吾我レイジがやってきた
午後のゼミを終えた公平は購買にいた。小説の売り場にエックスが読みたいと言っていた本がないか探していた。
「えーっとどこだー?ああ。これか」
手に取った文庫本の表紙にはネコのイラストが描いてあった。裏側のあらすじを読んでみる。恋愛系のお話のようだ。こういうものを読むのかと思った。
帰ってきたエックスは積極的に自分のやりたいことをやっているように見える。付き合いは長くなってきたが、まだまだ発見することは多い。
「俺もなんか読もうかな」
追加で本を適当に何冊か取った。レジへ向かいながら顔を上げた時、一瞬足が止まった。長蛇の列が出来ている。よくよく見れば店員がいない。みんなしてレジの横の「住まい紹介窓口」に集まっていた。
茶髪の男子学生が物凄い剣幕で何か言っている。店員は困った様子で応対していた。
「だからさっ!隣の部屋の女何とかしてくれよ!夜遅くまでうるっさくてさあ!寝れねえんだよ!」
「で、ですから。202号室は現在空き家で……」
「ンなわけねえだろっ!一回来てみろって!めっちゃうるせえからっ!アレで人住んでなかったらユーレイだぜユーレイ!」
隣人トラブルは決して珍しくはない。生協に斡旋されたアパートに住んでいる学生の大半が初めて一人暮らしを始めた者である。羽目を外し過ぎて問題を起こすこともよくある。公平も以前一人でお笑いの動画を見て、大笑いしていた声が隣の住人には耳障りであったがために注意を受けたことがある。空き部屋に対してトラブルが発生しているのは珍しいが。
「しゃーない」
このままではいつまで経っても会計が出来ない。公平は面倒ごとに首を突っ込むタイプではない。だがここでもたもたしていてもしょうがないし、それに面白そうだ。半ば興味本位でそのやり取りに入り込もうとする。
その瞬間、誰かが背後から公平の肩を叩いた。
「うん?」
「よお」
「……吾我」
その顔を見た瞬間、公平は嫌悪感をあらわにした。彼の名前は吾我レイジ。公平やエックスと一緒に魔女と戦っていた魔法使いである。協力者ではあるが、公平は彼のことを仲間だとは思っていない。むしろ嫌っている。
「暇か?」
「暇じゃない」
「暇だろ。あんな面倒くさそうな話に首を突っ込もうとしてたな」
図星である。公平は一瞬押し黙った。
「……いや。ホラ。エックスから頼まれたからさ。この本を買わなきゃ」
「そんなものここじゃなくてもいいだろ。他の本屋で買え。そんなことより、ちょっとエックスに会わせてほしいんだが」
公平は横目で「住まい紹介窓口」の揉め事を見た。
「もう頼むからさ!マジで困ってるんだって!合鍵あるんだろ?そこの部屋開けて誰もいないって分かったらもう来ないからさ!」
「そ、そうですか……?」
らちが明かないので一回見に行こうかという雰囲気である。この分なら解決は近いだろう。公平はため息を吐いて本を元の場所に戻した。吾我が顔を出してくるということは、緊急の用件である可能性がある。
「分かったよ。けど帰る前に本屋行くからな」
とはいえ。公平の最優先はエックスなのである。
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本を買い、エックスの部屋へと帰ってきた公平。戻ってきた彼の姿に彼女の顔はぱあっと明るくなる。
「おかえりー!あ、吾我クン?おひさー!」
ニコニコしながら手を振る。エックスは公平ほど吾我のことを嫌っていない。というより、彼女は基本的に人間好きだ。
「はい。頼まれてた本」
「おー。ありがとー」
エックスは巨大な人差し指を差し出した。公平はその上に買ってきた本が入った紙袋を置く。指先が明るく光ったと思ったら紙袋ごと中の本が巨大化する。
「あ」
公平が思い出したように言った。
「え?なに?」
「いや……。俺の本出してなかったなって」
「え?あ。ゴメンゴメン」
彼女は机の上に公平の本を置いて手を当てた。先ほど同様に光が放たれて公平の本を元の大きさに戻す。吾我は一連のやり取りを感心したように見つめていた。
「本当に何でもできるんだな」
