ごめんって。……あっ。悪いそろそろ時間だ。俺ゼミ行くし」
言うと公平は食器を返して「また後で」と言い残して去っていく。エックスは手を振って見送った。
「……むう」
そして。手に持ったスマートフォンと再び睨めっこする。見たくないけど興味はある。果たして自分はどう思われているのか。いい印象を持たれていないのはもう分かった。もう少し具体的なところを確認しておきたい
「え、えーっとお」
もう一度自分の名前で調べてみる。検索候補に『怪獣』や『危険』や『怖い』とかがあって凹む。これがローズになると『女神』とか『すき』とか『優しい』とかになるのだ。何か間違っている気がする。
気を取り直して。自分の名前で検索をかける。
------------------------------------〇-------------------------------------
本当に。本当にボクがキミたち虫けらなんかの味方だと思ったのかい。
ふふふ。あははは!バカだなあ。脳みそまで虫けらレベルなのかな?くくくく。そんなわけないじゃないか。キミたちみたいなチビどもと?一緒に暮らすって?ふふっ。能天気な生き物だね。
……そう。全部嘘さ。優しい顔したエックスちゃんは幻想。ホラ見て。そう。この潰れた赤い染みが公平だ。
優しい顔をしていればキミたちはきっと安心する。何があってもボクが守ってくれるってさ。そう。その時を待っていたんだ。
そうして気を緩んだところを。こうして……踏みつぶす。はあ……最高の気分……!キミたちの絶望が、ボクの心を全部満たしてくれる……!
……ほら。死にたくないだろ?なら舐めろよ。キミたちの仲間を踏みつぶしたボクの足をさ。そう……。キミたちはこれから先永遠にボクの奴隷だ……!
『きっとこんな感じのことを考えているから早く追い出した方がいいと思います』
------------------------------------〇-------------------------------------
要約するとこういう感じのことが書かれていた。人類の味方をしているのは演技。そうやって油断させて、いずれ人間の世界に対する侵略と蹂躙を開始しようと考えていると。
「そんなこと考えてないよお……」
食堂のテーブルに突っ伏して呟く。こんな風に思われていたなんてショックだ。こんな事一回だって言ったことないのに。
「しかも公平のこと潰してることになってるし……」
これが個人的に一番のショックである。公平のことだけは大事にしていると思われていたかった。
「……他にはどんなのがあるんだろ?」
更に先の検索結果を見てみる。
------------------------------------〇-------------------------------------
『最近エックスがめちゃくちゃ大きくなったって聞いたから。きっとこういう事をすると思う』
青い惑星、地球。我らが住む母なる星。
『……クスッ』
それが。飴玉のような大きさに見えるほどに巨大なエックスの姿。彼女の瞳でいっぱいに広がって。緋色の空が人類を丸ごと見下ろしていた。
『フフ……。随分みじめな姿だね?って言ってもキミたちは何も変わってない。ボクが大きくなっただけさ』
ちょんと。人差し指が星に触れた。世界の終わりみたいな大揺れと共に。どこかの大陸が丸ごと押しつぶされる。
『これが本当のボク……。あの小虫を利用した甲斐があった。公平も今ではボクのお腹の中。キミたちも同じ場所に連れて行ってあげよう……』
そして。人差し指と親指が地球を摘まみ上げる。巨大なブラックホールみたいな口が近付いてきた──。
------------------------------------〇-------------------------------------
「星なんか食べないって……。美味しくないに決まってんじゃん……」
殆ど海と土の味しかしないはずだ。どうしてそんなものを食べると思われているのか不思議である。
「この人のストーリーでもボクが公平を殺してることになってる……。なんで?そんなにボクって公平のことを殺したいように見えるの!?」
『殺す』という単語に周囲の目が集まった。思わず大声になっていたことに気付いて、コホンと咳払いして席を立つ。食堂を出た時は恥ずかしくて顔を真っ赤にしていた。後ろから笑い声が聞こえた気がする。
「……人のいないところに行こうかな」
大学のあちこちを歩いて回る。今は授業中。食堂のような場所を覗けば人気は殆どなかった。とはいえ建物の中では声を出したら迷惑かもしれない。外に出て少し歩くと休憩用のベンチがあった。幸い周囲には誰もいない。ここなら良いだろう。
「よ、よし……」
スマホを手に取る。わざわざ人のいない場所を探して。やることがエゴサーチ。なんだかちょっとだけ悲しくなった。
------------------------------------〇-------------------------------------
『最近行方不明者が多いじゃん?アレの犯人はきっとエックス。で、攫った人を使ってこういう事をやってる』
生まれたままの姿を晒す。息は少し荒く、目はとろんとしていた。つま先をいじらしく動かして、足元の小人が震える様に嗤う。昂揚した表情で、一人を摘まみ上げる。
『ほら……。見て……。ここで最初に捕まえた子を潰したんだよ……?』
言うと彼女は自らの──
------------------------------------〇-------------------------------------
「しない!こんなこと公平以外にはしない!」
途中で読むのを止めていた。どうやらこの人のストーリーのエックスは手当たり次第に人間を捕まえては性的な秘め事に消費しているらしい。公平はその最初の犠牲者らしい。確かに最初の犠牲者は彼なのだが間違っても殺したりはしていない。今日も元気に学校に来ているくらいだ。互いに同意の上で互いに気持ちよくやっているだけである。
「そう!そこ!どうしてみんなボクが公平を殺すって思うのさ!」
エックス的にはここが一番納得のいかない部分であった。実際のところ不特定多数の人には彼女と公平の生活は知りようがないので、どれだけ仲良く暮らしていてもそれが情報として伝わることはないのである。
------------------------------------〇-------------------------------------
その後もエックスはエゴサーチを続けた。結果として以下のイメージを共通して持たれていることが分かった。
①エックスは人類の敵である。
②エックスは公平のことを殺している。
③潰したり食べたり性的な玩具にしたりと屈辱的な手法で人間を蹂躙する。
------------------------------------〇-------------------------------------
ゼミを終えた公平が田中と一緒に外に出ると、ベンチに座って虚ろな瞳で地面のどこか一点を見つめているエックスが見えた。二人は彼女に近づいていく。
「どうかしたのか?」
「公平……」
「うん?」
「こんな世界滅ぼした方がいいんじゃ……」
「なんで!?」
公平は思わず叫んだ。