ミドラーシュ
「おー。メイド服だー」
オレイルからメイド服を渡されたエックスは適当な部屋で着替えをした。あまり着慣れていないスカートが少し気恥ずかしい。けれどくるくる回るとひらひらとスカートが躍るように揺れるのは何だか愉快だった。何よりこういう可愛い服を着てみたい気持ちもちょっとだけあったのだ。
上機嫌で部屋を出るとオレイルが待っていた。箒を手に持っている。
「やあ。お待たせ司祭さま」
「……そ、それじゃあ僕はもう戻る。お前の仕事はお城の廊下の掃除だ」
そう言うとオレイルは持っていた箒を投げつけるみたいに渡してきた。
「わっ。なにするのさ。キャッチできなかったらぶつかってたぞ」
「しっかりやっておけよ、『赤』」
「だから……その『赤』っていうのはなんなのさ……」
「ふんっ」
少年司祭はエックスの質問に答えることなくそっぽを向いてしまった。生意気な子どもだ。顔立ちは可愛らしいしどこか感じる必死さも好印象だったが、他人を軽んじるような態度は嫌いだ。第一あの『赤』とかいうのが気に入らない。
(多分だけど。ボクは今何か不当な差別を受けている)
これが本来の大きさに起因するものなら、エックスも諦められた。どうしたって身長100mの身体は人間社会で生きるのは不都合しかない。歩くだけで街を壊し、人の命を奪いかねない存在なのだ。排斥され距離を取られるのも仕方のない話だと納得ができる。
だが今は人間サイズに縮んでいる。存在するだけで迷惑な大きさではないのだ。これであんな態度をとられるのは納得できない。
「……はあ。やっぱり帰っちゃおうかな。せっかく掃除が早く終わったのに、今度は他所の家の掃除をするなんてばかばかしいし……」
そんなことを考えるとあの『青』と呼ばれた女の人のことが気になるのだ。結局オレイルはエックスたちが召喚された理由を語らなかった。というか知らなかった。『儀式が必要だとリーディス様に命じられただけだ!』と言うことらしい。
「せめてあの人だけ助けてから帰るか……うーん……」
「あっ!おい!『赤』!ちゃんと掃除をしろ!」
「ん?」
聞きなれた声がした。見るとオレイルがエックスに向かって走ってきている。
「なんで戻ってきたの」
「……べ、別にいいだろ!」
「あっ。分かった。追い出されたんだ。子どもだから」
「ンな……なんで……。い、い、いいから掃除を──」
そこでオレイルがパタリと倒れた。電池が切れた玩具の人形みたいに。流石にエックスも『え』と驚いてしまう。
「ちょ、ちょっと!?な、なんかの病気?」
慌ててオレイルの身体を起こしぶんぶんと揺する。力ない身体はぐにゃんぐにゃんでエックスの揺らす動きに合わせてオレイルの顎が上がったり下がったりした。
「おーいっ!オレイルくーん!?」
「っ!」
その時ようやくオレイルが目を開けた。エックスは彼の身体を揺するのを止め、その顔をじっと見つめて尋ねる。
「大丈夫?いきなり倒れたけど……気分は悪くない?」
「あ、あ、あ……。も、ももももも」
「なに?呂律が回ってないの?やっぱりお医者さんに……」
「申し訳ありませんでしたー!」
「は?」
ぽかんとしているエックスの腕を振り払い、オレイルはその場で土下座をし始める。
「大変!まことに!エックス様に!私の連鎖の者が無礼を働いて!大変!大変申し訳……」
「ちょ、ちょいちょい。いきなり何さ。意味が分からないって」
「わ、私は!」
がばっとオレイルが顔を上げる。その表情を見てエックスは悟った。これはオレイルじゃない。あの生意気な表情じゃない。身体はオレイルでも中身が違う。
「お前は……」
「私はミドラーシュと申します!オレイルの身体を借りてお話させていただいております。お、お、畏れ多くも……この『魔法の連鎖』の神をやらせていただいておりまして……」
「は?」
「申し訳ございません!」
またしてもオレイル──ではなくて、オレイルの身体を借りたミドラーシュが土下座をした。
