スミレ
仕事が増えた、と言えばいいのだろうか。ひと月前から、エックスは『魔法の連鎖』の中を定期的に見回りしている。頻度としては週に一回程度である。漆黒の空間を泳ぎながら、無数に瞬く世界の輝きとぶつかってしまわないようにと慎重に。
見回りを始めた原因はリインの出現だった。
今までも『魔法の連鎖』の中に新しい世界が生まれることはあった。その中には世界五分前仮説の理屈で、誕生以前の過去を持っている世界も、魔女が最初から存在している世界もあった。
だがリインは今までにないケースである。彼女は最初からランク100だったからだ。これはきっと特殊なケースではない。今後もランク100の魔女が出現することが絶対にないとは言い切れない。そしてそういう魔女がリインのように分かり合える相手だという保証もない。
だから警戒している。仮にどんな相手と戦う事になっても負けることがないように。
弱気な自分を自覚して、エックスは苦笑した。仕方がないのだ。リインの銃弾に弱気になってしまうくらいに痛かったのだから。
無意識に銃弾を受けた肩を撫でていると、少し先に見覚えのない光──世界が見えた。両腕で無の空間をかき分けて、エックスはその世界のすぐ前にまで行って、顔を近付けてじっと覗き込む。新しい世界だ。
ランク100級の力は感じない。だが魔女の気配はあった。
魔の前の世界にいる魔女の数は一人だけ。それとは別に大勢の人間の気配も感じ取れる。たった一人の魔女が人類と共生している世界なのか。だとして、それは一体どんな形で成立しているのか。
そこまで考えた辺りでエックスは世界から目を離して、ぱちぱちと数回まばたきをする。目が疲れてしまった。今のエックスは宇宙よりも幾らか上のスケールである。世界を覗き込んで宇宙を感じ取り、その中に浮かぶ惑星に住んでいる小さな生き物たちの気配を探るということは少しだけ疲れてしまう作業であった。肉眼で、電子顕微鏡でさえ捉えることが出来ないほどに微細な検体を観察するようなものである。
とはいえその疲労もほんの少し。すぐに回復して、再度世界を見つめる。この世界を見てみたい。好奇心がむくむくと膨らんでいく。
心の中で『よしっ』と呟くとエックスは自らの肉体に縮小魔法をかけた。一気に世界よりも小さなサイズに縮んで、その中へと飛び込む。
世界。宇宙。恒星。エックスの身体は徐々に縮んでいく。片手で惑星を握り潰せるサイズから更に小さくなっていき、遂には100mにまで。目的の惑星に着いた時には一般的な魔女の大きさに変わっていた。
「うんっ。これくらいならいいでしょっ」
ようやく声を出せる。宇宙空間にいることはエックスにとっては些細な問題である。もっと重大な問題はさっきまでのサイズでは、声を出した時に発生するショックウェーブが星も宇宙も消し飛ばしてしまうこと。だからこの大きさになるまでは恐ろしくて声は出せなかった。連鎖級のサイズは世界を見回る時には便利だが、気を遣うことが多すぎて肩が凝ってしまう。
「よっ……と」
人間のサイズとなって、エックスは目的の星に降りた。着地した場所は……崩れたビルが立ち並ぶ人の気配のないエリアだった。
「えっ。なにこれ」
人気のない場所を選んだつもりではあるが、街一つ壊滅しているまでとは……。思わなかったと言うと嘘になる。少しくらいは想像できていた。そのことが一層エックスの表情を曇らせる。
きっとこれはこの星に生まれた魔女の仕業だ。これだけ大規模な破壊は魔女の力で起こったと考えるのが自然である。恐らくは人類とその魔女とが争っているのだ。
つまりそれは、この世界でも魔女と人間との共存は叶っていないということである。
重い足取りでエックスは歩き始める。どこかで瓦礫の山が崩れる音がした。靴の下から足を刺激するコンクリートの破片が、不思議と痛いような気がする。
「……帰ろ」
言ってから自分でびっくりする。心の中で思っていた言葉が無意識のうちに声になっていた。目の前に広がる光景にセンチメンタルになりすぎている。これ以上ここにいても、落ち込むだけ。手を挙げて公平が待っている家まで続く空間の裂け目を開けようとする。
そういう時に限ってエックスは魔女が動き出す気配を感じてしまうのだった。
裂け目を開けかけた手が、一瞬止まって、再び動く。裂け目が導く先は魔女の気配のある地点。咄嗟のことだったので、彼女は魔女の大きさに戻るのを、忘れている。
