三人目を探せ。
裂け目が開いた。その向こう側から公平がぜいぜいと息切れしながら出てくる。
「ど、どうしたの!?」
よろよろとした足取りで歩いてくる。深くはないが全身傷だらけだった。転んでできた傷とかそういう類のものでもなさそうである。
公平は目を丸くしている吾我に視線を向けた。
「吾我……。お前もいたのかよ。ちょうどいいや」
そう言って。心配そうにしているエックスに顔を上げる。
「アルル=キリルって知っているか?」
その名前を出した瞬間、空気が変わったのを感じた。だから彼女が何かを言う前に分かった。
「知っているんだな。それで?アイツの目的って?」
「その前に。どうして公平が彼女を知っているの?」
「……さっき会った。アイツ、一馬に何かの力をやったみたいだ」
エックスは言葉を失った。誰かに力を与えたのは知っていた。しかしそれが知り合いだったとは思わなかったからだ。一方で一馬のことを知らない吾我は訝しんだ。
「一馬?誰だ」
「俺の弟」
「なっ!?」
公平はエックスと見つめ合ったままだった。そしてもう一度、願うように言う。
「教えてくれよ」
知りたかった。何が起きているのか。何と戦わなければいけないのか。何故弟が巻き込まれたのか。
エックスはぐるぐる渦巻く混乱をどうにか落ち着かせる。戸惑いは大きかった。だがそれは自分だけではない。公平だって分からないことだらけなのだ。だから話をする。情報を共有して次の手を考える。それが今できる唯一の事だ。
「正直、ボクも全部が分かっているわけじゃないんだ。ついさっきのことなんだけどさ……」
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公平はエックスの話を聞き終えた。アルル=キリルの目的。彼女が用意した三人。そのうちの一人は恐らく一馬だ。どうして彼が選ばれたのかは分からない。それでも今、できる限りの情報共有は出来た。
敵の力もある程度正体が見えてきた。『守護者』なる存在と契約することで力を得ることが出来る。『守護者』を呼び出したりその力を纏ったりして戦う者がアルルの連鎖の力の持ち主──『契約者』なのだろう。
「そして。その『契約者』三人と戦って指輪を奪いあう。六つ揃えれば勝ちってことか」
「うん」
「なら」
公平は手を伸ばした。遥か高み、巨大な瞳をまっすぐ見つめる。
「俺に指輪をくれ」
「いいの?また一馬クンと戦うことになるよ」
「いい。アイツは俺が絶対に止めてやるんだ」
その言葉にエックスは微笑んだ。上着のポケットに手を突っ込んで、人間大の、彼女にとってみれば小さな小さな指輪を取り出す。手のひらを公平の目の前に降ろした。一つの指輪が置かれている。彼女の手に対してアンバランスな大きさで何だか笑ってしまいそうだった。
「何がおかしいんだよ」
「別に」
言いながら指輪を手に取り、左手の中指に嵌める。ピリリと痺れるような感じがした。
「おおっ」
「どうしたの」
「外れなくなった」
強いな磁石でくっ付いたみたいだ。もしかしたら敵の『契約者』以外には外すことは出来ないのかもしれない。ちょっと面白い。
「外れなくなるくらいで着けても問題なさそうだな。俺にも一つくれ」
「ん」
エックスは吾我にもう一つの指輪を渡す。指に通す彼の姿を公平はジトっとした目で見つめた。
「なんだ?」
「お前俺を実験台にしたのか?」
「ああ、そうだ」
「このやろー……」
吾我は小さく笑った。それからエックスを見上げる。
「それで?三人目は誰にする?」
「んー?うーん。ミライちゃんか杉本クンかなあ」
「そうだな……。あ、いや。二人ともダメだ。学校がある」
中学生の魔法使い・杉本優。WWの働きで戸籍を入手し、今年から高校に通っている少女・ミライ。どちらも実力は申し分ない。ミライに至っては不完全ではあるが魔女になるも出来る。三人目に選べばこれ以上ない戦力になる。だがその前に一つの問題があった。
今回の戦いはいつどこで開始するかが来週以降という条件以外の指定が無い。学生の二人を選べば、校内で戦いが起きるかもしれない。無関係の教師や生徒が巻き込まれる危険がある。
「俺も大学生だけど」
「でもお前は暇だろ」
「まあ」
公平は頬を掻いた。エックスはうんうん悩んで思い出す。
「あ、そうだ!じゃあアリスちゃんは?」
「アリスも……ダメだ。無理やり魔女にされた影響がまだ残っている。戦いになればまた魔女になるかもしれない」
