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time①

 スキャットマンが聞こえる。目を開けると朝日がカーテンのすき間から差していて、俺の顔を照らしていた。ピーだのパラッパだのと喧しい音は相変わらず続いていた。眠い目をこすりながら体を起こして音のなる方を見てみると、四角い目覚まし時計が歌を歌っていた。

 時計を叩いて黙らせる。それから時計を手に取ってしげしげと見てみた。俺は、こんな目覚ましを使っていただろうか。


「ああそうだ」


俺は呟いた。一昨年のお正月に帰省した時、地元の仲間たちとやったボウリング大会のブービー賞の景品だったはずだ。スマートフォンを誰しもが持っているこの世の中で目覚まし時計なんかいらないだろうと文句を言った思い出が蘇る。


「あれ。公平クン起きたんだ」


 声がした。初めて聞いたような。聞き慣れているような。どこか不思議な心をくすぐる声。俺はそちらに顔を向ける。


「おはよう。今日は目覚ましどおりだね?」

「なんかいつも寝坊してるみたいだなあ」

「寝坊してるくせに」

「酷いなあ……。まあその通りか。おはようリリさん」


俺は、俺の恋人に朝の挨拶をする。


──time──


 穏やかな日は、たったの一瞬で、文字通り踏み潰された。どこからか現れた『魔女』を名乗る巨大な女たちは、建物も乗り物も人も、全部を無視して踏みしめて、全てを等しく平らにしていったのだ。

 耳をふさいでも聞こえてくる嗤い声は今でもこびりついている。逃げる人の悲鳴も踏み潰される人の助けを求める声も、愛する者を亡くした人の嘆きも、その嗤い声は全部を塗り潰すほどに大きく聞こえた。


「はあはあ……!」

「来てる来てる!」

「分かってるよ!」


 その日の俺は友人の田中とラーメンを食べに駅前に来ていた。魔女はそんな俺たちの日常なんてお構いなしに、俺たちの街を踏み荒らすために現れたのだ。

 最初はすごく遠くに巨大な女が見えた。何か目の錯覚か、或いはVR技術の実験かと思った。だが、それが動くたびに地面が揺れて、その嗤い声が確かな実感として耳に響いてきたとき、俺たちはそれがリアルなのだと理解できた。最悪なのは、最初は遠くに見えた巨人の女が一歩ずつ大きくなっていくこと。あれはこちらに近づいてきている。きっと理由はない。ただの気まぐれだろう。そして、あの女に踏み潰される程度の大きさしかない俺たちにできることは逃げることだけだった。

 どれだけ走ったところで圧倒的に歩幅が違う。後で知ったのだが魔女は平均身長100m前後らしい。俺たちの60倍の大きさだ。俺たちが必死こいて60歩走った距離を、あの巨人はたったの一歩で進んでしまう。初めから逃げ切れるわけがなかった。すぐに追いつかれることが分かりきっている。それでも俺たちは逃げた。足を止めたら、それこそ終わりだからだ。そして。そんな無駄に足掻く姿が結果として目立ったのだろう。俺たちは魔女に目をつけられて、徹底的に追い掛け回されることになったのだ。


「きゃはははっ!ほらほらー。もっと早く走らないとぺしゃんこだぞー?」

「はあ……げほっ。はあ……!」

「くそ……くそ……!」


 魔女が一歩進むごとに大地が揺れ、道路が裂けた。繁華街に立ち並ぶビルは魔女の歩行になぎ倒され、中にいた人はほとんどが死んだ。だが俺たちにとって問題なのは他人の生き死によりもビルが倒れたことそのものだった。魔女の歩みだけでも転んでしまいそうな揺れが起きるのに、それとはズレたタイミングで同程度の地震が起こる。ビルの残骸が弾け飛んできて、俺たちの身体にぶつかり、或いは行く道を阻む。俺たちと一緒に逃げていた何人かは、そのせいで転んだり大けがをしたりして、そのまま魔女に踏み潰された。そして。俺にもその時が来た。


