防衛②
とーんっ。とーんっ。
公平の首根っこを掴んで、建物から建物へと跳び上がっていく。この辺の建物は小さい物ばかりだけれど、少しでも高いところに登りたかった。
「よっと。この辺が限界かな」
「無茶するなよなあ……」
「これくらい無茶でもなんでもないよ。それより……」
サクラが空に開いた虚数空間に通じる孔をどう対処するのかを少しでも近くで見ておきたかった。
当のサクラはボクたちを横目で一瞬見やるとクスクス笑い出す。
「なんだ。そんなところに登ってきて。そんなに私の事が気になるのか?」
「そうだね。もし失敗したらボクが変わらないといけないし?」
「それは格好悪いな」
そう言うとサクラは両手を掲げて、指先をぐにぐにと動かした。まるで準備運動をしているみたい。それから勢いを付けて両腕を前に出す。
「さあて、やるか!」
サクラの両手が淡い光を放つ。光は軽い音と共に弾けて、無数の光の花びらと変わり、彼女の周りを舞った。
「そらっ!」
サクラが腕を振るうと、その動きに合わせるように花びらが舞い上がっていく。指先の動きに合わせて、花びらたちが孔に向かっていく。
「指揮者みたいだ」
「1000個の花びらを手や指の動きだけでコントロールできるなら指揮者なんて簡単だろうね」
「そんなにあるの?お前よく数えられたなあ……」
「ふふん。まあね?それくらいね?ボクならできちゃうんだよね?」
……と、得意げになってみた。
こういう人間にはできないことができるのが、魔女の取り柄だもんね。アピールできる時にいーっぱいアピールしないと。
「でも……あの花で孔から落ちてくるものに対処できるのか?あの孔、結構デカイ気もするけど……」
「ああ。それなら──」
「心配かい公平クン?」
ボクが解説するより先にサクラが公平に答えた。彼女を見上げると、サクラは落ち着いた表情でニッと笑みを浮かべる。
「だが安心するといいさ!一つ一つは小さいが、結構やるのさ!」
花びらがさらに速度を上げて孔に向かって飛んでいく。
丁度そのタイミングで、孔の向こう側に何かが見えた。……錆びついた、スクラップの車……かな。それがあちこちの孔から落ちてこようとしている。
「行け、お前たち!」
次の瞬間、空からぽんぽんとポップコーンが弾けるような音が届いた。車は、見えなくなった。
「え……。ん?なんだ。何が起きたんだ。今何か魔法が発動したのは分かるんだけど」
「え?見えない?ちゃんと見る気ないな、公平?サボってるね?」
「いやそういうわけじゃ……。そうじゃなくて、何があったんだよ。エックス教えてくれよ」
「サクラの花びらの力だよ。孔から落ちてきた車が、潰されたんだ」
「潰さ……」
公平が言葉を失った。
あの花びらができることは単純な力の放出。ただしその力は非常に強く、ベクトル操作も自由。今発動させているのは花びらに向かう超引力だ。
サクラが操る花びらが車体に入り込み、その力を発揮させた。車体が一瞬にして、圧し潰され、ほんの小さな鉄球に変わる。花びら一つで普通自動車なら一瞬で圧壊することが出来る。
花びらの優れた点は集まることで引力を増幅させられることだ。中央付近の孔から大型のバスが姿を現した時、サクラは花びらを二個入れて、同時に超引力を発動させることで難なく破壊した。これなら何が出てくるか分からない孔が百以上出現してもある程度は対処できる。
「……全く多いな!花びらをどんどん追加していかないと追いつかないぞ!」
口ではそう言いながらもサクラには焦った様子はなかった。花びらの生産スピードは孔から車が落ちてくる数量を遥かに上回っている。それどころか潰した後の残骸が地上に降り注がないように、防壁を担っている花びらまで作っているくらいだ。全く危なげはない。
東京タワーの時、孔は自然と塞がった。今回も孔が塞がるまで、サクラは問題なく防衛するだろう。
……ただ、一つ。ボクには気になることがあった。公平と戦った時、サクラは杖を使って魔法を発動させていた。今回は無手だ。魔法の発動方法が全然違う。
素手の時も杖を使った時も、その魔法の遜色はなかった。それはつまり、もっと上手く使える真のスタイルを隠している可能性を示している。
サクラは戦略的に実力を隠している。相手に自分の実力を誤認させ、心の隙を作り、それを突く。例えばそういう戦い方をするためだ。……サクラの戦い方は、やっぱり魔女らしくない。彼女がそういう戦い方を選んだ理由が、ボクには分からなかった。
……『海賊』という存在はそこまで警戒しないといけない相手なの?『海賊』と戦うためだけにそんな戦い方を身に着けたの?
