歌うたい
「最近向こうのイオンがまた営業再開したでしょ?またお客さん減ってきちゃってさあ」
スーパー店長が困っていたので。
「じゃあボク、宣伝しましょうか?」
なんて安請け合いして。一日だけ魔女の身体で宣伝のアルバイトをすることになった。
魔法を失っていたころは公平との待ち合わせに使っていた駐車場。ここに座っているだけでも目立った。街の人が彼女に慣れたおかげでお客さんも増えた。エックスは懐かしく思う。
『スーパー小枝!』と書かれた看板を持って、魔女の身体で駐車場に座る。数キロ先からでも見える看板としては座高くらいの高さでちょうどいい。
「どうだい公平?カンペキ!じゃない?」
「これなら目立つな。宣伝効果ありそう」
一人じゃあ寂しいからということでエックスに連れられてきた公平。ひょいと肩に乗せられる。
「あとはー。あ、そうだ。歌を歌おう」
「歌?」
「スーパー小枝の歌」
「そんなのあるのか」
「ないよ?」
「ないのか」
「ないから即興で」
エックスは五分で思いついたメロディーと歌詞を口ずさむ。
「小枝♪小枝♪スーパ小枝♪安くて楽しい小枝だよー♪」
「お、おい。そ、それずっと歌うのか……?」
「ふふん。いいでしょー。小枝♪小枝♪」
「そこでループするのか……」
こうしてエックスは一日中看板を持ったまま駐車場に座ってオリジナルのテーマソングを歌い続けた。彼女の作った曲には『ヘンテコだね』なんて声は多かったけれども、結果としてこの日の売り上げは好調であった。どんな形であれ目立ったことで客足が増えたのだ。ついでに地元のテレビ局の取材されたおかげで翌日以降も客足は増え続けた。最終的にその週の売上は先週の倍になったのである。
「いやー。ありがとう。助かったよえっちゃん」
「えへへー。いやいやーボクなんて一日駐車場で座って歌ってただけだし。あ、そうだ。店長さん良かったらあの歌使っていいですよ?」
「え?あー……。うん。アレはえっちゃんが歌ってたからこそだしさ。いいよ」
「えーそうです?」
オリジナルの歌があんまり好評ではなかったことに彼女は気付いていない。
何にせよエックスにとっては一日であった。魔女の大きさで人間世界に出る。人間大の大きさに縮んでいる時よりも開放感がある。それを受け入れられているというのも嬉しい。
「ふふー。またやってもいいかも。テレビで取材までされちゃったしー」
エックスは呑気に言った。
--------------〇--------------
そこからエックスは連日のようにスカウトを受けた。
新店舗の宣伝を。流行っていないチェーン店の宣伝を。新装オープンするので。
彼女の答えはいつも同じであった。
「やりませんっ」
部屋に戻って、ずんと椅子に腰かけて、ぱたんと机にもたれる。衝撃で机が軽く揺れて、その上で待っていた公平はよろけてしまった。
「疲れてるな」
「疲れたよお」
スーパー小枝に行ったら100%の確率で宣伝やってくれとお願いされる。もう暫く小枝に行かないほうが良さそうだ。
「でも、なんでなの?」
「んー?なにがー?」
「やればいいのに。またやってもいいって言ってたじゃないか」
エックスは身体を起こして公平を見下ろす。
「アレは。小枝さんのところだからやったの。他の地域でこの大きさで出歩く気はないよ」
「……なんで?」
「恐がられたくないモン」
そういうことか、と公平は納得する。スーパー小枝の周囲の住民も魔女としてのエックスには慣れているし、危ないことさえしなければ本来の大きさで行動しても問題はない。しかし他の地域では話が変わってくる。きっとびっくりしたり恐がられたりもするだろう。スカウトに来た人間も本当は分かっていないのだ。本来のエックスを実際に見るのと見ないのとでは全然違う。映像では伝わらないリアルの迫力に圧倒されてしまう。
「まあでも。小枝の客だってみんながみんなエックスのことを知ってたわけじゃないだろ。よく知らないけどニコニコしながら看板持って変な歌を歌っているエックスに興味を持ってきた人もいると思うよ」
「まあ……。ん?変な歌?」
