覚悟
小さく息を吸う。
変身した魔人ファルコは常にその指輪が力を放っている。今ならWWも敵を追うことが出来るというわけだ。
だが、WWは今動けない。出現した魔女から国民を逃がすため、逃がした後のケアをするために必死に動き回っている。たった一歩で大勢を殺せる魔女の方が、出現したら人一人墜落死させて消える魔人ファルコより優先順位が高いということである。
吸い込んだ息を吐きだして、先ほどのアリスとのやり取りを思い返す。
--------------〇--------------
「……なら、ファルコは俺が追うよ」
「え?何言ってるのコウヘイ。貴方魔法を奪われて……。……それは?」
鞄から取り出したトポロジア。ユートピアの指輪が三つと、もう一つ結晶がリボルバーのように埋め込まれているそれを見て、アリスは眉をしかめた。
「この銃はどこから持ってきたの?この結晶は、もしかして魔法が……」
「これは、吾我の魔法だよ」
「……え?」
目を閉じて、数回深呼吸して、覚悟を決めて、口を開く。
「実は」
「待って」
アリスは落ち着かない様子だった。目の焦点が合っていない。右手で左の腕をぎゅっと握り締めている。きっと、吾我の身に何があったのかを彼女は察している。何をどう言ったらいいのか。どんな言葉を彼女に告げればいいのか。公平は分からなくなって、しどろもどろになる。
「あ、や。その。つまり……」
「今は」
「っ」
「今は、そんなことを言っている場合じゃない、わ」
どきんと心臓が跳ね上がる。そんなわけがないじゃないかと言いそうになって、言葉を吞み込んだ。
アリスの声は震えていた。彼女にとって吾我の安否は一番知りたい情報のはずだ。けれど彼女は、それよりも街や人を襲う脅威への対処を優先して考えているのだ。
「大事なのは、今貴方が戦えるかどうか。貴方に魔人ファルコを任せていいのなら、こっちも魔女の対処に専念できる」
戦えるかどうか。そういう話で言うなら、答えはNoだ。公平はまだトポロジアを使えていないのだから。手の中にある白い銃をじっと見つめる。魔法と身体とが繋がっている感覚は、ある。トポロジア自体はきっと完成している。
(コイツを使えないのは、きっと俺自身の問題なんだ)
こんな無責任なことを言えばきっとエックスは怒るだろうな。そんなことを考えながら、公平はアリスの目を見つめる。
「どうなの、コウヘイ?」
「大丈夫。大丈夫だ。俺には、アイツの魔法がある」
--------------〇--------------
「なんだ?なんだよお前。俺を追っていたやつらとは違うな?なんなんだ」
アリスの魔法で送られて、公平はファルコの反応がある場所へと赴いた。そこは某所のキャンプ場にある草原。ファルコの脚のかぎ爪はセーラー服を着た少女の姿がある。聞いていた通りの悪党だ。
「あーあっ。せーっかく巨人が出てきたタイミングで暴れようと思ったのによぉ。つまんねえなあ」
なるほどと公平は考える。イヤにタイミングが悪いと思ったが、確かに裏を返せば彼にとってはグッドタイミングだ。WWに連絡がきた順番は魔人→魔女だったが、実際に事件が起きたのは逆だったのである。
公平はトポロジアを掲げた。魔人の目ならばきっと見えると信じて。果たしてファルコは高笑いを上げる。
「なんだよ!そういうことか!指輪争奪戦ってか!?いいぜ、いいぜぇ!やってやらぁ!」
そう言って、ファルコはかぎ爪から女生徒を、離した。
「ま、コイツ始末してからな」
「っ!」
トポロジアの銃口を向ける。彼女を救うには、ここで魔法を使えなければならない。引き金に指をかける。
(悪いな、吾我)
心の中で吾我に詫びる。
(お前の仇を取るとか言ったけどさ。結局俺は自分勝手なんだな)
WWの応接室で見たアリスの顔を思い出す。
(あんな顔をエックスにさせたくない。だから)
いつしか公平の思考は声になっていた。
「力を貸してくれよ!吾我!『オレガフライ』!」
引き金を引く。銃口から光の弾が放たれて、それが空舞う蜻蛉の魔法に姿を変えた。
「やっぱりか」
ぼそっと公平は呟いた。薄々分かっていたのだ。どうして吾我の魔法が自分に使えなかったのか。足りなかったのは自分の気持ち。強い気持ち。どれだけ怒りや恨みを叫んだところで、結局エックスへの気持ちの方がずっと強い。あさましいともおぞましいとも言える自分の内なる感情に吐き気がする。
