Half Inch world②
『あの。公平。なにかトラブルでも……』
『た、助けてくれ!女子高生に捕まった!』
「やっぱり!」
思わず大声を出して立ち上がってしまう。一瞬店内がしんと静かになった。
店中の視線がボクに集まっているような気がする。ボクはきっと赤くなっているであろう顔を俯かせて歩いていく。
セーラー服の女の子二人がぽかんとしてボクを見つめていた。一人はその場にしゃがみ込んでいて、右手はOKマークを作っている。きっとその親指と人差し指の間に公平を摘まんでいるのだろう。
ボクは彼女に手をさし出した。
「か、返して。そのヒト、ボクの恋人だから!」
「えっ。マイクロが恋人……?」
女の子は怪訝な顔をする。なるほど。マイクロというのは小人のことか。つまりはこの世界には今の公平くらいの大きさの小人も住んでいるわけね。なるほどなるほど。
……じゃあ、公平を小さくしてお金を拾ってもらう作戦もムリだな。この世界に最初から小人が住んでいるなら、見つかる可能性は大分変わってくる。気付かれるかもしれないし。
それはそれとして……彼女の反応や先ほどまでの言葉を考えると、この世界に於けるマイクロの社会的な地位はかなり悪いみたいだ。女子高生が戯れにマイクロを弄ぶことさえあまり罪悪感を抱かずに出来てしまうくらい。もちろん、マイクロを恋人にする人間なんて変人扱いだろう。
まあ、関係ないけどね。
「マイクロだったらなに?いいから、早く公平を返して」
少女は少し黙っていたが、しぶしぶとボクの手に公平を返してくれた。やれやれ一安心。ほっと胸を撫でおろす。
魔法が使える公平は、相対的に巨人になっているとはいえ、普通の女子高生に捕まったくらいでどうにかなることはない。
けど見ず知らずの女子高生が公平を捕まえて、揶揄ったりいい気になったりしているのは我慢ならない。公平に意地悪していいのはボクだけだ。ボクの許可なく公平に手を出すなよな。
「ありがとっ」
公平の無事を確認し、自分の席に戻る。
「なにあの人っ。感じわるっ!行こっバニー!」
「えっ、ちょっと……」
後ろで声が聞こえた。公平を拾った方の女の子……多分アリスが、一緒に来ていたバニー?という友だちの手を引っ張って店を出て行く。ふふん。いい気味。
「調子乗ってるところ悪いんだけどさ、エックス」
「ん?」
「結局、お金の問題が解決してないが……」
「……そうなんだよねえ」
頭を抱える。
どうしたものかと考える。
結局のところ何も解決していないわけで。フライドポテトとドリンクバーの代金、1000円をまだ入手出来ていないわけで。
こうなったら公平の作戦を採用し、元の大きさに戻って会計を有耶無耶にしようか……。
一瞬魔が差したが、1000円の為にそれをするのは流石に申し訳がない。
でもじゃあ一体どうすれば……。そもそもたかが1000円ぽっちのために悩んでいる現状が情けないというか……。
「あのぉ……」
「うん?」
声をかけられたので顔を上げる。挙動不審なボクを怪しんだ店員さんかと思ったが、違った。先ほど友達と一緒に出て行ったはずの女子高生、バニーである。
「大丈夫ですか……?様子がおかしかったので、戻ってきたんですけど」
「べ、別に!おかしなところなんてないよ?ねえ公平?」
公平が小さな身体で何度も頷いた。バニーがそんな姿を見て小さく笑う。
「仲がいいですね。いいなあ……」
「あ、あははは。いいでしょ。そうそうボクたち仲良し」
「実は、私にもマイクロの恋人がいたんです」
「え……?」
「……けど」
……その恋人に何かあったんだろうな。こんな小人に厳しい世界だ。彼女の友だちだってあんな感じだもん。きっと不幸な事故が……。バニーが涙ぐみながら続けて言う。
「私、間違えて彼を踏み潰しちゃって……」
「……へえ」
え、やば。この子。
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「お、おい。大丈夫なのか。あの子の家に泊めてもらうって。あの子自分の恋人踏み潰してんだろ。俺死にたくないよ」
