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クロスとリブラ

 彼はクロスという名の魔女と愛し合っていた。クロスは彼とは違う世界の魔女だった。緋色の目が目立つ心優しい、けれど時々悪戯好きな魔女だった。彼女はその世界の人類を守護する為に、他の魔女たちと戦い、そして敗れ、魔法を奪われて追放されたのである。

 初めは利用していただけだった。魔法が使えない自分と一緒に戦ってもらおうとしただけ。魔法を少しでも取り戻せれば御の字。それが叶わなかったとしても男の魔法をある程度成長させて、その魔法をどうにか自分の渡してもらうことができれば、今度こそ戦える。もしも彼ではダメだったら、また別の人間を探せばいい。だから関係性を深めるつもりもなかった。

 いつか諦めてくれてもいい。負けてくれても逃げだしてくれても構わない。死なないでくれればそれで、よかったのだ。

 けれど彼は諦めなかった。負けても戦い続けた。決して逃げなかった。

 異世界より来る巨大な魔女。人の世界を守るために魔女を排斥せんとする魔法使いの戦士。人類という種の根源的恐怖として刻み込まれた絶対なる捕食者。魔法により変身した魔人なるモノ。そしてクロスから魔法を奪った者たち。

 いずれも彼を上回る強敵だった。だが彼は勝ち続けた。全ては、クロスを守るために。

 やがて彼はクロスから魔法を奪った最後の魔女と対峙した。心に対し魔法をかけることの出来るその魔女は、クロスを洗脳し、人類と彼の敵へと仕立て上げた。

 それでも彼は諦めなかった。クロスを取り戻す手立てを考えて、考えて、考えて、そして一つの手段に辿り着いた。

 果たして、彼はクロスを取り戻した。彼の魔法をクロスに託すことが洗脳を解く手段だったのだ。クロスは彼の魔法、『魔刃伍式』を発動させて、最後の戦いへと臨む。

 ……異変が起きたのはその時だった。洗脳が解けたはずのクロスが、また頭を抑えて苦しみ出した。彼も、これまでの戦いで彼の仲間になった者たちも、或いは敵対するものでさえも困惑した。クロスは一度絶叫をし、暫く静かになって、そしてにまりと笑みを浮かべて口を開いた。


「計算通りだ」


 そしてクロスは全てを破壊した。敵も味方も関係なく。ランク100の魔女の力で。生き延びたのは彼だけ。何かの力で世界の外側に弾き飛ばされて、彼だけが死なずに済んだ。

 光のない場所で漂いながら彼は考えた。どうして自分は生きているのか。どうしてクロスに託したはずの魔法が、返ってきているのか。

 答えは一つ。最後にクロスが助けてくれたのだ。結局最後までクロスに守られてしまったのだ。彼は闇の中で泣いて、涙が枯れても泣いて、それすら出来なくなってから再び思考の海に沈んだ。