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同じ名前をした連鎖というものが時々存在する。
連鎖の名はその連鎖を成立させる異能の名前が素となる。本質的に異なる物でも、同じ名前を持った異能によって連鎖が成立したのなら、その連鎖同士も同じ名前になるのだ。
「……つまりこの連鎖の異能はボクたちのものとは違う『魔法』ってことだ。だからここも『魔法の連鎖』ってことね」
「その通りでございます!ですがもう我々は『魔法の連鎖』の名を捨てます!こんな畏れ多い!カスでいいです!カスの連鎖です!」
「別にそんなことしなくても……」
「どうぞ……どうぞお許しを……」
「えー……」
なんでこんなにも恐がられているんだろう。差別的な扱いを受けるのも嫌だったけれど、これはちょっと極端すぎる。なんだかこっちが悪いことをしている気がしてきた。
(けどボク別になにもしてないけどなあ……なんかしたかなあ……)
最近やったことと言えば。機功の連鎖との闘いとか。ア・ルファーをやっつけたりだとか。
「……ああ。そういうこと。ボクがルファーをやっつけたから恐いんだね?」
ミドラーシュの肩がぴくっと跳ね上がる。どうやら図星のようだ。
「全く。そんなことなら気にしなくていいのに。ボクは別にキミたちに何かする気はないよ」
「エックス様……」
と、ミドラーシュが顔を上げた瞬間にその表情が変わった。思わずエックスは笑いがこらえきれなくなってしまう。今のミドラーシュの大きさは60分の1。足首にさえ届かない大きさに縮めてみた。
「え、エックス様、これは……!」
「おや?こんなところに虫がいるなあ。メイドさんのお仕事をしなくては」
わざとらしく言いながら箒でミドラーシュのすぐ目の前を掃いてみる。通り抜けた巨大な箒が引き起こす風にミドラーシュは転がって、小さく縮こまってしまった。
「エックス様……どうか……どうか……お慈悲を……」
「はいはい」
くすっと笑って片膝を落とす。そうしてぶるぶる震えているミドラーシュを摘まみ上げた。あんまり意地悪をしても仕方ない。
じっとミドラーシュをのぞき込む。自分を映す緋色の瞳に彼は怯えていた。オレイルの司祭服は箒の風で転がったせいで所々埃がくっついている。
「……ん。ちょっと汚れちゃったかな?」
「だ、大丈夫!大丈夫です!」
「キミが大丈夫でもオレイルくんはイヤだろ」
ふうっとミドラーシュに息を吹きかけ、埃を吹き飛ばしてやる。その間もミドラーシュは怯えた様子で震えていた。
「これでよし。それで?キミがこういう干渉をしてくる神様だったら、大抵のトラブルは退けられたんじゃないの?」
「は、はい……おっしゃるとおりです……」
「じゃあなんでボクとかあの女の人が呼ばれてるの?この世界で何が起きているの?」
「じ、実は……あの……『鬼牙の連鎖』を知っていますか……?」
「知らない。……ん。いや。どっかで聞いたような……」
喉に小魚の小骨が引っかかったみたいないもやもやがエックスを襲う。知っている気がする。聞いたことがある気がする。『鬼牙の連鎖』。なのに思い出せない。
「……まあいいか。で?その連鎖がなに?」
「実はルファーが失脚してから『鬼牙』の神である螺偉怒が他連鎖の侵略を始めまして……」
『聖技』やルファーの存在がエックスに敗れたことで絶対的なものではなくなった。少なくとも野心を持った悪しき連鎖を止める防波堤としてはもう機能していない。
「この魔法の……あ、いえ。カスの連鎖にも螺偉怒がやってきまして……」
「いや。魔法でいいから。……まあ大体分かったよ。その螺偉怒ってのを倒せばいいってわけだ」
ミドラーシュの頭を撫でながら言う。彼は照れくさそうにしながらこくんと頷いた。その返答にエックスはニッと笑みを浮かべる。
「任せておきなさい。その螺偉怒とかいうやつけちょんけちょんにしてやるからさ!」
エックスはまだ、『鬼牙の連鎖』の螺偉怒が『天拳の連鎖』で戦った相手だということに気が付いていない。




