燃やして潰して。
午後1時になった。それと同時に空間の裂け目が開いて公平が帰ってきた。机の上を俯きながら、椅子に座っているエックスのもとへと歩く。途中で、午前中ずっと過酷な修業を受けていた吾我と高野が疲れ果てた状態で倒れていた。
「はあ。はあ。どうだ。俺たちは生きのびたぞ」
「次は。公平サンの番ですね」
「うん……」
エックスは目をぱちくりさせた。妙に元気がない。修業がイヤだからってこんな露骨に落ち込む男の子ではないのだが。
公平の様子がおかしいことには吾我と高野も気付いた。へとへとの身体を起こす。
「何かあったの?」
「実はさ」
人間世界での出来事を話した。北井と出会ったこと。彼がアルル=キリルに協力している二人目の『契約者』である可能性が高いこと。
エックスと吾我は言葉を失った。彼がアルルの側についたことはもちろんショックである。しかしそれ以上に大きな問題があった。彼女が仲間に選んだ三人の内、二人は自分たちのよく知る人物である。これが偶然だとは思えない。彼女はこちらの関係者を狙って仲間に引きこんでいる可能性が高い。
「もしかしたら三人目も……」
「俺たちが知っているヤツの可能性があるな……」
神妙にしている三人を、高野は困惑した表情できょろきょろと見回した。そして、おずおずと小さく手を挙げる。
「あの……。その前に。北井サンって誰ですか?」
「……ああ。そうか。高野さんはトルトルやマアズの事件には関わってなかったね」
エックスが高野に北井について説明している間に、公平はポケットから取り出したメモ紙を吾我に手渡す。
「コレは?」
「高野さんがお前にって。俺は見るなって言われたから、見てない」
「ふうん」
吾我は折りたたまれたメモ紙を開いて中を確認した。すぐに握りつぶし、魔法で燃やす。
「お、おいおい」
吾我はチラリとエックスの方を見た。まだ高野と話している。こちらに意識は向けていない。小声で公平に言う。
「北井善がどうしてアルル=キリルに味方しているのか書いてあった」
「え?」
「金だよ。異連鎖の侵略者に気付かず、それで恋人を失ったことへの賠償のつもり、かな。10億払ったら指輪を渡すと書いてある。勿論渡すつもりはないが」
吾我の言葉を聞きながら、公平は北井との会話を思い返す。
「い、いや……。あの人そんな感じじゃなかった……」
「あー!そうだった!公平!ホラ来て!修業するよ!」
エックスは公平を後ろから摘まみ上げた。両手両足をじたばたさせて脱出しようとあがく。
「ちょ、ちょっと待って。まだ吾我と話が……」
「それは修業の後!ホラ行くよ!」
エックスは『箱庭』への裂け目を開いた。向こう側へ行く直前、彼女は吾我に目配せする。二人が完全に『箱庭』に入って、裂け目が閉じられる。エックスの部屋の中で吾我と高野だけが取り残される。
「なんだ……聞かれていたのか」
まあ相手は魔女だもんな。吾我は思った。
--------------〇--------------
その日の夜。日付が変わる頃。吾我はエックスにあてがわれた部屋をこっそり抜け出した。行先は某所にある市民公園である。
一人。彼より先に来て、彼を待っている者がいる。吾我に背を向けて雲一つない星空を見上げている。
「早かったな。北井善」
「来たね。吾我レイジ」
北井は振り返った。月の光に照らされる表情は穏やかだったが、同時にその瞳は冷たくも見えた。
「公平クンは、メモは見てないだろうね」
「ああ。俺だけが見て、書いてある通りに、お前の目的が金だということにして燃やした」
「……ああ。それはよかった。彼はまだ知らなくていいことだからね」
「どうして俺だけを呼んだ?なにが目的だ」
「薄々分かっているんじゃあないのかい?」
吾我は小さく息を吐いた。
「……マアズか」
北井は少しだけ笑った。予感はあった。彼が力を欲する理由。WWの人間である自分だけを呼び出した理由。もしそれらがたった一つに収束しているとしたら。
「あの女はまだ生きているだろう?」
「ああ」
熱が上がったように感じた。
「ヤツの居場所は、WWの中のでも例の事件に深く関わったアンタくらいじゃないと分らない。そうだろう?」
