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Half Inch World④

「ふうっ」


 気持ちのいいお湯だ。やっぱりお風呂っていいなあ。

 けどあんまり長湯もしてられないんだよね。今日はボクたちだけじゃなくてバニーもいるんだから。やることやらないと。


「それで」

「ん?」

「なんか話したいことがあるんだろ?」

「なあんだ。分かってるんじゃん」


 意図を察してくれて助かるよ。

 お風呂の中はプライベートな空間だ。少なくともここにいる間はバニーも入ってこない。秘密の作戦会議をするにはちょうどいい。


「今のところのボクの考えだけど……バニーに魔法が使えることは教えておこうかなって」

「えっ。いいのかよ」

「悩ましいけど……。この後のことを考えるとね。バニーを含めたヒトの認識を改変することもできるけど。あの子親切だからあんまり酷いことはしたくないしね」

「……まあ。そうだな」


 うん。公平がバニーと仲良くなってくれたおかげで話がスムーズだ。


「でも、この後の事って?何を考えてるんだよ」

「敵はこの世界に潜んでいる。多分近くにいる。敵は正確にボクの魔法を邪魔している。そう遠くからできるとは思えないからね」

「近く。精々この街くらいってイメージでいいかな」

「取り敢えずね。でも問題なのは、この世界には二つの社会が混ざり合ってるってことだ」

「マイクロと普通の人間の社会か」

「そう」


 マイクロとノーマル。どちらかに敵は隠れている。でもまだどちらにいるのかは分からない。つまりはどちらも調査しないといけないのだ。


「だから、公平にはマイクロの社会に入り込んでもらおうかな、って」

「……イヤだけどしょうがないか」

「おっ」


 案外素直だ。てっきり拒否するかと思った。『そんな危ないことしたくねー』って。

 公平はボクの考えを読んだのか、更に続ける。


「そりゃあ危ないしイヤだけど。マイクロの社会って死が隣り合わせすぎて絶対イヤなんだけど。でも、この世界に俺たちを狙ってる敵がいるなら、早く見つけて追い出さないと。バニーまで危ないから」

「そうだねえ。バニーはおっちょこちょいみたいだけど、悪い子じゃあなさそうだし。……じゃあ、決定で!」

「うん。なんとかやってみるよ」

「……ちなみにだけどどうしても公平がイヤならこのまま帰るって手もあった」

「……帰れないんじゃないの?」

「今はもう帰れるよ。敵のやり方がある程度把握できたから。今なら人間世界までの道も作れそうだなって」

「……えーっと」

「でも、多分この敵は例の雷に繋がってそうだし。この世界に敵を放置して帰るなんてちょっと酷いしね。うん。頑張ろう」

「……うん。がんばろー」


 『騙された』って顔してるな公平。全くもう。こっちに残って戦うのを決めたのは公平なんだからしゃきっとしてくれなきゃ困るよ。


「それで、今後のプランだけど……」

「うん……。えっ。マジで言ってる」

「マジマジ。取り敢えず入り込みやすそうなところから、だよ」

「マジかあ。怖いなあ……絶対昼のあの子いるじゃん……」

「危ない子があの子だけならいいけどね」

「イヤだなあ……」


--------------〇--------------


 ぱちぱちぱち。呆然とした顔で、バニーはボクに向かって拍手をする。目の前で起こっていることに対して理解が追いついていない、といった雰囲気だ。無理もないよね。魔法が現実のものとして存在していない世界の住人に魔法を見せたら、そりゃあ驚くよ。小さな炎や雷を出すだけの簡単な魔法だとしても、ね。


「これで信じてくれたかな?ボクが魔女だって」

「……はい。え?これホントに手品じゃないんです、よ、ね?」

「手品ではないんだバニー。ホントのホントにボクは魔女なのさ」


 本当の大きさは身長100mであることは黙っておくことにする。目の前の女の正体が巨人の魔女だと分かったら流石にバニーもビビるだろうし。

 同じ様に公平が実はマイクロではなくて、バニーよりも背の高い人間であることも隠した。バニーがボクと公平を泊めてくれるのは、公平がマイクロだからというのも理由にあると思う。同じスケールの見知らぬ男性は、普通自分の家に泊めたくないだろうしね。

