イベント
「それで撃ったの?」
「撃ってないよ」
「ヘタレ」
「なんてこと言うんだ……」
「じゃあ意気地なし」
「それはアイツにも言われたよ。あの一会とかいうの。……いや最終的には撃ったけど」
忌々しいという感情を隠さぬ表情で公平はエックスに話し始める。大学での出来事を。『機巧の連鎖』の刺客、神居一会とのファーストコンタクト。
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沈黙を続ける銃口を一会は見つめている。だがやがてそこからも彼は視線を離した。代わりに公平の目を見つめる。しばらく無言でそうしていて、一分くらいしてから口を開いた。
「あれ?撃たないの?」
「う、うるさいっ」
「意気地なしだなあ。そんなんでゲームに参加して大丈夫かねえ」
「ゲームってなんだよっ!……っていうか誰が意気地なし……」
「キミその鞄ずっと開けてるの?」
「……あ?」
「鞄の口だよ。俺みたいなのを警戒して?」
「……そんなの決まってるだろっ!」
偶然だ。生協のコンビニで買った本を入れて、閉め忘れていただけ。だからスムーズにトポロジアを取り出せたというだけである。
説明はしていないが、目の前の男は概ね事情を察したらしい。「へー」と嘲笑うような表情で相槌を打つと「そんな生活してたらストレス酷いでしょ。だから一発やらせてやろうってのに」などと口走った。
その態度が公平の心を苛立たせる。吾我のこともエックスを傷つけたことも、公平は何も許してはいない。
「いい加減にしろよ……!本当に撃つぞ!」
「そんな呑気なことを言ってる時点で、キミは丸腰の人間を撃てないよ。俺は色んなやつを見てきた。ホンモノは脅す前に撃つもんだ。殺すとか傷つけるとか、そういうことを気にするより先に、自分の都合を優先するんだよ。キミはそうじゃない」
「っ!俺だってその気になりゃあなあっ!」
「おいっ。落ち着けよ」
田中が公平を諫めた。一瞬彼にも怒鳴りそうになって、堪える。
「何かトラブってんのは分かるけどよお。そういうことは、せめて俺のいないところでやってくんねえかな。巻き込むなよ、俺を」
「……」
公平はトポロジアを構え、一会を見たままで息を吐く。ささくれだった心を落ち着かせる。勝手なことを言うなと言いそうになって、同時に勝手なことをしているのが自分であることを自覚した。
田中の言うことは正しい。彼は無関係の人間だ。ここでトポロジアを撃てば、無関係の彼をこの事態に巻き込むことになる。それは、公平にとっても本意ではなかった。
「帰れよ。俺にもコイツにも予定がある。お前なんかと話すことはないんだよ」
「そうかい?けど俺には用があるからなあ」
「ああっ!?」
「ゲーム。指輪争奪戦ってゲームで大規模イベントを開く」
「イベント?」公平はおうむ返しに尋ねる。
「そう。日時とエリアを決めて指輪争奪バトルロワイヤルをやるのさ。こいつで10人くらいまで篩にかけようと思ってね。参加するだろ?」
「誰がそんなもの……」
「ああ、間違えた。参加するしかないだろ?」
「……何?」
「指輪の持ち主が一堂に会する予定なんだぜ?キミらが、指輪を全部回収するチャンスじゃないか」
「はははっ!そりゃあまあその通りだ」
いつの間にか田中は教室の席に着いていて、笑いまじりに第三者の立場で野次を飛ばしてきた。
「それにさ。キミが出張ってこないと、ほら、無関係の誰かさんがイベントに巻き込まれるかもしれない」
一会の言葉で思い出したのは、魔人に変身する指輪を持っている正体不明の敵の事だった。ファルコの指輪で、大勢の高校生を殺した異常者。その指輪は回収済みだが、スタッグの指輪はまだその指に嵌まっている。
「怪我人が出るくらいで済めばいいけどね」一会が言った。その言葉が、その程度では済まないということを示しているように思えてならない。
「……そのイベントっていつどこでやるんだ?」
「それは教えられない」
「は?」
「だってキミは他の参加者よりも多くのものを持ってるからさ。バランスとらないと。先に潰されちゃうかもしれないし?」
「なんだと?」
「大丈夫大丈夫。始まったらすぐに分かるよ!」
「ふざけ……!」
「あれっ。もう来てたんだ」
後ろから声がした。田母神の声だった。反射的に振り返ると、「そっか。今日は授業あったんだっけ」と続けて言った。
「あ──」
