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キサナドゥちゃん

「うわっ!?」


 巨人が投げ飛ばされ、尻もちをついた。

 大地が砕ける。空気が震える。雲が裂ける。たくさんの人が逃げ惑う声が聞こえる。


「く……」

「どうしたのさ?足元が気になって本気が出せないってわけ?」


 意地悪く嗤う自分自身の顔。ゆっくりと歩み寄ってくる。言い返してやりたい気分だが、残念ながら図星だ。誰も死なせないようにというところに意識を集中しているせいでエックスは本気で戦うことが出来なかった。


「舐めるなよ。このボクをさ」


 表情は静かな怒りに変わる。足取りは走り出そうとするのを堪えながら、ゆっくりと近づいてくる。

 本気でやれば負ける相手ではない。目の前にいるエックスは、別の時間軸のエックス。オリジナルの時間軸のエックスに引っ張り上げられる形でランク100になった存在。成り立ちにオリジナルのエックスの存在を必要としている以上、純粋な実力では勝つことはできない。

 だがもう一人のエックスに一つ有利となる点があった。それはヒトの命を虫けらのそれと同じようにしか見ていないこと。地を這う虫。踏み潰したところで気付かず、気付いたところで不愉快になるだけの存在としか思っていない。オリジナルのエックスはそれを守ろうとする。それ故に隙が生まれる。その一瞬を攻め立てることで、本来なら太刀打ちできない相手にも勝機が生まれる。


(あいつには。それが許せない)


 絶対的な強者が、道端の小石よりも無価値な生き物に気を取られたせいで負けるのが許せない。

 それで勝ちを拾うのが自分であることが許せない。

 そして何より、そんなくだらない理由で敗れ去るのが自分自身であることが許せなかった。

 もう一人の自分が見下ろしている。この期に及んでなお彼女の魔法は無力化させられていた。

それだけの力がありながら、どうして小さなことにこだわるのか。分からない。分からないから、決別するように、軽蔑の眼差しを向けながら、ゆらりと足を上げる。


「いいよ。気絶しちゃえば、魔法を封じることだってできないでしょ!」


 彼女の足が、勢いをつけてエックスに向かって振り下ろされた。

 待っていたのは、この一瞬。

 鈍い音が響いた。地面が砕ける。周りに建つ建物が幾つも崩れ落ちていく。その中にあって、足を踏み下ろした別時間のエックスは困惑していた。どうしてこの足は地面を踏みぬいた?


「アイツ……アイツはどこに!?」


 既に彼女は見失っている。倒す直前までたどり着いた怨敵、もう一人の自分の存在を。


(そうだ。お前はもうボクを見つけることはできない。この魔法で戦うって発想がお前にはない)


 最後の攻撃の瞬間までエックスは殆ど無抵抗だった。相手は自分自身。下手に彼女を倒そうとして相応の魔法を使えば、その瞬間に街が蒸発する。

 かといって場所を移そうとしても相手はきっと抵抗してくる。この環境で戦っているからこそ、もう一人の自分は有利なのだから。それだけは何が何でも阻んでくるはずだ。

 だから互いに魔法を無力化するしかないように振舞った。だから最後までやられっぱなしのような恰好を見せた。全ては最後に、たった一つ魔法を使って、たった一撃の確実な物理攻撃を当てるためである。


(でも。ボクは公平を鍛えてきたんだ。人間が魔女と戦うにはどうすればいいか、公平よりも考えているんだよ!)


 その魔法は、縮小化。もう一人の自分が足を踏み下ろす直前に、エックスは自らの身体を人間サイズに縮めて逃れていた。そうして魔法の気配を隠しながら、すぐ横にある靴から聳え立つ脚を駆け上っていき、ベルトのバックルを思い切り蹴って距離を取ったところで。


「あっ!」


 元のサイズに戻る。呆けたもう一人の自分の顔に、エックスは思わず小さく笑いながら、その腹部を思い切り蹴り上げた。


「うああっ!?」

「今だ!」


 不意打ちのキックを受けた瞬間に、僅かだが敵の意識が逸れた。想定外の出来事の混乱している証拠である。エックスはそれを見逃さない。真上に向かって『未知なる一矢』の弦を引いて、上空にいるもう一人の自分に向かって、矢を放った。

 街中に届くほどの悲鳴が響いた。これが自分の声だと思うと少しだけ恥ずかしい。気絶したもう一人の自分を抱えながらエックスは思うのであった。


--------------〇--------------


「う……」

「あ。起きた」


 滲む視界の奥に自分自身の姿が見えた。その瞬間に彼女は理解した。またしても自分は負けたのだ。

 少しずつ周りの景色が見えてくる。どこかの街の中。もたれかかっているのも高層ビルの一つである。人の気配はない。どこまで探索しても目の前にいる自分自身しか観測できない。この空間は彼女が構築した異空間なのだと理解する。