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「こらーっ!それ以上はボクが許さ……。ん?」
何か巨大なものがエックスに向かって落ちてくる。それは黒くてごつごつとしていて、公平と見に行った映画に出てくる怪獣みたいだな、と思った。
「うわーっ!?」
悲鳴は巨大な何か圧し潰されて消えた。
完全に不意打ちである。とはいえこの程度ではエックスを潰してしまうことは不可能だ。下敷きになったまま、辺りに広がる壁を叩いてみる。堅い。ほんのりと暖かい。
「これもしかして生き物?こんな大きい生き物いる?……いるでしょ。魔女がそうじゃん。何言ってんの。違うそうじゃなくて……。あっ」
自ら脱出するより先に彼女を下敷きにしている何かが持ち上げられる。光がエックスの目に飛び込んでくる。強い日の光の先には、巨人の姿がある。
「……大丈夫ですかあ?」
心配そうな声で巨人はエックスに問いかけてきた。青く光る星のような瞳をした、銀髪の女の子。エックスは彼女が魔女である事を一目で理解する。
持ち上げている巨大な鰐かトカゲのような生き物を人気のない場所に降ろし、彼女はエックスに顔を近付ける。その瞳はエックスがたじろがなかったことに喜びを見せた。怪我がないことを確認するとゆっくり離れていく。
「よかったぁ~。どこも怪我してないですよ?ラッキーですねえ。あ、でも病院には行ってくださいね。見えないところに傷があるかもしれないから」
「……助けてくれたの?」
「そりゃあ助けますよ~。皆さんを守るのは大きな私の責任ですから!」
魔女はむんっと胸を張って得意げにした。
……なるほど。この世界の魔女はこういう魔女か。となるとさっきまでいた廃墟の街は怪獣被害によるものかな。
エックスは努めて冷静に考える。本当は飛び跳ねたくなったのだけれど、我慢する。
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「ふうん。それじゃあスミレはま……大きくなってから今日までずっとああいう怪獣をやっつけてきたんだね」
「そうですよ~?週に一回くらいああいうのが来るので、私が戦っているんです」
「実は私超能力で飛べるんですよ。それで色んな所に安全に行けるんです」と魔女スミレが自慢してくる。そんな彼女の右手の上で、エックスは倒れている巨大トカゲに目を向けた。
スミレはランク95の魔女である。ランク99の魔法使いに比べて1/5程度の規模の魔法しか使えないということだ。身体の大きさや強さを無視すれば、彼女よりランク99の公平の方が5倍強い。使える魔法も飛行魔法が関の山だろう。
その程度の魔女であるスミレだが、見たところ彼女には傷一つない。怪獣との戦いに疲弊した様子もなかった。
(……まあ当然か)
魔女はただ大きいだけのトカゲとは生き物としての格が違う。人類が一致団結して挑めば倒すことが可能な映画の怪獣を見て、『なんだ、こんなもん?』と思ったのもそのせいだった。
魔女は人類の兵器や科学技術を幾ら集めても倒すことは出来ない。魔法や異能でなくては戦いのステージにさえ立てない。
スミレはそういった魔女たちと同じ生き物だ。怪獣なんて涼しい顔で倒せるに決まっている。
「先週は南の方で怪獣が出て……やっつけられたけどまだ全然復旧出来てないんですよね~。追いついてないっていうか。だってまだ一か月前に壊された場所も直ってないですしい」
そんな強大な力を持った生き物であるスミレは、それより遥かに脆弱な人間──と思いこんでいる小さくなっただけの魔女であるエックスにもフレンドリーに話しかけてきていた。その態度にエックスはある種の気持ちのよさを感じていた。
「けれどエックスさんはどうしてあんなところに?誰もいないところに向かって蹴ったつもりだったのに」
「あはは~……まあ成り行きで……」
エックスは自分が魔女である事を黙っていた。なんとなく、人間の視点で彼女を見てみたかった。
「おーい。スミレー」
「あっ、先輩!えーっと。あっいた!はーい!」
地上から聞こえる声にスミレが左手を振った。彼女の右手の上から、エックスは地上を覗き込む。正座をしているスミレの右膝の辺りにメガネをかけた女性の姿がある。
エックスは顔を引っ込めて、スミレの顔を見上げて尋ねる。
「先輩って?」
「こう見えて私、防衛企業の社員なんですよ?ミライ防衛って名前の会社で。イケガミ先輩は会社の先輩です!」
