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きみに合わせる顔が無い

 アリスは困惑した。公平の魔法により転送された世界がビルが立ち並ぶ街をイメージしたものだったからである。エックスの『箱庭』ほど精巧ではないが、それでもそれに限りなく近い。

 彼女は一つ廃ビルの一室にいた。周囲に人気はないが、外から吾我の気配がする。アリスは今、完全にキャンバスと魔力を使用していない。見つかる可能性は薄い。


「私の戦い方。彼は知っていたはずだけど」


 魔法使いであったアリスが使っていた魔法は『銃』だった。『契約者』となった今も同じ。こういう環境は寧ろこちらの有利に働く。


「『翔ける意志。煌めく魂。純白の疾風。─ゼルス・シュルツ・グランツ』」


 アリスの影から白い天使の形をした光が飛び出した。光は彼女に抱き着いて、白色の服に変わる。右手が引き金を握った。手に握る武器は真っ白なスナイパーライフル。

 銃口を窓から出し、スコープで吾我に照準を合わせる。距離にしておおよそ4km弱。遠いが、それでもこの銃であれば十分に届く。引き金に指をかける。


「悪いわね。レイジ」


 銃口から発射される弾丸は回転しながら吾我の右手の中指に向かって真っすぐに進んで行く。これで指を撃ち抜く。その後指ごと指輪を手に入れればそれでおしまいだ。

 弾丸と吾我との距離が1kmにまで迫った。その瞬間。


「……なっ!?」


 吾我は真っ直ぐにスコープを見た。既に矢を構えている。


「はあっ!」


 放たれた矢は、銃弾を掠めて僅かに軌道を逸らす。銃弾は吾我の手前の数cmの地点に着弾した。矢の方は勢い衰えず、そのままアリスが覗いていたビルの窓まで届いた。


「くっ……!」


 咄嗟に部屋の中に身を隠す。窓から部屋に向かって何度も何度も矢が飛んできた。もうここにはいられない。すぐさま別のビルへと移動する。

 次の部屋の窓から再びスコープで吾我の姿を確認した。先ほどの部屋に対して矢を放ち続けている。


「弾丸の軌道、か」


 アリスはスコープから目を離した。弾丸の軌道から位置をとk丁したとしか考えられない。魔力をセンサーのようにしたのだろう。弾丸が半径1km圏内に入った瞬間に察知・迎撃できるよう準備していたのだ。


「なら……。第二段階を使うしかないわね」


 アリスは部屋の内部に座り込んだ。朽ちた床に手を当てる。


「『燃え尽きぬ意志。飛び越える翼。最果ての向こう側。ゼルス・シュルツ・グライツァー』」


 床が水のように波打った。色を失い、透明になる。その奥に青空と白い雲とそれより白く輝く天使が羽ばたいているのが見えた。右腕が向こう側へと伸びていく。


「お願い。ゼルス=シュルツ」


 名前を呼ばれた天使は、鏡合わせのように腕を伸ばした。アリスの手と握り合う。


「私はまだ。戦いたいの」


 天使の腕は。身体は。再び銃に変化する。飛沫を上げて取り出した。再び窓から長い銃身を出す。魔力探査で大まかな位置は特定できた。スコープで完全に捕らえる。吾我は攻撃を止めていた。あのビルにいないことを察したのだろう。

 頭の中に弾丸の軌道のイメージが浮かんだ。真っ直ぐに撃ち抜く軌道が一つ。周囲のビルを利用し、跳弾させて撃ち抜く軌道と銃弾で撃ち抜いた物体の破片で攻撃する軌道が数パターンずつ。これが『第二段階』の力だった。

 アリスは三回発砲した。発射位置は同じ。しかし方向が違う。それらはそれぞれ別々にビルの壁面に命中、跳ね返り──。


「っ!」


 同時に。別々の方向から吾我の腕や脚を撃ち抜いた。血を流しながらその場に倒れる。


「くっ……!」

「よし」


 完全に狙った先を撃ち抜くことは出来なかったが、十分にダメージを与えた。


「次で終わり。次で決めるわ。レイジ」


 そのうつぶせになった姿を再びスコープに捕らえる。撃ち抜く軌道が頭に浮かぶ。


「これで。フィニッシュ!」


 もう一度。三発発射する。吾我はその場から動かない。


「このまま。このままいけば──」


 と、アリスが考えた次の瞬間。吾我の身体から膨大な魔力があふれ出す。彼の周囲に強烈な翠の風が吹いた。


「な、えっ?」


 風のせいで吾我の姿が見えない。これだけ強い風では、精密な計算を必要とする跳弾戦法が使えない。


「くっ。くう……!」


 これが吾我の魔法だということは彼女にも分かっていた。収まるのを待っていても仕方がない。もう一度魔力探知で位置を特定し、その位置をスコープで見る。実際に吾我の姿は映らないかもしれない。それでも風の影響を考慮した軌道を作ることは出来る。


