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対異能殲滅生命体②

 公平の魔法、『燦然たる刃』には幾つか弱点がある。

 まずはその攻撃があまりにも直線的すぎること。ただの超高速による飛び蹴りでしかしない。強力かつ回避不能な一撃ではあるが軌道を読むことは容易い。

 また『燦然たる刃』によるダメージが死に至るほどではないこともリブラにとってはプラスの情報であった。

 平時であれば暫く立ち上がれないほどのダメージにはなるが、今の自分はあの攻撃を受けた後も立ち上がることが出来る。

 それを実現させるのは単なる執念であり、単なる諦めの悪さだった。

 理屈ではないそれらがリブラを立ち上がらせる。

 『燦然たる刃』に対する勝算はそれだけで十分だった。

 軌道を読み、覚悟して一撃必殺の攻撃を受け止め、攻撃を終えた公平にカウンターを返すだけ。

 そして先ほどの公平との会話で、『伍式』の新たな運用のコツも掴んでいる。


『他の魔法の出力に力を回せば、その魔法は脆くなる。逆に言えばその力を刃自体に集中させて、強くすることだってできるんだ』

『そんなことが……?』


 『燦然たる刃』を受け止め、同時に力を集中させた『伍式』をその身体に叩きこむ。『伍式』の溢れるエネルギーをその身に受ければ、公平は立ち上がれないはず。そう考えて最後の戦いに臨んだ。

 ……だから。目が覚めて自分の中から魔法のキャンバスが失われたことを認識するまで、リブラは自分の負けを自覚することは出来なかった。


「……俺は」


 傷はない。回復魔法を受けたことを自覚する。身体を起こして周りを見るけれど公平の姿はない。彼は既に行ってしまったのだとリブラは理解して、「ああ」と声が漏れる。わなわなと拳を握り締めて、瓦礫の上に叩きつける。血が流れる。痛みが走る。


「クロス……」


--------------〇--------------


 リブラの誤算は一つだけ。『燦然たる刃』を公平のキャンバスを利用した魔法であると認識したことだ。

 あれは公平のキャンバスを使っていない。エックスがくれた指輪を使って発動している。

 よって、『燦然たる刃』に加えて、公平自身の魔法を併用可能だった。

 『燦然たる刃』の力で動き出す直前に、公平は『レベル5』を発動させた。リブラにはそのことを認識する時間はない。ほんの一瞬の出来事であり、それが終わった時には既に『燦然たる刃』による攻撃が始まっているのだから。

 あとは簡単。力を集中させた『レベル5』に『燦然たる刃』の勢いを載せれば、彼の『伍式』を打破しながら、意識を刈り取る破壊力の一撃をぶつけることができる。一瞬でもリブラが気絶すれば、その後キャンバスを奪えばいい。

 決着がついた後、リブラからキャンバスを奪い、傷を回復させ、ソラたちの元へと走り出す。


「……くそっ」


 公平の胸の内にあったのは、後悔や罪悪感のような感情であった。

 どんな手段を使ってでも勝つ。それが公平のポリシーだったけれど、己の傷も厭わずに、全てをかけて戦ってくる自らの生き写しのような男との戦いを、こんな騙し打ちのような形で終わらせてしまってよかったのか。

 ……公平には分からない。分からないけれど、せめてリブラがやったように、自分もエックスのために戦い続けるしかない。


「……!なんだこの穴……?……下から、音?」


 きっとこの下にソラたちがいる。

 公平は何も考えずに穴の中へと飛び込む。奥は薄暗いのかと思ったが、三つほど層を超えた先はずっと明るい。天井そのものが光を発している。

 そして、公平は落ちながら、巨大な兵器の塊のような怪物の姿を視認する。


「……!なんだあれ!?」

「おっとお。お前も来ちゃったか。公平クンよ。リブラのヤツも使えない。けどちょっと遅かったなあ」


 神居一会の声。

 考えるより先に公平は攻撃をしていた。『燦然たる刃』の輝きが神居一会の目の代わりとなっているカメラセンサへと入り込み、マーキングが完了する。後は飛び込むだけ。身体を少し前に倒せば、それで神居一会を攻撃できる。


