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あと一週間

「そろそろ準備が出来るよ~あははは……」


 浅沼零はいきなり現れて言った。

 その顔は笑っているけれど、目が笑っていない。くまができていて、今にも倒れそうに見える。声には力がない。心なしか、最後に会った時に比べて痩せたみたいだ。付き添いで来たソラは、浅沼に肩を貸しながら心配そうにしている。


「あとは技術的な問題で。一週間くらいで解決できそうで」

「あのさ先生。やっぱりさ。取り敢えず一回ご飯食べてからの方がさ」

「あ、あはは。そんな悠長な。ここまで時間をもらったのに。待たせたらわ、るいって……」


 ソラが言うには。どうやら浅沼はここ最近作業に没頭しすぎていたらしい。そのせいで三日間何も食べていないのだとか。

 玄関の靴置き場でふらふらしている小さな姿を見ていると、エックスと言えども流石に心配になる。このまま放置していたら死んでしまうのではないかと思ってしまう。


「そ、そもそも。お風呂入って無いから……レストランとかちょっと無理……!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが……」

「……えーっと。取り敢えず、お風呂にする?ご飯にする?」


 こんなセリフ公平相手以外に言うこともあるのだなと、エックスは思う。


--------------〇--------------


「あと一週間?そっか……。いよいよだな。うん。準備しておくよ」


 エックスからの電話を切る。浅沼零の準備が概ね終わったらしい。漸く『機巧の連鎖』と決着をつけられる。


「アニキ!一週間って何がっすか!」

「え?あ、ああ。こっちの話。それよりほら!行って来いよ!」

「うぃっす!」


 水原シンヤは元気よく言うとミサの机の上を走っていき、落ちていたロープを拾う。ロープの先にはミサの指が括りつけられている。100mの巨人との綱引きと言うわけだ。


「手加減してやってくれよ!」

「はいはーい」


 ミサは気だるげに言った。

 これは魔力操作の訓練である。自分の中にある魔力を全身に駆け巡らせることで筋力を高める。魔法を使うには前提として魔力の扱いが出来るようにならなくてはいけない。

手加減したミサの指先と釣り合うくらいの力が出せれば合格である。


「うおおおおっ!」


 シンヤはかけ声を上げて筋力を上げる。10mを超えるミサの手が僅かに動く。この時点で彼女は力を入れていない。その必要がない。常人であれば、ただそこに有るだけのミサの手を引くことだってできないのだから。最低でもそれくらいの筋力強化は、既に出来るようになっている。


「じゃそろそろ力入れるよー」


 ロープが括りつけられているミサの人差し指がくくっと曲がった。たったそれだけの力でシンヤの引っ張る力はあっさりと負けて、引っ張られる。転びそうになるのを辛うじて耐えて、引っ張られながらも更に筋力強化を強くしていく。


「ううううう!こンのおおおおぉ!」


 つり合いが、取れた。その状態を三分間維持。公平がシンヤに課した課題である。

 踏ん張りながらシンヤはつり合いをどうにか維持している。必死の形相は汗をだらだらと流していた。一分。一分半。二分。

 公平の目から見てもシンヤは筋がいい。練習を始めてからまだ五日。五日で魔力による強化が出来るようになるのは難しい。普通は魔力の操作はもっと時間をかけて使えるようになるものだ。


