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魔人と魔女

 なえき不動産。地元に根付いた不動産会社であり、公平たちが通っている大学周辺の賃貸物件を中心に貸し出している。学生の四割ほどがなえき不動産を利用していて、メイン顧客が大学生ということもあってか、手ごろな家賃で借りられる物件が多い。


「あっ。ここ綺麗。しかもバス停もすぐ近くにあるよ」

「へー。家賃も意外と安い……。あ、でもこっちもいいんじゃない?」

「うーん……迷うなあ……」


 この日、エックスとソラは二人でなえき不動産に来ていた。ソラの住むアパートを探すためだ。公平が購入したマンションの一室にはボウシたちが住んでいる。そんなところにソラを放り込むのは流石に悪い。ボウシたちにとってもソラにとっても。

 ボウシたちの家は既に完成しているコミュニティである。そこにいきなり無関係の人間が入り込んでしまっては、ぎくしゃくしてしまうだろう。自分が同じ状況に置かれたらと想像して、エックスは背筋が寒くなった。


「うーん。……こことここ、それからこのアパートかな」

「ん。分かった。それじゃあ、鈴木さんこの三つのお部屋、内見させてもらっても……」


 なえき不動産の営業マン、鈴木は、にっこり微笑んで『はいっ!大丈夫ですよ!』と元気よく答えた。気持ちのいい爽やかな笑顔は好印象である。これでお相撲さんみたいなお腹をしていなければモテただろうにと、エックスは思った。

 二人はなえき不動産の営業車に乗り込んだ。鈴木が運転する車に揺られて、内見予定の物件に向かう。車に乗っているとエックスは不思議な気持ちになる。魔女に比べるとはるかに遅くて、魔女の足であれば簡単に踏み潰せてしまう。そんな脆い乗り物に乗るのがちょっとだけ好きな自分が可笑しかった。

 ふと、視線を横に向ける。物珍しそうに人間世界の街並みを、ソラは見つめていた。


「あのさ」

「うん?なに?」

「いや……ほら。帰れなくなっちゃったでしょ、ソラちゃん。大丈夫かな、って……」

「あー……。まあ、大丈夫だと思うよ。そのうち全部が終わったら、先生が迎えに来てくれるから」


 先生とは浅沼零のことである。ソラは浅沼零のことを、深く強く信頼しているように見えた。二人の間にどんな出来事があったのかは分からないが、その絆のようなものはエックスにも分かる。先生のやることなら、きっと最後は上手くいくと信じているのだ。

 そして。だからこそ解せない。どうして浅沼零が公平に渡したトポロジアは起動しなかったのか。


「ああっ!もしかして遠方からのお引越しですか!?いやー奇遇ですね。実は私も四国の出身で……。大丈夫!どれだけ遠くても実家に帰れないなんてことはないですよ!」


 事情をよく知らない鈴木は、大笑いしながら言った。


--------------〇--------------


 WW。多くの魔法使いたちによって構成された国際機関。とはいえまだ公に認められているわけではないので、機関を意味する『O』の文字はない。働いている者の四割以上が魔法使いであり、その多くが自力で魔法を手に入れた才能ある者だ。


「……意外と多いんだよね、魔法使いって」

「ここ数年はその数の増え方自体が増加傾向にあるわ。……ちょうどエックスがこっちに来た時くらいから、かな?」

「だからってそこに相関関係はないでしょ……」


 この日、公平は一人でWWに来ていた。けじめをつけるためだ。アリスはもうすぐ日本を発つ。生まれ故郷であるイギリスへ帰り、そちらのWW支部へと戻るのだ。その前に、吾我のことをちゃんと話しておかなければならない。

 エックスはいない。ソラと一緒に出掛けている。彼女が住むための物件を探しに行っているのだ。こっちについてきてほしい気持ちはあったけれど、我儘は言えない。

 WWの廊下を二人で歩く。LEDの照明が冷たい光を放っていた。時間にしてほんの数分。荷物として持ってきたトポロジアの入ったカバンが、重たく感じる。

 それから公平は応接室に通された。初めに軽い雑談をする。最近のエックスの様子だとか魔女の近況だとか、そういう他愛もないこと。少しして若い女性社員がお茶を運んできてくれた。ガラスの器が冷たい。一口お茶を飲んで、ほうと息を吐く。


「それで?話って一体何かしら、公平?……って。多分魔法を奪われた経緯についてだと思うけれど」

「……ああ。うん。その。そうなんだけど実はちょっと違くて」


 『吾我のことなんだけどさ』。そう言おうとしたところで部屋の外で忙しない物音が聞こえた。


「……?ちょっと待ってて」

「あ、うん」


 アリスが席を立つ。公平は俯きながら、殆どお茶の残っていないコップを手に取って、氷が解けたあとの水が混ざった味のしない薄い液体を口に入れた。

 一息ついた瞬間にどこかほっとしている自分に気が付いた。自己嫌悪に苛まれて、コップを叩きつけてやりたい衝動に駆られる。


「見つかったって……本当なの!?」

「ん?」

「はいっ!『魔人ファルコ』の指輪の持ち主です!」

「えっ?ファルコ?」


 ファルコ。以前戦った隼の魔人。高速飛行能力と高い硬度を持つ羽を武器に戦う強敵。桑野や高野の弟である水野が使い手だったが、それも元はユートピアの魔法である。指輪にされたファルコの魔法が他の誰かの手に渡っていたとしても何も不思議なことはない。

