W/アナザーワン
裂け目の向こう側へとエックスとワールド、少し遅れて公平が飛び出した。地方の山奥の集落。その遥か上空で紫色に光る魔法陣が展開されている。
「あ、そうだ。ワールド。足元気を付けてね。人がいるからさ」
「……浮いていますから平気です」
ワールドは足下からの奇異の視線が不快だった。エックスのお気に入りの世界でなければ、自分を見上げている人間を全員踏みつぶしていたところだ。
「それよりアレは一体何ですか?」
「さあ」
エックスは言いながら矢を構える。
「分からないけど。壊してしまえばおしまいだ。合わせるよ公平!『レベル2』だ!」
「お、おうっ!」
公平が手を上空へ掲げた。ワールドは少しだけ眉をしかめる。自分が倒される決め手になった魔法の一つだ。あんまり見たくない。
「『レベル』……。うっ!?」
「なっ!?」
三人は同時に『それ』を感じた。今まさに目の前で起きている現象。それが日本のみならず世界中、それどころ魔法の連鎖にある他の世界でも起こっていたのだった。全てがウィッチの『箱』の力である。
「あいつ。一体何個『箱』を作ってたんだよ!?」
「と、取り敢えず!今は目の前の一個を壊すよ!」
再びエックスは矢を引き絞った。しかし。一手遅かった。魔法陣の輝きが強くなって、それに呼応するように箱が開く。この瞬間に『レベル2』は意味を持たなくなった。『レベル2』で破壊できるのは魔法のみ。『箱』の中身であるキャンバスは破壊できない。
エックスはごくりと唾を呑みこんだ。それぞれ別の人間のキャンバスだったはずなのに、飛び出した『それ』は完全に一つのものになっていた。ウィッチのキャンバスと全く同じ気配である。
「『未知なる一矢・完全開放』!」
エックスが矢を放った。こうなればキャンバスを直接破壊するしかないと判断したのだった。逃げるキャンバスは自己防衛の意思があるかのように炎の魔法を放つ。それも『矢』ではなく、地上の集落に向かって。
「……まずい!」
悲鳴を上げながら住人たちが各々の家へと逃げ込んだ。だが、それでどうにかなる火力ではない。咄嗟にエックスは『矢』を操作して、炎を撃ち抜く。その隙にありとあらゆる場所から集った光が、上空で一つになって巨大な魔法陣に形を変える。エックスは奥歯を噛み締めながらその光景を見つめた。
「……まだだ!今からでも遅くないはずだ!アレさえ壊せば!」
エックスの言葉にワールドはコクリと頷く。人間世界なんてどうでもいい。だが今起きている現象は見過ごせない。この力は魔女の世界をも壊しかねないのだ。
「『世界の蒼槍・完全開放』!」
「『星の剣・完全開放』!」
太陽のように輝く二つの魔法。二人はそれを全力で振り上げる。そして、振り下ろす──。まさに刹那であった。魔法陣から腕が飛び出した。
「っ!?」
「アレは!?」
反射的に二人の動きが止まった。腕は魔法陣を掴み、深いプールから外へと身体を出すみたいに、その主が姿を現す。黒い服と黒い三角帽子。
「ああああああっ!」
叫び声が響いた。一瞬公平は心の奥がぞくりと震えるのを感じた。とっくに克服したはずの恐怖がほんの少し顔を上げる。
「アレは魔女!?一体何が起きたの!?」
ワールドは困惑していた。理解が追い付かない。何らかの魔法が動いているのは分かるのだが正体が解析しきれなった。
困惑しているのはワールドだけではない。エックスと公平も同様である。
「あれは……」
「嘘だろ……」
ただ。その理由が。ワールドとはほんの少しだけ違ったが。
「よくも。よくもよくもよくもっ!あの女!アタシを殺してくれちゃってさあっ!」
その絶叫に公平は戸惑いの声を上げるp。
「なんでウィッチが出てくるんだよ!?」
その魔女の名はウィッチ。人間世界で最初に生まれた魔女。だが彼女はソードに殺されたはずだ。
「だって……アイツ絶対に死んでたはずだろう!?」
「……『箱』で集めたキャンバスが自動的に魔法を使ったんだ。おそらく死者蘇生の魔法」
「そ、んな魔法……」
「あり得ません。ランク99の頃の貴女でもそんな真似は出来なかったでしょう?」
ワールドの問いかけにエックスはこくりと頷く。
「そうだね。ランク99のキャンバスじゃあ無理だった。でもそれ以上のキャンバスなら。今のウィッチはランク99の領域を……。いやもっと大きな意味で千年前のボクを超えているんだと思う」
ワールドはハッと息を呑んだ。殺した人間から集めたキャンバス。それが一つに集まることで、ランク99以上の広さを手に入れたのだ。恐らくは、無限とは言わずとも心の壁を越えて現実世界へと飛び出すほどに。