「へー……」
もう一度下を覗き込んだ。『えっ。誰かいるの……?』とイケガミが呟いている。その表情は落ち着かない様子でスミレを見つめていた。
「貴女の先輩何かを心配してるみたいだけど」
「えー……なんだろ。私ちゃんとやったんだけどなあ……」
「ボクに迷惑かけてないか気にしてるのかな、ちょっと話してくるよ」
「あ、はい!それじゃあ今から降ろして……」
「よっと」
飛び降りてから『あ、しまった』とエックスは呟いた。曲がりなりにも今、自分は人間と認知されている。その自分が、数十mの高さであるスミレの手の上から飛び降りたら……。
「えっ。えーっ!」
「わーっ!スミレ何してんの!?」
「ちがっ。私なにも」
エックスは苦笑いしながら着地する。取り敢えず怪我一つない平気な身であることをアピールするために、呆然と彼女を見つめているイケガミの元へと軽い足取りで近づいていく。
エックスが一歩近づくたびにイケガミの視線が動く。その足元から頭の先まで順番に見つめて、どこにも怪我のないことを理解してしまう。
「……えー」
「あはは……。運がよくて」
「う、運。運?はー……」
イケガミは何度も瞬きをした。「運。運?うーん……?」などと呟いて、スミレと顔を見合わせる。最後に首を傾げながら「そっかあ」と彼女は自らを納得させた。
「そうそう。運がね。うん。スミレさんに助けてもらったのもラッキーで。ははは」
「そ、それは。よかったです。てっきり周囲の人は全員避難出来たと思っていたから」
「大丈夫ですよー。先輩。私逃げ遅れた人もちゃんと守れます!」
『嘘つくな!』とエックスは心の中で呟いた。たまたま彼女が魔女だったから無事だっただけで、怪獣の下敷きになったら人は死ぬ。
「信用ならないの!スミレの大丈夫は!無理やり捕まえて驚かせたりしてない!?」
「してないですう!ちゃんと仕事したのに怒らないで!」
「この間そういうことがあったから!」
「もうしないですって!」
言い合う二人の様子を見ながら、エックスは小さな笑みを浮かべる。スミレはきっと上手くやれるはずだと彼女は思った。すぐ近くに対等に言い合いができる人間がいるのなら、きっと問題はない。彼女はこれからも、この世界でヒトと一緒に生きていける。
怪獣が襲ってくる世界は自分事の参考にはできない。人間世界はそういう場所ではない。ただ、こういう形でヒトと魔女が共生出来ている世界を見られたのは、素直に嬉しいことであった。
「……さて!それじゃあボクはこれで」
「えっ。あ、いや。この辺危ないですよ。避難所に案内を……」
「いいのいいの。ボクは避難する必要なんかないから」
言いながらエックスは手を挙げて、空間の裂け目を開けながら降ろす。スミレとイケガミが同時に「えっ」と驚いた。口をぽかんと開けている二人に手を振って、「では」と言い残して、エックスは裂け目を通り抜ける。
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「とおっ」
宇宙空間にエックスは出た。惑星級のサイズになって、さっきまで自分のいた星を見下ろす。今後ここに来ることはきっとない。けれど、それでも来てよかったとエックスは思っている。
「頑張ってね、スミレ」
同じ気持ちを持っている魔女にエールを送り、エックスは星に背を向ける。今日の見回りは終わり。あとは家に帰るだけ。
「……ん?」
僅かな違和感を覚えたのは動き始める直前であった。もう一度、エックスはスミレの星に振り返る。
「……は?」
星からは、『地表』が消えていた。
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「意図がさ。分かんないよね」
少女が独り言のように呟いた。
「虫とかトカゲを送り込んでさ。いずれ女神と接触するから待ってろってさ」
少女は行儀悪く、黄色のソファに座っていた。だらしなく脚を挙げて、踵を、丸みを帯びた傾向グリーンのテーブルの上に乗せている。
少女はフリルのついたピンク色のトップスに、明るくカラフルなストライプのミニスカートは履いている。赤と青のツートンカラーの髪は星やハートのヘアピンを付けている。よく言えばポップで、悪く言うと毒々しい。
