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W

「二個目の『箱』が見つかった?」

「ええ」


 公平は岸田と電話で会話をしていた。ゼミが終わったところで突然かかってきたのである。

 『箱』とは魔女・ウィッチが魔法で作った物体である。近づいた人間の精神を追い詰めて、命を奪い、同時にその者のキャンバスを内部に収納する機能を持っていた。彼女はこれを使って無数のキャンバスを集めていた。最初に見つかったものは公平とエックスの手で破壊されている。


「あの『箱』いくつもあったのかよ」

「そうみたいね。さっきラインで写真も送ったけど、まさしくあの『箱』じゃない?」


 岸田は自身の体験を若干脚色してネット掲示板に投稿したという。するとそこの住民が『自分の家にもそういう曰く付きの箱がある』と言って写真を送ってくれたのだ。見てみるとそこには最初に発見したものと全く同じ見た目の『箱』が映っていた。


「……ま、確かにコレはあの『箱』だけどさ」

「ねっ。びっくりじゃない?」

「……一応。見に行きたいな」

「実はね。その写真を送ってくれた人の住所教えてもらったんだよね」

「まじで」


 『箱』は絶対によくないものだから、なんて言って投稿者とメールでやりとりしていたらしい。


「それなら教えてくれよ。もしも同じ『箱』だったら壊しておかないと」

「……教える代わりにさ」

「あン?」

「教える代わりに、アタシも連れて行ってくれる?」


 この女全く懲りていない。公平は眉をしかめた。


「ホラ。エックスさんも来るんでしょ?じゃあ大丈夫じゃない?」

「本物かどうか判断できるまでは呼ばねえよ」


 今日はエックスは忙しいのだ。最近彼女は調子がいい。邪魔をしたくないのだった。


--------------〇--------------


「むむむ……」


 慎重に慎重に。エックスは筆を走らせる。某企業の社屋の壁面、その一番上の辺りにある会社ロゴ。その色が落ちてきたということで塗り直してあげているのだ。駐車場では一般社員や役員が興味津々という感じで見上げている。スーパー小枝の店長経由で依頼された仕事である。また「どうせ暇だしな」と軽い考えで安請け合いしたのである。


「いやあ。頼んでみるもんですね社長」


 若手社員が言った。当の社長は腕組みして満足げに頷く。


「うん。小枝さんと付き合いがあって良かった」


 もしかしたらいい宣伝になるかもしれない、なんて思っていたのだが、思いのほか悪くない。イベントとしても目新しくて愉快である。スマートフォンで小さな文字と格闘しているエックスの写真を撮ってみた。真剣な顔で取り組んでくれている。

 ロゴはその会社を表すもの。適当に色を塗ってはいけない。色のむらやはみだしがないようにとゆっくり丁寧に作業を進めていく。

 社屋が思っていたより小さい建物だったことが作業を厄介にしていた。普段の大きさで色を塗っていると身体を屈めなければならず窮屈である。少し小さくなればよかったと気付いたのはある程度まで塗り終わった時だった。

 このタイミングで小さくなったら「大きさ間違えたんだ」と思われるかもしれない。それは恥ずかしい。そんなくらいならこの大きさのまま頑張ってやる。そんな意地のせいで100mの大きさのまま色を塗り続けることとなったのである。その作業も終わりが近付いていた。


「こ、れ、で……。どう、かな?」


 絵筆を離してみる。最後の「P」の文字が綺麗な赤色に染まった。エックスはふうふうと息を吐いて絵具を乾かす。これなら文句ないだろう。ようやく地上からの視線からも解放される。見世物になったみたいで面白くなかった。


「どういう仕上がりか、見せてもらってもいいですか?」

「はいはーい。いいですよー」


 エックスは社長の頼みを快く引き受けて、手を差し伸べる。「土足じゃあマズいよな」なんて周りの社員に言っているのが面白い。

 革靴を脱いだ社長がエックスの手の上に乗る。ロゴの目の前まで持ち上げてチェックしてもらった。


「どうですか?ボクとしては満足いく出来なのですが……」


 色を塗っただけだけど。だけど頑張って塗ったのだ。


「……うん!十分です。ありがとうエックスさん!」

「やったっ!」


 嬉しくて思わず大きな声を出してしまう。左手の上の社長が反射的に耳を抑えた。エックスは咄嗟に右手で顔を覆い隠す。


「……コホン。と、とにかく。どういたしまして。これでボクのお仕事はおしまいですね」


 そう言いながら社長を地上に降ろすとエックスは立ち上がる。


「それではっ。さよなら!」


 自分の部屋へと続く空間の裂け目を通り抜ける。彼女が居なくなった駐車場では「ちょっと怖かったけど面白かったね」なんて社員たちが談笑していた。


--------------〇--------------


「ただいまー。……おや。珍しいお客さんだ」

「はあい。エックス」


 机に座って手を振っているのは長髪で蒼い瞳の魔女だった。


「久しぶりワールド。今日は一人?わざわざ会いに来るなんてどうしたのさ」


 彼女の名はワールド。魔女たちのリーダー的存在である。好きなものは魔女。嫌いなものは人間。人間嫌いを拗らせて、人間世界を制圧・破壊してしまおうとしていたことがあるくらいだ。今は多少丸くなっている。自分から積極的に潰したり傷つけたりしない程度に、ではあるが。