「……あ」


 アリスは吾我の魔力を捕えた。ずっと上。遥かに高い上空にいる。それはつまり跳弾させるものが存在しないということだ。真っ直ぐ撃つしかない。


「『バララ・ジ・オレガアロー』!」


 空の向こうから声がした。矢を雨のように放つ魔法。吾我はアリスの位置を未だに特定できていない。だがそれでも問題なかった。この魔法なら。この弾幕なら。


「これなら関係ない!どこにいようとお前を撃ち抜けるぞ!アリス!」

「く……!」


 天井が砕ける。空が見える。矢が向かってくる。やむを得なかった。迎撃しなければやられる。アリスは銃を撃って、矢を落とした。

 ──そして。それは──。


「そこか──」

「……だよね」


 自分の位置を明かすのと同じことだった。吾我は『オレガアーマー』を纏い、アリスの居所まで真っ直ぐに向かっていく。迎え撃つ銃弾を避けて。弾いて。


「うおおお!」

「あっ──」


 遂にアリスのいる部屋に辿り着いた。吾我は彼女の首筋に斧を突き立てる。


「終わりだ。きみの力は、接近戦には弱い。魔法を使っていた時からそうだ」

「……そうね」


 吾我はボロボロだった。血まみれで。立っているのもやっと。一方でアリスは殆ど無傷である。それでも彼女は負けを認めてしまった。彼女に扱えるのは銃だけ。この距離では吾我の斧の方が早い。


「……ねえ。一つ聞いてもいいかな」


 アリスは右手を差し出しながら言った。


「どうして。こんなところで戦おうなんて思ったの?」

「……きみに合わせる顔がなかったからな」


 アリスはその青空みたいな目を丸くした。

 彼女が魔法を手に入れた経緯は知らない。ただ彼女が魔法を手に入れた直後に家族が亡くなって、一人で暮らしているのは聞いていた。だから触れないほうがいいと思ったのだ。きっと楽しい切っ掛けではない。何より。彼は魔法を手に入れた時に人を殺めているから。


「きみは。戦うことで何かを成そうとしているように思えたんだ。本当はまだ戦いたいと思っていることもなんとなく分かっていた。それなのに。俺がきみを戦いから遠ざけた」

「そっか」


 吾我は彼女の手を取って。そっと指輪を外す。


「レイジは。色んなことを察しているのに、大事なことは分かってないのね」

「えっ」


 アリスはニッと微笑んだ。二人が戦っていた世界が崩れていく。


「別に」


--------------〇--------------


 願いをくべる。叶えたい願いを。神に祈るほどの願いを。それでもまだ届かない願いをくべる。


「守護者は人間の想いを喰う!願いを込めることで想いを喰らい、引き換えに力を与える!」


 鉤爪の連続攻撃を二本の剣で捌く。一馬の勢いは、最初に戦った時よりもずっと激しかった。

 ──だが。


「なのに……。なんで……!」

「はっ!」

「くああっ!?」


 相手が悪かった。エックスとの激しい特訓を重ねた後の公平が相手では。今の一馬の速度でも遅い。連続攻撃の間隙にカウンターを打ち込むことも容くできる。


「この前と、全然違う……。なんでだ!テメエ手加減してたのかよ!」

「前の時は北井さんのことがあったしなあ。冷静じゃなかった」


 一馬が床を叩く。『裁きの剣』レべルの魔法でも十分だ。というよりも、これ以上の力を使いたくなかった。出来ればこのまま。終わってほしい。これで諦めてほしい。


「おおっ。やってるねえ」


 上から声がした。見上げるとエックスがいる。用事はもう済ませたのだろうか。

 一馬もその声に顔を上げた。奥歯を噛み締め、もう一度強く床を殴りつけて、立ち上がる。


「お前はラッキーだっただけじゃねえか」

「なに?」

「それだけで、負けてやれるか!」


 一馬が両腕を交差させる。何か、来る。


「来いよ」


 公平は敢えて妨害しなかった。ただ剣を構えて。一馬を待った。

 エックスは首を傾げた。公平らしくない。いつもの彼なら敵が何かしようとしているのが分かったら全力で邪魔するはずなのに。『どんな手段を使ってでも勝つ』がモットーのはずなのだが。


「『切り裂かれた影。深淵を超えた先。届かなかった願い。アレグ・キリグ・リドラルク』!」


 一馬が手を大きく天に掲げた。


「来い!アレグ=キリグ!」


 腕から空へと黒い光が伸びる。エックスはすぐ目の前にできた光の柱に目を丸くした。それを道のようにしてライオンが走ってくる。一馬は跳びあがった。ライオンとぶつかって一つになる。


「──っ!?」


 公平の頬に赤い線が走った。遅れて痛みがやってくる。


「決着つけてやる……!」


 黒い光が一馬の身体を覆う。赤く輝く鉤爪が映えて見えた。公平は深く息を吐く。やっぱり邪魔しておけばよかったかなと思った。

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