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花束②

 ローズはボクが来ていることに気付いているはずだ。堂々と中に入ればいい。ローズの友達と出くわすことになったら、紹介してもらえばそれで済む話である。

 それだけなのに妙に緊張していた。一度出直そうか、とさえ思っていた。人間世界で買ったドーナツは4つだから半端な個数になってしまうし……なんて余計な心配をしてしまっている。そもそもミラーのお菓子屋さんで幾つかケーキを買って行ったのに。

 まごまごしていると中の様子に変化があった。ローズではない、見知らぬ魔女の気配が動き始めている。ボクは反射的に玄関扉を開けた。その魔女はローズの隠し事について知っていることがあるはずなんだ。逃げられたら困る。


「ローズ、いる?」


 問いかけながらボクはローズの家に上がり込む。「エックス!?ちょっと待っててー?」と少し慌てた声が返ってきた。……悪いけど。駆け足でローズのいる部屋に飛び込む。


「ローズ?何かあったの?」

「……ま、待っててって言ったのに」


 室内にはローズしかいない。他の魔女の姿はない。だが気配を殺し、隠れているだけだ。ボクのセンサーからは逃げられない。奥の部屋に隠れているのは分かる。


「聞いてるの」 ローズはボクの前に立って言った。まるで奥の部屋へ行かせまいと立ちはだかるみたいに。「何かあったのってこっちのセリフだよ。何かあったの、エックス」

「美味しいドーナツを買ってきたから食べようと思って」

「……いや、そのウソは無理があるんじゃない?」


 ……まあ、そうだよね。

 元々それとなくローズと話をするつもりだった。でもそれももう無理だ。焦って入ったせいで、誤魔化せる状況じゃなくなってしまった。


「……昨日のこと。気になって」

「昨日、って」

「昨日、ローズはどうしてあそこにいたの」

「だからそれはたまたまで」

「……そんな偶然滅多にないよ」


 ローズは押し黙ってしまった。後ろめたさを抱えた表情で俯いている。


「ねえローズ。何か困っていることがあったら──」

「ここまでだ!やめやめ!私が悪かった!」


 奥の部屋から噂の魔女が姿を見せる。

 一言で表すと、黒。黒いワンピースに黒髪のボブカットで、メガネをかけている。

 肌は新雪のよう。黒い服がそれをはっきり際立たせている。

 ともすれば喪服にも見える恰好だが、一方で健康的な笑顔を浮かべており、アンバランスな美しさもある。人間のサイズで街を歩けば、きっと色んな意味で目を惹く存在だろう。

 だけど見た目以上に、ボクは彼女の魔法の大きさに目が止まった。ランク99。規格外の存在を除けば最強クラスの魔女である。


「キミは」

「見ての通り魔女だ!名をサクラという!」

「サクラ……」

「あっ。今『全然サクラっぽくないな』と思ったな?」

「いや別にそんなことは……」


 ちょっと思ったけど。だって服の色は黒だし肌は雪みたいだし、大声出している感じが桜の儚さとは真逆のイメージを与えてくるだし。名は体を表わさないとしても限度ってものがあるでしょ。


「安心してくれ。そう思ってくれて構わないよ。よく言われるからね!」

「……そ、そんなことはどうでもいいんだよ!キミは誰!ローズとどういう関係!」

「ただの友だちだ!つい最近知り合ったのだ!」

「そ、そうそう!私が誰と仲良くしていてもエックスには関係ないことだわ!」

「えっ。いや。それはそうだけど。……いや、そうじゃない!それならローズはなんで昨日」

「うん!私が出てきたのはその説明をするためだ!」


 ……えっ。説明してくれるの。


「結論から言おう。アレは、虚数空間からの攻撃だ!」


--------------〇--------------


 サクラが言うには。虚数空間上に魔女の一団がいるらしい。組織的に活動している魔女には心当たりがあった。少し前に、別の世界にボクと公平を引き込んだ雷の使い手にはキョウカという部下がいたわけだし、虚数空間上にいるのであれば未だに見つけられないのも納得できる。

 ただ、それでも釈然としない部分がある。


「それが本当ならどうして、まずボクに声をかけなかったのさ!ボクなら虚数空間にも行けるんだけれど?」

「ランク100の魔女は切り札だから、秘密裏に動いていた。先にキミに動かれて万が一にでも負けてしまったら逆転の目はないだろう?」

「じゃあ……。あ、そうだ。キミはどうしてその虚数空間上の魔女のことを知っているんだ?」

「スカウトされた。連中は現実世界で仲間の魔女を探しているんだ。無論断ったがな!だーれが海賊なんてやるものか!」

「……海賊?」

「サクラから聞いたんだけど、その魔女たち仲間を作って海賊団を結成して、虚数空間上の色んな世界を荒らしてるんだって」

「そうだ!本人たちが言っていた!」

「海賊……」


 ……なにそれ。流石にこんなところで嘘吐く意味が分からないから本当なんだろうけどさ。もしかしてそいつらバカなのかな……。子どもじゃあるまいし海賊って……。……でもそいつらに色々してやられてるかもしれないんだよね、ボク。なんか無駄に敗北感が大きくなっちゃった……。


