攻撃力
「俺さ。今結構悩んでるんだよね」
弁当を売り切った海から帰る道すがら。公平の口は自然と、隣を歩くエックスに話せていた。
「悩み?どんな?」
「この前、魔人に負けちゃっただろ。あんなんじゃダメなんだよ、俺。あれくらいの相手倒せるようにならないと」
本来の、公平自身の魔法を使って戦ったのであれば、魔人スタッグのまがい物相手の勝負には負けない自信はある。だがトポロジアを使っての戦いでは、その自信が出てこない。まだこの力は借り物の力以上ではなくて、故に使いこなせていない気がしている。
「どうしたら、トポロジアをもっと上手く使えるようになるのかな」
「うーん。そうだなあ……。取り敢えず一つは思いつくけど……」
「一つ?それってどんな?」
「そりゃあ」
エックスは悪戯っぽく笑って見せて、「決まってるさ」と続けて言った。
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使い慣れない道具を使いこなせるようになるにはどうしたらいいか。答えは一つしかない。使いこなせるようになるまで、とにかく使い込むのだ。
「つまりはそのトポロジアでボクをやっつけられれば魔人なんかには……」
「結局それか……」
『箱庭』の街。目の前のエックスを見上げて公平は呟く。
ゲームが始まる前に、一度トポロジアを使ってエックスと戦闘の訓練をした。あの時は惨敗だった。十分以上に手加減をしてくれていたエックス相手に、一度も攻撃が当たることはなく、お手玉の玉にされてしまったのだった。
「今回はあの時よりちょーっと本気度を上げようと思う」
エックス曰く、前回が彼女の全力の内、10のマイナス100乗分の力しか出していなかったと仮定すると、今回は10のマイナス99乗まで本気を出すということらしい。要するに以前手も足も出なかったエックスよりも10倍強いエックスが相手になるということだ。
「無理じゃん」
「無理でもやるの。そのうち無理じゃなくなるから」
ブラック企業の思想のような言葉を、エックスはまるで息をするみたいに吐いた。
昨日、エックスは公平に『就職できなかったらボクのお弁当屋さんで雇ってあげようか?』と言っていた。
就活に失敗したら本当に彼女の弁当屋の店員にさせられそうなので、絶対にどこでもいいから就職してやろうと公平は心に決める。
「さあ、そろそろ始める?それとも十秒待ってあげようか?」
「……十秒ちょうだい」
「おっけい!」
エックスは後ろで手を組んで目を閉じた。ゆっくりとした口調で「いーち。にーい」と数を数える。『箱庭』の中で可愛らしいカウントダウンが響く。これが10を刻んだ瞬間が地獄の始まりだ。
「『オレガ・ホイール』」
魔法のバイクにまたがって、エンジンをふかし、迷うことなくエックスから離れる格好で車輪を走らせる。人気も車の通りも当然ない大通りの道をフルスロットルで駆け抜ける。ともすれば気持ちのいいライディングだが。すぐ後ろにこれから数秒後に襲い掛かってくる巨人の魔女がいるとなると話が変わってくるものだ。
走りながらあちらこちらに魔弾を撃ちこむ。何に使うのかはまだ考えていない。ただ魔弾はあればあるほどいい。先々で反撃の仕掛けを動かす引き金になる。
始まった以上は仕方がない。この状況を受け入れて、出来ることをやるしかない。
「それでやることが、この逃げの一手とは」
自嘲気味に呟く。以前戦った時に嫌と言うほど分からされていた。今の状態で真正面からエックスと戦うのは自殺行為である。だからと言ってこの戦い方はやはり情けない。
「じゅーうっ!」
「しまった!もう十秒経ったか!」
「さあっ!いっくよー!」
サイドミラーから後方のエックスの様子を確認する。楽しそうな顔で右腕を回して、こちらをしっかりと見ていた。運が良ければ彼女の視界から逃れられるかもしれないと思っていたが、甘かったらしい。
「……仕方ないさ。こっちもやるだけのことはやった」
ハンドルから右手を離し、トポロジアのグリップを握る。エックスが右足を上げる姿がサイドミラーに映っていた。
「いくぞっ!」
引き金を引く。同時に、大通りを挟んで向かい合うビルとビルに撃ちこんでいた魔弾が魔法を発動させた。『FROST』の魔法。ビル同士が支えになって、高さ数十メートルにもなる巨大な氷の壁を創り出す。エックスの右足はビル同士の間の位置に存在していた。氷の壁が彼女の脚を巻き込んで、氷壁に閉じ込める。
「よしっ、狙いどお……」
「よっと」
事もなげに、サッカーボールでも蹴るみたいな恰好でエックスは右足を前に突き出した。氷壁はあっさりと砕けて、エックスの脚もほんの一瞬で自由になってしまう。
