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準備

 鼻唄を歌いながらエックスは街を歩く。

 緋い目をした長身の女性はどうしても目立ってしまう。普段徒歩で歩き回ることのない都市であれば猶更のことだ。

 エックスは当然、周りの視線に気付いている。目立っていることも、少し気になる。それでも魔法を使って見た目を誤魔化したりはしなかった。

今日は、魔法は使わない日に決めたのだ。人間と同じペースで移動することにしたのだ。そういう気分だったのだ。

 移動の手段は当然公共交通機関である。新幹線と地下鉄を使って、相沢のいるWWの支部の近くまで来ている。時間にして3時間ほど。

 新幹線にしろ地下鉄にしろ、人間目線では便利な乗り物だが、魔女としては不便である。けれどエックスはその不便を楽しんだ。

 流れる景色を見ながらお弁当を食べて、周りで騒ぐ人の気配を感じながら、ゆっくりと目的地まで。

 贅沢な時間の使い方であった。『機巧』に行くのは明日。今日は一日たっぷり時間がある。だからこそ出来ること。戦いの前の最後の遊びである。


「~♪」


 当たり前の顔をして目的地であるビルに入る。受付の女性がエックスに気付くと同時に立ち上がって、相沢のいる最上階の事務所へ連絡をしてくれた。

 このビルは、案内板では上から下までバラバラの会社が入っているかのように書かれているが、実際は全てWWが借りている。ある程度世間に知られているWWを隠す意味があるのか、正直なところエックスは分かっていない。

 受付の女性に案内されるがままにエレベータに乗り込む。他に乗っている人はいない。エックスはエレベータの戸が閉まったところで、そっと襟元を引っ張ると、その中に声をかける。


「もうすぐ着くよ、公平」

「……なんでこんなところに?」

「んー?そういう遊びかな?」


 エレベータが止まり、扉が開く。外に出たエックスは事前に案内された応接室へと歩いていく。彼女が歩くと、その揺れはダイレクトに公平を襲う。落ちてしまわないようにと、彼女の身体にしがみつく。


「……ほら。危ない。遊びっていうけど一体どういう意図だよ?」

「『ふふふ。実はボクの服の中には公平がいるんだぞ。どうだ参ったか』って精神的に優位に立てるだろ?」

「誰に対して優位に……?分かんねえよ……」

「えー、なんで……?」

「逆になんで分かると思うんだよ……」


 そうこう言っているうちにエックスは応接室へと到着した。扉を開けると相沢は既にそこにいて、ソファに座って待っていた。

 「やあ」と右手を挙げて挨拶する。相沢は「どうぞ」と向かいのソファに座るよう促すが、エックスはそれを断った。


「そんなに時間がかかる用事じゃないんだ」

「そうですか?……今日はどうしたんです。急に来るなんて、珍しい」

「これを預けておこうと思って」


 懐から取り出したのは、公平の使っていたトポロジアだった。手遊びするみたいに一度ガンスピンをしてみせると、これまで回収してきた指輪の入った小包と一緒に軽く放り投げる。相沢は抱き留めるようにキャッチすると、手元にあるそれをまじまじと見つめる。


「……これは」

「公平は自分の魔法を取り戻した。だからトポロジアはもう使わない。それならキミに預けておいた方がいいかなって。予知だけじゃなくて、戦う手段もあった方がいいだろ?」

「それはありがたいですが」


 トポロジアに向けていた視線を上げる。怪訝な表情で、相沢はエックスを見つめる。


「いいんですか?」


 言葉の裏に『あなたは俺を信頼していないだろうに』という意図が感じ取れる。

 エックスは相沢を100%信頼してはいない。何か抱え込んでいるものがあるような気が、ずっとしている。

 そのことを相沢は気付いているし、気付かれていることもエックスは気付いている。

 それでも彼らの関係性は変わっていない。必要な時には力を貸すし、力を借りている。信頼は出来ないが信用はできる。相沢が何を抱えていても、トポロジアを悪用することはないし、人間世界の守護も任せられる。

 だから返事は一言だけでいい。


「勿論」

「……。参ったな。そんなにはっきり言われたらもう、仕方ないですね」

「あっ。でもちょっと待って」

「え?」


 駆け足でエックスは相沢の元に駆け寄った。トポロジアに嵌められている指輪の内の一つ──『燦然たる刃』の指輪だけを取り外す。


「これは公平のだから」


--------------〇--------------


「それで次が私?おかしな順番で動いているわね」

「そうかな。普通じゃない?」

「普通じゃない。普通だったらアンタの家から都内に行く前に私の家に寄る。そっちはその気になれば徒歩で行けるもの。新幹線で東京まで行って帰ってきて、その後ここに来るのは変」