「そらっ!」


 魔女が一瞬足を止めた。かと思うとその場で軽く跳躍する。その全体重が十数mの高さから落ちてきて、一際大きな揺れが俺たちを襲った。走りっぱなしで息も絶え絶え。その上あちこちけがをしていた俺には、もうその揺れに耐える余裕はなくて、ついにその場に倒れてしまう。田中は反射的に振り返った。


「バカ!なにやってんだお前!」

「逃げろ田中!俺のことはもういいよ!」

「置いていけるわけ……」


 そして、俺の目の前に足が落ちてきた。そこは田中のいた場所だった。普段適当な態度をとっているくせに、ヘマをやらかした俺を助けようとした友だちのいた場所だった。田中の最期の言葉は、『あ』だけで。それすら魔女の高笑いにかき消されて、よく聞こえなかった。


「あー、面白かった。満足満足。暇つぶしにはなったし、アンタは見逃してあげるわ」


 そう言うと魔女は俺を通り過ぎて先に進んでいった。魔女の気まぐれに殺されかけて。魔女の気まぐれに友だちを殺されて。魔女の気まぐれに生かされた。よろよろと立ち上がって少し先へと歩く。友だちだった男の残骸が、そこにあった。


「ああ……」


 叫ぶ気力も、俺はなくなっていて、涙を流すエネルギーも消し飛んだ。生きるために必要な力の一滴まで、もしかしたらこの時に枯渇していたのかもしれない。その場で呆然としていた俺は、気が付いたら自衛隊に助けられていて、避難所にいたのだった。

 そして俺は、そこでリリさんに出会ったんだ。


──time──


「じゃあ、行ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃい。気を付けてね。今日は魔女が出ないといいけど」


 朝のひざしで目が眩む。リリさんの顔がよく見えなくて、心の奥がきゅうっとした。

 初めて魔女が現れてから一か月で、この世界の生活様式は大きく変わっていた。人類は絶滅危惧種。魔女に踏み潰されるのを怯えながら細々と暮らす存在に成り下がった。俺の生活も、それ以前と以後でまったく変わっていた。まず、俺は大学をやめた。学校も魔女に壊されてしまったし、何より勉強をしている余裕がなくなった。まず生きることを考えないといけなくなったので、辛うじて魔女の攻撃から生き残った会社に就職した。

 あれ以降、俺は新潟には帰っていない。帰る意味がなくなったのだ。家族も友達もみんな魔女に踏み潰されてしまったから。あんなに嫌いだった弟にも、もう会えないのだと思うと、途端に胸が締め付けられるような気持ちになる。

 こっちで生活しているのも、仕事をしているのも、結局のところリリさんがいるからだ。リリさんがいなかったら、俺はとっくの昔に首を吊っていたと思う。


「はざっす」


 小声で挨拶をしながら事務所に入る。『あーっす』とか『うぃす』とか、挨拶というよりは鳴き声と言った方が適切な返事が返ってきた。もしかすると自分の挨拶も鳴き声なのかもしれない。結果的に意味が通じていれば、きっとそれで問題はないはずだ。

 無感情でノートPCを立ち上げる。朝礼前にメールのチェックをし、ブラウザを立ち上げてグループウェアを起動し、今日の予定を確認する。その過程で、イヤなニュースが目に入ってきた。


「A国がまた魔女に襲われたらしいね。今月でもう三回目だろ」

「……っすね」


 先輩である芦田がデリカシーなく言ってくる。昨日の2月7日。海外の大都市が二つ、魔女の手で破壊されたらしい。

 元より彼女らは遊びに来ている。日本を襲ったのはたまたまだ。無抵抗の玩具ではつまらないからと、もっと大きい国に自分たちの脅威を知らせ、抵抗の用意をさせるために偶然選ばれただけの生贄だ。

 防衛の準備が整った大国はすぐさま標的となり、その防衛も無為に終わり、ただただ蹂躙されるだけの獲物になった。A国はすでに降伏の宣言をしているが、魔女たちは無視して嘲笑っている。


