やっぱり嫌いな相手
昔から要領は良かった。運動も勉強も兄よりもよく出来た。友達だって自分の方が多かった。きっと同じ年に生まれていたら。自分の方がずっと優れているってもっとはっきり分かっただろう。
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相手が準備している間に攻撃すればよかったな。公平は心の中で考えていた。一方で心が躍っている自分もいた。矛盾した感情がなんだか可笑しい。
頬の傷を撫でてみる。目にもとまらぬ速度だった。あれに張り合うなんて馬鹿げている。
──だが。
「『疾風の衣』!」
風が吹いた。風は緑色のローブに変わって公平を包む。
「追い抜いてやる……!」
「うおおおおっ!」
一馬が思い切り前に出た。光のような速さで懐に入り込む。その爪を兄に向かって突き立てる。
「っ!?」
攻撃が当たる刹那、公平の姿が消えた。咄嗟に振り返り、両腕の爪で背後からの一閃を受け止める。
「くっ……!」
「どうだっ!」
相手が速いのは百も承知。その上で速度対決するなんて馬鹿げている。それでも公平は速度で張り合うことを選んだ。一馬に負けない速さを手に入れる魔法をエックスから教えてもらった。
「負けない。絶対に負けない!」
あらゆる面で一馬を追い抜くために。負けたくないのだ。
「絶対負かす!勝つのは俺だ!」
一馬も同じ想いだった。絶対に勝ちたかった。
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二人は同時に力を解放した。更に速度が上がる。
第三者が仮にこの場にいたとしても二人の姿を捉えることは出来ない。鋼のぶつかり合う音と衝撃しか感じ取ることは出来ないだろう。
「ふうん。結構頑張っているね」
勿論何事にも例外はある。エックスの動体視力であれば公平と一馬の戦いもはっきりと視ることができた。
「……ああ。でも。残念だな」
憐れむようにエックスは呟く。
「公平は。そろそろ慣れるよ。一馬クン」
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「ああっ!」
「あぐっ!」
おかしい。一馬の頭を疑問符が埋め尽くす。こっちの攻撃がどんどん当たらなくなっていく。百歩譲ってそれはいい。この速度は今まで使用したことが無いのだ。感覚が速度に追いついていけなくても無理はない。
問題なのは。公平の攻撃が当たる回数が徐々に増えていること。
悔しそうに歯を噛み締める一馬の表情。公平はしっかりと見極めることができた。小さく笑って叫ぶ。
「悪いな!俺はもうお前の速さに慣れた!」
「なんだと!?」
エックスとの命がけの特訓はもっと速い。それでも一馬の動きを視ることができなかったのは、彼とエックスとでは身体の大きさが違い過ぎるからである。しかし時間が経てば。敵の大きさが違い過ぎるという一点が原因で起こる感覚のズレが修正されれば。
「……ざっ、けんな!」
一馬はその場で跳びあがった。比喩ではなく現実として、空気を蹴る。蹴って。蹴って。蹴って蹴って蹴って。公平の周囲を飛び回る。不規則な軌道で動き回って攪乱する。
公平の背後に回り込む。その視線が追いかけてきた。一瞬速く移動して死角から本命の一撃を叩きこむ。
「おおおおっ!……あっ!?」
だが。一馬の爪は空を切った。公平は倒れるように躱していた。躱しながら振り向いて一馬の無謀な腹部に『炎の一矢』を打ち込む。
「うあああっ!?」
苦痛に悲鳴を上げながら吹き飛んで行く。公平はほうと息を吐いた。まだ弓を構えている。警戒は解かない。
一馬は震える拳を握り締め、床に叩きつけた。
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いつの間にか理解してしまった。心のどこかで見下していた兄。だがそんな兄にも自分では追いつけない部分があった。自分は兄よりも友達は多いし、運動もできるけど。勉強では追いつけない。
兄はそこそこ優秀な大学に進学した。県外で一人暮らしすることも許された。自分はそうはなれなかった。
それでもいいさと自分を納得させようとして。それでも納得できなくて。劣等感が兄への嫌悪に変わっていた。
兄は知らないところで不思議な力を手に入れていた。実生活も充実していた。
劣等感は加速した。一馬の中で『公平に勝ちたい』という願いが生まれた。
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「どうしてっ!」
「なに?」
「お前はツイてただけだろっ!運がよかっただけで。力を手にして!楽しそうにしやがって!」