公平は言葉を失った。が、すぐに気持ちを切り替えて、視線を前に向ける。あの程度でエックスを拘束できると思ったのが誤りだったのだ。
「まだ手はある……!」
前方に向けて魔弾を撃つ。魔弾は移動の魔法『ワーグイド』になった。空間同士を繋げる魔法陣が目の前に出現し、公平はその中へと飛び込む。
「むっ?」
エックスが身体を捩らせて背後に視線を落とす。公平が現れたのは彼女の履いているスニーカーから十メートルも離れていない地点だった。
「おやあ?逃げるんじゃないかったのかなー?」
「逃げるっての!」
その位置からスタートして、エックスから逃げるようにスピードを上げた。
何かを狙っている。エックスにも分かった。そしてその何かを見てみたいとも。煽るように足音を鳴らしながら、ゆっくりゆっくりと身体の向きを変える。
エックスの足が踏み下ろされるたびに地面が揺れて、公平は転びそうになった。それでもバイクの姿勢を必死に正しながら、スピードを上げる。
「どれだけ早く走ったって!」
歩幅が違う。エックスはゆっくり歩く程度のスピードで追いかけて来た。それでもきっと、すぐに追いつかれる。巨人に追われるとはそういうことだ。
だから本当に逃げ切るつもりはなかった。ただ追いかけてほしかったのだ。
「喰らえっ!」
最初にあちこちに撃っておいた魔弾が、カッと輝いた。『ギラマ・ジ・メダヒード』の火炎弾が、エックスに向かって無数に発射される。
下手な攻撃ではエックスは倒せない。かといって、かつて使っていた公平自身の魔法ほどに高威力の魔法の用意はない。代わりにできるのはこういった物量作戦だけである。
「これで……!」
「とうっ!」
エックスは振り返りもせずにその場で跳躍した。火炎弾をあっさりと躱すと、その巨体には似つかわしくない軽々しさで、空中で宙返りをし、魔弾を仕込んでいたビルの屋上に着地した。今までよりも一層強い地面の揺れ。遂にバランスを保てなくなった公平はバイクから投げ出されてしまう。
顔を上げた時には、エックスが着地したビルは存在しなくなっていて、代わりに彼女の脚が聳えることとなった。
「あっ……」
「仕掛けはこれだけじゃあないんだろ?ぴょーんっ、と!」
遊ぶようにエックスは跳びまわる。着地の度に公平が魔弾の仕掛けをしていたビルが一つまた一つと潰されていく。同時に断続的な地震が『箱庭』を襲う。もはや『オレガ・ホイール』を走らせる余裕はない。
「ちぃ……!」
破れかぶれ。公平はエックスに銃口を向けて、『ギラマ・ジ・メダヒード』を放つ。エックスは一切避けることはなかった。巨大な火炎弾を片手で殴り払ってしまうだけである。当然のように怪我一つない。服にも焦げさえできなかった。
「ふふふ。キミの仕掛けはだいたい踏み潰したぞ」
「く……!」
「さあ!」
意地悪で、それでいて無邪気に笑うエックスの右手が公平に向かって伸びてくる。
「またお手玉にしてあげ……」
最後の仕掛けが発動したのは、その瞬間である。
「るっ!?」
突然エックスの右手が重くなった。想定外の事態に彼女はバランスを崩して、転んでしまう。
「よっしゃあ!」
「さっきの炎か……!?」
炎の一部を魔弾に戻したのだ。魔弾は『GRAVITY』の魔法に変化し、エックスの右手だけに超重力をかけたのである。
「よおしこれで俺のか……ち……。おい……」
「ふ、ふふふ……。まさかこの程度でボクをどうにかできるとでも?まあビックリはしたけど」
転んだのもビックリしただけだからね、とエックスは念押しするように言って、平然と立ち上がった。右手には超重力がかかっているというのに、傍目ではそうとはとても思えないくらいに彼女は普通に立っていた。
「ビックリついでだ」
右手を軽々と上げて、手をグーパーと開いて閉じてを繰り返し、公平の頭上にかざす。
「この重い右手でキミを圧し潰しちゃおう!」
「や、やばい!」
影が公平を覆う。『ワーグイド』で作った逃げ道に飛び込もうとした時、「逃げるなー!」というエックスの声が聞こえて、あと一歩と言うところで、彼女の手に思い切り叩き潰された。
「……ありゃ。やりすぎた?」
そっと手を上げると、公平が目を回して倒れていた。もうちょっと特訓をするつもりだったのに。不可抗力で休憩である。
「それにしても……。なあんだ。結構その銃使えるんじゃない」
この調子ならすぐにもっと強くなれる。気絶している公平の頬をつんつんと突っつきながら、エックスは強くなった公平の姿を想像していた。
「……うん。その為には必要なものがあるね」
今の公平にどうしても欠けているものが一つある。圧倒的で絶対的な、攻撃力だ。




