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カニ

 口からティーカップを離し、机の上に置く。ふと目に入ったカレンダーには二日後の日付に赤い丸が書きこまれていた。


「そういえば、公平クンが帰ってくる日ってもうすぐじゃない?」

「ふふふっ。そうなんだあ!明後日!」


 遊びに来ていたローズは、ここでエックスの上機嫌の理由に気が付く。心なしか、普段よりもニコニコしている気がしていたが、つまりはそういうことらしい。

 そこから、とめどない濁流のような勢いでエックスの口から言葉が流れ出す。ここ最近ずっと寂しかったとかようやく帰ってきてくれて嬉しいとか明日は一日かけて料理の用意をするんだとか。


「……エックスさ。そんなんで公平クンが本当に就職とかしたらどうするの?単身赴任?とかで数か月とか……数年帰ってこないことだってあるらしいじゃない?」

「そうなったらボクも着いていくから平気!」

「でもこの前子どもがほしいって言ってたじゃん。子どもがいたらそう簡単に生活環境変えられないでしょ」

「魔法があれば平気だよ!」

「……ああ。なるほどね」


 公平不在の期間中、エックスが魔法を使って押しかけたりしなかったのは単に日数が少なかったからなのだとローズは理解する。正確に言えばこれが、エックスが大人しく留守番できるギリギリの日数なのだ。これ以上になると、きっと魔法で無法を働き始める。


「大変だね」

「でしょ?」


 多分、主語が嚙み合っていないんだろうな。ローズは思った。


--------------〇--------------


 誰に会っても『ご機嫌だね』と言われる。お昼ご飯を食べに喫茶店のシャロンに行けばマスターから。買い物にスーパー小枝に行けば店長さんから。始めていく市場のおじさんからも言われた。

 自分の気持ちが、誰の目から見ても分かるくらいに外に漏れ出しているのだと、強制的に自覚させられている気がする。なんだか気恥ずかしい。


(ううん。いいんだいいんだ。そんなことは)


 嬉しいのは本当だ。ご機嫌なのは事実なのだ。明日には公平が帰ってくる。誰の目からも分かるくらいにウキウキしているのは仕方のないことなのだ。


「よっし!」


 明日の晩御飯の買い物は終わった。今回はカニを食べようと思う。カニのお鍋にするのだ。

カニも野菜もたっぷりにして。お酒も少しだけ飲んで。最後はカニ雑炊にしてシメる。少しいっぱい買いすぎた気もするけれど、余ったら翌日のお昼ご飯にカニチャーハンを作ればいい。

 カニは冷凍されたものである。時期を外しているので、仕方がない。今から冷蔵庫でじっくりゆっくり解凍すれば、明日には食べられるようになるはずだ。

 明日のことを考えて、ほくそ笑みながら、エックスは冷蔵庫の扉を閉めた。


「準備ヨーシっ!ふふふー!早く明日に」


 その時、エックスの身体が光に包まれた。


「ならな……。ん?」


 同時に目の前の光景がまるっきり変わっていることに気が付く。デジャブを感じた。すごく嫌な予感がする。足元から歓声が聞こえてくる気がした。恐る恐る視線を落として、『ああやっぱり』と天を仰ぐ。また、どこかの世界か連鎖に呼びつけられたらしい。


「やったぞ達郎クン!女神の召喚に成功したぞ!」

「やりましたね博士!これであのバケモノにも……」


 若い男女が喜びあっている。聞こえてくる内容から、呼ばれた理由を察する。この世界を襲う何かしらの生き物がいるらしい。それをやっつけるために自分は呼ばれたのだ。

 今までと大きく違う点もある。それはこの施設には現代的な設備が沢山あったことだ。本来のエックスの大きさ100mと背比べできるくらいには大きな機械もある。

 足元にいる人間からは微弱な魔法の気配を感じた。魔法を自由に扱えるほどの強さはない。『魔法の連鎖』ではあるが、まだ魔法がヒトのモノにはなっていない世界らしい。


(どうやってボクを呼んだんだろう。……もしかするとこの施設の設備で無理やり魔法を発動させたのかな)


 可能性はある。魔法を描くキャンバスとそれを出力するエネルギーさえあれば魔法は発動する。キャンバスを機械が代行し、エネルギー部分は電力で補うことも可能なはずだ。


(……よし。この施設は後で壊しておこう)


 勿論わざとではないような雰囲気で。どさくさに紛れて。でないとまた呼ばれてしまう。今日は時間があるからいいが、明日だったら大暴れしていたところだ。

 そうと決まれば話は早い。エックスはその場にしゃがみこんで、自分を呼びつけた二人に顔を近付けた。二人は巨人の影に覆われたことで一瞬たじろいだが、エックスの微笑みを見て安堵したのか、すぐに落ち着きを取り戻す。


「ボクを呼んだのはキミたちだね。一体何の用かな?」

「は、話が早くて助かります」

(そりゃもう何回もやってるからね、こういうの)

「実はですね……」

「ふんふん……」


 大体の状況は分かった。概ね想像通りである。やはり倒してほしい相手がいるらしい。

討伐対象は現在浜辺で休んでいるそうだ。動き出す前にやっつけてしまえばいいというわけだ。


「ちなみにその浜辺ってどの辺にあるのかな?」

「北西に30kmの位置です」

「……ふうん」


 さて、それだけ離れているのにどうやってこの機械たちを壊すか。そっちの方が問題だ。


--------------〇--------------


「わあ……こりゃまたタイムリーな……」


 浜辺にいたのはエックスでさえ見上げるほどに巨大なカニだった。脚の長さは彼女の身長に匹敵する。全長で言うのであれば魔女以上の大きさだ。二つのハサミはビルさえ挟み潰せてしまいそうな威圧感を放っていた。