「公平は魔法が使えるから平気だって」
「そうだけど……」
「なるべく公平と彼女が二人っきりにならないようにするから!大丈夫!」
「そう?そうなの?ホントに大丈夫?」
多分。
ともあれボクと公平はバニーの家に泊めてもらうことになった。
ボクはボクの素性を、『マイクロの恋人である公平と二人であちこち旅行をしていたのだが、この町に来たところでお金も携帯電話も落としてしまい、そのことにファミレスで飲み食いした後に気づいて途方に暮れていた旅行者』ということにした。
バニーは思いのほか親切で、ファミレスのお金を立て替えてくれたし、一晩泊めてくれるって言うし、至れり尽くせりである。
公平が過去最大級のレベルで警戒している以外はなにも問題ない。
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エックスは無責任だ。なるべく俺とバニーが二人きりにならないようにすると言っていたくせに。なーにが「よーしっ。お泊りさせてもらうわけだし、晩御飯はボクが作るぞー!」だ。お前がキッチンに立つんだったら、必然的に俺とバニーが二人っきりになるじゃないか。
「はい。どうぞ公平さん」
そのバニーはというとマイクロ用のマグカップに淹れたココアを用意してくれた。
ココアは美味しい。ただ、バニーの家にマイクロ用のコップがあったことが引っかかる。
なあ、これってさ。例の、キミに踏み潰されたキミの恋人のコップじゃないのかい?
……そう。そうなんだよ。この子自分の恋人踏み潰してるんだよ。怖いよ。何が怖いってその件で罪に問われた気配がないのが怖い。マイクロの命軽すぎだろ。そして俺は今そのマイクロ身分なんだけど。
もうね。笑っちゃうよ。呑気にココア飲んでいられねーよ。エックス、早く俺のこと元の大きさに戻してくれよ。俺、今日いきなり見ず知らずの女の子に殺されかけたんだよ。
けど今更元には戻れないよなあ。だって俺はもうマイクロの公平ってことになってるんだもんな。それが突然普通の人間になったらぎょっとされるよなあ。
「あのお、公平サン」
「うわあっ、びっくりしたあ。え?なに?」
「アハハ。そんなに驚かなくてもいいのに」
「ははは……」
いや。驚くよ。
バニー、キミは自分と俺の身体の大きさの違いを分かってんのかい。俺は1cmくらいしかないの。対してキミは……160cm前後くらいか?ってことは単純計算で160倍の大きさだ。で、俺の身長は本来1.7mだ。1.7×160は……まあざっくり250mくらいだろう。要するに大巨人だよ。そんな女の子の声は当然相応に大音量になるし、音の衝撃も俺にとってはかなり強いんだよ。びっくりしないわけないじゃんか。
「ええと。公平サンに聞きたいことがあって」
「え。俺に」
バニーはもじもじしながら続ける
「公平さんってエックスさんってどんな風に知り合ったのかなーって。ちょっと気になって……」
「ああ。そういう話?」「『塵さんってエックスさんってどんな風に知り合ったのかなーって。ちょっと気になって……」
バニーが恥ずかしそうに頷いた。まあ彼女もマイクロの恋人がいた人間だ。身体的なサイズの差より互いの気持ちを選んだ、謂わば同志である。
バニーはまあ……うまくいかなかったわけだけど。いや、だからこそうまくやってる奴らのことを知りたいのかもしれない。
「馴れ初め。馴れ初めかあ」
しかし。困った。バニーにどこまで話していいんだろう。
魔法のことは……多分NGだ。エックスが実は人間じゃなくて巨人の魔女で……って話も当然ダメ。
……その辺の前提全部ダメだったら話せることなんかなくない?どうしよ。
「あっ。もちろん話したくないなら別にダイジョウブですけど……」
ですけど。聞きたい気持ちがバシバシだ。仕方ない。俺たちは彼女には一宿一飯の恩がある。話せる範囲で、話すか。
「いや。大丈夫だよ。どこから話そうかなって考えてただけだし。そうだな……俺とエックスの出会いだけど……」