「まあねー。その気になれば吾我クンの事だって縮められるしー。地球より大きくなることも出来るよー」
吾我は苦笑いした。エックスの言葉を冗談だと思っているのが見受けられる。だが公平はそれが冗談ではないことを知っている。
彼女が本当にその気になれば相手のことを素粒子以下のレベルにまで縮小できるし、地球なんてスケールに収まらない大きさになれる。ただやらないだけだ。
「それで今日は一体どんな御用かしら?吾我クンは用が無いときは来ないからなー。こう見えてもボクは暇だからちょっとくらい面倒なことでも引き受けるよ?」
「そうか?話が早くて助かるよ。元々師匠に頼んでいたんだが、逃げられてな」
「え?ローズが?逃げた?なにをやらせようとしたの……?」
ローズは吾我の魔法を鍛えた魔女である。エックス同様巨大で、エックス以上に人間のことが大好き。夢は人間の子供と日向ぼっこすること。
以前エックスの部屋を魔法で改造し、勝手に自分の部屋を作って居候していたが、今は魔女の世界で背勝つしている。『二人の邪魔をしたら悪いから』と気を遣ったのである。
だがその後も人間世界との交流は続けている。いずれは人間世界で戸籍を取り、土地を買い、小さな家を建ててのんびり暮らしたいと言っていた。その為にも人間世界で何か困ったことがあったら出来る限りで協力すると言っている。
そんな彼女が、逃げたという頼み事。よっぽどやりたくないということ。何だか嫌な予感がした。
「やっぱりやめよっかな……」
「だってさ。残念だったな。帰れ」
「話くらいは聞いてくれよ……」
吾我の無力な声にエックスはクスっと笑った。彼がぞんざいに扱われているのがちょっとだけ可笑しい。
「ゴメンゴメン。取り敢えず話は聞くよ。どんなお願いかな?」
「ある国の空軍と演習して、完膚なきまでに叩き潰してほしい」
「……イヤッ!」
エックスは叫んだ。死んでもイヤだ。そんなことさせられるくらいなら公平と一緒に人間世界を出て他に安住の地を探す所存である。
「吾我!お前なっ!エックスやローズに何やらせようとしてんだ!」
「いや。悪い。そうだな。言い方が悪かったよ。……つまりだな」
吾我は順を追って説明を始めた。
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吾我の所属するWWの目下の活動は人類と魔女の融和である。魔女は人間が元来持っている力が発露した結果。その数は近い将来増えていくと予想される。その時までに人間社会が魔女を受け入れられるように準備をしなければいけない。それが間に合わなければ、魔女の世界に存在していた人類と同様に滅ぼされるだけだ。
「殆どの国は準備を始めてくれている。いずれ来る未来だからな。けどまあ、話が分からないところもあって」
所詮大きくなっただけの人間。強力な兵器を二発か三発打ち込めば沈黙する。魔女をその程度の存在だと認識している国があった。魔女たちの脅威を知らないからである。
魔女には兵器の類は一切効かない。魔女同士の殴り合いか、ある条件を満たした魔法を打ち込むことでしか傷つけることは出来ない。平気では太刀打ちできないのだ。しかし、何度説明しても納得してもらえず今に至る。
「口で言っても分からないなら、直接叩き潰してその身で分からせるしかない。だから対魔女の演習のセッティングをしたんだが……」
「……一応確認するけどさ。比喩表現だよね。『ボク』に『潰せ』って言われるとさ、冗談じゃなくなるんだよ」
何故なら文字通りに潰すことが出来るから。
「うん?ああ。悪い。比喩だ。そういうわけで、殺さない程度に追い詰めてほしいんだ。貴女以外に頼める魔女が居ない。師匠は逃げたし」
「まあ。ローズは逃げるだろうな……」
公平は呟いた。人間に対しての優しさは他のどの魔女より深いローズである。エックスは腕組しながら少し考えて、躊躇いつつ言った。
「……本当にボクじゃなきゃダメ?魔女なら他にもいるじゃない?」
「ちゃんと手加減してくれそうなのが師匠か貴女しかいないんだよ」
「えー。そうかなあ……」
エックスは吾我と付き合いのある魔女を思い出した。
ヴィクトリー……一度戦いになれば手加減してくれなさそうだ。ダメ。