「そうだな」
抑え込まれていた熱が。
「ヤツの身柄を渡せ。そうすれば、この指輪もくれてやる」
「目的は復讐か」
「そうだッ!それ以外の理由があるかッ!?」
北井善の心の熱が上がっていく。相手の感情を受け止めるように、吾我は目を閉じた。
「あの女は必ず僕が殺す!燃やして……。潰して……!ミリの痛みの全部を倍にして返すッ!」
「そうか……」
吾我は深く息を吐いて目を開ける。
「できない。貴方にマアズを渡すことはできない」
「何故だッ!?」
「彼女を裁く権利は、貴方にはないからだ」
同時にWWにもない。まだ魔法すら認められていない現代ではできない。魔法より未知の力──異連鎖の力で起こされた犯罪など誰にも裁くことはできない。
それでも。正しく彼女を裁ける時代を切り拓くことこそがWWの役割であるとも吾我は考えている。だから絶対に彼女を北井に渡すことはできない。
「は、はは。そうか。じゃあ。仕方ないな」
北井は右手を前に突き出した。
「なら勝つしかない。アルル=キリルにこの世界を渡すしかない。そうなれば。彼女の管理下であれば。異連鎖の侵略者は当然裁きの対象だ。その執行を僕がやるまで!」
「本気か」
「本気だ!」
北井の息が荒くなる。右手が震えている。目からは涙が流れていた。
「不公平じゃないか。どうして僕だけ助かった。どうしてミリは助からなかったッ!?彼女には……エックスには全てを救う力だってあっただろう!?」
エックスは神さまになりたいと思っていない。それ故に救えた命と救えなかった命がある。北井はどこかで納得していたし、どこかで納得できなかった。
「『重なる心。染まる感情。燃え上がる焔』!」
来る。吾我は斧を構えた。
「『アルル・キリル・ゼルファ』!」
その詠唱に吾我は目を大きく見開いた。今、確かに聞こえた。『アルル・キリル』と。
月が作る北井の影。そこから現れたのは白い大蛇だった。鋭く吾我を睨みながら北井の周りを這う。
「これが守護者……」
「まだだ」
北井は右腕を天に掲げる。
「『焔の殺意。落ちる雫。満る心。──アルル・キリル・ゼルドラド』!」
蛇が北井の身体を登る。彼の右腕に巻き付いて、光に変わり、一つになる。
重い音がした。守護者と一体化したことで獲得した武装。大槌が地面に叩きつけられた音だ。
「これで。マアズを。あの女を燃やして潰すッ!」
大槌が炎を纏う。一歩。一歩。ゆっくりゆっくりと北井は歩きだした。遅い。あの大槌が重くて、走ることができないのだろう。
これなら簡単に倒せる。吾我は思った。一気に加速してぶつかって、一撃で仕留めることができる。
(だが……。何か嫌な予感がする。ここで、攻撃していいのか?)
北井は真っ直ぐに相手を見据えて向かってくる。遅かれ早かれぶつかり合うことになるのは明白。やるしかない。足に魔力を送る。直感に従って速度を上げて一撃で倒す。
吾我が一歩を踏み出そうとしたその時。空から大きな何かが落ちてきた。咄嗟に動きを止める。吾我と北井の間、巨人が振るうほどの大剣が突き刺さる。顔を上げてその主を見上げる。
「エックス……」
「くそっ……!」
エックスが空を飛んでいた。悲しそうな顔で北井を見つめていた。その事情は概ね聞いた。心の中で色々な感情が渦を巻く。後悔も自責も。
それでも。
「まだ戦いは始まっていない。そうでしょう。戦うのはまだ早いよ」
エックスは降りながら言った。それでも彼女の意志は変わらない。自分は世界の管理はしない。得体の知れない相手に管理権限を与えることもしない。そう決めたのだ。
「それでも今戦いをやるっていうのなら、ボクは全力でその邪魔をする。それでいいならどうぞ?」
エックスの足が地面に着いた。重く大地が揺れる。彼女は冷たく北井を見下ろした。槌を持つ手が震える。
「うう……!はあ……!……くっ!……仕方が、ないな」
北井は力を解除させた。
「伝えるべきことは伝えた。決着は、また次の機会に取っておくよ」
そう言い残して北井の姿が消えた。吾我は俯いて息を吐く。
「難しいな」
「そうだね」
星も。月も。静かに輝いていた。全部を見ているくせに。全部を見てみぬふりして。




