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教本①

 公平は夜遅くに帰ってきた。帰ってきた公平はなんだか怒っている。テーブルの上に降ろしてあげて話を聞いてみるけどまるで烈火のごとくだ。


「なんで移動の魔法使えない状態で魔女の世界に放り込んだりするんだよ!?」

「……?なんか問題あったかな?」

「ワールドのヤツに鉢合わせたぞ!」

「へえ……ワールドに。あの子元気だった?」

「いつもと変わらない調子で殺されそうになったよ。そういうことがあるからあんな危ないことはもう……」


 ……なんでこんな怒ってるんだろ。

 ピンときていないボクの様子に気付いた公平は、帰ってきたときの勢いがどんどん落ちていって、語気もどんどん弱くなっていく。


「お、おい……。俺危なかったんだけど」

「でもさ。公平強いじゃん。そんな危なくないでしょ」

「……そういう認識なワケ?」


 公平がまだ魔法を使えるようになったばっかりだったらそんな無茶は言わないよ。生きて帰ってこられないだろうからね。

 でも今の公平は違うじゃん。魔女の世界でサバイバルできるくらいには魔法の練度はあるじゃん。そんな危ないことをお願いしてないと思うんだけどな。

 それにワールドに鉢合わせたと言うけど……あの子は少なくとも公平のことは殺さないはずだ。嫌ってはいるだろうけど、ボクを怒らせるようなこともしたくないはずだし。

 公平は困った顔で腕組みして何か考えた。そして「分かったよ」と口を開く。


「一回認識擦り合わせしよう夫婦として」


 ……むっ。公平め……なかなかボクの心をくすぐるいいワードを使ってくるじゃないか。魔法の師匠とその弟子という上下関係ではなくて、夫婦という対等な関係として話し合いをしたいということならば、ボクとしても公平の話を受け入れる用意はあるとも。


「俺はイヤだよ、あんな危ないところに一人で行くのは。イヤなことはさせないでくれよ」

「そんなにイヤ?ボクの実家だよ。妻としては夫にはボクの実家と仲良く付き合ってほしいなあ」

「夫としては身の危険がある実家とは距離を置きたいのですよ。こんなワケ分かんないところで死ぬのはイヤだよ」


 ……うーん。公平のヤツ、世界最強になると言っておきながらここ最近平穏に浸っているせいで鈍くなっている。

 魔法の師匠であるボクは公平を強くしてあげたい。だからどんどん苦難困難を与えてあげたいのだ。でも妻であるボクは夫のお願いを受け入れつつある。死んでほしくはないし、嫌われたくもないし。


「分かりました。以後気を付ける。ちょっとやりすぎたよ。ごめんね」

「分かってくれてよかったよありがとう。今回だってたまたまワールドが気まぐれ起こしてくれたから助かったわけで……。イヤ全然助かってなかったけどね。アイツ、適当なところに下ろしやがって」

「随分帰りが遅いと思ったら歩いて帰ってきたの?お金とか持ってなかったの?」

「急だったからサイフなんか持ってなかったよ。地図見たら歩いて5時間とか書いてあったぜ。人気がなくなる時間まで時間潰して、適当なところで空飛んで帰ってきたよ」


 「だから不意打ちで移動の魔法封じるのも止めてね」と公平は続けた。……流石にちょっと悪いことしたな。反省だ。

 まあ考えてみたら災難な話かもな。ローズに会いに行ったと思ったら彼女は留守で、同じようにローズを尋ねてきたワールドに鉢合わせてそれなりに痛めつけられたみたいだし……。