ナイト……ヴィクトリーと同様。ダメ。
トリガー……決して人間のことを嫌ってはいない。だが殺すのに躊躇が無いわけではない。事故が起きる恐れはある。それに彼女は吾我とそこまで親しくない。
「……そうかもね。確かに頼むならローズかボクかも」
言いながらちょっとだけ嬉しくなる。ちゃんと手加減の出来る、話の分かる魔女だと認識されているということだ。嬉しくなった勢いで気をよくして、ポンと胸を叩いた。
「仕方ない!そういう事なら協力してあげましょう!」
「いいの?」
心配そうに見上げる公平に「いいのいいの」と笑いかける。吾我はほっと胸をなでおろした。
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、明日の十一時に」
「オッケー!明日ね。明日……明日!?」
流石のエックスも動揺を隠せない。急すぎるスケジュールに公平は憤慨した。
「馬っ鹿、お前……!そういうことはもうちょっと早く言えよ!明日って明日だぞ!社会人としての自覚ってモンがねーのか!」
吾我は公平をキッと睨んだ。
「俺だってどうかしてると思ってる!昨日までやるって言っていた師匠が土壇場になって『やっぱりイヤだ』って逃げたりしなきゃこんな無茶苦茶なこと頼みに来たりしない!」
相手国の重鎮との話はずいぶん前に済んでいた。航空自衛隊との軍事演習を、あらゆる手段を用いて、なんとかローズとの実践演習に変えてもらったのに。土壇場で逃げられて途方に暮れて、悪いと思いつつもエックスの元へとやってきたのである。
「俺はもうあの女を信用しないことにした……。言い出しっぺのくせに……」
思い出すと怒りが込み上げてくる。吾我の拳がわなわなと震えた。
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少し前のこと。吾我はローズに、魔女の脅威を理解してくれない国があるのだと相談した。彼女はそれに対して得意げに、『だったら力を見せつけてあげればいいのよ。私が手伝ってあげてもいいわよ!?弟子が困っているんですもの!師匠の私が!』と、『弟子』と『師匠』という単語を妙に強調しながら答えた。
若干嫌な予感はした。だがローズは自信満々に協力すると言うので、吾我は師匠である彼女を信用して相手の空軍との演習の場を用意した。
しかし元々人間と敵対するのが苦手なローズなので、当日が近付くにつれて『なんかお腹痛いかも』とか『最近風邪っぽいのよねー』とか体調が悪いフリをし始めるようになった。
魔女が病気になるものかと無視していたのだが、昨日ローズの家に行ったところ、置手紙一つだけ残してもぬけの殻となっていた。手紙には『やっぱりイヤだ。暫くワールドの家に泊まります』と書いてあった。
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「ワールドの所に逃げられたんじゃ手が出せないね……」
ワールドはエックスやローズとは全然違う魔女である。人間のことをゴキブリの仲間くらいに思っているので、見つかった瞬間に踏みつぶされる恐れがある。吾我は強い魔法使いだが、一人では絶対に彼女には勝てない。ローズを連れ出すのを諦めざるを得なかった。
「本当に。急な話で申し訳ないのだけれど……」
「わ、分かった分かった。取り敢えずケガさせない程度にギリギリまで追い詰めるよ」
エックスは困り眉の笑顔で答えた。
ふと。公平は何かを感じたが、その正体が何なのかよく分からなかったので黙っていた。
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当日の十一時半。某所の海に浮かぶ空母に公平たちはいた。吾我がよく分からない言葉で偉そうな外国人のオジサンと話している。ガラスの向こうの甲板に、ずらっと並ぶ戦闘機とパイロットらしい軍人たちが見えた。
エックスは空で待機している。下に降りて騒がれても面倒だからだ。こちらに来て既に三十分経過している。公平は魔力で視力を強化し、彼女の表情を確認してみた。くあーっと大きく欠伸をしている。退屈で飽きているようである。早く帰りたいオーラが出ていた。
