明日のボクらはどうするべきか。
「①ウィッチをどうにかする。②『聖技』への対策。これが今一番大きい問題で」
メモ用紙に抱えている問題やToDoをリスト化していく。次に並ぶのは暇だから、と安請け合いした仕事たちだった。廃ビルの解体・新規オープンするお店の宣伝・伐採・整地。これらは全部断った方が良さそうだ。状況が大きく変わって、最早暇ではなくなったからである。
「と、なると……」
①と②から直線を引く。取り急ぎ、これら二つを解決する具体的施策を講じることこそが最優先してやるべきこととなる。
「でもそれは結局同じことをやるしかなくて……」
それは即ち戦力の強化だ。少なくとも『人間世界』がウィッチと戦える程度には強くなってもらいたい。そうすれば彼女のことを任せて、『聖技』に仕掛けられる。だが、それには一つの問題があった。
「でもそれをするには、最低限一人はウィッチと同じだけのキャンバスを持つ魔法使いを育てる必要があるからな……」
単純な鍛錬では不可能である。ランクは100以下の整数値しかとらないので、他人から膨大な数のキャンバスを奪う必要があるからだ。
キャンバスは常に無限の彼方へとに広がろうとしている。有限の範囲にとどまっているのは広がりを阻む壁が幾つも存在しているからだ。ランクを上げることは、その壁を破ることと同義である。壁を一つ破る度にキャンバスは現実に向かって広がっていくのだ。
裏を返せば。ランク99の公平がそれ以上のランクを目指そうとするのであれば、必然的に他人からキャンバスを奪い取るか最後の壁を破ってランク100に成長しなければならない。出来れば前者はやらせたくない。だが後者は現実的に不可能だ。
ペン先でメモ紙を叩く。行き詰った。こうなれば公平にもっと『レベル5』を使いこなせるようになってもらうしかない。持続時間が長くなればなるほどにウィッチと戦いやすくなる。
ただ、それを実現するには時間がかかる。『レベル5』はもとより負担の大きい魔法だ。ゆっくりと育てなければ公平の身体が壊れてしまう。そうなってしまえばウィッチと戦うどころの話ではない。
「どーしたもんかなー」
椅子にもたれかかって天井を見上げる。『レベル5』を更に鍛え上げるか。取り急ぎウィッチを倒すまでの期間、誰かのキャンバスを預からせてもらうか。
「……あ」
そこで思いついた。どうしてこんな簡単なことに思い至らなかったのか。
「無限引く有限は無限!ボクの持ってる無限の広さを持つキャンバスを、ウィッチのキャンバスに匹敵するだけ切り取って、みんなに預ければいいんだよ!それでもボクは無限のキャンバスが残るからルファーと戦える!ウィッチだって怖くない!」
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「えっ。いや、いいよ」
「なんでさ!?」
エックスの提案を公平はあっさりと断ってしまった。
概ね話は聞いた。ウィッチ以上に厄介な問題が飛び込んできたということも正しく理解できた。その回答がコレである。
机の上で座っている公平に大きな顔を近づける。緋色の瞳でじいっと見つめて詰め寄った。
「理由が聞きたい!納得のいく理由を!」
「い、いや。そりゃあ。だって、俺にキャンバスを預けたせいでエックスがそのア・ルファーとかいうヤツに負けたら嫌だし……」
エックスは身体を起こしてじとっとした目で公平を見下ろした。
「今更何言ってんだよ。ボクが負けるわけないじゃないか。大体無限から有限を引いても残るのは無限だけだ。公平にキャンバスを預けたってボクが弱くなることは無いんだよ?」
「でも万が一のことがあったらって思ったら……。やっぱり俺はイヤだ。俺が頑張って強くなった方がいい」
「むうう。頑固者め……!」
口ではそう言いつつも内心嬉しい。もしかしたら顔が赤らんでいるかもしれない。知らず知らず口元がにんまりしているかもしれない。バレないように気を付けないと勘付かれるような反応を無意識にとってしまいそうだった。それくらいには嬉しかった。
「まあ……そういうことならまあ……。キミの意見を尊重して。ボクは万全の状態でア・ルファーと戦うことにしようじゃないか……」
「うん。それがいいよ。それが」
「……あー。でもなー。それじゃあどうしようかなー」
言いながらも選択肢はもう一つしかないことには気付いていた。結局『レベル5』の特訓以外に手段はない。『レベル5』の発動中はランクオーバーxに到達できる。持続時間が長くなればウィッチに対抗できる可能性が広がる。
特訓を重ねた今の公平であっても15分間の連続使用しかできない。最初は五分程度しかもたなかったことを思えば大きな成長である。負荷の大きい『レベル5』は人間の身では完全に使いこなすのは困難なのであった。
「まあ……考えても始まらないか」
エックスは真剣な眼差しで公平の顔を覗き込む。大きな瞳に注目されると何だか緊張してしまう。
「な、なんだよ」
「覚悟はできてるんだよね」
「覚悟?」
「ボクのキャンバスに頼らず強くなる覚悟」
