表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/439

相沢一

「ええ、そうなんですよ!よく言われる話ですが、向こうはとにかくサイズが大きい!なんでもかんでもアメリカナイズドされた大きさをしてるんでね。便利なようで不便なことも多いんだ!」


 目の前の大学院生と、その後ろに聳える巨人の二人がクスクスと笑った。相沢一は一言「失礼しますね」と言って、用意されたお茶を飲む。でまかせのエピソードを面白可笑しく話していたら喉が渇いてしまった。

 冷たい緑茶が口から流れ込んでいく。爽やかな香りと共に、身体の熱が内側から消えていく。そこそこいいお茶だ。常飲しているものではあるまい。きっとこの日のために用意したのだろう。

 隣に座る新卒の社員も口元を抑えて笑いを堪えている。対面に座る大学院生にしてもそうだが、この二人は、悪い言い方をすれば操作しやすそうに思えた。それはそれで心配ではあるけれど、今回は気にしないことにする。

 問題は大学院生の奥の巨人の魔女。こちらは難しい。

 顔合わせの時の緊張感はいつの間にか無くなっていて、今では落ち着いていた。話に没頭してけらけら笑っているように見えて、その実こちらを見定めているような気配があった。そしてその余裕があることも確かである。油断できない相手だと直感した。


「向こうでの仕事は色々勉強になりましたけどね。こっちはこっちで大変ですね。魔法の指輪に異連鎖。吾我が纏めていた資料を見て卒倒しそうでしたよ。腰を据えようと思って帰ってきたのに、これじゃあ却って身がもたないような」


 こちらは半分本当のことである。異連鎖の関連については要注意だ。人類の文明レベルを凌駕した兵器に、魔法を奪う結晶、その気になれば相手は一晩でこの世界を滅ぼせる。常に警戒しておかなくてはならない相手だと、相沢は認識していた。

 だが魔法の指輪に関しては、そう慌てる必要もないと考えている。対処の仕方は幾らでもあるからだ。


「いや、ホント。そうなんですよ。相沢さん。俺もエックスも後手後手で。コトが起きてから動き出すって感じで」

「もっと密な連携を目指しましょう。その為に私が呼ばれたというところもありますから」


 大学院生が怪訝な顔で相沢を見ている。どういうことだろうとでも言いたげな顔をしていた。同時に、「エックス」と呼ばれた緋色の瞳の巨人が口を開いた。


「ちなみになんですけど。相沢さんはWWの本部ではどんな仕事をしていたんですか?」


 そりゃあ、そうだよなと相沢は心の中で呟いた。自嘲するように笑みを浮かべて、少しだけ俯いた状態で口を開く。


「エックスさんなら、既にお分かりかと思いますが。私の仕事は予知です。予報と言った方がいいのかな?危機が迫っているのをいち早く知らせて準備を促す役。戦いの魔法はとんと使えないんですよ。才能がなくて」


 こちらは殆ど、本当のことだ。


--------------〇--------------


 「予知」とエックスが呪文みたいに唱えた。見知らぬ言語をおうむ返しするかのようでもある。

 彼の言ったように、彼がどんな魔法を使い、WW本部でどんな仕事をしていたのか、エックスには分かっていたかと問われるとその答えはNoである。彼のキャンバスは、見たことのない形をしていて、どんな魔法が使えるのか判断できなかったのだ。

 一般的なキャンバスは概ね円形に広がりを見せている。使用者の得意・不得意によって偏りは発生するので、正円どころか楕円にもならないが、ほぼそういう広がり方だ。

 相沢のキャンバスは違った。中央に小さな円があり、そこから一点を目指すかのように細く鋭く伸びている。見方によっては矢印のようにも見えたし、遠く届かない何かに向かって必死に手を伸ばしているようでもあった。

 形としては非常に歪である。たった一つの魔法を使うためにだけに完成されたキャンバスと言った印象だ。その癖、ランクで言えば98相当の広さはある。それが予知のためだけに形成されているのだ。


「へーっ。そりゃあすごいですね。事故とか事件とか、未然に察知して、解決しちゃうってことでしょ?」


 公平の問いかけに相沢は苦笑いで答えた。


「それが出来ればいいんですけどね。なかなかうまくいかないもので。私の予知にはいろいろとルールがあるんですよ」


 「ルール?」と公平が尋ねた。相沢の隣に座る岸田も、興味深そうに上司の顔を覗き込んでいる。


--------------〇--------------


 相沢の予知には幾つかのルールがある。

 一つ。最大でも五分後の未来しか予知できない。予知は視覚情報だけが脳に入ってくる形であり、音声は入らない。五分後より先の未来を予知しようとしても的中率は1%を下回る。一方で五分後までの未来であれば、97%正確な予知が可能。外れた3%はその未来を回避した結果だ。


