ゲーム:ファイナルステージ⑦
「じゃあ、今日も行ってくるよ」
そう言って公平は出かけていく。今日も今日とて、ミサと水原シンヤに魔法を教えに。懐に隠したトポロジアには『燦然たる刃』『GRAVITY』『PHANTOM』の三つの指輪が嵌められていた。昨日エックスと吟味してセレクトした魔法である。
「いってらっしゃい」とワーグイドの魔法で出来た空間の裂け目を通る公平を、エックスは見送った。
シンヤのことは逐一聞いている。魔力操作の習得スピードについてもしっかりと。
常軌を逸した訓練を行っているわけではないことを考えれば、並外れた才を持っているとしか考えられない早さで、シンヤは魔力操作をマスターしていた。
何らかの形で魔法使いとしての訓練をしていなければの話だが。
「……さて。来るなって公平は言っていたけど。どうしようかなあ」
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「あ、と。ちょっと……!」
「おー。今日は頑張るじゃん」
「うぎぎ……負けるかあ……!」
ミサに協力してもらっての魔力操作のテスト。公平はスマートフォンで時間を測りながら、シンヤの様子を見守る。必死な顔で、歯を食いしばって、力の釣り合いを維持している。
「今日こそ!今日こそ合格だあ!」
シンヤは己を奮い立たせるように声を上げた。
2分半は既に経過していた。
ずず……と音を立てて引きずられかけた足に力を入れ直す。力関係が再び拮抗した。
「十。九。八……」
残り十秒というところで公平は秒読みを始める。シンヤがにまっと笑みを浮かべた。
「よっしゃあ!もうちょい!もうちょっとぉ!」
「五。四。三。二。一……」
「ゼロー!」
シンヤはそこで手を離した。仰向けに倒れて、ミサの自宅の天井を見上げる。ぜいぜいと息を切らす姿は達成感に満ちていた。
「ちぇっ。クリアされちゃったか」
「お疲れさん。よくもまあ一週間もしないでクリアできたなあ」
「へへへ……早くアニキに魔法を教わりたいっすから……。なんなら今すぐにでも!」
ミサが目を丸くして「はあっ?」と言う。
「いやいやいや。そんなへとへとな身体でそりゃあ無茶だよ」
ミサは無言で何度も何度も首を縦に振った。自分の時間を取るなとでも言いたげな様子である。
「大丈夫っすよ!俺なら、全然!」
そう言ってシンヤは立ち上がった。腰に手を当てて胸を張って、平気な姿をアピールしている。
「待ってよ。次は私の時間で……」
「ああもう、しょうがないな」
「ええっ!?」
納得がいかないミサは乱暴に手を伸ばして、公平のことを摘まみ上げた。
「ちょっとぉ!私空間魔法の続きをやりた……」
暫くミサは公平の顔を見つめた。無言で。それから彼女は一つため息を吐いた。諦めたように「分かったよ」と言うと、公平を再び机の上へと降ろす。
「なら明日ね!明日は最初から最後まで私の時間だから!」
「分かったよ。悪いなミサ。手伝ってもらって。じゃあシンヤ、場所帰るか」
「ういっす!」
公平は『ワーグイド』を唱えて、シンヤを連れてその向こう側へと入っていく。ミサはそれをつまらなそうに見つめる。
空間の裂け目が閉じたところで、彼女はぼそっと呟いた。
「なにさ。さっきの顔」
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裂け目の向こう。シンヤは無言で歩いていく公平の後ろ姿に問いかけた。
「……んー?どこっすか、ここ?」
「ああ。うん。ほら。前の学校でさ、お前のクラスメートが魔法の指輪で悪さしてたことがあったろ?」
「ああ。ありましたねえ」
「アイツ『魔人』って魔法を使ってたんだ。色んな動物の姿を持った超人に変身する魔法だよ。その魔人と初めて戦った場所だな」
「へえ。この野っぱらが」
「ちょうどいいだろ。人もいないみたいだし。お前に聞きたいことを聞く場所にもぴったりだ」
「……」
公平は足を止めて、シンヤに振り返った。
「スタッグ。ファルコ。どっちも正体はお前だな?」
シンヤは少しの間黙っていた。二回ほどまばたきをして、すうーっと音を立てながら息を吸うと、おどけるように笑う。
「なんで分かったぁ?」
「あんな早さで魔力操作を使いこなせるやつはいない。前から何かの形で魔力操作を使っていたとしか思えない。それに、あの時使われていた指輪は『UTOPIA』だ。お前に限った話じゃなく、誰だって信用できなかった。そんな状況で俺たちに近づいてきたお前が一番怪しかったってだけだ」