「ランク……オーバーxということですね」
「うん。恐らく」
「お、オーバーエックス?なんだそれ」
ワールドは公平の質問を鼻で笑った。歯ぎしりしながら彼女のツンとした顔を見上げる。
99と100の間。無数にある実数。そこのどこかに実数『x』が存在する。現実と精神世界との境目と同じ広さのキャンバスが持つランクの数である。そして『ランクx』よりも巨大なキャンバスを持ち、現実世界へキャンバスを広げた者のランクを『オーバーx』という。
通常ランクは自然数以外の値を取らない。他者のキャンバスを奪った者のランクを図る時のみ、100以下の任意の正の実数を取るのだ。
途方もない量のキャンバスを集めればランクオーバーxは実現可能できる。だが魔女以外にキャンバスを持つ者が存在しなかった魔女の世界においては机上の空論でしかなかった。仮に魔女全員のキャンバスを奪ったところでオーバーxには到底届かないからである。しかし、ウィッチはそれを達成してしまったのだった。
「あ、い、つ、は」
下を向いたウィッチの瞳。そこに映る魔女と人間の姿。
「エックス……。それに……。あ、の、む、し、け、らあああああ!」
彼女にとっては自身を殺したソードの次に憎い二人である。特に公平は許せない。自分の玩具でしかない虫けらに痛手を負わされたのだから。怒り狂うウィッチは猛スピードで降下してくる。
「殺す殺す殺すぅ!!『ギラマ・ジ・ギリゾート』!」
ウィッチが剣を握り締め向かってくる。エックスは『星の剣』を手に跳びあがった。
「やあああっ!」
刃と刃のぶつかり合う音が響く。集落の人間全員の耳にまで届いた。相手はランクオーバーx。ランク98のワールドでもランク99の公平でも歯が立たない。戦えるのはエックス以外にはいない。
ウィッチは幾度となくエックスと打ち合った。その度に。少しずつ。不機嫌な表情が一層不機嫌なものに変わっていく。
「あ、んた。まさか無限の『白紙』を……!?ア、タシより先にィイ!?」
「気付いた?ふふん。悪いね。キミの想像通り。旦那様のおかげだ、よっとっ!」
「ああっ!?」
ウィッチは斬りはらわれ、更に上空へと吹き飛んで行く。その隙にエックスは剣を構え小さく息を吐いた。彼女の力がいくつもの光に変わって剣へと集う。
「これで決める。キミのキャンバスも回収させてもらう」
「くっ……」
いかに心の壁を遥かに超えた広さのキャンバスを持っていようと、無限の広さのキャンバスを所有するエックス相手では分が悪い。ウィッチに出来ることは必然的にエックスも出来ることだからだ。魔法勝負では絶対に勝てない。
(……いや。そうだ。これならもしかして!?)
だがウィッチは閃いた。一か八かの賭けではあるが、上手くいけば急場はしのげる。
ウィッチは両手を大きく掲げた。その先で七色に輝く巨大な光の球が唸る。
「勝負よエックス!『アルダラ・ジ・オルズード』!」
「終わりだ!ウィッチ!」
エックスは剣を振りかぶった。ウィッチの顔が微かに歪む。
「なんてね」
と、言って。ウィッチは両腕を左右へ広げた。彼女の真上にあった光はバラバラに発散して、地上の集落とそれを中心とした半径数十キロの街々へと落ちていく。
「なっ!?」
「アッハハハハハ!どうする?どうする?優しい優しいエックスちゃあん!?」
「……このヒキョウモノ!」
やむなくエックスは下降した。ウィッチの光弾を追い越す勢いで。大の字に身体を広げると強い光を放ちながら一気に巨大化する。
「……ッ!」
光弾は全て1000kmにまで巨大化したエックスの身体に着弾した。街には一つの被害もない。だが。
「ウィッチは……。もういないか」
気配で分かる。ウィッチはもうこの世界にはいない。外の世界に逃げられた。そして最早追跡も出来ない。彼女は元より姿を眩ますのが上手だった。ランクオーバーxの力を全力で使えばエックスの探知からも逃れられてしまうだろう。
気が抜けたエックスはほうと息を吐いた。彼女の感覚ではほんの小さなため息。しかし1000kmの巨体が放つそれは、空気が震えさせ、観測されたことのないほどの突風が起こした。風が口元のすぐ真下で見上げていた人々を巻き上げる。
咄嗟に口元を抑えた。その動きが引き起こす風のせいで、また人々が吹き飛ばされ、上空へと攫われていく。
焦りながらもエックスは魔法で彼らを安全に下ろした。そして、ウィッチのことを考えるよりも前に、取り敢えず元の大きさに戻ることにしたのである。




