ゲーム:ファイナルステージ③
エックスの巨体が雲を突き抜けた。遮るものが何一つない青空の下。エックスはそっと手を広げて公平の姿を確認する。
「『UTOPIA』の解除は出来ないのか?」
「出来る」
エックスは即答し、「けれど」と更に続ける。
「やらない方がいい。さっきも言ったけど規模がとんでもなく広いみたいなんだ。把握できていないところで操られている人が大勢いる」
「いやそれならなおの事急いで解除を……」
「例えば、だけどさ。『UTOPIA』で操られた状態で、高層ビルの屋上に淵に立たされたとして。魔法が解除された時に全員が無事に助かる保証はある?」
「……え?」
困惑に続いて想像をする。もしも自分がその状況に立たされたなら。気が付いた時には死への落下の一歩手前だったとして、落ち着いて一歩下がることは出来るだろうか。慌てた行動のせいで落ちてしまうことはないとどうして言えるのか。
「そんな馬鹿な……この犯人そんな滅茶苦茶やってるっていうのか?」
「さっき飛んでいくときに見えた。学校の窓から身を乗り出している今にも落ちてしまいそうな子たちが大勢いたよ」
「……なら上書きは?エックスが『UTOPIA』を使うんだ。それでみんなを操って、安全なところへ連れていくっていうのは」
「出来るけど、それもやめておいた方がいいかな」
「難しいって……」
「あれはさ、相手の心に入り込んだり、別人格を相手に与えたりして操る魔法なんだよ。本来はユートピアだけが使える魔法だ。二人の使用者が同時に相手の心に入り込んで操ることを想定した魔法じゃない」
「つまり、どういう……?」
「本来の人格。この事件を起こした犯人が作った人格。そこに加えてもう一つボクの魔法で作った人格を一つの心の中に入れて、その人が耐えられる保証がない。やったことがないもの」
100%安全な作戦ではないということだ。それならば、それは博打と一緒である。人命をかけた博打を打つことはエックスにはできなかった。
「……じゃあどうする」
「犯人を見つけて、犯人に安全を確保させたうえで、魔法を解除するのが一番安全かな」
「けど犯人なんて一体どこに……」
「心当たりは、ある」
エックスの言葉に公平は顔を上げた。彼女も自信なさげではある。あくまでも心当たりであって確証ではないということだろう。
それでも何の手掛かりもなく世界中を探すよりはずっとましだ。
「例の魔人。スタッグ。アイツは逃げたっきりで指輪は回収できていないだろ」
「あ、ああ。確かにそうだった」
「元々はファルコの指輪で、どこかの学校の生徒を襲っていたんだよね」
「……そうか」
魔人スタッグは件の学校の関係者である可能性は高い。それ自体は分かっていたことではあるが、今までは尻尾を見せることはなかったので、WWも様子を見るだけに留まっていた。
「流石にそんな悠長なことは言っていられないか」
「行こう!」
エックスの言葉に公平は頷いた。
魔人スタッグが『UTOPIA』を持っている保証はないが、今はそれ以上の手がかりがないのだ。行ってみる価値は、ある。
「よおし。そうと決まれば急いで……。あ」
「ん?どうかしたのかエックス」
「あれ」
「え?」
エックスの視線の先に公平も目を向ける。何かがこちらに向かって飛んできている。
「あれは。ひこう、き?」
「……やばっ!」
咄嗟にエックスは急上昇した。猛スピードで向かってくる飛行機を間一髪で躱す。
「大変だ。あれお客さんも乗ってる。しかもお客さんは操られてないよ!」
「嘘だろ!?」
あれを操縦している人間も敵に操られているらしい。でなければ乗客がいるにも関わらずエックスに体当たりを仕掛けてくるなんてあり得ない。そんなことをしたらエックスではなくて飛行機の方が爆発してしまう。
「ええい。相手してらんないよ!」
エックスは公平を落としてしまわないように、しっかりと両手で包み込むと、飛行機を遥かに上回る速度で一気に飛んでいった。相手の最高速度がいくらであろうと、それを上回る速さで駆けていけば体当たりされることはない。
「よおし今度こそ例の学校に……」
ちらっと後ろを振り返る。飛行機は既に遥か遠く。もう追いつかれることはない……などと考えていたら、飛行機が一気に高度を落とした。
「え!?」