「いや。違う。聞き流して」
「変だったかな」
「聞き流せって。とにかく。俺は一回くらいやってもいいとおもうけどな。小枝の客だって最初はエックスのことを知らなかったんだから。色んな人に慣れてもらういいチャンスじゃない?」
「ふうん……。そうかな……」
しかし。考えてみる。本当は魔女の大きさのままで公平と一緒に人間世界で暮らしたい。今の家は世界と世界の狭間にあるがゆえに太陽の光も入ってこない。外から何の音もしない。正直に言えばちょっとだけ寂しい。人間世界で暮らすのがエックスの理想だった。
その為の一番のハードルは自分の身体だ。人間大に小さくなればいいのだろうが、それだとちょっと窮屈だ。できれば魔女の大きさのままで暮らしたい。わがままだと分かっているけれども、巨人である自分を人間世界に受け入れてもらいたかった。
「ふむう。まあ確かに。……そうだねえ。一回だけチャレンジしてみようかな?」
「俺はそれがいいと思うなあ。勿論その時は一緒に行くよ」
「ありがと。……ところでさ。歌、変だった?」
「聞き流せって」
--------------〇--------------
と、いうことで。エックスはもう一度宣伝のアルバイトをすることにしたのである。一回だけ行った担当者との打合せで彼女が出した条件は一つだけだった。
「絶対一日だけデス!」
そして打合せの翌週の土曜日。アカツキグループが経営するレストランチェーン『ステーキ・アカツキ』の宣伝を行う日取りとになった。
「それじゃあ今日はよろしくお願いします」
担当者の旭八重子はペコリと頭を下げた。入社五年目の若手社員。この地域に初めてオープンする店舗の宣伝を任されたのだ。社長から直接指示を受けている。失敗できない仕事である。
八重子の真似をするみたいにエックスもお辞儀をする。
「広い駐車場でしょう。田舎って言ってもこんなに広い土地はそうそうないですよ。元々別の施設が入ってたんです」
「へー。……ところで。ここレストランの駐車場相当広いですね」
「……ええ。レストランの駐車場としては、広すぎます」
店内が一杯になるだけ車が来てもまだ余る。こんなに大きな駐車場はハッキリ言ってムダに思えた。どういう経緯でここに店を構えることになったのか八重子は詳しく知らない。
今のままではオープン初日からどんなにお客さんが来ても駐車場が埋まらない。傍から見たら流行っていないように見えてしまう。
「エックスさんを雇ったのはそうさせないようにするためでもあるんです。貴女が座って看板を持ってくれれば、それだけでだいぶスペースが埋まるわ」
「はー。なるほどー」
「さてそれじゃあ……」
八重子はエックスの後ろにいる公平に目を向けた。この学生はなんだろうか。何をしに来たのか。……まあいいか。
「それじゃあ看板を持って、大きくなってください」
「はあい。あ、危ないからちょっと離れて下さいね」
エックスの指示に従って八重子は十メートル弱後ろに下がった。それを確認するとにっこり笑って元の大きさに戻る。『ステーキ・アカツキ!!』と書かれた看板ごと大きくなっていく。10m。30m。50m。80m。そして、100m。
「はあい。戻りましたー」
八重子は元の大きさのエックスを見上げて、目をぱちくりさせた。
(あれ?)
100mくらいというのは知っていた。ちょっと都会に行けば100m以上の建物なんかいくらでもある。もちろんそういう建物を地上から見上げたことだってある。──だが。
八重子の様子がおかしいことに気付いて、エックスは軽くしゃがみこんだ。影が濃くなる。
「どうかしたんですかあ?」
「あ、え、い、いえ……」
大きい。思っていたよりずっと大きい。建物とは違う。これは生き物だ。自分の意志で好き勝手に動き回るビルみたいに大きな生き物。その気になれば。
(私のことを。食べたり、踏みつぶしたり、できる)
「ん?」
にこっとしたまま首を傾げる。八重子の口から乾いた笑い声が漏れた。一歩。思わず後退する。
「実際に見てみると、思っていたよりずっと大きいですよね」
右側からの声に顔を向ける。
(さっきの学生?)