それでもいい。魔法の蜻蛉は落ちる少女をキャッチして、そっと地面に降ろす。遠目で見た限りでは怪我はなさそうだ。
「ああぁ……。何してんだよ。そのブス殺してからって言っただろぉ」
「知るかよガキッ!」
トポロジアの銃口を上に向ける。吾我の魔法が使えるのなら、きっとこれも使える。
「『オレガホイール』!」
引き金を引いた。光弾が円の軌道を描きながら落ちてきて、地面に当たり、魔法により駆るバイクへと姿を変える。ハンドルを握った瞬間に、乗ったことのないバイクの走らせ方が理解できた。座席に跨ってアクセルを噴かせる。
「行くぞ」
「チィ!」
バイクが走り出す。同時にファルコも逃げるように飛び出した。
「逃げんな!」
銃口をファルコに向けて、魔力の弾を発射する。『いける』と公平は呟いた。
トポロジアは、結晶の内部で生成される魔力を魔弾に変える。魔弾を魔法に変えるか魔弾として撃ちだすかは公平の自由。
「クソがっ!」
上空でファルコは振り返った。翼を大きく羽ばたかせて矢の雨のように鋭利な羽を発射させる。
公平は慌てない。ユートピアの指輪の一つに触れる。これでこの指輪に入っている魔法が使える。再び銃口を向けて、引き金を引いた。
「『切り裂け。BLADE』!」
魔弾が放たれて、無数の剣に変わる。あらゆるものを切り裂く理想の剣は、銃弾として放たれた勢いそのままにファルコの羽を切り落とした。
「な、に……?」
「終わりだ!」
吾我の魔法の結晶に触れる。走るバイクのシートの上に立つ。両手でトポロジアのグリップを握って、上空のファルコに狙いを定める。
「はああああ……!」
「──く、そ」
「『ギラマ・ジ・メダヒード』!」
魔法が撃ちだされた瞬間、その勢いでバイクが微かに減速した。銃口から火柱が登る。ファルコは避ける間もなくその炎に直撃し、墜落していく。公平は再びバイクにまたがって、スピードを上げた。まだ油断できない。魔人は高い再生能力を持っている。復活するより先に指輪を奪わなくてはならない。それでようやくこの仕事は終わりだ。
風の音をかき消すようなエンジンの駆動音が草原に響いていた。
--------------〇--------------
「ねえエックス」
「ん?」
「二人を纏めて一つの地点に集めて仕留めるってさ、無茶だったんじゃないの?」
「んーそうかなあ」
ジトっと見つめてくるヴィクトリーとこくこくと何度も頷いているミライに向かって手のひらを広げて見せる。そこでは二人の女性が気絶していた。いずれも中東系の見た目をしている痩せた少女だった。初めに倒した武装魔女ほどではないが、やはりまだ『子ども』といっていい見た目である。
「確かにね。結果だけ見れば無事に魔女を無力化できたわよ?でもさ……」
「この惨状はちょっと……無茶だったと思いますよ……」
「……」
エックスは見て見ぬふりをしていた街の様子に目を向ける。
半径数キロ圏内に無事な建物は一個だって、ない。こちらは住宅街だった。武装魔女による死者が出なかったのは奇跡である。WWの避難誘導が迅速だったおかげであろう。
既に街が無人なのをエックスは事前に知っていた。だから周りの被害も考えずに、武装魔女ごと思い切り着地したのである。その着地の衝撃で家々あらかた吹っ飛んだ。辛うじて残った物はエックスでも使える『武器』として引っこ抜かれて、投擲に使われて、無残にも砕け散った。
今にして思えば、自分の担当地域がズタボロになってしまったので、感覚がマヒしていたのかもしれない。確かにこれはちょっとやりすぎだ。
「な、直す。直すよ当然!」
「直すのいいですけど……」
「エックスアンタ覚悟しておいた方がいいわよ」
「か、覚悟ってなにさ」
ヴィクトリーがため息を吐いた。
「私たちの戦いはスケールが大きいからさ。安全地帯でも見られちゃうし、報道もできちゃうわけ」
「……」
「家を引っこ抜いて。わるーい顔で投げて。それが効かなかったら舌打ちしたところ、ばっちり流れていると思うけど?」
「う、う、う……嘘だーっ!?」
更地となった街で、エックスの声が響き渡った。