「そうしたかったからそうしたんだ。魔女なら普通さ」

「魔女ならそうだけどさ」


 次にエックスが立ち寄ったのはヴィクトリーの家だった。リビングまで案内されたので、座布団に座る。目の前には紅茶の入ったティーカップとクッキーが既に用意されていた。流石にこれを無下にして帰るほどエックスは無神経ではない。

 彼女には今日仕事を休むようにお願いしていた。こんなことで有給使いたくなかったな、とヴィクトリーは不満げに呟く。


「まあいいわ」


 ヴィクトリーはそっとティーカップに口をつける。


「そろそろ『機巧』に行くんでしょ?勿論私も行くし。その日もお休みもらうから。日程を教えてちょうだい?」

「ああそうそう。そのことだけど。悪いんだけど、こっちに残っててほしくって」


 かちゃんと静かな音。ヴィクトリーのカップがテーブルに置かれた音だ。


「いや。前にも言ったはずよ。私は『機巧』を許さない。娘を操ってくれた借りがあるんだもの」

「……まあ、そう来るよなあ」


 予想は出来ていた。

 だが今回は譲れない。『機巧』に仕返しをしたいヴィクトリーの気持ちは分かるが、そうもいかないのだ。こちらを睨む金色の瞳をエックスは真っすぐ見つめ返す。


「今回はローズを頼れない。魔女風邪引いてるんだからこっちに来られないだろ」

「それは……そうだけど」

「最低でも一か月。身体の中に病原菌が完全になくなったって言えるくらいじゃないと。でもボクもそんなに『機巧』を野放しにしておきたくない。仕留められるときにきっちり仕留めないと」

「……うーん」

「頼りにできるのはヴィクトリーだけなんだよ……。お願い」


 懇願するエックスにヴィクトリーは深く息をはいた。


「……分かったよ。仕方ないな」

「助かる!」

「その代わり」

「ん?」

「今回私は『機巧』には百倍返しまでするつもりでいたわ」

「うん……」

「私が行けないなら、エックスが代わりにやってね。私の更に百倍。一万倍返しで『機巧』を潰してきて」


 一瞬冗談で言っているのかと思ったエックスであったが、すぐにその考えが誤りであることを理解した。ヴィクトリーは本気だ。本気の目である。


「……善処しまーす」

「善処じゃなくて」

「あっ、お茶冷めちゃう!」

「ちょっと!聞いてるの!?」


--------------〇--------------


「ふうっ。今日は色々行ったねえ」


 帰宅したエックスは上着を脱いで下着姿を晒す。顔を下に落とすと、疲れ切った表情の公平が胸元にしがみついていた。


「おや。公平どうしたの?そんなへとへとの顔して」

「へとへとなの!」


 一日中エックスの身体にしがみついているというのは、酷く疲れるものだ。エックスがそれを分かっているのかは疑問だが、これを機に理解してほしい。

 今日のような状態で、あちこち歩きまわられると、しがみついている公平は落っこちないように必死にならなくてはいけなく。当然の結果として終日運動しているような格好になってしまう。


「へとへとなのか」


 他人事のようにエックスは言った。文句の一つも言ってやりたくなったが、それより先に彼女の方が口を開く。


「それよりさ。どうする。キミの魔法の入った結晶。壊してみたら魔法戻るかな」

「え。あー。うーん……」


 魔法は戻ってきた。だが手元に有るだけ。まだ元の場所、身体の中に入ってはいない。結晶として手元にある状態だ。


「壊してみる?それともこのままにしておこうか?」

「……そうだなあ」


 懐から結晶を取り出す。赤く透き通ったそこには魔法がある。壊せば帰ってくるかもしれないが、確証はない。もしかしたら壊れたら壊れたきりかもしれない。

 それにと公平は考える。


「……このままにしておくよ」

「いいの?」

「ああ。だってさ。これから行くのは『機巧』だ。また魔法を結晶にされて、盗られた堪らない。そうなったら聖剣で戦わないといけなくなるもんな」

「……分かった。じゃあそれでいこうか!」

「……それよりおい。一日服の中に閉じ込めたことについてだけど」

「あー!聞こえない聞こえない!」


 「わーわー」言いながら耳を塞いで、エックスは公平の文句を聞かないようにする。


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