「回避ってそれしかできないんですか?」


 相沢の説明に公平が口を挟んだ。たったの3%。それ以外は起こってしまっている。そう言うことになる。相沢は自嘲気味に笑った。


「そうですね。3%です。高々五分しか時間がないですからね。無理なものは無理で、被害を減らすことしかできないですよ」


 それから相沢は回避できた事例を教えてくれた。米国の夜道を歩いていた時、何やら気配を感じた彼は念のため予知をしてみた。すると案の定、背後から暴漢に襲われる未来が見えたので、先回りして撃退したのである。


「暴漢っていうのは、強盗的な?」

「いえ、強姦魔」


 あっけらかんとして言うので、公平も岸田も言葉を失った。確かにと納得しているのはエックスだけである。そんな反応が面白いのか、相沢はまた笑った。


「色んな人がいますからねえ。あっちもこっちも。さて、話を戻しますけど」


 二つ。現在から近ければ近いほど鮮明な未来を見ることが出来る。五分後の未来は赤外線カメラのようにシルエットのようにしか見ることが出来ない。

 三つ。同時に二つの未来は予知出来ない。五分後の未来と三分後の未来を同時に見ることは出来ないし、同じ五分後の未来でも目の前で起こったことと地球の裏側で起こったことも同時に予知出来ない。


「それから四つ目。私の意思とは関係なく、予知してしまう未来があります」

「えっ。それって不便じゃ……」

「いやいや。実は四つ目は訓練の賜物でして」


 相沢は、予知によって未曽有の災害や巨大犯罪などが起こる前に対処することを仕事にしている。それでも準備に使える時間は最大でも五分だ。

 だから彼は、せめて最大の五分を準備時間として確保できるように訓練を重ねた。その結果として、彼の基準で、ある一定以上の被害が出る可能性のある事態が起こった時、それを、魔法を使うと思うより先に自動的に予知できるようになってしまったのだ。


「想定される死者数とか社会への影響度、文明へのダメージ量を基準にしています。とはいっても滅多には……。っ!」


 突然に相沢が目元を抑えた。「もしかして」と岸田が呟く。相沢は深く息を吐いて顔を上げた。


「そうですね。岸田さん。まさかこのタイミングとは思わなかったが、自動予知が発動しました。場所には見覚えがあります」


 あそこに自由の女神像が見えたなら、場所は殆ど絞られますよと相沢は言った。


--------------〇--------------


 アメリカニューヨーク。ここに来たのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。

 すぐそばには自由の女神像がある。本体は、魔女基準で見ればさほど大きくはないが、台座まで含めた高さでは100m弱とエックスより少し小さいくらいのサイズだ。


「……ってこれでもボクの方が大きいんだよね」


 実際現在進行形で自由の女神と背比べしているところだ。勝ってしまったことを喜んでいいのか悲しめばいいのか、エックスには分からない。

 ここへ来たのは観光目的ではない。相沢の予知で、もうすぐこの場所に魔女が現れると分かったからだ。


「街を覗き込む魔女の姿が見えました。……人を摘まみ上げて。口元が動いているように見えます。何かを言っているのかな。やってきた米軍の戦闘機に対して、腕を振り回して攻撃しています。足元には逃げ惑う人の姿が……」


 予知の内容と大まかな場所。それらを聞いたエックスは急いで現地へと飛んだ。魔女が相手なら負けることはない。先行して自分が現地に行けば被害を出すこともなく撃退できる。故に最優先事項は魔女が現れた瞬間に仕留めること。そこに意識を集中させなくてはいけない。

 そんな風に考えていたので、街の人を避難させずに、足の踏み場だけ確保して着地した。突然現れた巨人の姿と車道を占有するほど巨大な足に、悲鳴を上げながら逃げる声が聞こえる。


「……うー」


 どこから魔女が出てきてもいいように集中していたエックスだったが、流石に足元が気になってしまった。誤解をされていないか。自分は彼らを守りに来たのだということが伝わっていないか。不安になって、お辞儀するような恰好で地上を覗き込む。

 殆どの人は一心不乱に逃げていた。だが一部、勇気があると言えばいいのか無謀と言えばいいのか、その場にとどまって足元からのエックスの動画を撮影している者がいた。

 普段であれば怒って仕返しするところだが、今は好都合だ。徐に動画撮影者を摘まみ上げて、顔の前にまで連れていく。始めこそ慌てていた彼だったが、エックスの困った顔に何かを察したのか、動画の撮影を再開した。エックスはにこりと微笑んで「サンキュー」とお礼を言う。それから自分の立ち位置を説明する。「恐くないですよー」「皆さんを守りに来たんですよー」と。


(……うん?)