「キミのおかげで大変だったよ。人間たちはどっちがボクか分からなくなって、軍用機に攻撃されたりもした。諦めてこの小一時間の記憶を消して逃げてきた」

「……ふっ。ああそう」


 目の前に立つエックスが不愉快な顔をした。だがどうしても失笑せざるを得ない。自分自身の情けなさに。どうしてまた負けたのだろう。矮小な者どもの、取るに足らない命や関係性に拘る、愚かなもう一人に自分に。


「色々聞きたいことがあるんだけど……」

「なんで?」

「ん?」

「なんでボクから魔法を奪わないんだ。今もここにはランク100のキャンバスがある。その気になればもう一度戦うことだって……」


 勝者たるエックスは『ふうっ』と小さく息を吐いて、質問に答える。


「理由は二つ。一つは、無限に大きなキャンバスを取り出すのはちょっとしんどいから。無限に大きなサツマイモを掘り起こすのをイメージしてごらんよ。お芋は無限に大きいから、掘り起こす穴も無限の深さを掘らないといけない。めんどくさい」

「……ボクのキャンバスはサツマイモかよ。で?もう一つは?」

「そこまで気にする必要もないかなって。キミはボクだ。ボクの考えなら大体分かる。二回完璧に負けた相手に三度目の正直をするほど無謀じゃないだろ?」

「……ああ。そうだね」


 別時間のエックスは自嘲気味に笑った。


(ボクが人間を取るに足らない虫けらと認識しているのと同じか)


 彼女にとってはまがい物のランク100などは気に掛けるほどの相手ではないのだ。全身に走る痛みより、弱さを突きつけられた事実の方が、何よりも鋭い矢じりになって彼女の胸を貫く。


「さ。これで質問は終わり?なら次はボクの質問に」

「キサナドゥだ」

「え?」

「ボクのことはキサナドゥと呼ぶといい。ユートピアが言っていたよ。同じエックスじゃややこしくて仕方ない」


 それにと彼女は考える。自分に『エックス』を名乗る資格はない。自分はまがい物だ。それにふさわしい名前は、まがい物のキサナドゥ以外に、ない。


--------------〇--------------


 それからキサナドゥはエックスの質問に素直に答えた。

 ランク100の力で時間改変の影響を免れたこと。

 ユートピアの家に転がり込んだこと。

 エックスへの復讐のチャンスをつかむより先に戦いのときが来てしまったこと。


「……ユートピアのやつ。昨日会ったばかりだってのに、何も言ってなかったぞ」

「ボクが口止めしたからね。それにアイツには事情をほとんど話していない。別の時間から弾かれて困っているとしか言ってない」


 そういうことにしておく。実際にはユートピアには起こったことを全部話しているが、それは黙っておく。

 利害関係が一致しただけとは言え、ユートピアは自分を匿ってくれた。それに対するキサナドゥなりの恩返しである。


「……分かっていると思うけどキミが元々いた時間はもう存在しない。あれをもう一度創るつもりもない」

「だろうね」


 だから、あの時間を、仲間たちを取り戻そうと思ったら、エックスを倒して自力で時間改変をするしかない。これから先の生涯全部を賭けても、不可能なように思えた。もうエックスを超えるのは諦めてしまおうと、心のどこかで思っている。


「それでボクはこれからどうなるんだ。魔法を奪いもしない。殺しもしない。じゃあ次は?この世界で飼い殺しか?」


 投げやりな口調で言う。もうどうとでもなれという気分だった。

 エックスがキサナドゥの顔を覗き込む。まじまじと見つめながら『うーん』と考え込み、やがて『あっそうだ』と手を叩いた。


--------------〇--------------


「アイツ……アイツ……アイツ……!」


 帰路を進みながら小声で怨嗟を漏らす。エックスを倒そうと思っていたが、やっぱりやめた。例え一生涯かかってでもねじ伏せるとキサナドゥは心に誓った。

 『高野』の表札がかかったアパートのインターフォンを押す。中からニートのユートピアが出てきた。


「いやあ大変だったねキサナ……おや?」

「ユートピア。ボクは決めたぞ。絶対この時間のエックスだけは許さない……!」

「……随分面白……いや、可愛らしい格好になったね?」

「面白くない!」


 本来なら自分よりも小柄なユートピア。彼女がにやにやと笑うのを見上げながら、キサナドゥは叫ぶ。


『ほら。一目でどっちがどっちか判断付かないと面倒じゃない?だからさ。勝ったのはボクだし、キミがね』


 そんな自分勝手な理屈で子どもの姿にさせられた屈辱。恨み。はらさでおくべきか。

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