「まあ、分かった。でも昨日の槍とその敵がどうして結びついたわけ?」

「キミも気付いているはずだよ。あれは槍じゃない。人間世界の建築物だ」

「……そうだね。東京タワーだ」

「だがそれ自体は現在進行形で人間世界に存在している。そうだろう?」

「うん。だからおかしな話なわけだけれど」

「答えは簡単だ。あれは虚数空間上のまだ現実化していない世界から持ってきたんだ」

「……あっ。そういうこと」


 世界5分前仮説という思考実験がある。この世界が5分前に、それ以前の過去の情報を持った状態で生まれたとしても、誰もそれを認識出来ない……というものだ。

 ボクと公平はリインという魔女との出会いでこの思考実験と同じ現象が現実に起こり得るものだと知った。そういう世界は生まれてくる……というよりは虚数空間上である時まで過ごし、ある時に至ったところで現実世界に現れるのだ。ボクたちはこれを現実化と呼んでいる。こういう世界が持つ過去の情報は虚数空間上で実際に起きたことである。

 そして、もう一つ証明してしまった事象がある。仮に現実空間と虚数空間を行き来できる場合、虚数空間上における過去……まだ現実化する前の世界から現実世界へモノを持ち込んでもタイムパラドクス的な矛盾は生じないという事実だ。

 『魔法の連鎖』にある世界はそれぞれ何かしら似通った点がある。それは虚数空間上であったとしても変わらない。虚数空間上の東京タワーのある世界からタワーを持ち出して、今現在の人間世界へ投げつけることは可能だ。

 現実空間と虚数空間の往来にはとてつもない負荷がかかる。あれだけ東京タワーがぼろぼろだったのもそのせいかもしれない。本来なら1ミクロンサイズ圧縮分解されるところを、魔法で出来る限りで保護をしてようやくぼろぼろの状態で持ち込めたということだ。


「初めてやつらと接触した時に、キミのいる世界になんとかとか言うタワーを投げつけて遊んでやるから一緒に来ないかと言っていた。遊びに誘うみたいにね。私は断って、やられかけて、どうにか逃げてきたのさ。ふふん。素晴らしい逃げ足だろう!」

「自慢すること……?」

「とはいえいつ攻撃してくるかは分からない。けど私は出来れば連中と顔を合わせたくない。だからローズには姿を隠してあちこち見回ってもらっていた。特に人の多いところを中心にしてね。だから昨日キミと鉢合わせたのは本当に偶然なのだよ。けれどその偶然が起こる可能性はそれなりに上がっているんじゃないか?」


 それは……そうかもしれない……。

 敵が人間世界に攻撃を仕掛けるなら……。それがボクへ嫌がらせすることが目的だったら……。それならポイントはある程度絞られてくる。被害の大きい都会で人通りの多い地点だ。ローズがそういう場所を中心に見回っていたのであれば、確かにあのタイミングでボクと鉢合わせることは起こり得るだろう。


「……ちなみにローズとはどこで知り合ったの?」

「敵にやられてあちこちの世界を逃げ回っていたところをローズに助けてもらったのだ!」


 サクラは胸を張って言った。……それって威張って言うことかな?

 けど……取り敢えず腑には落ちたよ。


「分かった。……ごめんね、ローズ。疑ったりして……」

「い、いいのよ。こっちも誤解させちゃうような態度だったわけだし……」

「うん!これで仲直りということで!さっきから気になっているんだが、それは食べていいのかな?」


 サクラがボクの持っているドーナツの箱を興味津々な目で指差してきた。……この子は甘い物が好きなのかな。


--------------●--------------


 エックスが帰って行って、私はお茶会に使ったお皿やカップを洗っていた。この手のお仕事はサクラには任せられない。魔法でも素手でも彼女は加減が効かなくて壊してしまうのだ。せっかくお気に入りの食器なのよ。

 キッチンからサクラに声をかける。


「さっきはありがとうね、サクラ。エックスに話してくれて」

「いやなに。友が困っていたのだ。助けるのは当然というものだ」

「……でも。ちょっと、悪い気もするな」


 サクラは一瞬黙って、すぐに「ははは」と笑った。


「気にすることはないよ」

「うん……」

「初めから決めていたことじゃないか。彼女は予想通りキミを信頼している。疑っていてもそれは変わらない」


 カップを洗う手が、止まった。

 ならば、その信頼に応えるようなストーリーを用意すればいい。そうすればきっとエックスは私のことを信じて、納得して帰ってくれる。果たしてサクラの考えた通りにコトは進んだ。


「ただあの程度の追及で終わるとは思わなかったけどね。突っ込みどころも結構あったのに。少し今後が不安だな。彼女には海賊と戦ってもらわないといけないんだよ。連中はそんなに甘い顔して敵う相手じゃない」

「そのことは後で考えましょう。今は、もっと大事なことがあるじゃない」


 キッチンから戻ると、ソファーに座ったサクラがにこりと微笑んで私を見つめていた。

 救済を。遍く世界に、救済を。

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