表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
329/439

雨の中、考える

「ほら。キミの魔法を取り返してきたよ、っと」


 突然家にやってきたエックスが放り投げられた指輪をユートピアはキャッチする。嵌めこまれた宝石をじっと見つめるて、再度エックスに視線を向けた。


「これは『Phantom』だけだね。分割されたってこと?」

「まあ。そうなんじゃない?」

「なるほど。面倒なことをしてくれる」


 指に指輪を滑り込ませてみる。余計な装飾のない指輪は、それによって宝石を一層際立たせているようにも見えた。イヤなデザインではない。


「これが私の魔法じゃあなければねえ」

「多分だけど。その宝石は外部に力を漏らさないようにしている。そういう性質のものに封印されているんだ。そのせいで気配を感じ取れるのは魔法を発動させた一瞬だけだ」


 そのせいで発見が遅れた。指輪は意図的に魔法の範囲をごく狭いものにしている。範囲外では気配を辿ることはできない。エックスでもキャッチできるのはそよ風程度の違和感だけである。


「それでも異変には気付けるのか……」

「常に意識していればね。でもそんな疲れることしてらんないよ」

「ふうん……」


 少し考えてから、ユートピアは『恐らく』と呟いた。


「私の魔法の全部が全部宝石に封印されているわけじゃないだろうね」

「どういうこと?」

「ちょっと規模が大きい魔法がある。世界前部全部に影響を及ぼす。『time』って言うんだけどね。コイツは宝石に封印されてたんじゃ大したことができない」

「……それが前に言ってた時間改変の魔法?」

「うん。他にも大規模な魔法はあるけど、取り敢えず『time』だ」

「改めて思ったけど……厄介な魔法ばっかり用意してるな。一発目から幻覚で他にも時間改変に洗脳。その上他にもあるんだろ?」

「エックスだってその気になればそれくらいできるだろ。限界があるだけ私の方が安全だ。……ともかく。他の魔法の回収も頼んだよ」


 そう言うとユートピアはひらひらと手を振った。まるで帰れと言っているかのよう。それがエックスには少し不思議だった。大事なことをまだやっていないはずなのに。


「その魔法、宝石から出さなくていいの?」


 エックスの問いにユートピアはにっと口角を上げて答える。


「いい。この不自由はこれはこれで面白い。第一、魔法を戻してもキミのことだ。また封印されてしまうのがオチだ。それなら無いのと同じ。指輪になっているだけこっちの方がマシだ」

「あ、そう……」


 なんだかこっちの思考を読み取られているみたいで気分がよくない。

 それはそれとして、ユートピアの中に魔法を戻しても封印するつもりでいたので、これはこれで仕事が少なく済んでありがたいとも言える。

 複雑な想いでエックスはユートピアの住む高野の部屋があるアパートを後にした。見上げた空は暗い雲が覆っている。今にも泣きだしそうな空だ。


--------------〇--------------


(指輪の性質は分かった。けど。そもそも目的が分からない)


 帰路を進みながらエックスは考える。

 住宅街の路地は雨の気配の香る空気が流れ込んできていた。心なしか風は湿っているような気がする。すれ違う人々は無意識に空を気にしていた。黒い野良猫が横切った。民家の敷地内に泊っている乗用車の下に潜り込んで、これから降るであろう雨に備えている。

 エックスは両手を上着のポケットに突っ込んで、俯きながら歩いていた。周りの様子を気にせずに考える。


(それにどうしてばらばらにしたんだ。性能が落ちるだけじゃないか。それにどうしてこの世界の人間にくれてやったんだ。まさか他のも『魔法の連鎖』にあるんじゃないだろうな)


 ぽつり。エックスの鼻先に雫が落ちてきた。ちょうど大通りに出たタイミングである。同時に彼女の意識が目の前の現実に向く。遂に雨が降り始めてきたのだ。今はまだ小雨だが、もうすぐに土砂降りになることは想像に難くない。

 視界の隅にコンビニが見えた。傘を買っていこうかと少し考える。お気に入りの服が濡れてしまうのはあんまりいい気分ではない。


「……まあでも。大丈夫でしょ。最悪魔法で帰ればいいんだし……」


 コンビニを素通りして、また思考に潜る。不思議と歩いている時が一番頭が回るような気がする。コンビニに入って傘を買って──という工程でこの思考を止めてしまいたくない。


(……仮に。ユートピアの他の魔法も『魔法の連鎖』にあるとして。その目的ってなに?どうして自分で使わない?……それとも使えない?)