「……っ」
「そんなやつに……。負けるか!俺だったらもっと!」
「『断罪の剣・完全開放』!」
一馬が動き出すより早かった。『断罪の剣』が創り出す魔法のネットワークがその動きを封じ込める。
「く、そ……!」
「そうだよ。俺はツイてただけだ」
公平が『炎の一矢』の弦を引き絞る。
「だから。この幸運を守るためなら。俺は絶対負けない」
指を離す。炎の矢が放たれて、一馬に命中し、爆ぜた。
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決着はついた。エックスはどこか寂しそうに指輪を回収する公平を見つめる。
「公平は、ツイてただけ、か」
違う。エックスは違うと思っている。公平は全然ツイていない。
こんな怪獣みたいな女に好かれて。何度も命がけの戦いに巻き込まれて。頻繁に巨人の玩具にされたりして。その過程で時々死にかけたりして。どこがツイているというのか。
そんな公平が。ツイていない公平が。こんな怪獣女のために戦ってくれた。勝ってくれた。それが嬉しくて、申し訳なくて。それでもやっぱり嬉しかった。
「ツイているのは、ボクの方なんだよ」
それだけは自信を持って言える。自分はツイている。公平と出会えて幸せだった。最初に見つけてくれた人間が公平で幸せだった。
彼女は気付いていないが、同じことを公平も考えている。
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目が覚めると指輪が無かった。
「ああ。起きたか」
公平の言葉に顔を上げる。その指先で摘まんだ指輪を見せてくる。
「俺の勝ちだ。もうアルル=キリルなんか」
「……まだだ」
「は?」
「アレグ=キリグゥ!もう一度力を貸せぇ!」
一馬は腕を大きく突き上げた。しかし、何も起こらない。力を何も感じない。彼の腕が微かに震える。守護者が、アレグ=キリグが自分の中から消えてしまった。
「なんで……っ!まだ俺は、勝ってないぞ!契約違反じゃねえのか!?俺を勝たせろよ!おいっ!」
公平は何を言えばいいのか分からなかった。こういう所が弟に嫌われる原因かもなと自嘲する。一馬に背を向け、手を上へと伸ばす。この世界を構築した魔法を解除し、元の世界に戻るのだ。
「……話は後で聞くからさ。取り敢えず落ち着いて……」
「黙れっ!」
一馬は虚空を殴りつけるように右手の拳を突き出した。そこから光の弾が発射される。
公平は反射的に振り返ってその一撃を弾いた。
「……えっ?」
「おいおいおい……」
戸惑う一馬。公平は苦笑いを浮かべる。
「やっぱ。俺はお前のこと嫌いだ」
「あァ?」
「自力で魔法使えるようになりやがって。ってことは俺より才能あるんじゃんか」
公平はエックスに教えてもらわなければ絶対に魔法使いにはなれなかった。眠っている魔力を決して動かすことは出来なかった。時々エックスも言う。「公平はあんまり才能無いけど、ボクが教えるからどうとでもなるよ」って。
一馬が自分の手を見つめる。力を借りなくても。自分の中に力があった。徐々に湧き上がる高揚感に身体が震える。
「昔から俺より要領よかったもんなあ。まあ。けど。うん。俺のことが気に入らないならまた来いよ。相手してやるからさ」
「ンだよそれ……」
「いやだってさ……」
「……そうだな。次は俺が勝つから」
一馬は立ち上がった。『開け』と唱えながら腕を上から下へと動かす。空間の裂け目が開いて、それを通って元の世界に戻っていく。
「……俺やっぱアイツのこと嫌いだ」
感覚的に魔法の使い方を覚えやがった。本当に自分より優秀な弟である。だから嫌いだ。
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エックスは二人の決着をにまにましながら眺めていた。仲直りしたわけではないけれど互いに納得できたようである。
今後もぶつかり合うことはあるのだろう。だけどもそれを繰り返せば。いつかは拗れた関係性が解消するような気がする。
「うーん。でもこのまま一馬クンが一人で魔法の練習するのもムリがあるよねえ」
仲直りするのに戦う必要があるのなら一馬にもレベルアップしてもらわなければならない。だが一人では限界もあるだろう。かと言ってエックスが教えるわけにはいかない。彼女はあくまでも公平の師匠であり、公平以外に魔法を教えるつもりはないのだ。吾我や高野を教えたのは本当に例外中の例外である。
「誰か暇な魔女はいないかなあ」
なんて呟いて。魔女たちの顔を思い浮かべてみる。
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