「ん?ちょっと待った。ってことはローズには会ってない?」

「うん。会えなかった。だからパーティの話も出来なかったよ。今度はエックスが話にいってよ」

「……ワールドと話した?あの子なんか言ってた?」

「サクラのこと聞かれたくらいだよ。なんかサクラが会いに来ないって愚痴ってた」

「……ふうん。サクラはワールドに会ってない、のか。他には?何か気になることとか……」

「ええ……?何もないと思うけどな。なんだっけ。ローズに貸した本のことでぼやいてたくらい?」

「本?」

「うん」

「ふうん……」


 ワールドが貸した本ということは……書いたのは魔女だ。人間が書いたモノをワールドが所蔵しているわけがない。

 そして本を書く魔女なんて、殆どいない。飽きっぽい子が多いからね。

それに誰かが本を作ったら、それはローズの手にも渡るはずだ。せっかくできた成果物なのだからみんなに読んでもらいたいと考えるだろうから。

 ワールドが持っている本。一方でローズは持っていない本。心当たりは、ある。


「……昔ワールドが書いたアレか。ってことは……」

「なになに?なんで本の話でそんな考え込むんだよ」

「ああ……。ごめんごめん。ちょっとこっちの話で」

「……アレってなに?ワールドが作った本?」

「空間魔法の教本だよ」

「教本?」

「うん。公平は知っていると思うけど……アレはとっても強力だけどとっても難しい魔法なんだ」

「そう?」


 なんでピンときてないんだよ……。


「俺エックスに教えられて使えるようになったけど……」

「だからワールドがすごいんだ」

「え?」

「ボクはワールドの教本のやり方をベースにして公平に使い方を教えたからね。ボクは感覚的に空間魔法を使ってたから教えるのが難しくて……。理論立てたのはワールドだ」

「……なるほど」

「それにゼロから新しい空間魔法を作るのも難しい。公平だって『確率空間』一個作って、それだけだろう?」

「そう……だね」

「ワールドの教本にはそういうのも書かれているのさ」


 懐かしいな。ワールドは自分の得意な、強力な魔法を他の魔女にも伝授しようとしてたんだ。出来上がった教本をいの一番にボクに見せてくれたっけ。

 あの時点でボクとワールドは若干擦れ違っていたと思う。人間と距離を置こうとしたボクと人間を滅ぼそうとしたワールドとでは目指すところが違っていた。それでもワールドは魔女が好きだったから、ボクにも教本を見せてくれた。最初に読んで評価してほしいって言ってたんだ。ワールドのそういうところがボクは好きだったから、素直に評価したと思う。


「よくできた本だった」

「そんな本ならワールドから借りるまでもなく、ローズの家にあってもおかしくないんじゃないか?」

「それが無いんだなあ。あの本読んでる魔女は殆どいないよ。ボク以外だと……ヴィクトリーくらいじゃないかな?」

「なんで」

「難しすぎるから。ワールドはちょっと……他の魔女を過大評価してたんだ。だから言ってやったんだ。『よくできてるけど、この本の内容理解できる子はそんなにいないと思うよ』ってね」


 だから空間魔法を扱える魔女は殆どいない。あの本の内容をマスターできていたらきっと魔女の世界に住んでいる魔女はみんなワールドのレベルに至っていたと思うけど、それは無理ってもんだ。


「ローズも言ってたよ。『あんな難しい本、私には無理よ』って」


 ボクとしてはそんなことはなかったと思う。ローズには才能があったからきっとワールドの本の内容を理解できたはずだ。

 けどローズは強くなることにモチベーションがなかった。だから、ちょっと見ただけで拒否反応が出たんだ。

 勿体ないなってあの時は思ったっけ。


「……ってことは、ローズは今になって空間魔法の勉強してるってこと?なんで?」

「それは分からないけど……。そうだな。聞いてみるかな」

「ローズに?」

「いや。ワールドに」

「……なんで。パーティの話する時についでに聞けばいいじゃないか」

「んー……パーティはね。やらないことにしたからいいんだ」

「……エックスさ。なんか隠してる?」


 ……バレたか。まあバレるよねえ。

 でも言いにくいなあ。公平はサクラのことを嫌ってないと思うから。


「俺にも手伝えることがあったらやるからさ。教えてくれよ」

「……ありがと。でも、多分これは魔女の問題なんだ。公平を巻き込むのはちょっと違うかなって」

「……気が変わったら言えよ。俺はいつでも協力するから……」


 ……小さな身体で頼もしいことを言ってくれるなあ。嬉しいなあ……。


「ちょっと待って待って。なんで急に指を押し付けて……」

「手伝ってくれるって言うから……」

「これ何か手伝ってるって言うかなあ!?」


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