「まあ他所の国に目を向けてくれているならさ。ウチらは安全だし。仕事はかっちゃかちゃだけど。まーた納期が遅れちゃうよ」

「先方もわかってくれるでしょ。こんな世の中なんだから」

「分かってないね、お前。分かってたって文句言ってくるんだよ」

「そういうもんですか」

「そういうもんだよ。まあ踏み潰されるよりは得意先から怒られた方がマシ……」


 次の瞬間、事務所の中にある携帯電話の一切が、喧しく鳴り響いた。着信ともメールの受信とも、アプリの通知とも違う、不安感を煽る異質な音。


「魔女だ」


 芦田が呟く。直後に事務所のあちこちで狂ったような悲鳴が響いて、我先にと同僚たちが会社を飛び出していった。今の音は魔女災害に対する警報。人類を無慈悲に蹂躙する悪意が、俺たちのすぐ近くに迫ってきているのだ。


「散れ!バラバラになって逃げろ!」


 部長が叫ぶ。魔女は大勢を纏めて殺戮することを好む。固まった一団になって逃げれば格好の的だ。逆に一人とか二人を見定めて追い掛け回すことはあまりしない。無力な人類が出来る唯一の抵抗だ。──もちろんこれは傾向の話でしかない。俺は、田中と逃げている時は最後の一人になるまで執拗に追いかけられた。

 会社を飛び出したが魔女の姿は見えない。彼女らの大きさはおおよそ100m前後。市を跨ぐくらいに距離が離れていると視認できない。同僚たちは携帯に表示されているアラートの内容を確認し、魔女が現れた地点を確認していた。安堵するものも泣き崩れるものもいる。魔女の現れた場所周辺に家族がいれば、まず間違いなく助からない。つまりはそういう事なのだろう。

 俺はと言えばやることは一つだけ。車を走らせて家へ向かう。俺の家族と言える人はリリさんだけだ。道路交通法なんか知らない。車のスピードをあげながらリリさんに電話をかける。2コールの後に電話がつながった。


「リリさん!?今どこ!?」

「い、家……。公平クン魔女が……」

「行くから!今から行くから、待ってて!」


 通話を切って。携帯を助手席に放り投げて。アクセルを思い切り踏み抜く。スピードをあげていく。景色が疾風のように後ろへと流れて行った。前だけしか見えない。車線変更のウインカーなんて無視だ。信号機だって赤信号に変わった直後くらいであれば無視して突っ切っていく。そんなものよりも俺は、リリさんの元へ一秒でも早く辿り着きたいのだ。


「……ッ!」


 しかし。そんな俺の想いだけではどうにもならないこともある。渋滞だ。国道を埋めつくす車の列だ。魔女から逃げようとしたり、俺のように大切な人を迎えに行こうとしたりといった感情が道を詰まらせている。


「……ンだよ!クソッ!早く行けよ!」


 ハンドルを叩いて文句を言うけれど現状に変化はない。もしかしたらどこかで事故でも起きているのかもしれない。こんなことをしている間にも魔女は活動を続けている。もしかしたらもうすぐ後ろに来ているかも──。

 悲鳴が聞こえた。ハンドルをにらむ視線をあげると、前の車の運転手が発狂して、運転席を飛び出して走り出す姿が見える。そっかと俺は呟いた。こんなもの捨てていいんだ。俺はリリさんを迎えに行きたいだけ。その時に役に立たない車なんて、なくたっていい。

 同じように考えた者が他にもいたらしい。俺が車から出て走り出した時にはそれに続く者が何人もいた。こんな姿を魔女が見かけたら格好の獲物になる。それは分かっているけれど、あそこで留まっているよりはずっと、マシだ。


「リリさん!」


 思い切り玄関扉を開けて、俺たちの家──安アパートの202号室に飛び込む。


「公平クン……」

「ごめん!遅くなって……。さあ早く!」

「う、うん!」


 リビングの隅で縮こまっていたリリさんの手を取って、アパートを飛び出す。途中で車を捨ててきたことを白状した。あとで取りにいかないとね、なんてリリさんは笑って言ってくれた。リリさんだって、恐いだろうに。

