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ファースト・コンタクト

 公平との特訓。そこに乱入してきた三人の神。エックスはその全員を纏めてなぎ倒して気絶させてしまった。やりすぎたかもしれないと反省しながら彼らを連れて自室に帰ってくる。

 伸びている四人を机の上に置いた。じいっと見つめて目覚めるのを待っていると、最初に公平が意識を取り戻した。次いでムームー、キリツネ、ボウシの順番で目を開ける。

 覚醒したボウシはエックスの姿を認めると慌てて跳びあがり、その緋色の瞳を睨んだ。彼女はムッとした表情で睨み返す。ボウシはそんなエックスに向かって真っ直ぐに指をさした。


「な、なんのつもりですか!?こんなところに連れてきて!まだ私たちを攻撃するつもりなのか!」

「あっ。ボウシくん」

「えっ?何ですかキリツネ殿」

「どうやらそれは私たちの勘違いだったみたいなんだよ」

「なんだって!?……はい?なんですとキリツネ殿。勘違い?」


 ボウシは隣にいるキリツネに顔を向けた。


「うん。私たちの行ったあの街は彼女の力で作った作り物で。食べられたり潰されたりしたのも作り物で。全部はあの男の人を鍛える特訓だったみたいで」


 キリツネはエックスの肩に座る公平を指差しながら言った。ボウシは目をぱちくりさせて、恐る恐る視線を戻していく。彼女は相変わらずムッとした表情で。腕組しながら自分を見下ろしていた。


「……ところで?キミはどーしてボクのことを攻撃したのかな?」

「ご、ご、ごめんなさァい!」


 ボウシは土下座するみたいに謝る。一瞬『ボクは理由を聞いているんだけど』とか意地悪しようと考えたけど。見ていてあんまりにもかわいそうだったのでやめておいた。他の二人からも理由を聞いてはいない。とはいえ見当はついていた。きっと自分が街を壊したり人間を殺したりして遊んでいると思ったのだろう。そう思って、勝てないと分かっているだろうに立ち向かってきたのだ。その勇気に免じて許してあげることにする。


--------------〇--------------


「それで?キミたちは一体なにしに来たのかしら」

「むーむーむー!」

「うん……。ゴメンね。ボク、ムームーちゃんの言葉分かんないからさ」


 公平は、エックスから彼らが異連鎖の神々であることを聞いた。そんな風には見えなかったが、このうちの一人の一つ目が巨大化したエックスの指を防いだので決して弱いわけではなさそうである。

 しょぼくれているムームーを見てボウシとキリツネが前に出た。


「私たちの連鎖が聖女に壊されてしまったんだ」

「ルファーが私たちと貴女との密会を勘付いたのです」

「ええ……。もうそんな事になってるの?だってキミが来たのつい昨日じゃないか」

「お願いします。今すぐ仇を取ってとか無理は言わないよ。せめて魔法の連鎖に私たちを住ませてください」

「私たちももう居場所が無いのです。他の神は『聖技』を怒らせたくないでしょうし。ここしかもう居場所が……」

「ええー……」


 エックスは頬を掻いた。勝手に居場所認定されても困る。そう思いながらもどこなら彼らを住ませられるのかを考える。

 よく知っている世界は魔女の世界か人間世界だけだ。しかし魔女の世界に彼らを住まわせるのは難しい。ローズには岸田を、ヴィクトリーには子供の世界で連れてきた二人を既に任せている。更に追加のお願いはしにくい。他の魔女のところでは何かしらトラブルが起きそうである。そうなると人間世界以外に選択肢はない。

 三人を順番に見ていく。ボウシ。見た目は帽子をかぶっている男の子。多分人間世界に住み着いても問題はない。キリツネ。キツネ耳を生やした女の子。ヘンテコではあるけど彼女も人間世界で生活できるだろう。問題は。


「むう……」

「むー?」


 ムームー。岩みたいな身体。一つ目。言葉も「むー」しか喋れない。だから意思疎通も出来ない。この子は無理だ。気のいい女神らしいけど、どう考えても受け入れてもらえる気がしない。