アリスは、吾我の所属する組織・WWの魔法使いだった女性である。とある事件で無理やり魔女にさせられてからは戦いから離れている。今の彼女は戦えば戦うほどに完全な魔女に近づいていく。そうなれば今の人間社会では生活できない。彼女自身はそれでも戦うことを望んでいたが、吾我がそれを認めなかったのだ。
「ちょっとまって。え?ミライはダメなんだろ。杉本もダメ。アリスさんもダメ……。もういないぞ。味方をしてくれそうな魔法使い……」
公平の言葉で空気が一気に沈んだ。今から新しく誰かを一線級の魔法使いに育て上げる時間はない。人脈のなさにエックスは落ち込む。
「どうしよ……。あ、そうだ!魔女はみんなボクの弟子だし、誰かを連れてこようか?」
「指輪入るのか」
「入らない……」
試しに魔法で大きくしようともしたのだ。いっそ自分で着けてみようかと思って。しかしそれはエックスの力でも出来なかった。アルルに施されたプロテクトだろうか。
どうしようどうしようと焦る公平とエックス。吾我は腕を組み、険しい顔をしながら口を開いた。
「……WWも何人か新人の魔法使いを育てているから。明日何人か連れてくる」
そう言いつつも、彼の声はどこか気乗りしない調子だった。なんだかよくない予感がする。
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そして。
「……」
「……」
次の日。
吾我とは喫茶店で落ち合うことになっていた。いきなり魔女の姿のエックスに会わせればきっとパニックになる。敢えて人間大の大きさになって対面することにしたのだ。
連れてきたのは二人の女性と一人の男性。いずれも日本人。三人とも自信満々の表情だ。一様に顔がいい。わざとそういう人間を採用しているのかと疑ってしまう。
そんな彼らを見てエックスと公平が思ったことは、『無理だな』である。これは採用できない。力不足だ。いいとこランク80前後。一見高いようにも見えるが、キャンバスの広さで言うなら公平や吾我と比べて十分の一くらいしかない。思わずため息吐きそうになったくらいだ。
「右から。源。清水。香澄。ほら。挨拶を……」
「必要ないですよ」
「は?」
『源』という男は自信たっぷりの笑顔を崩さずに口を開いた。
「俺たちが居れば異連鎖?の敵にだって負けませんよ。なあ?」
「そうね!こんな素人の力なんて必要ないわ!」
「吾我先輩が出るまでもない……。私たち三人で十分……です」
「お、おい!何を言っているお前ら……!」
公平はエックスに耳打ちする。
「もしかして素人って俺の事?」
「多分……」
「マジか……」
怒りより先に絶望感が湧いてきた。力の差が分かっていない。彼らを連れて行くのは指輪を一個相手に渡すのと同じことだ。
茶髪で背の高い源。ロングヘアでぱっちりした目が印象的な清水。声も背も小さなショートヘアの女の子が香澄。困った。人手が足りないのは事実だ。しかし彼らを連れて行くことはできない。どうやって断るかなと頭を悩ませる。取り敢えず話をしてみることにした。にっこり笑って源に話しかける。
「なるほどねー。キミたちは強いんだ。じゃあ……」
「ええ。俺たちは魔女なんかにも負けないですよ?」
「……へえ」
図らずも公平と吾我は同じことを思った。「あーあ……」である。魔女のエックスに対して魔女にも負けないと言うなんて。挑発にしては無謀すぎる。予想通りというか彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「それじゃあ。こんなところでグダグダ話をしてもしょうがないし。キミ達の実力を見せてもらおうかな?」
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「へえ。ここが『箱庭』ってやつかあ」
「すごいすごい!本当の街みたいね!」
「ここで特訓したら……効率よさそう」
『箱庭』に連れてこられたWWの三人。三人目に採用するか否か実戦訓練で決めるという。まだ肝心のエックスは来ていない。
公平と吾我は遠巻きにはしゃいでいる三人を見つめている。公平は吾我にこっそりと話しかけた。
「なんであんなん連れてきたんだよ……!」
「アイツ等はあれでもWWの新人のなかじゃあ一番優秀なんだ……。今の俺たちで連れてこれるのはアイツ等が精いっぱいなんだよ……」
「学校とかもうどうでもいいから杉本連れてこいよ……!」
「学校を休ませるのはいいとしてもそれでアイツの身内が襲われるかもしれないだろ……!」
「それで負けたら元も子も……!」
