連携力
「こほん。さあて!本日はよくぞ集まってくれました!」
エックスの家。普段は彼女と公平の二人で生活している空間。人を招くことはほとんどないこの家に、この日は二人の魔女と二人の魔法使いがやってきていた。
魔女はヴィクトリーとローズ。魔法使いはミライと岸田ナナ。いずれも先日の機械天使戦において協力をしてくれた面々である。彼女らを集めたのはエックスだ。その目的はまだ終結したわけではない『機功の連鎖』の戦いに向けての強化特訓である。
「……っていうことしか聞いていないけど。実際のところ何をするつもりなの?」
ヴィクトリーの問いかけにローズは無言で首肯した。彼女らの反応に対してエックスは不敵な笑いを浮かべる。
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!ズバリ今回の目的は『連携力』の強化だ!」
「連携力?」
「魔女同士魔法使い同士だと上手いこと連携できると思う。けど魔女と魔法使いのコンビだとどう?力や大きさが違いすぎて、うまく連携できなかったりしない?」
「そうかなあ……」
「うん!そうだよね!上手くできないよね!」
エックスは強引に話を押し通すように言った。見ると彼女の傍らにいる公平は少しばかり呆れの表情を浮かべている。ヴィクトリーとローズは同時に『なるほど』と思った。この『連携力』の強化とかいうのは名目だ。単にエックスが遊びたくて呼びつけられただけだ。
(まあ……そういうことなら……)
(乗ってあげるか。幸いミライと岸田ナナって子は気付いてないみたいだし……)
その気付いていない岸田が手を挙げて質問をする。
「連携力の強化って具体的に何をするんですか?」
「簡単なことさナナちゃん!とどのつまりみんなで力を合わせて強敵に立ち向かえばいいのさ!」
「えー……でもそんな強敵どこに……」
「ここにいるでしょ?」
言いながらエックスはポンと胸を叩く。『まさか』と岸田は呟いた。公平が小さくため息をつく。
「そのまさか!強敵とはすなわちボクのことさ!」
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特訓と言えばあながち間違いではないのかもしれない。エックスとの戦いの舞台となる『箱庭』の中で公平は思った。
「要するにレイドボスのエックスをみんなで倒そうってことで……」
無限の広さのキャンバスを持つエックスは他の魔法使いや魔女たちとは比較にならないほど強大な力を持っている。まさしく多人数で協力して戦うレイドボスだ。一人一人が高い実力を持ち、全力で力を合わせなければ絶対に倒すことはできない強敵である。『連携力』を高める特訓としてはこれ以上のものはない。
「でもさ。あの感じだとエックスのヤツ半分くらい暇つぶしのつもりでいない?」
ヴィクトリーの質問に公平はこくりと頷く。『やっぱり』と彼女は呟いた。
「えーっ。じゃあ暇つぶしのために呼ばれたの?せっかく休みだから廃墟に行こうと思ってたのにー!」
「私はいいですよ。こっちもいい気分転換になりますしね」
文句を言っている岸田とは対照的に、ミライはあっさりとこの理不尽を受け入れてくれた。テスト前で勉強漬けの彼女にとってはちょうどいいストレス解消だ。
「まあミライがいいなら私はいいわ。付き合ってあげる」
「じゃあ私は帰る。ナナがイヤだって言ってるし」
「い、いや帰るとは言ってないよ、私!?ここまで来たからには付き合うって!」
「じゃあ残るわ」
ローズと岸田のやり取りに公平は『なんじゃそりゃ』と呟く。ともあれこれでメンバーは揃ったというわけだ。
スマートフォンを取り出して時間をチェックする。時刻は10時59分。特訓の開始は11時。そこで初めてエックスが『箱庭』に現れる手はずになっている。残り時間はあと30秒。
「じゃあ最後の確認な。敵はエックス」
残り20秒。
「今後の機械天使戦のコトも考慮して」
残り10秒。
「魔法を使わない上に探知もしない代わりに普段より大きくなるらしい」
5。4。3。2。
「そしてその大きさは──」
1。
公平のスマートフォンのアラームが鳴り響く。同時に箱庭の街並みが漆黒の影に包まれた。空から超巨大な生物──エックスが落ちてくる。視界の全てが彼女で埋め尽くされる。
「10キロメートル!普段の100倍だ!」
着地の瞬間に途方もない衝撃波が発生した。『箱庭』を衝撃が呑み込んだ。半径数キロを甚大な被害が襲う。道路が引き剝がされ、ビル群を薙ぎ倒された。たったの一瞬で『箱庭』の街並みが瓦礫の山に変わる。
公平たち魔法使いはおろか、魔女たちですら例外なく吹き飛ばされる。魔法で体勢を整えなければ着地だけでやられていたところだ。
「いやああっ!?」
そして岸田は反応できなかった。ローズが慌てて彼女をキャッチする。手を広げてみれば目を回した岸田の姿があった。
「ちょっと!ナナ!アナタ、こんなに早く伸びてどうするのよ!?」
「ふっふっふっ……」
『箱庭』を震わせる声。四人は反射的にエックスを見上げる。