 ナイショの方が絶対にベターだ。


「じゃあ……その。さっき言ってた悪い人がどこか近くにいるっていうのも本当のことなんですか?」

「それもホント。早いところやっつけたいんだけど、どこにいるか分からなくて。もしかしたらマイクロとして潜んでるかもしれないし」

「そんな……」

「でさ」


 ぐいっとバニーに近づいて、更に続けて言う。


「ボクと公平の二人で、キミの通う高校に潜入しようと思うんだ」

「ええっ!」


 バニーは驚いた顔でボクとボクの肩に座る公平を交互に見比べた。


「え……。じゃあウチの学校に悪人が……?」

「あ、いや。いると決まったわけじゃないんだけどね。ただ、バニーが通う学校だからさ。万が一そこにいたら、すぐにバニーたちを守れるようにしたいからさ」

「はあ……でも、潜入ってどうやって……」

「それは、ほら。魔法でちょちょいと」

「そんなことしていいんですか……?」

「俺はダメだと思う」


 公平が呟いた。ボクは公平に人差し指を軽く押し付けて黙らせる。指の下で「ぐえー」と公平の声が漏れ聞こえてきた。


「え、エックスさん!公平さん大丈夫なんですか!?」

「あはは。こういうのボクも公平も慣れてるから大丈夫。……とにかく。まずはキミの学校を調べる。敵がいないことを確かめるための潜入だと思ってくれればいい。公平はマイクロの生徒や先生を、ボクはノーマルの人たちを調べるから。明日は学校のこと、色々教えてほしいな?」

「は、はい。分かりました。そうですよね。悪い人がいたら、恐いですし……」

「うん。でも大丈夫。ボクがみんな守ってあげるから」

「……ところで一つ質問なんですけど」

「うん?」

「魔法って、どうやって使うんですか?私でも使えますか?」

「……えーっとね」


 ……そこに興味持っちゃったかあ。さあて、どう答えようかな。結論から言うとバニーが魔法を使うのは無理なんだけど。けど、伝え方が難しいぞ。


--------------〇--------------


 翌朝。

 ボクはバニーの部屋で着替えをする。

 セーラー服を着るのを少し楽しみにしていたのだけれど、バニーの学校の制服はブレザーらしい。ちょっと残念。でもこのブレザーもなかなか可愛い。

 生徒として学校に行くのも、生まれて初めてのことだ。1000年以上も生きてきて、今さら高校生になるとは。人生ってやつは何が起こるか分からないもんだなあ。


「どうかなバニー?ネクタイ変じゃない?似合ってる?」

「大丈夫で……、あ。ちょっとネクタイ曲がってる……」

「ええっ。直して直して!」


 バニーにネクタイを調整してもらって、改めて鏡に映る自分の姿を見る。当たり前だけどブレザーを着たボクの姿がそこにあった。

 うわあ……。ちょっと恥ずかしいかもしれない。なんかコスプレっぽくない?もしかして学生じゃなくて教師として潜り込んだ方がよかった説ある?

 スカートも久しぶりに履いたなあ。普段はジーンズだもんねえ。くるんと回ってひらっとスカートが舞って面白い。スカートもいいかもなあ。でもスカートって下がどうしても頼りないんだよねえ。この大きさならいいけどさ。魔女の大きさだと……ね。下から見えちゃうから。何とは言わないけど。


「……ありがとうバニー。ちょっと見せてくる」

「え?あ、はい」


 リビングで着替えている公平の元へと向かう。無意識に勢いをつけてしまったドアは大きな音を立てて開いた。公平はぎょっとした顔でボクに振り返る。


「さあ。どうだ公平!」

「……うん?」


 ……おい。反応が薄いぞ。こら。そういうんじゃないだよボクが求めているものは。じれったいな、もう!ボクから言わないとダメかい!?


「カワイイでしょ!」

「エックス顔真っ赤」

「うぐ」

「似合ってるよ。可愛い。最高」

「……でしょー!?初めからそういう風に言ってくれればいいのにー!」


 全くもう公平こそ照屋さんなんだから!駆け足で公平の元へと駆け寄って、摘まみ上げて、学生服姿の公平を見てみる。


「……ぷっ。コスプレみたい」

「俺だってね。二十歳超えてこんな服着ることになるとは思わなかったよ。……なんかこう。先生役じゃダメだったの?」

「ボクもそう思ったけどさ。先生より生徒の方が人数は多いから。まずは母数の多いところから攻めた方がいいかなってね。それに先生だと一応まじめに仕事しないとだろ?生徒だったら寝ていようが妄想に耽っていようが、取り敢えず机に座ってればいいんだから楽じゃない」


 公平を胸ポケットに入れてやる。……おお。なんだか収まりがいい。


「本当は公平も徒歩で登校なんだけど。今日は特別にボクが学校まで連れて行ってあげよう」

「歩いて行ったら日が暮れるわい」

「それもそうか」


 くすくす笑いながら、ボクは公平と一緒にバニーの部屋へと戻っていく。

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