「え?あ、ああ。勿論だよ」
エックスはホッとした表情で微笑んだ。
「良かった。それならある程度まで追い込んでも問題ないね」
公平は思わず唾を飲み込んだ。確かにそれしかないと言えばそれしかない。だけども言葉として言われると何だか心臓がバクバクする。
「ボクは今日から毎日、1000倍の大きさになって、公平を鍛えることにする」
「せ、せん……!?それは、その……。俺の1000倍の1.5kmってこと?」
「いや。今のボクの1000倍の大きさの100kmのボクと特訓するってこと」
公平は軽く眩暈がした。そんなに大きな相手とどうやって戦えばいいのやら。そもそもそんな大きい相手と戦えるようになってどうしようというのか。
実際一度それくらいにまで巨大化したエックスと戦ったことはある。その時は吐息一つで『箱庭』の街ごと吹き飛ばされてしまった。今回も無事で済むか不安でしかない。
「いや、言いたいことは分かるよ?でもね?多分ウィッチも同じくらいの大きさになれるんだよね……」
「うええ……」
100kmの相手と戦えるようになるということは、ウィッチと戦う上での最低ラインなのである。この大きさの相手と戦って生き残れないようなら、彼女と戦ってもあっさり殺されるだけだ。
「まあ……最初は手加減はするから……。……コホン。それともう一つ。『レベル5』でもっと大きくキャンバスを現実世界に広げられるようにする。大きければ大きいほど使える力も大きくなるからね。ウィッチのものより大きなキャンバスになればきっと……。あ」
と、そこで。エックスはあることを思いついた。
「どうした?」
「……そうか。もしかしたら一瞬だけなら……」
「一瞬?」
「公平!」
「は、はい」
「『レベル5』を使ってみて」
「お、おう」
言われるがままに緋色に輝く刃の魔法を発動させる。公平のキャンバスが『レベル5』の効果で現実世界にまで広がった。エックスは目を閉じて魔力や意識を周囲に流す。彼女は『探知』をしているのだと公平にはすぐに分かった。だが何を調べているのかは分からない。
「……それじゃあ次に。『レベル5』に魔力を流してみて」
目を閉じたまま指示する。言われた通りに手に持った刃に魔力を送る。エックスはパントマイムをしているみたいに腕を動かした。見えない壁を探しているように見える。
魔力を送り続けて、暫くの時間が流れた。その間、エックスは何度かうんうんと頷いていた。
「オッケー。もういいよ。『レベル5』を解除して」
「今ので何かわかったのか?」
「ふふっ」
エックスは得意げににんまりと笑う。
「すっごくいいことが分かったよ」
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『レベル5』。ランク99とランク100の間にある壁を無理やり広げることで一時的に現実世界にまでキャンバスを拡張させる魔法だ。魔法を極限まで修練し、キャンバスを強化することでその壁を突き破りランク100に至ることも可能である。ランク99の壁は広げれば広げる程に脆くなるからだ。
これはエックスが『レベル5』をしっかりと調べてみた結果分かった二つの事実のうちの一つである。もう一つの事実は──。
「『レベル5』は魔力を送れば送るほどキャンバスをより大きく広げることができるってことだ」
『レベル5』は元々身体への負荷だけではなく、魔力消費も激しいリスクの高い魔法だ。だが。さらに大きなリスクを取る事でより強力な力を得ることも可能なのであった。
「今の状態からすぐにウィッチよりも安定して強くなるのは難しい。だから──二つのやり方でキミを鍛えることにする」
一つは先ほど言った通りの特訓。1000倍に巨大化して、徹底的に攻撃を仕掛ける。『レベル5』を用いてそれを捌き、抵抗するのだ。いずれ安定して使いこなせる肉体を手に入れることができるだろう。こちらは長い目で見て強くなるための特訓だった。
「そして。もう一つは持てる魔力の全てを『レベル5』に送って、一撃必殺の攻撃を仕掛ける特訓だ」
一瞬の強さを掴む。ほんの一瞬だけでもいいからウィッチを超える権能を手に入れる。その瞬間に強力な一撃を叩きこみ、彼女を倒すのだ。これはそれを確実に実行するための特訓である。
「つまりはマダンテか」
「まだんて?」
「いや……なんでもない」
「そう……?それならそれは置いておくとして。後者は上手くいけばそのままランク99の壁を破れるかもしれない。……そうなったらボクとおそろいだね」
「あーそうだな。そうなるねー」
くすくすと笑い合いながらも、そこまで強くならなくてもいいんじゃないかな、とエックスはどこかで思っていた。公平には自分と同じランク100に強くなってほしいというのも本心ではある。最強になりたいという彼の願いを叶えられるからだ。ただ一方で。それとは裏腹に、神様のような領域に踏み込んでほしくない気持ちも確かにあった。そういう面倒な役割は、公平には押し付けたくない。自分だけでいいと、エックスは考えている。