「ああああ。下らねえ。下らねえなあ。つまんねえよ。本当につまんねえ。呑気に騙されてりゃあいいのに」
トポロジアの銃口を向ける。
「お前の代わりに捕まった彼。『UTOPIA』を解除しても元に戻らないらしい。どうなってる」
「元の人格を『UTOPIA』でぶっ壊して、代わりの人格を植え付けた。その人格が脳に定着したんだろ。知らねえけど」
公平は苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちする。目の前にいる高校生は、これまでに会ったこともないような外道だ。
「で?今は何の指輪を持ってきたんだ?なんだっていいぞ。何が来ても対処は出来る用意はしてきたからな」
「指輪じゃねえ」
「なに?」
「原石だよ」
懐から、シンヤはそれを取り出す。その結晶には見覚えがあった。
「まさか」
「『最強の刃・レベル4』!」
公平は反射的に魔力で脚力を強化して、地面を蹴り上げた。目の前に現れる土の壁が、空間ごと真っ二つに切り裂かれる。崩れた土壁の向こう側には、黒い刃が伸びる結晶を握り締めるシンヤの姿があった。
「流石に自分の魔法は対処法が分かってるかあ」
「俺の魔法を……」
「ダッセエ名前だよ。けど使い勝手はいい。色んなことが出来そうだあ。ははは……」
想定はしていた。自分の魔法が『機巧』に奪われている以上は、どこかで戦うことになるとは思っていた。それをシンヤが持っている可能性も、頭には入れていた。
レベル4までならどうとでもなる。幾らでも戦いようはある。
シンヤは再び刃を振り上げた。次の攻撃が来るより先に、公平は魔法を唱える。
「『PHANTOM』!」
幻覚の魔法だ。出来れば『燦然たる刃』で、一撃で仕留めたい。が、相手は魔人ではなく生身。『燦然たる刃』で自動的に威力調整が出来るとは言え、使えば殺してしまう可能性がある。
「『オレガ・ホイール』!」
「そこか!おらぁ!」
シンヤが無茶苦茶なところに攻撃している隙に、公平は『オレガ・ホイール』に乗って距離を取ることにした。道中、あちこちに魔弾を撃ちこみ、そのうち半分を巨大な斧に変えて、レベル4の攻撃に対する壁とする。
残った半分は一斉に『GRAVITY』に変換し、超重力で一気に気絶させる算段だ。
そろそろ仕掛けるか。そう思った時である。背後で莫大な量の魔力がうねりを上げた。
「ウソだろ!?」
周囲の温度が一気に上昇する。あちこちの草木が一斉に燃え出して、地面に撃ちこんだ魔弾は蒸発した。咄嗟に公平は上空に向けて『燦然たる刃』を撃ち、空へと逃げる。
(『メダヒードの灼炎剣』……!)
地上にいたら、やられる。地上100mの高さから、公平は地面に目を向けた。
公平の読みは果たして正しかった。まばたきをした瞬間に地上は火の海に変わった。制御をせず、『灼炎剣』の力を思うがままに垂れ流せば、必然的にこうなる。
デコイとして建てた斧は全て溶け始めていた。既に人間が戦える環境ではない。
「くそっ!」
この魔法まで使えるようになっていたのは、想定外だった。『GRAVITY』はともかく、もう『PHANTOM』は使い物にならない。止むを得ず公平はもう一つ用意していた指輪と交換する。
「よしっ!『FALCO』!」
「そこだぁ!」
歪んだ笑いを浮かべるシンヤが、公平の高さにまで登って来る。シンヤの持つ炎の剣は、迷うことなく公平の首を焼き斬ろうとする軌跡を描いていた。既に発動した『FALCO』は、それでも間に合わない。魔人に変身するより先に首が飛ぶ。
(まずい)
思考が現実よりも早く動く。そんな気がした。感覚だけが極限に研ぎ澄まされて、自分以外の全てがスローモーションになったような。死の直前に有るらしい現象が自分にも起こったのだろうと思った。
そして。それはすぐに勘違いであることに気が付く。
「……あれ。いや。違う?」
本当に、シンヤの動きは遅くなっていた。落下さえも遅くなっている。まともな動きが出来るのは自分だけ。これならシンヤによる必殺の一撃も容易に躱せる。
(私を倒した、ご褒美みたいなものだよ)
頭の中で声がした。同時に何も持っていなかったはずの左手が、何かを握りしめていることに気が付く。
思わず「ああ」と声が出た。透明な剣が。シール・タンザナイトの聖剣が。時を操る『聖技』が、そこにある。
なら。この力を思う存分に振りかざすだけだ。公平は『聖剣』を思い切り振って、シンヤを斬り飛ばした。