既に雲の中に入ってしまっている。エックスは気付いた。追いつけないと判断した飛行機は、そのままエンジンを止めて落下することを選んだのだ。
「くっ!」
そうすれば、エックスが助けに行くと分かっていたからである。
エックスはまず公平を口の中に含んだ。彼が何か言っていたが、取り敢えず気にしないことにする。これで両手が空いた。
雲に飛び込んで、更に下へ。飛行機は既に雲を通過していた。
エックスが一気に加速する。スピードが一気に上がっていく。同時に飛行機を持てる大きさにまで、身体を巨大化させた。
機長の暴走と突然の落下。パニックに陥る飛行機の中。乗客を襲う絶望的な落下の感覚。それが、突然に止まった。
戸惑いながら乗客が窓の外を見た。それと同時にふわりと飛行機が浮かび上がる。窓の向こう側にはこちらを見つめている巨大な緋色の瞳があった。
「……ふうっ。危ないところだったぁ」
エックスはほっと安堵の息を吐いた。顔の前に持ち上げた旅客機の中を見る限りでは乗客乗員いずれも無事らしい。とはいえ乱暴な飛行に落下、それから巨人である自分に見つめられていることで、飛行機の中は混乱しているように見えた。
せっかく助けたのにそんなことで怪我でもされたらたまらないので、エックスは飛行機の中に魔法をかける。果たして内部にいる人間は誰も彼も眠りに落ちた。
「さて、この子たちをどこか安全なところに降ろさないとだけど……」
この騒動の犯人も早く見つけないといけない。でないと次の攻撃が来る。また誰かが危険にさらされる。
「仕方ないか」と呟いて、エックスは口を開けた。そっと人差し指を中に入れる。取り出した時には唾液で濡れた公平の小さな姿が、指に張り付いていた。
「口の中に入れるなら一言言えよ」
「ごめんごめん。緊急だったからさ。それより公平」
「それよりって。まあいいや。何?」
「ボクはこの子たちを降ろしてくるから、犯人捜しは暫く公平に任せていい?」
「いいけど……。あ、でも俺例の学校の場所知らないよ?」
「ああそれは大丈夫」
言うとエックスは東の方角に公平の張り付いた右手を向ける。公平のすぐ隣には、エックスの親指が添えられた。
「……え?」
「怪我しないし、安全に着地できるようにするから安心して」
「他の移動方法あるだろ。おい。いやっていうか。住所教えてくれた方が早」
「いいや、こっちの方が早いね!えいっ!」
かけ声と同時に、親指で公平を弾き飛ばす。彼の悲鳴がどんどんと遠くなっていくのイが分かった。「がんばれー!」とエックスは手を振った。辛うじて「覚えてろよ!」という公平の声が聞こえる。
魔法をかけておいたので安全に目的地まではたどり着けるようになっている。あと三分もすれば到着だ。取り敢えずあちらは公平に任せておけばいい。
「さてボクはこの子をどこか安全なところへ、と」
ゆっくりと地上へ降りていく。旅客機を降ろすとなるとある程度の広さが必要だ。それならばどこか適当な学校に降ろせばいい。
丁度真下には中学校があった。エックスはそのグラウンドに着地して、そっと旅客機を降ろし、元の大きさ100mへと戻る。
「……よしっ。後は公平を追って……」
と、顔を上げると。
「えっ」
屋上から子どもが、身を投げ出していた。
「ちょ、ちょっと!」
反射的に身体が動いた。途中にあったプールを踏み潰してしまったが、気にしないことにする。学校はエックスの膝より低いくらいの高さしかない。だからエックスは、倒れ込むようにして落ちる子どもたちに飛び込んでいき、彼らをキャッチする。その過程でサッカーゴールを胸で圧し潰してしまったが、それも気にしないことにした。
「……はあっ。危ないなあ、もうっ」
生徒の無事を確認する。後は彼らを降ろして公平に合流を……。そう思った時、エックスは背中に何かがぽつぽつと触れるのを感じた。
顔を横に向けると、窓から生徒だったり教員だったりが飛び出して、エックスの背中に着地してきている。
「えーっ!?え、ど、どうしよっ!た、立てないじゃないか!ちょっと!みんな降りてって!」
エックスの言葉を無視して、どんどん人が落ちてくる。背中の上にいる人が増えれば増えるほど、エックスは動けなくなった。
「うわーっ!ばかばかっ!服の中に入ってくるな!な、なに考えてんだよ、この犯人は!」