「ちょっと様子を見に来ました。全然顔を見せてくれないんだもの。元気そうで何よりです」


 エックスは腕組しながら得意げな笑みを浮かべる。


「ふふんっ。最近何だか調子がいいんだ。身体とか魔法じゃあなくて、巡りあわせの調子が。今だって人間世界でなんとかって会社の困りごとを解決してきたんだぞ」


 楽しそうに語るエックスに、ワールドは複雑な感情を窺わせる笑みを浮かべる。


「ねえエックス」

「うん?なに?」

「今すぐじゃなくてもいいのです。今すぐじゃなくてもいいから、戻ってくるつもりはないですか?」

「ない」


 即答した。ワールドは諦めない。更に説得を続ける。


「いつか。あの人間は貴女よりも先に死にます。その後でも……」

「仮に公平が居なくなっても。ボクは魔女の世界には帰らないよ」


 エックスはもう一度、はっきりと断った。ワールドは困ったように「そうですか」と小さく俯く。


--------------〇--------------


 二つ目の『箱』の在処。岸田はどうやってもそれを教えてくれなかった。どうしても知りたいのなら同行するのを認めろと言って聞かない。最終的に公平の方が折れて連れて行くことにした。

 先に新潟へと移動して岸田と合流する。ようやくもう一つの『箱』の在処を聞き出した。


「さあ。行きましょうか」


 岸田は公平の服をきゅっと掴んだ。絶対に逃がさないといった感じである。


「確認するけど。本当に一緒に来るの?あれが本物だったら危ないぞ?」

「行くって言っているでしょ!言っておくけどね!アタシ一人で行っても良かったんだからね!」

「アンタ一人で行ったら前みたいに死にかけるだろうが!」

「それで困らせたら悪いなと思って!親切で教えてあげたんでしょ!少しくらい見返りがあってもいいじゃない!」

「ああもうっ。分かったよ!連れて行くって言ってんだろ!」


 言いながら裂け目を開く。脳内でこの後の流れを確認する。まずは自分一人で『箱』を見に行く。もしも本物だったらすぐにエックスに報告する。以前のように二人で協力して『箱』とその中身を破壊。そういう計画を考えていた。裂け目の向こう側に広がる集落。そこに一歩足を踏み入れるまでは。


「──っ!?」


 公平の足が止まった。後からついて来ようとする岸田は、彼の背中にぶつかってしまう。


「ちょっとなに……」

「ダメだ。あの『箱』本物だ。いや。前より悪い」

「は?」

「中に入っているキャンバスの数が前よりずっと多い。なんでこんな状態で平気なんだよ『箱』の持ち主は」


 公平は意を決して裂け目の向こう側へと歩む。それからエックスの元へ続く裂け目を開いた。

 『箱』はともかく。その中身を被害ゼロで破壊できる自信はない。それならエックスの手を借りた方が確実だ。


「エックス!」

「あ、公平おかえり。あれ。岸田さんも一緒?」


 一緒に付いてきた岸田はエックスとは別の魔女の姿にぎょっとする。ワールドの方は意に介さず、虫でも入ってきたかのような視線を向けた。


「ああ。それよりちょっと大変なことがあってさ。ウィッチの『箱』。もう一つ見つかったんだ」

「えっ。あれまだあったの!?」

「前のやつよりも内包しているキャンバスの数が多い。悪いけど中身を壊すのを手伝って──」


 その瞬間。エックスと公平、それからワールドは、公平が通ってきた人間世界へ続く裂け目の向こう側から異様な気配を感じた。


「……ヤバイ」

「ちょっと待って。これ、まさか。あの『箱』!?」

「……!」


 各々『箱』の在処へと続く裂け目を開いて飛び込んでいく。岸田は後を追いかけるように公平の作った裂け目を通ろうとした。そこで彼に押し戻される。


「アンタは留守番!」

「なんでよ!」

「危ないからだよ!」


 そう言い残すと公平は人間世界への裂け目を閉じた。岸田は広すぎるエックスの部屋の机にぽつねんと取り残される。


「もうっ!」


 岸田はその場で地団駄を踏んだ。

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