 そういえばとエックスは思い出す。連鎖を守る錠も破られている。だがこれは『機巧の連鎖』には本来関係のないことだ。何故なら錠のシステムは彼らが考案したものだから。故に『機巧』の者は開錠せずとも『魔法の連鎖』に侵入できてしまう。そんな彼らが今更錠を破る意味は何か。

 雨の音は次第に速くなっていく。エックスの身体も少しずつ濡れていった。湿った服が身体に張り付く。だが彼女はそれを気にしない。濡れる不愉快を忘れるほどに、深く考えていた。


(こうされるとボクは何が困る?『魔法の連鎖』を離れにくくなるのが困る。『機巧』以外の相手の対処をしないといけなくなるのが困る。……これは指輪の件も同じだ)


 『ああそうか』。無意識にエックスは呟いていた。それと同時に足を止める。『機巧』の目的は時間稼ぎだ。『機巧』の件とは別のタスクを大量に押し付けることで、そちらに意識を向けさせようとしている。思えば『機械天使』の一件から『機巧』は攻撃を仕掛けてきていない。何かの準備をしている可能性は高い。


(……ってなったらどうする?敢えて相手の策に乗る?時間を与えてしまっていいのか?)


 できれば相手に準備をさせたくない。先に敵の本丸を落とし、それから残った問題を片付けるというルートを選びたい。だがその結果として取り返しのつかない問題が発生する可能性も否定できない。


(……準備が必要ってことは、逆に言うと今は『機巧』は何もしてこないってことだ。なら今は、他のことに意識を向けておいた方がいいか)


 散々考えた挙句の答えが現状維持だ。ほうと白い息を吐く。


「……ん?あ。うわっ。しまった。もう土砂降りじゃないか!」


 気が付いた時には雨は酷いことになっていた。息が白くなるのも当然のことである。服は雨でぐしょぐしょ。靴の中にまで雨が入っていて気持ち悪い。早く家に帰ってお風呂に入りたい。

 人通りは少ないけれど、念のためどこか路地裏に隠れて、魔法で帰ろうか。

 そんな風に考えていた時だ。激しい雨の音の隙間に誰かの悲鳴が聞こえた気がした。

 反射的に振り返る。初老の女性が倒れていた。傍らには傘が転がっている。そしてその前方を、自分と同じように傘もささずに濡れている男が走っているのが見えた。女性ものの、彼には似合わない鞄を小脇に抱えている。

 直感的にひったくりだと分かった。であれば、見過ごすわけにはいかない。幸い車道には車は走っていない。この雨のおかげで歩道を歩く人の数も少ない。この状況なら好き放題できる。エックスは自身にかけた縮小の魔法を解除した。


「よっと!」


 雨に濡れたスニーカーを履いた足を踏み下ろす。道路がエックスの足で埋め尽くされる。『うわっ!?』という悲鳴が足元で聞こえた。同時に小さな人影がスニーカーにぶつかって、転んだのが見える。さっきのひったくり犯である。そっと手を伸ばして、エックスは男を摘まみ上げた。

 男は無駄に大暴れの大騒ぎをして指先から脱出しようとした。ここで手を離せば100m下の地面に激突してしまうのに。

 エックスは罵声を浴びせてくる男をじっと見つめ、その首筋に軽く親指の爪を押し当てる。その気になったらこの指は俺の首を刎ね飛ばせる。それを理解してか男は黙った。


「よろしい。それじゃあその鞄返しなさい。それから今日中に警察に行きなさい。明日の朝刊にひったくり犯が自首したってニュースが載ってなかったら、見つけ出して今度こそ踏み潰すからね」


 男は青ざめた顔でこくこくと頷いて鞄を渡してきた。エックスはその姿に満足して、指先で鞄を受け取ってにんまりと笑う。これくらいの脅しでも十分効果はあるらしい。この分なら大人しく自首するだろう。朝刊どころか新聞自体取っていないので、彼のことが載ったかどうかは確かめようがないが、これで問題はないはずだ。


(うん。そうだよ。あれこれ考えてもしかたない。目の前にあることを一個一個片付けていくしかないんだ)


 取り敢えず今は、早く家に帰ってシャワーを浴びたい。それだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