視線を逸らしてしまった。過敏になっていた神経が、後ろの気配に反応してしまった。慌てて一会の方へと向き直る。視線の先の一会は、窓を開けて外へと飛び出そうとしているまさにその時であった。
どうしてそうなるまで田中は放置していたんだと言いそうになった。だがこの状況で一会の足止めを田中に任せるのは筋違い。そんなことは公平も分かっている。だからその言葉を呑み込んで、代わりに逃げようとする一会に銃口を向ける。
「待……」
「じゃあね」
「ほっ」という声と共に一会は窓から飛び降りた。一瞬遅れて公平は引き金を引く。魔弾が開いた窓から青空へと放たれて、消えた。
「ぐぐぐ……」
どうせ撃つならもっと早く撃てばよかった。悔しさに公平は拳を握る。田中が欠伸をした。田母神は「今の何?」と困惑している。そして、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
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時刻は夜の8時を回っていた。
「どうせ撃つならもっと早く撃てばよかったのに……」
「俺だってそう思ってるよ……」
傷口を抉らないでほしい。せめて一会が逃げようとした時にもっと早く撃てていれば。田母神の声に振り返らなければ。いや、もっと言うなら、最初に銃口を向けた時にさっさと撃っていればよかったのだ。脚でも撃ちぬいておけば、捕まえて色々聞きだすことだってできたはずである。
「俺だって反省してるんだよ……!」
「まあボクは撃たなくてよかったと思うけどね。状況が悪いもの。怪我させちゃったりしただけでもトラブルになりそうだ」
何しろ授業が始める直前だ。もうすぐに事情を何も知らない担当教授もやってくる時間である。そんなところで血を流して倒れている第三者の姿があれば、警察や救急車を呼ばれるのは確実である。最悪公平が拘留されてしまって、暫く身動きが取れなくなっていたかもしれない。
「敵はそれが狙いだったかもしれない。そうなるとボクは警察署を蹴り飛ばして助け出してあげないといけないところだった」
「気をつけてね」と言いながらエックスは公平を摘まみ上げて、顔のすぐ目の前にまで持って行った。
自信たっぷりな微笑みがそこにある。彼女にそうやって撃っていた場合の可能性の話をされると、急に真実味を帯びてくるから不思議である。最終的にエックスが警察署を蹴り飛ばすかどうかは置いておくとしても。
「ところでなんで摘まみ上げた?」
「もうすぐ大きな戦いが始まるんだろう?」
エックスがにんまりと、口を閉じたままで笑う。ぞっと背筋が凍るような気がした。嫌な予感が、する。
「らしい……ね。アイツの言ったとおりなら?」
「それはもうWWに話してるんでしょ?」
「それはもちろん」
「ならあと公平がやらなきゃいけないのは、戦いの準備だけ。つまりは特訓!」
「き、昨日の今日で?」
正直言って今日はもう疲れている。昨日の疲労がまだ抜けていないのだ。出来ればもう休みたい。早く寝たい。
だが目の前にあるエックスの表情は、それを許さない顔をしている。獲物を捕らえて、どうやって弄ぶか考えている、捕食者の顔だ。
「昨日の今日で、だ。いつ戦いになるか分からないからね。もしかしたら明日かも」
「明日ってことはないと思うけど……」
「そんなの分からないじゃないか。ほら、行くよ!」
言いながらエックスは立ち上がって、右手を挙げた。『箱庭』に通じる空間の裂け目を開けようとしている。
その瞬間に電話が鳴った。公平の携帯電話である。エックスに摘まみ上げられた状態で、ポケットから電話を取り出す。
「あっ。相沢サンだ」
「えっ」
「ちょ、ちょっと待ってて」
相沢からの電話ならば、何かトラブルが起きる予知が出た可能性がある。ありがたい。エックスの特訓を逃げられるかもしれない。そんな期待をしながら、公平は電話に出る。
「もしもし?あっはい。ええ。いますよ、エックスは。はい。……はい?」
エックスはぱちぱちとまばたきをした。公平の表情がどんどんと曇っていく。
「……分かり、ました。はい」
電話を切って、公平はエックスに視線を向けた。
「機械天使と、武装魔女が現れる予知が出た、らしい。九つ」
「……どこ?」
相沢から聞いた場所を説明する。場所を確認しながら、二人は気付いてもいた。これはイベント開始の合図だ。エックスに武装魔女や機械天使の対応をさせれば、その間指輪の持ち主は自由に動けるのだから。
昨日の今日どころじゃない。今日の今日で、敵は仕掛けてきたのである。