言い合っている最中に巨大な空間の裂け目が開いた。地面を揺らしてエックスが歩いて出てくる。足元にいる三人をニコニコ顔で見つめている。
「ふふ。ごめんごめん。待たせちゃったねっ」
そう言って源たちに手を振った。彼らは茫然とエックスを見上げた。魔女の身長は大体100mと聞いていた。何となくイメージできているつもりだった。しかし、その想像の100mの巨人と実物とでは大きさの印象が10倍以上も違う気がする。
「自身はあるだろうけど、ごめんね。本気は出しません。魔法は使わないであげよう」
源たちは答えられなかった。彼女の大きさに圧倒されてしまって頭が真っ白になった。エックス自身そうなるだろうと思っていた。初めて魔女と対峙する人間は大体こうなる。しかし彼女は構わない。
「じゃあ始めるねー」
彼らの頭上に足をかかげる。漆黒の濃い影に覆われて初めて現実に帰る。悲鳴を上げながらバラバラに逃げ出す。そこまで確認して足を落とした。揺れる地面に足がもつれながらも必死に離れようとする。
散り散りになられると面倒くさい。逃げ回るすぐ目の前に足を落として行先をコントロールする。そうやって絶対に三人をバラバラにさせない。
「魔力のコントロールがなってない。もっと身体能力あげないと魔女から逃げきれないよ」
言いながら軽く香澄を蹴ってみる。
「きゃあ!」
「はいコレで一回死んだ」
もちろん殺してはいないが。
意識を失った香澄を上着のポケットにしまって四つん這いになる。丁度手元にいたので清水に手を押し付けてみた。地面との間でくぐもった悲鳴が聞こえる。そのままの姿勢で相変わらず逃げ回っている源に目を向ける。
「いい加減逃げないで攻撃してきなさい。そのうち疲れて逃げられなくなるんだから」
清水もポケットに入れて、四つん這いのまま源に近づく。ひいひい言いながら必死で魔法を何度も何度も打ち込んだ。
「弱い。弱い。弱い。そんなんじゃ魔女には勝てないよっ」
手を伸ばして源を捕える。そのまま軽く握りしめてみる。痛みや苦しさよりも恐怖が先に来て源も気絶した。
「コレで全滅。お疲れ様でした、っと」
三人とも気絶した状態でエックスのポケットに突っ込まれる。残念ながら不採用である。元より採用する気はなかったが。
彼女の蹂躙を少し離れたところで見守っていた公平と吾我。吾我は深くため息を吐いて、不安げに尋ねる。
「エックスのやつ、怒っているかな」
「多分……怒ってないと思う」
公平は自信なさげに答える。
エックスは半分スキップするように公平たちに近づいてきた。吾我は覚悟を決めるように服装を整える。
「お疲れ様エックス」
「いや疲れてはいないけど。あ、それより」
「それより……?」
不安げに言う吾我を不思議そうに見つめて、更に続ける。
「思い出した。いたよ。三人目の候補」
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「はあ。異連鎖?から」
エックスは某所のコンビニに来ていた。アルバイトで働いている女性、高野。彼女もまた魔法使いである。通称『魔人レオン』。
ソードという魔女の娘として育てられ、尖兵として人間世界に侵入していた。だがその後紆余曲折あって公平や吾我の仲間になったのである。
「うーん。でも私もバイトあるしなあ。週5でシフトで入っているから……」
「そこをなんとかあ。お金なら吾我クンのトコが払うからあ。何ならボクが魔法で代役作ってもいいし。もう高野サン以外に頼れる人がいないんだよお」
拝むように頼み込む。あのとんでもない強さの魔女の姿とは思えない。
高野は腕を組んで考えた。エックスや、公平たちには借りがある。それにエックスの魔法で作った代役なら半端な護衛よりよっぽど頼りになるだろう。何よりWWからのお給金が気になった。働かない上に身体は大きい弟と二人暮らしの今、お金はあったらあっただけ助かる。
「うん。分かりました」
そう言って高野はエックスの前に手を出した。
「指輪をください。三人目をやります」
「あ、ありがとうー!」
彼女の手を取って中指に指輪を嵌めてあげる。高野はぽっと頬を染めた。
「あ、いや。自分で着けられましたけど……」
「あ、ごめん」
「……いえ。ふふっ。またよろしくお願いしますね。エックスさん?」
「うん。よろしく!」
そして二人は笑いあった。
これで三人。こちら側の役者は揃った。だがやれることはまだある。公平以外に魔法を教えるつもりはなかったが、この際ポリシーは曲げる。この三人を纏めて特訓する。どんなメニューを組もうかと考えてみる。