彼女のいる部屋も、彼女の恰好に似合っていた。壁はピンク色に染まっていて、グラフィックアートや幾何学的なイラストが飾られている。ピンク・黄色・オレンジと明るいのクッションが幾つも転がっている。閉じられたカーテンは色鮮やかな斑点模様。或いは蛾の翅か、たくさんの色の目玉にも見える。
「でもさ。結局あの人の言う通りになっちゃうんだから、すごいよねえ。キャハハ」
少女の踵の前には、どこかの星の小さな世界地図が、あった。ホンモノの大陸をそのまま持ってきて作った世界地図。
数十億の人間と、彼らを守る人間よりもおよそ60倍巨大な魔女がそこにいる。そして少女は、魔女の七千万倍の大きさであった。冗談みたいな差。足を翳している少女にとっては笑い話でしかないが、それを見上げる側にとっては、絶望的状況だった。
目の前に天を衝くほど巨大な肌色の壁があり、その奥には星よりも大きな少女が自分たちを嘲笑っていて、彼女の無邪気な悪意によって、壁はあっさりとこちらに倒れてくる。少女の足を見上げる者たちの小さな視点でもそのことは理解できてしまった。
「て、わけで。塵さんたちを生かしておく意味なくなったからさ。バイバーイ!」
ゆっくりと踵が倒れてくる。少女の耳にはあまりにも微かで聞こえない悲鳴が上がった。悲鳴を上げずにその光景を見上げているのは、たった一人である。飛ぶことしかできない、自分がどういう生き物であるのかも未だ知らない魔女。
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「……大丈夫です!私がみんなを守りますから!」
「何言ってんのスミレ!あんなの……」
「行ってきます!」
イケガミの声を振り切ってスミレは飛んだ。泣きそうなのを必死にこらえて、迫って来る足へと立ち向かう。落ちてくる空そのものと対決するようなもの。勝ち目の見えない戦いである。
それでもスミレが立ち上がったのは、それが彼女の責務だったからだ。大きな者が小さな者を守のは当然である、などという綺麗事でない。もっとシンプルな損得計算の話だ。
巨人となってしまったスミレを人間社会は受け入れてくれた。本当ならばどこにもいけなかったはずの自分を。排斥されるだけだったはずの自分を。
存在を認めてもらうことはスミレにとっては何より大きな報酬だった。スミレはそれを既に受け取っている。だからその対価として、脅威に立ち向かう責任があると、彼女自身が信じていた。
「絶対、押し返すん、だあっ!」
虚勢を張りながら、精一杯の勇気を振り絞って、落ちてくる足に体当たりをする。その瞬間にスミレは悟る。これは、自分の力では押し返すことは出来ない。食い止めることもできない。勢いを落とすことさえできない。力があまりにも違いすぎる。たまたま身体が頑丈だから、まだ潰れていないだけ。それもあと十秒ももたない。
足の主の声が聞こえるけれど、その意味を理解することは出来ず、ただ声の調子で自分のことを嘲笑しているのだけ理解できた。
何も守れず何も為せず、ただバカにされたまま足裏のゴミとして潰れて死ぬ。その末路を察したスミレは、心の中で『ごめんなさい』と呟く。
役立たずでごめんなさい。
誰も守れなくてごめんなさい。
「スミレ!」
イケガミの声がスミレの耳に届いて、そして意識が途絶える。
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空を煌めく流星が駆け抜ける。流星は真っすぐに飛んでいって、空を支配する少女に命中する。「きゃあっ」と声を上げて彼女は転がって、彼女の足を食い止めようと抗っていたスミレは、意識を失くして落ちてきた。そんな彼女を、空のような手が受け止める。
それが地上にいるイケガミたちが見上げていた、奇跡のような一部始終だった。
「……ふうっ。無茶するんだから。喧嘩する相手は選ばないとダメだよ?」
声がする。声はスミレを叱っているけれど、その調子はひどく優しい。空の彼方に声の主の顔が見える。その顔にイケガミだけは見覚えがあった。
「さっきの……ヒト?」
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「……女神?なんで、アンタはここまで追ってこられないんじゃ……!?」
「はあ?何言ってんのさ。ワケ分かんない。どこの誰の分析か知らないけど、やり直したら?」
実際見つけるのには時間がかかった。だが時間さえかければスミレの気配を見つけることが出来る。例えそれが虚数空間上であったとしても。
