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休息

 ゲームが終わった後の後始末に、公平もエックスも関わることはなかった。

 魔法使い同士の戦いのとばっちりを受けて、怪我をした人や亡くなった人はどうする?捕まえてきた魔法使いはどうやって扱う?避難してきた人、戦火に巻き込まれた人の心のケアは?

 それらの後処理は相沢一がWWにて請け負ってくれた。生存者には魔法による記憶の操作をし、捕らえた魔法使いは適切に裁かれるという。

 二人にとってはありがたい申し出だった。そういったことに関与していく余裕が、二人にはもうなかったのだ。

 エックスは何でもないように振舞っているが、その実心の中はぼろぼろで、公平が一緒にいてくれるということだけを頼りにしている。

 公平はと言うと、魔人スタッグに敗れたことで力不足を思い知らされ、打ちのめされていた。自分がもっと強ければ、エックスが望まぬ戦いをさせずに済んだのに、と。

 一度休んだ方がいい。二人の周囲は、誰しもがそのように思っていた。


「貴女じゃなくて、公平クンのこと。一回元気づけてあげた方がいいって、絶対」


 ただストレートに「つらいだろうから休め」と言って、話を聞いてくれるとも思っていなかった。きっと無理をする。「大丈夫だから」と作り笑いで答えるのが目に見えていた。


「一度エックスさんを休ませてあげた方がいいですよ、絶対。レジャーとかどうです?最近友だちと山登りに行ったんですけど結構よくて……」


 だから、エックスには公平を、公平にはエックスを休ませてあげた方がいいと伝えることにした。ヴィクトリーとミライの親子の案である。

 お互いに、パートナーが無理をしていると伝えれば、きっと相手のために休息を取ろうとするだろうと思ってのことだ。

 果たして、ヴィクトリーとミライの思惑通り、彼女らからそれぞれ個別でパートナーの休息を促された二人は、少しの間一緒に、休むことにしたのであった。

 時期的にもちょうどよかった。夏休みに入って、時間的にも余裕が出来てきたのだ。


--------------〇--------------


 テーブルの上には小さな公平がいる。ガイドブックやらなんやらを開いてあれこれ考えている。エックスはその様子を、じっと見つめていて、時々揶揄うように彼を突っついた。


「やめろってば。もう……。山登りなんかやりたくないしなあ。熊とかいるし」


 エックスは苦笑いした。熊なんて魔法でやっつけてしまえばいいのに、と。


「じゃあ海にする?」

「海かあ……」


 公平はエックスを見上げて、逆に尋ねる。


「エックスは海行きたいの?」

「うーん……」


 別にかな、とエックスは答えた。

 彼女は公平が、海が好きではないのを知っていた。泳ぎが苦手だからである。公平の休息のための遠出なのだから。

 そっか、と公平は答えた。

 彼はエックスが海に行きたがるのではないかと思っていた。以前海に行ったときは楽しんでいたように見えたからだ。この反応では無理に行く必要はない。エックスの休息のための遠出なのだから。