八重子は公平を知らないので、どうして彼がこうも落ち着き払っているのか分からなかった。どうしてこうも平気な顔をしていられるのか。
「彼女の付き添いですよ。取り敢えず落ち着いて下さい。エックスは誰かを傷つけたりしないですから」
「むー。なんだその『このわんこはおっきいけど大人しいんですよ』みたいな言い方は」
「ほぼほぼそれで間違ってないだろ」
「ボクは犬じゃあない。出来れば人間として扱っていただきたいのですけれどもっ」
「そりゃあそうだ。ごめんごめん」
「気を付けてよ」
ははははと二人は笑いあった。八重子は半ば放心しながらもその会話を見て、聞いていた。よく分からないけどこの学生はエックスとは見知った仲らしい。マネージャーみたいなものだと理解しよう。話をするならこっちの方がいい。エックスと話すのはちょっと怖い。
「あ、あの?」
「は、はい?何です?」
「彼女、もうちょっと小さくなれません?」
「なれません。人間大か。100mか。もしくはそれ以上だけです」
嘘を言った。本当はエックスのサイズは自由自在である。こう来るだろうなとは思っていたのだ。今の大きさから小さくなったのでは意味がない。あくまでも、魔女であるエックス本来の大きさでなければ。
「わ、分かりました。それではやっぱりさっきの。人間大の大きさで」
「それだと駐車場のスペース埋まりませんよ。それに宣伝にならない」
確かに。八重子は心の中で頭を抱えた。手詰まり。諦めて100mのまま仕事をしてもらうしかない。
「そ、うですね。ええ。それは確かにその通り。それじゃあ、その。今のままで」
「歌は?」
「う、歌?」
真上からのエックスの声に顔を上げる。
「歌は歌いますか?」
「歌……」
最初は歌わせないつもりだった。スーパー小枝の時みたいなヘンテコソングなら歌わない方がマシじゃないかと思っていたのだ。
社長は『最終的には貴女に任せるけど、でも歌った方がいいと思うなあ』なんて言っていた。今ならその言葉の意味が分かる。いくらニコニコしていようとも、この大巨人が看板持って黙って座っていたのではちょっと恐すぎる。むしろあんな感じでヘンな歌を歌ってもらってくれた方がいい。まだ親しみやすい気がする。
「あ、それじゃあ……」
「やったあ。ホラ見たかい公平。キミは変な歌なんて言ってたけど。こうして求められるのさ」
「まじか……。これはちょっと予想外だった」
「こうなるかもって思ってたからね!昨日のうちに考えてたんだ!自信作!」
エックスは何度か深呼吸して、最後に大きく息を吸いこんだ。
「アカツキ♪アカツキ♪美味しいステーキ♪ステーキ・アカツキ♪みんなおいでよ待ってるよー♪」
「……」
「……」
「……アカツキ♪アカツキ♪」
「ああ。ここでループするんだ」
本当に八重子は頭を抱えたくなった。変わらない。スーパー小枝の歌と変わらない。『アカツキ♪アカツキ♪』という歌声を聞きながら、それでもやるしかないと覚悟を決める。
「え、ええ。素晴らしいです。これで行きましょう」
「やったあ!」
「い、いいんですか。これスーパー小枝の時と一緒ですよ」
八重子はにっこりとした表情で返した。心の中で(分かっているよ!)と叫んでいた。
「分かってないなー公平は。全然違うじゃないか。それに比べて宣伝のプロは分かっているよ!」
エックスの言葉にも笑顔を向けた。心の中で(同じだよ!)と叫んでいた。
--------------〇--------------
旭八重子は覚悟を決めた。今日でクビかな、と。
--------------〇--------------
「おー。結構入ってくるな……」
「ふふん。ボクの歌のおかげだ」
「そうかな」
「そうだよ」
エックスは得意げな顔を肩に乗っている公平に向ける。手に持った看板をゆっくりと回しながら、また『アカツキ♪アカツキ♪』と歌い始めた。
結局のところ。エックスはただ楽しそうに歌っているだけで害はない。とにかく目立つので宣伝効果はあったのである。スーパー小枝の宣伝がテレビで紹介されていたのも功を奏した。彼女が時々宣伝のお手伝いをすることがある程度知られていたのである。
店内のバックヤードで八重子はホッと胸を撫でおろした。色々奇跡的に噛み合って、どうにか上手いこといった。これでクビを切られずに済む。
「それでどうする?」
「何が?」
「またやる?こういうの」
「うーん。楽しいけど。忙しくなっちゃうしなー。暫くはいいかな」
「そうか」
気が向いた時にやってもいいかな、くらいの気持ちらしい。それならそれでもいいかと公平は思った。なんにせよ、こっちの世界でまた少しエックスが受け入れられたということである。
「公平も歌う?」
「あー。いいや」
「えー。一緒に歌うと楽しいのに」
再びエックスは楽しそうに歌を口ずさむ。ヘンテコな歌だけど。
「俺は聞いている方がいいんだ」
そう呟いて、彼女の横顔を見つめた。