「キミには色々聞きたいことが沢山ある。名前。目的。黒幕は何者か。虚数空間で何をしているのか」
「そっか……認識されたから?ああもうっ。こういう弊害もあるんだ……!あの人も言ってたのにばかばか……」
少女は起き上がるとエックスに背を向けて走り出した。その先にある壁が七色に光る。魔法のゲートに変わったのだとエックスは理解した。
「……舐められてるな、ボク」
魔法を使っている以上、逃げられるわけがないのに。エックスは少女が通るより先にゲートの性質と行先を変える。そうして右手を開いて胸の前に持って来る。手の上に小さな小さな魔法のゲートが出現し、そこからさっきの少女が小さくなって飛び出してきた。
「あれ。ここ……」
少女はきょろきょろと周囲を見回して、最後に顔を上げて、エックスと目が合って震えた。
「ランク99か。その程度で虚数空間にいられるわけがないし、モノの大きさを変えたりも出来ない。……誰から力をもらったのかな?」
「い、言えるわけない!言ったら私……」
「そう?なら仕方ないか……」
ゆっくりとエックスは手を握り締める。少女はパニックになって、再び魔法を使おうと試みる。けれど魔法は発動しない。既にエックスによって封印されている。
「ボクもさ。普段はこんなことしないんだけど。でもまあ、キミ今超ちっちゃいし?心痛まない気がするし?喋らないならこのまま潰すね?」
「いやっ。いやあ!」
少女の身体がエックスの手で包まれる。後は力を入れるだけ。そのタイミングで少女が叫んだ。
「言う!何でも話す!だから助けて!」
「……ふうっ。初めからそう言えばいいのに。余計な手間かけさせないでよ」
言うとエックスは手を広げて、未だ魔法が使えずにいる少女に目を近付ける。
「まずは名前から。次にキミの目的。黒幕の名前。そいつの居場所。順番に言いなさい」
「わ、私の名前は──」
ぱりっという音がした。ピンク色の部屋に、小さな雷が落ちて、エックスの手の上の少女を一瞬にして黒焦げの灰に返る。
「……へ。……えっ!?」
振り返っても辺りを見回しても、何もない。何も聞くことのできないまま、少女は『何か』に始末された。
「……けど」
けれどこの件の黒幕が、エックスの中である事件に繋がった。彼女の魔法を破壊した雷。あれと今の攻撃はよく似ている。
ただ、それ以上のことは分からない。
「……一体」
呟いてみるけれど、答えは出ないのであった。
「ま、とにかく……」
エックスはふっと左手の上に息を吹きかけて、スミレをそこから地上に、ふわりと降ろしてやる。それから笑みを浮かべて地上に顔を近付ける。
「大変だったね。でももう大丈夫だから。今から、みんなのこと、元の場所に帰してあげるね」
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全てが終わった後、意識を取り戻したスミレは、膝を抱えて静かに泣いていた。ミライ防衛が用意してくれた部屋で、ぐずぐずと。
自分が何もできない無力であることを突きつけられて。
殆ど見ず知らずの相手に助けられて。
そんな自分を、イケガミを始めとする人たちが励まして、受け入れてくれたことが申し訳なくて悲しい。
ミライ防衛が用意してくれた特注のアイスクリームも、今は食べる気になれなかった。
「私はどうしたら……」
「分かるわ。貴女の深い愛と、悲しみが」
背後から声がする。スミレは振り返る。照明をつけていない部屋は当然暗い。その闇の奥に、自分と同じ巨人の姿がある。
「ひっ……!」
「落ち着いて。私は貴女の味方。貴女と同じ、ヒトを愛している魔女」
「まじょ……?」
「貴女たちを助けた……エックスのこともよく知っているわ。友だちだから」
闇の向こうの声が近づいてくる。歩いてくる。闇に隠れた顔が徐々に露わになる。
「だけど、エックスは大事なところで自分の倫理を優先してしまう。それで取りこぼすものもある。エックスが悪いんじゃないの。エックスにしかその選択肢がないのが、問題なんだ」
「え……」
「だから、強くなりましょう。一緒に。一緒にエックスにも負けないくらい強い魔女になりましょう。そうすれば、自分の願ったままのことが出来る」
「貴女は、何?」
「私は」
闇の奥から現れたのは、優し気で女神のような女性の微笑みであった。
「私はローズ。貴女と同じ、ヒトを愛してる弱い魔女だよ」