彼女の元に行きたいような気はしたけれど、勝手に動くと怒られそうなので我慢する。
吾我が会話を終えて戻ってきた。彼をじとっと睨みながら悪態を吐く。
「話なげーよ」
「こういうモンなんだ。それより演習を開始すると連絡してくれ」
「はいはい」
公平はエックスに電話をかけた。
『はいはーい』
「演習始めるってさ」
『やっとー?じゃあ早く終わらせるからねー』
「おっけー。頑張れよー」
『はーい』
そしてエックスは電話を切った。公平は吾我に目配せした。彼はそれに頷く。いよいよ演習が始まるらしい。
軍人が戦闘機に飛び乗った。一機また一機と青空へ飛び立っていく。公平と吾我は並んでその光景を眺めていた。
「しかし……。武器を使った分はウチで見るってのはやっぱりキツイな。この後支払う金額考えたらゾッとする」
「へえ……。武器だけそんなにするの?……じゃあさ。あの飛行機はいくらくらいするんだ」
「お前が宝くじで当てた金額じゃ買えないくらいかな。……待て。なんでそんな事聞くんだ」
「アレ?なんでだろ……。あ……」
吾我は眉をしかめた。公平は青ざめた表情であることに気付く。急いでスマホを取り出して、再度エックスに電話をかける。あっちこっちと歩きながら呼び出し音を聞いていた。
「でろでろでろでろ」
「ど、どうした……。一体なにが」
「あの飛行機壊れちゃまずいよな?」
「当たり前だろ。何をバカなことを……」
次の瞬間。ガラスの向こう側の青空でいくつもの爆発が起こった。視線の端に見えたそれが、何かの見間違いであることを祈って、二人はゆっくりと空を見上げる。
エックスが電話に出た。
『終わったよー』
「……おつかれ」
残念ながら見間違いではなかったらしい。戦闘機の残骸が落ちてくる。
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戦闘機隊は隊列を組んで飛行する。目標は巨人の魔女。彼女は上空に浮かびながら大きく背伸びをしている。聞いたところによると相手の身長は100m。しかし、だからといってどうということはない。いくら大きいと言っても所詮は人間。この最新鋭の兵器群にかかれば容易く仕留めることが出来る。先頭を駆けるパイロットのジェイは口元を歪ませた。
『魔女には兵器は効きません。こんなものいくら配備しても彼女たち相手では無意味なんだ』
吾我という日本人は言っていた。バカバカしい。コイツで蜂の巣にして海に沈めてしまえばくだらない妄想から覚めるだろう。
ニコニコ顔の魔女はこちらの姿を認めた。100m級の体躯を誇る巨人に存在を認識されている。一瞬寒気がした。それを振り切るようにミサイルや機関銃を発射する。彼女はただ微笑んでいた。微動だにせず無抵抗で攻撃を受けとめる。あとに続くように他の機体も攻撃を仕掛ける。波状攻撃にその身体は厚い煙に包み込まれた。
なんだか後味が悪い。一切抵抗せずニコニコしているだけの相手を『よーしっ!お返しだーっ!』殺すなんて。
「……!?」
彼女の声が響いた。同時に、その巨体が煙を切り裂いて猛スピードで向かってくる。何か嫌な予感がしたジェイは旋回して離れる。その最中、一瞬背後に振り返った。巨人は手を伸ばして、手近な一機を掴んだ。傍から見ると大きめの玩具で遊んでいるようである。
『えいっ』
排熱をものともせず。両手で空き缶でも潰すみたいに両端からぺしゃんこにしてしまう。機体は彼女の手の中で爆ぜた。残った残骸からパイロットを摘まみ上げアウターのポケットにしまっている。そして、次の獲物に目を向けた。
『よーしっ!次!』
冗談じゃない。あんなことされたら奇跡でも起きない限り死んでしまう。ジェイの機体を含めて戦闘機隊は散り散りに逃げ出した。
『魔女と戦うべきじゃない。共存する道を探るべきなんです』
吾我という日本人の言葉を思い返す。彼の言う通りだった。敵に回すべきじゃなかった。アレが大きくなっただけの人間だなんて誰が言ったんだ。アレは人の形をした怪物だ。