「……ところで学校の方は大丈夫?研究とか……あとはインターンとか?」

「ああ……」


 今はそういうことは考えていない。そういう余裕がない。

 数学の研究は究極的には紙とペンがあれば出来る。学校に行くのは専用のソフトが入ったパソコンを使う時くらいだ。

 大学院なんて適当なところで中退してもいいし、仕事だってなんだってよかった。それよりも、今この瞬間、エックスのために機巧との戦いを終わらせることの方が大事だった。


「大丈夫。俺こう見えてまあまあ優秀だし。就活はまあ……適当にやるよ」

「公平」


 そっとエックスは頭を落とす。頬をテーブルの上につけると、じっと公平を見つめた。

 巨大な緋色の瞳に映っている自分の姿を、公平は見つめた。


「なにさ」

「ボクは学業も仕事もしない男の子は好きじゃないよ?」

「……大丈夫だよ、ちゃんと働くってば」

「ホント?なんか魔法で楽しようとしてない?」

「してないしてない」

「……それじゃあさ」


 いいことを思いついた。そうでも言いたげなエックスの笑みであった。


--------------〇--------------


 沢山の笑い声の奥から、波の音が静かに聞こえてくる。潮の香りがした。海に行くこと自体は乗り気ではなかったけれど、来てみるとやはり気持ちがいい。

 ただ。それはそれとして。並んでパイプ椅子に座っていた、隣のエックスに公平は尋ねる。


「なぜこんなことを?」

「え?なにか問題ある?」


 大量に持ってきた、プラ容器に入ったお弁当の内の一つを開けて、ひじきを箸で摘まんで、食べて見せる。思わず笑みが零れた。エックスは得意げな顔を公平に見せる。


「ほら、美味しい」

「そういうことじゃないんだけど……」


 お弁当はスーパー小枝で製造した。販売元もスーパー小枝で、自分たちはそのアルバイトということにして、食品販売に関する資格についてはクリア。だからこの販売自体には問題はない。問題があるとすればそこではない。


「なんでこうなったんだろ」


 公平は首をひねる。エックスの休養のためだったのに、なぜか海でお弁当を販売することになってしまった。

 子ども連れの家族がやってきて、お弁当とおにぎりを買っていく。「ありがとう」と手を振る子どもに、エックスは「ばいばーい」と手を振り返していた。少なくとも、楽しそうでは、ある。


「ボクはさ、公平。こうやってお弁当屋さんやりたいんだよね」

「へえっ!そうなの?初めて聞いたけど」

「どうする?就職できなかったらボクのお弁当屋さんで雇ってあげようか?配達と店頭販売と、調理どれをやりたい?」


 公平は苦笑いした。なんだかそういう未来が透けて見えてしまった。本当に、お弁当屋の社長になったエックスに、仕事でも家庭でも尻に敷かれるような。


「い、いや。大丈夫だって。俺ちゃんと就職するから」

「ホントかなー?」

「本当だっての。ほら。お客さん来たぞ」

「あっ。はいはい。いらっしゃいませー」


 やがてお昼時になって、大勢の人がお弁当を買いに来た。それも一時間もすれば落ち着いて、人が集まることもなくなる。


「あらら。随分余っちゃったよ」

「社長さん、経営の手腕は微妙みたいだね」

「うるさいな。今回が初めてなんだから仕方ないでしょ」


 公平は軽く笑って、パイプ椅子にもたれかかって、目を閉じる。人の声が遠くなっていって、波の音の方がはっきりと聞こえてくる。静かで、心地がいい。お弁当の販売で疲れた身体をリラックスさせてくれる気がした。

 エックスは目を閉じた公平の顔をじっと見つめて、小さく微笑む。海には、入らなくてもいい。ただそこにいるだけでリラックスさせてくれる。そういう不思議な力が海にはあると思っていた。


「公平がのんびりできて、よかったよ」


 段ボールに『売切!ごめんね!』とだけ書いて、カウンター代わりの長机の上に置いておく。

 エックスは公平を起こさないようにと立ち上がって、思い切り背伸びをした。

 本当は海に入りたい気持ちがある。一応今着ている服の下は水着だ。いつでも飛び込めるのだが、公平を残して楽しむわけにはいかないので、ここは我慢だ。


「……おや?……ふふっ。不謹慎だけど、ついてるね、ボクは」


 服を脱いで水着姿になる。

 魔女の聴力は海辺の騒ぎを聞き逃さない。どうやら、バナナボートに乗った兄妹が潮の流れに乗って酷く遠くにまで行ってしまったらしい。


「そういうことなら!」


 SNSへ何事か投稿している男女。どこかへ電話をしている夫婦。我関せずと言った様子で遊ぶ子どもたち。そういった者を軽快な走りで追い越していく。海に入ると、水の抵抗を無視して沖まで走っていき、そこで沈んでいった。

 また一人溺れた?にわかに広がるざわめきが、次の瞬間一層大きくなる。海岸から遠く離れた地点、水の柱がそそり立ったかと思うと、それを突き破るようにして巨人が現れたからだ。


「遠くに行っちゃった子っていうのは……。ああ、あっちだね」


 魔力探知であっさりと見つけて、エックスはすいすいと泳いでいく。彼女の一挙手一投足が海を大きく荒らす。だから影響のないくらいに遠くに離れてから元の大きさに戻ったのだ。

 この身体も誰かの助けになれる。傷つけるだけではない。それを確かめるように、そっと、バナナボートとそれに乗った二人の子どもを掬いあげる。


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