「……むっ」
孔が突如として蠢いて、一つにまとまっていく。合体した孔は一つの巨大な孔に変わり、そこから一際大きなものが姿を見せた。
旅客機だ。やはりぼろぼろに朽ちてはいるが、いわゆるジャンボジェットというやつである。
……何かの意思を感じる。孔が合体して大きな一つの孔になるなんて、魔法的な介入がなければあり得ないよ。サクラが警戒している件の海賊だろうか。それとも、また別の何かなのか。
「大きいな……。が、私には関係ない!」
花びらが三つ、飛行機内部に侵入した。それから両翼に一つずつ。花びらの力が発動し、飛行機は三つに分かれ、同時に圧縮し、破壊される。
それから孔から何か落ちてくる気配はなくなった。最後に花びらが道を作って、圧壊させた残骸を再び孔の中へと押し返した。少しして、穴は閉じた。
「……ふうっ。とまあ、こんな感じだ。無事に終わってよかったな!」
サクラがボクたちに振り返る。ゆっくりと地上に降りてきて、ボクらのいるビルの屋上に、その大きなドヤ顔を近付けてきた。
「私に任せて正解だっただろう?」
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「んー……色々聞きたいことがあったんだけどなあ……」
「聞きたいこと?サクラに?何が?」
「んー……」
あっ。この本面白そ。
公平と一緒に入った本屋さんで、目を惹かれた文庫本を手に取り、ぱらぱら捲る。
……公平になんて説明しようかな。ちょっと説明が面倒なんだよな……。要するになんでサクラが魔女らしくない戦い方をするのか、どうしてそういう戦い方を選ぶことになったのか聞きたいんだけど……。でも順序立てて説明するのは少し難しいんだよな……。
「……まあ色々は色々だよ。魔女としてのスタンス的な部分をね。聞いてみたくて」
「ふうん。まあ確かにちょっと気になるかもな」
ぱたんと小さな音を立てて、立ち読みしていた本を畳む。最後のページまで捲り終わった。面白くて全部読んじゃった。これで買わないと泥棒みたいだから買うことにしよう。
「じゃあこれと……」
「ちょっと。これでもう五冊目だけど。読めるのか?」
「読めるっていうか……読んだから買うんだけどね」
「さっきのぱらぱらーで全部読んだの?」
「うん」
「これが魔女か……」
「ふふん。その通り。これが魔女って生き物のスペックさ。すごいのはパワーだけじゃないんだぞ?」
……そう。魔女は生き物として他のあらゆる生物を凌駕している。その力に驕りがあっても当然である。
サクラには、それが薄い。無いとは言わないけれど、限りなく透明に近い。
少し、心配だ。
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失敗したな。
ローズの世界に戻ってきて最初に思ったことである。
エックスは私の戦い方に違和感を持ってしまった。怪しまれているかもしれない。
そうだったらありがたい。それは予定通りだからだ。エックスには私に注目していてもらいたいのだ。
失敗したのはそれでなく。
「ただいまローズ。悪い。こうなるとは思っていなくて。てっきり私が元の大きさに戻ったらドーナツも大きくなると思ったんだが。エックスの魔法がかかっていないから、小さいままだ」
お土産を持ち帰る際にミスがあったことだ。
椅子に座って待っていたローズは私の顔を見て微笑んだ。
「……いいのよ。そんな……気に、しなくて……」
「だがキミは疲弊している。せめて甘い物でも、と思ったんだけど」
「ええ。とっても……。でも、心地いいのよ。私、今日ほど自分が成長できたなって思えた日はないの」
「それは……少し厳しすぎる。キミはずっと成長しているじゃないか」
「でも……今日は昨日までと違うわ。何かコツを掴んだような気がするの」
「……そうだね。それはきっと、間違いないだろうな」
心から同意できる。ローズの虚数空間をコントロールするスキルは一流レベルに達している。一番近くで孔の操作を見てきた私だから、自信を持って言える。
「私なんかがここまでやれたのはサクラのおかげ。本当に……」
「礼はいいよ。私は理論を構築しただけ。実行できたのはキミの力あってこそだ」
これで計画を次に進められるというもの。とはいえ私のやることはまだ暫く変わらない。
もう少し、私はエックスの目を引く。ローズの魔法が完成するまで。