『うん……?あ、公平からだ。ふふっ。全くしょうがないなあ。もう飽きちゃったの?』
巨人は相応に巨大なスマホに気を取られている。逃げるなら今しかない。
『分かった分かった。さっさと終わらせちゃうからねー』
次の瞬間。背後にあった彼女の姿が消えた。かと思うと猛烈な勢いで何かが戦闘機を追い抜いていく。ソニックブームが機体が不安定にさせた。外では巨人があっちへこっちへと行ったり来たりしている。その一往復の間に爆発が起こって、一機ずつと破壊されていく。そして。
『ラストォ!』
ジーンズに包まれた巨大な脚が、ジェイごと彼の乗った機体を蹴りぬいた。
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「ふっふーん!楽勝だったよ!それに誰も怪我させてない!」
『へ、へえ。そ、そうなんだ……』
「歯切れが悪いなあ。穏便に終わったんだからもうちょっと嬉しそうにしてよぉ」
言いながらエックスは身体中にくっついた軍人たちを摘まみとってはポケットに入れていった。
全能の力を持つ彼女は事象を自由に操作することが出来る。つまり『戦闘機は完膚なきまでに破壊されてしまったが、パイロットはエックスの身体にしがみついて怪我一つなく生還した』という奇跡も彼女にとっては必然でしかないのである。
最後に脚にくっついている人間に手を伸ばした。他の者と同様に意識を失っており、小さく震えている。少し怖い想いをさせ過ぎたかもしれない。次があったらもう少し優しくしてあげよう。そんな風に反省しながらポケットにしまった。
「終わり!吾我クンの依頼の通り!ケガさせない程度にギリギリまで追い詰めた!」
『そ、そうだな……』
「……うん?公平なんか元気ないね。どうかした?」
『いや……。あ、変わる?』
エックスはきょとんとして首を傾げた。
『もしもし……?』
公平に変わって吾我が出る。
「あ、もしもしー?なに?お礼の電話カナー?」
『あ、ああ。ありがとう。うん。魔女の力はイヤというほど分かってもらえたと思う』
こっちも歯切れが悪い。とは言えエックスは上機嫌なので気にしない。
「まあちょっと複雑だけど。ローズにやらせるにはちょっと乱暴だから。しょうがないね」
『……ついでに頼みたいことがあるんだけど』
「え?」
『壊した飛行機、直せませんか?』
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帰ってきて。戦闘機を手当たり次第に破壊したので彼女の身体はちょっとだけ汚れが付いた。お風呂に入って身体を綺麗にする。せっかくなので公平も一緒に。
肩まで湯船に浸かって。ふうと息を吐いて。そして一言。
「アレ……壊しちゃダメだったかー……」
「だいたい分かりそうなもんだけど……」
「分かんないよお」
口元を湯船に沈めてブクブクと泡を出す。流石にエックスが戦闘機隊を丸ごと粉砕するとは思っていなかった吾我。弁済の金額を考えて気絶しそうになっていた。エックスの力でキレイに直すことは出来たが、魔法のパワーで修繕できましたと言っても安心して乗れるわけもなく、晴れて全機メンテナンス行きとなった。
目を閉じて、憂鬱な表情のエックス。公平は彼女が右手をお椀の形にして作ってくれた湯船の中でその顔を見上げた。
元気付けてあげようと思って、何か言おうと思って、そして思いついた。ぺたぺたと彼女の右手を叩いてみる。それに気付いたエックスは薄目を開けて彼を見下ろす。
「どうかした?」
「いや。この手で戦闘機潰したんだなーって」
「なっ……!このおっ!同じ目に遭いたいのか!」
五本の指が襲い掛かり公平を握りしめる。にぎにぎ。にぎにぎと。痛い痛いと喚く公平の姿にエックスは少しだけ笑った。
「……ったく。ありがと。ちょっと元気出たかも」
身体を少し起こして、公平を肩にのせる。彼は息を荒くしながら大の字で倒れた。その姿を微笑みながら見つめる。
「ま、まあ。良かったんじゃないかな。結局戦闘機は直ったしさ。目的も果たせたしさ」
「うん。そだね」
エックスはわざと両手を上げて背伸びした。肩に乗った公平が、わあと叫んで湯船に落ちていく。