 ふと。デジャヴを感じた。このデジャヴの正体は何だろうと、考えていたところ、エックスの身体中でぽつぽつと炎が上がる。米軍の戦闘機だ。


「うわっ!ちょっと!ボクは貴方たちの敵じゃないって……」


 と、腕を上げて戦闘機の攻撃から身を守ろうとする。実際のところ痛くも痒くもない攻撃だが、攻撃されること自体がエックスにはイヤなことだったし、指先にはニューヨークの一般市民を摘まんでいたので、彼を守る意味も込めて防御の姿勢を取ったのだ。

 その体勢は、見ようによっては「腕で戦闘機に攻撃している」ようにも見える。


「……はっ!」


 そこで漸くエックスは気付いた。ニューヨークの街に現れた魔女。街を覗き込み、足元の人を摘まみ上げ、戦闘機に攻撃を仕掛けている魔女の正体。


「……ボクか!」


 慌てて指先に摘まんだ動画撮影者を地上に降ろし、戦闘機を風の魔法ではねのけた上で空へと飛び上がる。そうして空中に開けた空間の裂け目に飛び込んだ。行先は自宅。今日はもうふて寝でもするか公平と遊んでストレス解消をしないとやってられない。


--------------〇--------------


 エックスの家から出るころも、まだ日は高かった。これからもっと明るくなる。夏が始まる気配に岸田はうんざりしている様子だった。

 気持ちは分からないでもない。相沢も暑いのが得意な質ではなかった。ただ「早く冬になりませんかねえ」という岸田の言葉には同意しかねる。暑いのよりも寒い方が、相沢はイヤだったからだ。


「いや。彼女には悪いことをしてしまった」


 相沢が独り言のように言った。足音に合わせるようにして更に言葉を続ける。「魔女の出現って私的には結構な災害なんですよ」「けどやっぱり自動的に予知しちゃうのも考え物ですね」と。


「大丈夫じゃないですか?彼女も気にしないって言ってたし……」

「引きつった笑顔でしたけどね」


 苦笑いしながら、相沢はあの時のエックスの顔を思い出す。怒りを必死にこらえている巨人とはかくも恐ろしいものなのかと、初めて知った。


「や、けど。結果的に予知の精度の高さは知ってもらえたわけで……。相沢さんが予知してエックスさんや公平クンや私が先行して対処するってやり方が確立すれば、効率的になると思うんですよね!」

「まあ、それは確かに。そういう関係性になれたらなと思っての顔合わせでしたしね」

「はい!いい仲間に慣れたらいいですね!」

「ええ。きっとなれると思いますよ」


 相沢は思っていないことを口にした。

 公平の方は協力関係を築けるかもしれない。だが、エックスは、難しい。

 彼女はランク100、全能の魔女と聞いている。全能であれば当然、全てを知る全知もできるはず。自分より精度の高い予知ができてもおかしくないのだ。全能であるならば。


(けど。今日の彼女は違った。私の予知を信じて動いてくれた。自分で予知をすれば、より正確な情報が得られるだろうに)


 全知の力で未来を見ることをしなかったのか。或いは全知の力を持っていないので、未来を見ることは出来なかったのか。

 全能であるならば、その全能性を利用して己の全能性を欠落させることが出来るはず。その力で全知を捨てた可能性はある。

 そして。しなかったにせよ、できなかったにせよ、彼女がそうした理由を相沢は予測できていた。


(そんなにイヤか。未来を見るのが)


 予知の魔法を使えるからこそ分かる。悲劇の未来を見てしまえば、解決するしかないのだ。放置すれば人が死ぬ。自分が殺したのと変わらない。誰に責められることもなかったとしても、自分で自分を攻め続けてしまう。

 そして、だからこそエックスは未来を見ないのだろう。起きたことを起きた後で解決するだけにする。自分で責任を負おうとはしていない。


(それは、私たちの理念とは、違う)


 だから相沢は、エックスのことを信用できない。

 ただそれを岸田に言う必要もないので、黙っておくことにする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