 カニは姿勢を低くしていて微動だにしない。巨人のエックスが近づいてきても意に介さずといった様子である。


(まあ当然っちゃ当然か)


 大きさだけで言えば魔女でさえこのカニの獲物でしかないのだ。

 実際戦えばどうなるかは分からないが、少なくとも魔女や魔法使いのいないこの世界における最強の生き物はこのカニのはずだ。

 悠然とした姿も食物連鎖の頂点たる絶対的存在であるが故の余裕から生じたものなのだろう。

 とはいえどれだけ大きくても所詮カニ。エックスの敵ではない。問題なのはそこではないのだ。


「さてどうするかなあ……」


 このまま雑に脚をもぎ取ってボイルにしてしまってもいいのだが、それでは自分を呼びつけた施設や設備を破壊できない。そうなるとトラブルの度に呼ばれる恐れがある。それはどうにかして避けたいところだ。


「うーん……それになあ……。普通にやっつけちゃうとなあ……」


 カニの汁が全身にかかってしまう。身体中にカニの匂いが染みついてしまう。それはイヤだった。明日には公平が帰ってくるというのにカニの匂いをまとった状態で出迎えたくない。


「うーん……」


 腕組をしながら考える。視界の隅に報道ヘリの姿が見えた。耳を澄ましてみれば、エックスがカニに勝てるのかどうか心配した内容を話している。


「……いいや。もう。めんどくさい」


 要するに呼ばれなければいいのだ。設備も施設も残しておいて構わない。二度と使いたいと思えないようにすればいい。

 エックスの身体が光に包まれる。光の中で徐々に身体が膨張していく。100mの体躯は1kmに。そこで一度巨大化を止める。


「……ん。この大きさだとまだ足りないかあ」


 カニは手で持てるくらいのサイズになっていた。だがそれではまだ大きい。もっと小さくなってもらわなくては困る。

 しゃがみこむとちょうど目の位置に先ほどの報道ヘリが飛んでいた。中継された映像には画面いっぱいにエックスの瞳が広がっているはずだ。


(邪魔だなー……)


 もう少し大きくなりたいのにちょうど巨大化に巻き込まれそうな位置を飛んでいた。仕方がないので、壊れたり堕ちたりしないように魔法で守ってあげた上で、吐息で吹き飛ばす。アナウンサーやカメラマンの悲痛な声が聞こえたが、敢えて気にしないことにする。


「よし。じゃあ改めて!」


 再び巨大化する。つま先立ちで背伸びをするような恰好で、さらに十倍。10kmの大きさにまで。

 踵をついたとき、浜辺が大きく揺れた。さっきまで残っていたエックスの足跡も、踏み潰されて見えなくなる。

 ようやくカニが異常事態に気付いた様子を見せた。だが、もう遅い。指先でひょいっと摘まみ上げて、口の中に放り込んで、奥歯で嚙み潰して、亡骸を呑み込む。一番お手軽な処理方法だ。

 耳を澄ませてみれば歓声が聞こえてくる。無事バケモノ退治に成功して大喜びの様子だ。


(……うん。この調子だとやっぱり事あるごとに呼ばれそうだし)


 そういうわけで、即興の作戦を実行に移すことにする。


「うーん。全然足りないなあ。お腹空いちゃったなあ」


 街中に聞こえるように大きな声で言う。その瞬間に歓声が止まった。きっと海沿いの街を悪い予感が包んだことだろう。

 回れ右をして街に目を向ける。にまにまと笑みを浮かべながら、煽るようにゆっくりと街に近づいていく。


「……ふふっ。こんなところにちょうどいいのがあるじゃあないか」


 その意味を街の人間が理解した時、止まっていた歓声が、悲鳴に変わって街中に響いた。

 両手に腰を当てて、怯える街を見下ろす。ホテルらしき高層ビルに手を伸ばして、指先で摘まんで、潰してしまわないように注意しつつ土台ごと引っこ抜く。

 指先のビルをじっと覗き込む。中にいる人たちが怯えた顔でエックスの瞳を見つめていた。


「くすっ。美味しそ」


 ビルの中の悲鳴が一層強くなる。


「いただきまーす」


 舌を伸ばして、その上にビルを降ろそうとする。そこで次の演出だ。


「……あっ。ちぇ。時間切れかあ」


 エックスの身体が透ける。彼女自身の魔法によるものだ。元の世界に帰るかのような雰囲気を出すのが目的である。

 惜しそうな顔をしながらエックスはホテルを元の位置に戻した。同時に建物に魔法をかけて倒れないようにする。今後、どれだけ大きな地震が襲ってもこのホテルだけは絶対に倒れないようになる。


「仕方ない。この続きはまた次の機会かな。また呼んでねー」


 にこにこしながら手を振る。少ししてエックスの姿が完全に見えなくなった。その隙に元の大きさに戻って、人間世界に帰る。

 これで。二度とエックスを呼ぼうとはしないはずだ。今度は本当に食べられるかもしれない。そんな風に思ってくれたのなら。


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