「あっ。あっ。あーっ!」


 と、突然にキリツネがエックスを指差して叫んだ。


「今、今あの子、ムームーちゃんを見て、『この子は無理だな』とか思った!」

「むー!?」

「なにィ!?本当ですかキリツネ殿!?エックス殿!前々から思っていたが貴女は異連鎖交流の時代を生きる神としての自覚が足りていない!見た目で差別するなど言語道断!」


 机の上からの小さな神々の抗議。わあわあと責め立てられたエックスは、うんざりしてしまって目をぎゅっと閉じて耳を塞ぐ。


「あー、あー。うるさいうるさいっ。ボクは神様なんかやる気はないからいいんだよっ!」

「責任を放棄するのかっ!」

「うるっさいなあ、もうっ……!」


 エックスは思わず立ち上がっていた。突然のことで公平は危うく振り落とされそうになる。彼女の影に包まれて、机の上の三人の声が途絶えた。


「……うっ」


 彼らの怯えた視線を受けて、エックスはなんだかいたたまれなくなった。あんまりにも大人げなかった。仕方がないのでもう一度座り直す。

 意味もなく立って。意味もなく座って。馬鹿みたいだ。恥ずかしくて顔から火が出そうな想いである。


「まあ。うん。アレだ。三人の事はもう少し考えて……」

「いや、俺のマンションに住めばいいんじゃないの?」


 肩の上。公平の声。エックスは目を向けた。不思議そうな顔で見上げている。


「いやだから。俺のマンション使えばいいじゃん。別にいいよ?」

「いや。いやいや。さっきあの子たちに揶揄されたけどさ。でもさ。ムームーちゃんはほら……」

「外に出られないのはもう我慢してもらうしかないんじゃねえかな……。ずっと部屋に居ればトラブルにはならないだろ?」

「……うん」


 エックスは少し考えてみた。確かに。部屋に籠っているなら人目につく心配はない。あの部屋は公平が宝くじの賞金で個人的に買った物だ。おかしなことをしなければ他に人が入ってくることは無い。食事はこの部屋から送ってあげればいい。

 何だか問題ない気がしてきた。机の上の三人に目を落とす。


「……それでいいなら。いいよ?」


 こくこくと頷いているので。それでいいということにする。


--------------〇--------------


 三人をマンションに案内して。魔法で適当に生活必需品を用意してあげて。少なくともムームーだけは外に出ないように言い聞かせて。そのまま向こうに残して。エックスと公平は人間世界を後にしした。

 二人で並んで歩いて部屋に戻る。公平はリラックスするみたいに大きく背伸びをした。


「ああっ疲れた」

「お疲れ様。公平」


 エックスは彼の真似をするかのように背伸びをする。その勢いで元の大きさに戻った。軽く持ち上がった踵を踏み下ろす。その衝撃で足元の公平がよろけた。そんな様子を見下ろしてくすっと笑う。


「な、なんだよ……」

「油断しちゃあダメだよ?」


 片膝を落として手を差し出した。公平がそれに合わせるようにして手を伸ばす。しかし彼女が彼を拾い上げる直前にその手が止まった。不思議そうに彼女の表情を見つめる。


「……どうした?」

「……ッ!」


 止まっていた手が突然に動き出した。彼女は若干乱暴に公平を捕まえて立ち上がる。その手をポケットに突っ込んで、その中に彼を置き去りにする。


「お、おい……」

「ゴメン!ちょっとそこで待ってて!」


 身体が魔法の球に包まれた。公平はこれを知っている。以前、エックスが自分を連れて連鎖を飛び出していく時に使ったものだ。それに見合うだけの大きさになる際に自分を守る防護壁である。


(でも。今は『魔法の連鎖』を離れられないんだろう?ウィッチに警戒してって……)


 そこまで考えてハッとする。それはつまり、ウィッチから目を離してでも先に対応しなければならない脅威がすぐそこまで迫っているということではないのだろうか。だがそんな相手は一人しか思い当たらない。

 ポケットの中の空間が爆発的に広がっていく。果てすら見えなくなってしまう。公平は人間世界に戻る裂け目を開こうと試みた。しかし魔法が発動しない。彼女に邪魔されているのだとすぐに気付いた。仕方がないので精いっぱいの声で叫ぶ。


「エックス!聞こえないか!?俺は『魔法の連鎖』に残るぞ!」

「……大丈夫。『魔法の連鎖』を離れるわけじゃないからさ。ウィッチが何をしてもすぐに反撃できるようにするから大丈夫だよ」

「いやでも……」


 それでも人間世界にいた方がいいのではないか。そうすればウィッチが何をしてもすぐに対処できるはずだ。勝てはしなくても時間稼ぎくらいはできる。公平はそう言った。だがエックスの答えは変わらない。


「……ダメだ。だって……。もしかしたら、連鎖ごとキミが……」

「えっ?」

「……いや。うん。やっぱり後で!」


 更に加速度的に。ポケットの中の空間が広がっていく。


--------------〇--------------


 息を切らしながら。エックスは『魔法の連鎖』を飛び出して、連鎖すら超える大きさにまで巨大化する。彼女のすぐ後ろには幾つもの小さな光を内包する球体──『魔法の連鎖』があった。今の彼女にとっては林檎くらいの大きさでしかない。その中にある光の一つ一つが生き物の住む世界である。触れれば磨り潰されてしまうくらいに小さくて大切な輝きを、瞳に焼き付けるように見つめる。


「……絶対に壊させないからね」


 そして。自分を見つめている相手に向き直る。


「思っていたよりもずっと。早かったですね」

「褒めてくれてありがと」


 そこには今のエックスと同じ背丈の金髪の女がいた。真っ白な翼。冷たい瞳。神々しく輝く剣。あの三人から聞いた特徴と合致している。


「もう知っているでしょうけど。私はア・ルファー。『聖技の連鎖』の女神です」

「ご丁寧にどうも。ボクはエックス。『魔法の連鎖』のただの魔女……ううん。お嫁さんかな」


 エックスはそんな風に嘯く。ルファーの瞳が微かに笑ったように見えた。

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