「が、あ、だ」


 才能がある、と言ってもいい。それくらいのことをシンヤはやっている。

 ただ。


「だ、だめ、だあああああ」


 まだ課題のクリアには至らない。

 強化の維持が出来なくなったシンヤは前のめりに転んでしまう。引く力が無くなったことでロープがずるずると音を立てながらミサの方へと引かれていった。


「おっと」

「あっ。大丈夫か!」

「だ、大丈夫っス。くぅ……今日こそいけたと思ったんだけどなあ……」

「残念。また明日チャレンジな」

「……もう一回挑戦!」

「ダメ!これから私の時間でしょ!」


 ミサがぴしゃりとシンヤを窘めた。「くそお」と言いながら、その場で大の字になって寝転がる。


「ねえちょっと。そんな汗だくでウチの家具に寝ないでよ」

「それくらいいいじゃねえっすか!」


 文句を言いながらシンヤは立ち上がった。公平は一回ため息をついて、『ワーグイド』で彼の通う学校に通じる空間の裂け目を開ける。


「ほら。帰れる?送っていくか?」

「大丈夫ッス。アニキ、俺明日こそは……」

「そんな急がなくていいって。こんなんもうちょっと時間をかけてやることなんだから」

「いや!次こそやってみせるッス!」


 そう言うと、「いてて」と鼻を抑えながら、シンヤは空間の裂け目を通って帰って行った。

 シンヤの特訓は一日一時間。その間魔力の操作だけをやる。その後はミサに協力してもらってのテスト。これは一日一回だけ。一回目にできなかったことが二回目・三回目で出来るわけがない。だから身体を休めて、翌日に再挑戦という流れにしたのだった。

 終わったら帰る。魔法の使い方はまだ見せない。下手に使い方を見たことで、半端な形で使われたら事故に繋がるからだ。


「よしっ。じゃあ次はミサの番だな」

「ねえ、アイツ明日も来るの」

「来るんじゃないかな」

「ふーん……」


 ミサは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 彼女がシンヤのコトをあまり好いていないのは態度で分かる。人付き合いには苦手というものもあるのは仕方ない。仕方ないが。


「あのなミサ。そういう態度はよくないって俺」


 その瞬間、ミサは公平のすぐ真横に、思い切り拳を叩きつけた。


「お説教嫌い。チビのくせに何様?」

「そうやって力でなんでも言うこと聞かせようとするのもダメだって。魔女がそういうことするのは本当に危ないんだよ」


 エックスは何度かやっているけど、という言葉は呑み込む。

 動じない公平に参ったのか、ミサは小さくため息をついて「分かったよ」と答えた。


「やっぱアイツのこと苦手?悪いやつじゃないと思うんだけど……」

「は?まだやるの?」

「分かったよやめるよ」


 こうなったらもう仕方がない。これ以上突っ込むのは本当にやめることにする。


「じゃあ今日は、ちょっと難しい魔法やるかあ」

「ふーん……」


 今度の「ふーん」は、少しだけ上機嫌に聞こえた。


--------------〇--------------


「よーしよしよし。よーしよしよし」

「やめてええ……」


 先にお風呂に入りたいという浅沼零の要望にエックスは応えた。ただエックスの家には人間が入れるようなお風呂はない。シャワーも魔女用。間にとっては膨大な量の水が降り注ぐ危険なシロモノとなっている。

 公平だって一人では入らない。入る時はエックスと一緒だ。

 ただ、公平が入浴したいとき、エックスも同じ気持ちでいるかと言われると必ずしもそうではない。そういう時はエックス用の洗面器にお湯を入れて、そこに入ってもらうことにしている。シャワーが使えない以上、洗うのもエックスの仕事。浅沼にも同じ対応をしているというわけだ。


「助けてえお兄ちゃん……魔女に洗われるの怖いい……。潰されちゃうう……」

「怖くなーい怖くなーい。ボクは公平で慣れてるから平気だよー」


 十分ほどで浅沼を洗うのを終えると、ひょいっと摘まみ上げてタオルで拭いてやる。その最中も「潰される~」などと怯えていたがエックスは構わずに作業を続けた。


「ちなみに。ウチではボクの吐息で髪を乾かすことにしています」

「えっ」

「ウソだよ」


 魔法で温風を出してやり、ドライヤー代わりに浅沼の髪の毛をやる。


「なんだ、一体!その無意味なウソは!」

「趣味かなあ。ん、いいでしょう!」


 パチンと指を鳴らすと、裸だった浅沼がスウェットを着た状態に早変わりする。


「……デザインダサくないかい?」

「文句言うなら脱いで裸で帰れば」

「ちっ。流石に今日の服は洗濯してからじゃないと着たくないしな……。ああ……お腹空いた……」

「はいはい。魔法におかゆを作らせてあるから。ゆっくり食べようね」


 そうして、エックスは浅沼を手のひらに載せて、ソラの待つリビングへと向かうのであった。

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