 思わず公平は立ち上がった。アリスは彼の方を振り向いて、こくりと頷いた。


「あの魔人の指輪で、人を殺しているヤツがいる」


 何もないところで人が墜落死している、らしい。その多くは某県立高校の生徒。報道規制がされていて公平のところにまでは届いてきてはいないが、そういう事件は確かに起こっていた。


「私がこっちにいるうちに捕まえたかったけれど、ようやくチャンスが回って……」

「大変!アリスさん大変です!」


 慌てる声が走ってきた。アリスと公平は同時に声の方へと目を向ける。


「なに?ファルコのことならもう報告が……」

「い、いや!それも大変なんですけど、それより……」

「それより?」

「魔女ですよ!例の武装した魔女が、また現れたんですよ!」


--------------〇--------------


「とうっ!」


 武装した魔女に飛び蹴りを仕掛ける。が、鎧の性質によりエックスの攻撃は魔女にまで届かない。弾かれたエックスは空中で宙返りして、人のいなくなった建物や乗り捨てられた車を圧し潰しながら着地した。

 魔女が現れたという連絡が入った瞬間、エックスはソラと一緒に来ていた物件の内見から飛び出してこっちに来たのだ。WW側も別の事件を追っていたらしいが、被害の大きさを考慮して、魔女から人々を避難させることを優先している。タイミングが悪い。


「……その上魔女が二人だなんて。ボクへの嫌がらせ?」


 現れた魔女は二人。それぞれ別々の離れた場所で暴れている。片方はエックスが食い止めていて、もう片方はヴィクトリーとミライが対応している。あちらが鎧を破壊した瞬間にバトンタッチをして、魔女の力を封じ込める算段だ。だが。


(……できればまず片方を仕留めたい。そうすれば残った一人に三人の力を集中できる)


 こちら側の人間は先んじて魔法で逃がした。ある程度無茶をやっても人死にはでない。当然完全に放置はできないが、強引にでも無力化できればヴィクトリーのところへ行ける。


「……よしっ」


 エックスが大きく手を挙げた。


「『未知なる一矢・完全開放』!」


 彼女の背後で光の弓矢が十個展開される。その手を振り下ろせば、矢が一斉射された。迎え撃つかのように武装された魔女が手を前に突き出す。胸の結晶が光を放って、エックスの魔女を無効化する。

 エックスの口元が緩んだ。ここまで計算通り。魔法が効かないからこそ、敵は魔法を受けてくれる。本命はそこではない。

弓の半分の射線が下方に傾いた。武装魔女の足もと、道路や車、建物を矢が射貫いて、土煙を上げる。

 武装魔女の視界が遮られた瞬間、エックスは思い切り地面を蹴った。武装魔女の頭上を跳び越えて背後に回り、羽交い絞めにする。

 魔女の着ている鎧が弾けるように輝いた。超高電圧の電流がほとばしって、エックスを襲う。


「悪いね。そういうのはボクには効かないんだ、っと!」


 電撃をものともせず、エックスはその場で思い切り跳躍する。魔女の身体能力の全てを使って、空気を蹴りながら更に上へ上へと。大気圏を超えて、闇が支配する宇宙空間にまで至ったところで、エックスは武装魔女を思い切り蹴り飛ばした。


「そこで暫く浮いてなよ!」


 魔法を発動する。両手から炎が噴射された。その勢いに乗って、エックスは地上へと戻っていく。地面に着くころにはスピードを落として、なるべくこれ以上の被害を出さないようにと羽のように静かに着地した。


「……ふうっ。よしっ!これでボクもヴィクトリーのところに……」


 と、空間の裂け目を開こうと手を挙げて、止まった。音がする。風を切る音。徐々に音は大きくなってくる。音が聞こえてくるのは、上空だ。


「まさかっ!?」


 振り返ったその瞬間、武装した魔女が勢いをつけて落ちてきた。身長100mほどの巨人が、大気圏外から落下してきた衝撃が、街中を包んで、周囲の十数キロを更地に返る。


「くっ!?」


 衝撃に耐えられたのはエックスだけ。視線の先には先ほど宇宙空間へと捨ててきた武装魔女の姿があった。


「宇宙空間から帰ってくるのか……」


 無駄に高性能なスーツ。厄介だ。エックスは再び身構える。武装魔女を睨みながら、次の一手を考える。

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