「……!?」


 それを止めたのはただ嫌な感じがしたからだ。悪い予感が走ったせいだ。

 敢えて理由を言語化するのであれば、『燦然たる刃』を知っているはずの一会がなんの反応もしなかったのが、異様であったからである。

 『燦然たる刃』を解除。着地してその姿を見上げる。魔女ほどの大きさではない。兵器の集合体。あらゆる兵器や銃という概念をAIに学習させてそれを素材にした腕の生えたコブラを出力させたイメージのように思える。


「残念だ。今の一撃撃ってくれれば、俺の勝ちだったのになァ」

「……なに?」

「ああっ!」


 何かが地面に叩きつけられる音がして、それからソラの声が聞こえた。音と声のする方に目を向ければ、クロガネの鎧が虫の息で倒れている。落ちてきたんだと公平は理解して、彼女の傍に駆け寄る。


「ソラ!大丈夫か!今回復を……!」

「……あ、ああ……」


 返事が出来ていない。意識も途絶えた。危険な状況。四の五の言わずに公平はソラを回復させる。傷は癒えたが、意識が戻らない。振り返って、一会を見上げる。


「さあ。次はキミだろ。公平クン。キミは殺さない。ただ両手両足引っこ抜くだけにしてやるよ」

「『メダヒード』!」


 問答無用で放つ一撃は、一会に命中するより早く消えた。


「なにっ!?」

「俺は対異能殲滅生命体。魔法だろうが聖技だろうが、影桜の力を使うクロガネの鎧さえも俺に攻撃を届かせることは不可能さ。……そして!」


 一会の全身百を超える数の砲台が、一斉に砲撃を行う。公平は再びメダヒードを放ち、砲撃と相殺させようとするが、やはり着弾した瞬間に魔法は消えた。


「……ってことはマズイ!」


 ソラを抱えて走る。移動魔法を駆使しながら砲撃の届かないところにまで逃げる。あの攻撃を受けるわけにはいかない。魔法による防御が出来ないからだ。


「はははは!逃げろ逃げろ!いずれ当たって死ぬだけだ!」

「……くっ」

「うう……」

「ソラ!?」

「あ、れ?公平サン?」


 ぼんやりとしていた無骨なクロガネの鎧。意識がもうろうとしていたのだろう。が、すぐに状況を思い出して、慌て始める。


「こ、公平サン!アイツヤバイです!攻撃を当てても効かなくて……」

「分かってる!分かってるから!大丈夫!もう対策は思いついたから!」

「このままじゃ……。え?」


 走る。砲撃の射程に入ったら移動魔法で一気に距離を取る。そうして一会から逃げながら後ろを、見る。砲台は依然として、全てこちらを向いていた。


「……よし。『レベル5』!」

「その魔法でもアイツには攻撃が……」

「ああ。アイツの身体もアイツの砲弾も、攻撃をした瞬間に魔法が消える」


 もう一度移動魔法を使う。今度は距離を取るのではなく、一会のすぐ真下へ。


「逃さねえぞ!そんなところに逃げても!」


 公平に狙いを定めようと、一会が下を向きかけた。

 一会に魔法は当たらない。けれど一会に当てさえしなければ、魔法は幾らでも使える。

 そして、今から狙うのは一会ではない。


「『ハリツケライト』!」


 百の光の杭が一会の影に突き刺さる。

 『ハリツケライト』。公平の仲間、杉本優が使う魔法。

 対象に当てるか、または対象の影に刺すことで効果を発揮する。

 その効果は。


「……なっ。うご、け……ない?」

「……ふうっ。これで終わり、と」

「すごい……!」

「ソラ。浅沼は?」

「あっ。そうだ!先生はあっちです!」

「よし……じゃあソラは浅沼のところに行って。俺は残る」

「え。でも……」


 ソラが一会を見上げる。クロガネの仮面に隠れて分からないが、不安げに思えた。


「く、そ……。落ち着け……!こんなもんいずれ効果が……!」

「ああ。切れるよ。そのうちな。だから残るんだ、俺が。その度に杭を刺して永遠に足止めしてやるよ」

「き、さまァああああ!?」


 それに一会には聞きたいこともある。公平はソラに向き直って、「ほら」と言った。


「早く行けって。先生のところ」


 ソラは無言で頷いて、浅沼の元へと走り出す。


「さて」


 改めて公平は一会を見上げる。砲塔は半端な位置。砲撃は可能だろうが、放たれた瞬間に弾丸の影に向けて『ハリツケライト』を撃ちこめばいい。一会は完全に無力化に成功したと言える。