 クロスに何があったのか。考えても分からなかったけれど、最後に彼女が呟いた言葉が気になった。どうしても、自分が一度戦った女の姿が頭の中にちらついた。


--------------〇--------------


「……それが、明石四恩だ」


 エックスの髪の毛で後ろ手に縛られた──リブラと名乗る男は浅沼零をぎろっと睨みつけた。「ひいっ」と浅沼はソラの後ろに隠れる。


「あはは……そういう経緯だったら先生に襲い掛かるのも仕方ない、のかな?ねえ公平さん」

「……え。あっ。うん」

「……ん?」


 ソラは公平とエックスの様子がおかしいことに気付いた。二人とも神妙な表情で黙り込んでいる。


「……え?どうしたの?」

「……こいつの話」

「冗談じゃない……よねえ」


 公平がエックスと出会って、他の魔女やWWの吾我、ウィッチや魔人たち、そしてユートピアと戦ってきた経緯とほとんど同じことをリブラは経験している。

 違うことは結末だけだ。最後にエックスが人間世界を滅ぼすことは無かったし、敵味方関係なく虐殺したりもしなかった。

 エックスは少しの間黙りこくって、やがて何かを思いついて口を開いた。


「そうか。函数か」

「函数?」

「函数?」


 男と公平が同時に言った。エックスは小さく笑う。


「同じ要素を同じ函数に入れれば同じ結果が出力されるだろ。今のも同じさ。ボクの言葉が要素。聞いた人間が函数。その返答が出力だ」


 男と公平は同時に「それは……」と言いかけた。思わず顔を見合わせる。男はうんざりしたような表情で首だけ動かして、『お前が言え』と促す。


「……それは知ってるよ。でも俺とコイツは別の人間だ」

「でも彼は、ボクとキミが過ごした時間と殆ど同じ経験をしている。かなり近い感性の人間になっていてもおかしくないんじゃないかな?」

「……それはまあ。でもそれが一体何なんだ」

「えーっと……説明の前に」


 エックスは無造作にリブラに右手を伸ばした。「あン?」と戸惑う彼の顎を指先で軽く弾く。「あうっ」とか言いながらリブラは気を失う。脳震盪を起こしたのだろう。


「何をしてんの!?」

「ここから先はこの子に聞かれたくない」

「ええ……酷……」

「とにかくだ。さっきの函数の話はもっとマクロ的なことでも応用できる」


 エックスは口元に指先を当てて、どんな形で説明しようかと、上を向いて考え始めた。「えーと」とか「うーん」とか言いながら首を左右に傾けて悩んでいる。


「……そうだなあ。一気にスケールを大きくするか。例えば要素が人……だろ。それから環境?あとは……」

「……待て」


 突然に浅沼零が話に入り込んでくる。怪訝な表情をしながら、彼女は彼女を見下ろしているエックスに続ける。


「貴女は本当にそんなことが可能だと思うのか?何か違ったら……石ころ有無一つでも全く違う結果になりうるぞ?」

「その変化の仕方まで計算して、目的の結果を出力出来るくらいの能力が明石四恩にあれば出来るんじゃないかな。それを知ってるのはボクよりキミのはずだ」

「……それは。そうだな」


 浅沼とエックスが勝手に話を進めている。公平とソラは話についていけていない。賢い者だけで分かった気にならないでほしい。


「エックス、ちゃんと説明してくれよ。分かりやすく」

「うーん……そうだよねえ」


 分かりやすい説明の仕方が出来ないものかとエックスは頭を抱えて悩んだ。悩んだ結果、彼女は「もういいか」と唐突に開き直った顔をする。分かりやすい説明は放棄されたらしい。


「思考実験だ。ボクとキミをもう一人作る」

「……思考実験。うん」

「その二人を別の世界に配置する。全く同じだけど出会う前のボクたちだ。その二人にボクとキミが経験したことと同じことを経験させる。出会い方。会話の内容。一緒に戦った時間。その時々の温度まで。全部同じ。そうすると、その二人はどうなると思う?」

「え……。そりゃあ。……いやそんなん分からねえよ。同じことをなぞる気もするけど。けど何か違ったら全然違う結果に……」


 『その変化の仕方まで計算して、目的の結果を出力出来るくらいの能力が明石四恩にあれば出来る』と、先ほどの言葉が脳内でリフレインした。

 確かに一つ要素がずれただけでも運命は変わる。石ころ一つあっただけでも結果は違ってくる。

 例えばエックスと出会ったあの時もそうだ。公平の足元に石が転がっていて、もしもそれに躓いていたら。空から降ってきたエックスに踏み潰されていたかもしれないのだ。

 どこかで何かがあればそれだけで結果は大きく変わる。けれどもしも。その変化さえ方程式を解くみたいに計算できてしまえたら。解析できてしまったとしたら。

 人の運命はただの函数になる、のかもしれない。


「……それで明石四恩は一体何をするつもりなんだ」

「最終的な目的は分からないけど……」


 『けどボクたちの人生をなぞらせた意味は分かるだろ?』とエックスは視線で訴えてくる。当然、公平も理解できていた。

 確かにこの話はリブラには聞かせたくない。単なる横暴のようにも思えたエックスの行為も今となっては仕方ないことだと思えてしまった。

 明石四恩はクロスという魔女はランク100の力を得た。彼女はその力で何かをしようとしている。

そしてリブラの人生は。明石四恩がランク100の魔女の力を手にするためだけのものなのである。


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