 逃げる場所は考えていない。指定の避難所はダメだ。意思を持った災いである魔女はそういう獲物が詰まった場所を優先して襲う。俺たちはただ走った。人気のないところ。目立たないところ。どこでもいいから魔女の目につかなそうなところ。……街中でどこに逃げればそんな場所にたどり着けるのだろう。分からないけれど、とにかく俺たちは走った。


「ねえ……!」

「はっ……!はあっ……!」

「ねえって……公平クン!」

「な……なに!?」

「離れてるって!魔女!反対方向に行ったみたいだって!」

「えっ!」


 促されて携帯を見る。魔女は俺たちとは反対方向に向かって行ったという情報が表示されていた。そのまま進んでいけば恐らくは隣の県に行くことになる。こちらに住んでいる者の安堵やあちらに住んでいる者たちの阿鼻叫喚と呪いまで目に入ってきて、俺は携帯の画面を閉じた。

 真っ暗になったスマートフォンの画面。そこに映る自分の表情に目を逸らして、しかし俺はよかったと呟く。


「すごいところにまで来ちゃったね」

「ホント。俺たち何キロ走ってんだよって感じだよな」


 リリさんと笑い合っていると電話がかかってきた。警察署からである。放置されている車を早く取りに来いということだった。平謝りをしながら、内心で罰金は幾らくらいになるだろうかとか考えている。

 電話を切って顔をあげる。心配そうにしているリリさんの顔があって、俺はごめんと謝った。


「警察に怒られちゃったよ。車のことで。もしかしたら会社もクビかもね」

「そっか……。まあ、仕方ないよね。緊急事態だったしさ。それより車を取りにいこう?置きっぱなしだと迷惑になっちゃう」

「うん」


 俺は頷いて、リリさんの手を取って歩き出す。仕事がなくなったって警察に捕まったって構わない。リリさんと、この世で一番大切な人と一緒に、生きていければそれで──。

「助かった、なんて思ってないでしょうね?」


 突然に俺たちを暗い影が包んだ。遥か彼方からこちらを嘲笑うような声が聞こえてきて、俺はハッと顔をあげる。目の前の空間に、ビルの高さほどもある裂け目が出来ていて、その漆黒の奥から巨大な女の顔が俺たちを覗き込んでいる。


「ま──」

「リリさん逃げるよ!」


 一瞬反応が遅れたリリさんの手を引いて踵を返し、俺は走り出す。一度魔女の追い掛け回された経験が、この状況で俺の足を動かしていた。後ろの魔女に振り返ることはしない。今は足を止めてはいけない。

 ……同時に。魔女に追いかけられたというその経験は俺に告げてもいた。いや、これもう逃げても無駄だろ?って。


「よっと」


 必死に走る俺たちとは対照的に、呑気な声で魔女は裂け目の奥から飛び出してきた。俺たちのすぐ真横に二つの巨大な靴が落っこちてきて、その衝撃のせいで転んでしまう。死ぬ気で逃げて稼いだ魔女との距離は、そのジャンプ一個分にも満たない距離でしかなかったのだ。


「……うっ」

「うふふ。助かったって思っちゃった?ざあんねんでした。このアローちゃんからは逃げられないんだよねえ」

「く……そ!」


 リリさんを起こして、俺はまた走りだそうとする。上から『ばーかっ!』となじる声が聞こえてきた。同時に、俺たちの横にあった足が持ち上がり、思い切り地面に踏み込む。超質量の踏み込みが起こした揺れのせいで俺たちはまた転んでしまう。


「うう……」

「あははははっ!」


 ああダメだ。心の奥にいる俺が言う。俺たちは魔女に獲物として認識されている。有象無象の虫の大群ではなく、明確に殺す相手として。そうなると最早逃げる術はない。どうしたって誰かが死ぬ。二人とも死ぬか、もしくは一人が助かるか。何かないか。せめてリリさんだけでも助かる手はないか。必死に足りない頭を回して考える。俺はどうでもいいからリリさんだけでも。