「……リブラのやつを唆しやがって。本当にクロスは元に戻るのか」

「戻るわけがないだろ。魔女の人格は四恩が上書きした。もうクロスは死んだって言っていいな」

「そうか……」


 薄々そうなんじゃないかと思っていた。もしかしたらリブラも気付いていたのかもしれない。けれど、一会の甘言に賭けるしかなかった。


「……ふっ。まあ、いいさ。俺の仕返しは終わったからなァ」

「仕返し?」

「『魔法の連鎖』には伏兵を送ってある。今頃機械天使や武装魔女が暴れてるはずだ……。それにもう魔法も使えないようにした。お前らの世界はもうおしまい……!」

「……なんだそんなことか」

「……あ?」

「そんなことなら問題ないよ。あっちは、問題ない」


--------------〇--------------


 自分の魔法が使えないことは確かに厄介だった。けれどその程度で負けるほどヴィクトリーという魔女は弱くなく、そして敵も強くはない。

 孤軍奮闘するヴィクトリーは、WWから渡されたユートピアの指輪を利用し、機械天使や武装魔女との戦いを続けていた。


『ミライ!そっちは!』

『問題ないよ!『PHANTOM』がよく効いてる!』

『よし……!』


 ミライとの念話で状況を確認する。

 武装魔女の中身は当然魔女という生体であり、機械天使もまた人体という生体部品を頭脳として使っている。故に、幻覚が効く。


「残念ね。まともな魔女なら効果は薄かったでしょうけど」


 テクノロジーで無理やり生み出した魔女は所詮まがい物ということだろう。

 ミライは世界各地を飛び回り『PHANTOM』をかけている。その効果を受けた機械天使と武装魔女は、みな機能を停止して、その場に倒れ込む。

 一方でエックスが住んでいる関係上、最も狙われるであろう日本という国はヴィクトリーが残って防衛をしていた。

 WWが避難誘導をしてくれるおかげで足元を気にせず戦える。魔法が結晶化した時点で相沢一が動いてくれたおかげだ。予知能力を持っている人間は、危機に対する知識の蓄積が出来ている。異変に対する最適な行動をすぐさまとれるというわけだ。

 関係機関への連絡を行う暇はないほどの緊急事態と判断した相沢は『UTOPIA』の魔法で事情を知らない人間を全員操った。そして吾我レイジの魔法が使えるトポロジアを用いた移動魔法で避難させる。人道に反する行為ではあるが、止むを得ないと彼は割り切った。日本に住む人間はWWや魔法使いとして協力関係にある者以外の人間以外は他の国に逃がした。

 これで日本の領土を戦いの舞台に出来る。

 その後ヴィクトリーとミライと合流し戦いに使える指輪を二人に託す。

 少しして戦いが始まったが、足元を気にせず自由に戦えるのであれば、武装魔女も機械天使もヴィクトリーの敵ではない。


「『GRAVITY』!」


 超重力が機械天使を圧し潰す。重力の向きを反転させて、魔女の強靭な脚力と合わせた強烈な跳躍で上空の機械天使に向かって飛んでいく。

 機械天使は迎え撃つ格好で砲撃を放つ。だが、魔女には兵器による攻撃は効かない。来ることが分かっていれば、驚きさえもしない。手を前に突き出して、砲撃を涼しい顔で弾くと、そのまま彼女より遥かに巨大な機械天使に突っ込んでいき、突き抜けた。

 背後で機械天使が爆発四散する。重力の向きを自在に操って、ヴィクトリーは空を駆けるように、機械天使の上を飛び跳ねて、魔法で撃墜していく。


「悪いけど。私はエックス程は優しくない。お前たちの中身が何であれ、この世界を襲う敵は殲滅させてもらうから」


 ある程度潰したら、移動魔法で次の地点へ。数が多いところから順番に蹂躙していく。

 相沢は暫くヴィクトリーの動向を見守っていたが、彼女に任せておけば問題ないと判断したことで、次の行動に移る。

 この攻撃をこちらの世界で実行している何者かがいるはず。そいつを見つけ出して、叩く。

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