「おやおやあ?まだ何もしていないのに、もう息切れしているじゃないか?」
「エックスのヤツ……。調子に乗っちゃってさ!」
「さあて、とっ!まあいいか!」
ゆっくりとエックスは足を上げる。彼女のスニーカーから瓦礫が滑り落ちる。上空を彼女のスニーカーの裏側が覆いつくした。
「始めようか?」
エックスが足を降ろした。四人は咄嗟に彼女の踏みつけを躱す。直撃を避けた代わりに、巻き上げられた空気と瓦礫に襲われる。
「……!」
「ミライ!魔女化!瓦礫に叩きのめされるよ!」
「ハイ!」
「公平クンはローズのところへ!ローズは彼を守って!作戦通りいくわよ!」
ヴィクトリーの指示に合わせてミライが魔女の巨体に変わる。公平はローズの手に握られる。そうしてエックスの踏みつけによって生じた上昇気流に乗って、一気に昇っていった。今のエックスを相手取るのに地上付近にいては話にならない。
「アタシとローズ、それからミライでエックスを食い止める!その隙に公平クンが必殺の一撃を打ち込みなさい!」
「わ、分かった!」
「ふふふ。かかってきなさい!」
「舐めやがってぇ……!」
ヴィクトリーは先行してさらに高く高く登っていく。そうして、エックスの目の前にまで至ったところで、その緋色の瞳に向かって剣を振り上げる。
「『勝利の剣・完全開放』!」
放たれた斬撃がエックスの瞳に直撃した。濛々と煙が立ち込める。
「どうよ!」
「えいっ」
巨大な手のひらがヴィクトリーを叩いた。『きゃあああ』と言う悲鳴と共にヴィクトリーが吹き飛ばされる。
「お、お母さーん!?」
反射的にミライが飛ぶ。雷を纏っての高速飛行でヴィクトリーに追いついて、彼女を受け止めた。今のエックスは魔女の100倍の大きさである。頑丈な魔女でなければ耐えられなかった攻撃だ。
「つつ……」
「だ、大丈夫!?お母さん!今回復を……」
「そ、それよりミライ!前!前!」
「前?」
ヴィクトリーに言われてミライは前を見る。
「~♪」
鼻歌を歌いながらエックスが二人に向かって歩いてきていた。身長10キロメートルの巨人がもうすぐ目の前、回避不能な近さにまで迫ってきている。
「前―!?」
「えいっ!」
エックスの胸と正面衝突した。圧倒的な質量差でまたしてもヴィクトリーたちは吹っ飛ばされた。だが、何度も見逃すエックスではない。吹っ飛んでいく二人をキャッチして握りしめる。
「ふふふ……捕まえた」
「こ、この……。大きくなったからって調子に乗って……!」
「さて残りは、と……。ん?」
少しだけ、エックスは振り返る際に抵抗を感じた。下を見ると足を巨大な植物の蔓が縛っている。
「ローズ……!」
「ふっ!」
そして足に気を取られた瞬間に公平が彼女の目の前にまで飛んできた。
「『メダヒードの灼炎……』!」
「ふーっ!」
「けん……ぬわああああ!?」
エックスが吹いた息で公平は体勢を崩した。当然魔法は不発に終わる。
「あーっ!?」
「何やってんですか!公平さんのバカーっ!」
「なるほどねー」
ヴィクトリーとミライが囮。ローズが足止めをして公平がトドメ。
「悪くない作戦だったけど」
思い切り足を上げる。足に絡まっていた蔦があっさりと引きちぎられる。それからその場で少し足踏みをした。植物操作のために地上付近に戻っていたローズが巻き込まれ、か細い悲鳴が聞こえた。
「これくらいじゃあボクには……」
その時である。
「今だーっ!クロスチョーップ!」
「んにゃ!?」
背後からの重い一撃にエックスは倒れた。『箱庭』を最大級の揺れが襲う。
「な、なんだなんだ!?」
振り返るとそこには、腕を交差させた格好でぜいぜいと息を切らしている岸田の姿があった。その背丈は自分とほぼ同じ。
「……はっ!」
よくよく周りを見れば、岸田の魔法である儀式の塔が四つ、すでに立っていた。それにより生じた疑似キャンバスの中にエックスはいる。岸田は巨大化し、エックスを攻撃することが可能な状態だったのだ。
「し、しまった!油断した!」
最初に岸田が気絶したので、その存在を完全に頭の中から抜け落ちていた。それも作戦である。戦線離脱したと思わせるブラフである。
その後、岸田だけ地上に残り、公平やミライ、ヴィクトリーとローズに気を取られている間に儀式を完遂していたのだ。魔法では勝負にならなくても単純な重量勝負であれば、同じ背丈になれば岸田でもエックスを転ばせるくらいのことはできる。
「ふ、ふふ……。ここまでが私たちの作戦ですよ……!やったー!私の勝ちー!」
岸田がその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「……やるね。よくこんな作戦を思いついたね」
「うん!こういう意地悪な作戦は公平クンが一番得意ですね!」
「やっぱり公平の立案か!出てこい!こんな意地悪な作戦考えて!」
エックスは四つん這いになって、瓦礫となった街に顔を近付けて目を凝らす。
「り、理不尽すぎる……」
公平は絶対に見つからないようにと、瓦礫の下に隠れていた。飛び跳ねる岸田が起こす地震に耐えながら、嵐が過ぎ去るのを静かに待つのだった。