 ──そんな俺の意思を無視して。魔女は足を上げた。一層暗い影が俺たちを覆う。圧縮された空気は、それよりも重く無慈悲な一撃が迫っていることを告げていた。


「……ん?」


 だが。いつまでもとどめの一撃は来ない。と、思ったら圧迫感も一気になくなった。助かったのかと思って顔を上げて、そしてまた俺たちは絶望する。


「空間の裂け目が、もう一個……」


 それも俺たちが逃げようとしていた方向に。アローという魔女と完全に挟み撃ち。これでは逃げ場がない。


「……っと」


 軽い足取りでその魔女は現れた。あまりに大きすぎて、それでいて近すぎて全容はよく分からないけれど、目の前に聳え立つ塔のような脚がデニムのズボンを履いているのだと分かる。


「エックス様じゃーんっ!珍しいね!こっちに来るなんて!」


 新しく現れた魔女は後ろにいるアローという魔女よりも格上なのだろう。最悪が一層最悪になった。俺たちは嬲り殺しにされ、街は蹂躙され火の海となる。そんな未来がもうすぐそこまで迫っている


「ちょうどいいや!そこに虫けらがいるから一緒に遊んで──」


 その時だった。目の前の脚のうちの一つが持ち上がった。遥かな上空で『やっ!』という声が聞こえた。と思うと同時に後ろで『げっ!?』と悲痛な声がする。俺は思わず顔を上げた。ジーンズを履いた脚が、一直線になって空高くにある。振り返るとその脚が、背後にいたアローなる魔女を蹴り飛ばしていた。


「……え?」

「仲間……割れ?」

「な、にするん……」

「『炎の一矢』!」


 問答無用だった。エックスなる魔女はアローの腹部に、燃える矢の魔法を打ち込む。悶絶しながらアローは上空へと飛ばされていき、空中に開いた裂け目の中へと押し込まれてしまった。


「ふうっ。……さて」


 エックスがこちらを見下ろした。俺はしまったと思った。仲間割れをしていようが魔女は魔女。俺たちを滅ぼす災厄であることに変わりはない。


「に、逃げよう!」

「え、でも……」

「いいから!」


 リリさんの手を取って走り出す。後ろで『ちょっとちょっとっ!』と声が聞こえた。影が俺たちの頭の上を通り抜けて、逃げる先をふさぐ形で足が踏み下ろされる。

 

「逃げることないだろっ。助けてあげたのに!」

「く、くそ……」

「……っていうか。なにしてんだよ公平」

「な、なんで俺の名前を」

「知っているに決まってるじゃないか」


 言うとエックスは片膝を落として、手を伸ばしてくる。慌てて彼女の魔の手から逃れようとするけれど逃げ切れるわけもなく。俺とリリさんはあっさりと捕まってしまった。手のひらの上にのせられて、遥か上空へと攫われる。まな板の上の鯉よりも絶望的な状況とは裏腹な魔女の笑みが俺たちの目の前に広がっていた。


「旦那さんの名前だぜ?知らないわけがないだろ?」

「……は?」

「ほら。公平こそ思い出してよ。キミのお嫁さんの顔だぞ?」


 ほらほらとエックスが自分の顔を指さして言う。何を言っているのかよく分からない。


「だ、誰と誰が旦那で嫁だと?」

「だからキミとボクだって……。っていうかずっと気になってたんだけどその女の人はどな……」

「ふ、ふざけんな!誰が魔女なんかと!第一俺の恋人はこのリリさんだっ!」


 俺はリリさんを指さして言った。当のリリさんは顔を真っ赤に染めて俯いて、一方のエックスはと言えば目を丸くしてぽかんとしていた。かと思うと『ね、ね、ね』と声を出す。


「ね?」

「寝取られじゃんか~~!!」

「寝てねえよ!」

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