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お前は一体なんのために生きているんだ?

「ねえ公平。流石に今回は時間がないよ」

「そ、そんなことは……」

「あるって。キミ自身キビシイって思ってるだろ」


 公平はエックスを見上げた。人間世界にある自宅の和室。公平はここでエックスと対機械天使用の特訓を行っていた。

 現在公平の身長は50分の1に縮められている。これにより相対的に今のエックスの身長は5000mとなっている。機械天使とのサイズ差を疑似的に再現するのだ。

 実践に即した環境を整えてはいるが、現状この再現はあまり意味をなしていない。公平が戦うための前段階すらクリアできていないからである。


「まだ魔法が使えないんだろ?流石に魔法が使えなきゃ戦えないよ。そんな状態で戦いに行くことだってボクは許さない」

「だから……使えるようになるって……」

「ええ……」


 機械天使は強力な魔法耐性を持っており、近づくと魔法の効力が非常に弱くなる性質があった。遠距離からの魔法攻撃にも対応しており、とにかく魔法が近づくと瞬時に効果が発動し、威力を削がれてしまうのである。

 無論、無尽蔵に魔法の威力を上げることができるエックスにはさしたる問題ではない。敵の制限以上の魔法をぶつければ済む話だからだ。しかし魔力という限界がある公平にとっては話が変わる。魔法の発動さえ困難な状況が続いていた。


「もちろん、ゆっくりやるのならいいよ。けど次に機械天使が出てきたら自分が相手するってのはダメだ。そんな状態でどうするの?もし今機械天使が現れたら。公平は何もできずに潰されてしまうよ」


 『こんな風に』と言いながらエックスは人差し指を公平に近付けた。そうして重さを感じないように手加減をしつつ指先を彼の上に乗せる。


「うああ……」

「……と、まあ。こうなるから。当面の間はボクが相手をします。公平は見てるだけで……」

「ま、待てって……。まだ……」

「……強情だな」


 少しだけ。公平に指先を押し当てる。その体が引っ付いたことを確認して、そっと指を話して目を近付けた。アリのように極小な姿が目に映る。


「どうしたのさ。普段はもっと嫌がるというか……逃げるくせに。今回はやたらやる気があるじゃないか」

「べ、別に……。いつも通りだよ」

「ふうん……」


 怪しまれている。太陽のような緋色の瞳は明らかに不信感を抱いていた。


「……それってこの間の隠し事に関係あるの?」

「……ない」

「嘘ついた」

「ついてないよ」

「ついてる。分かるから。悪いけど。目を見れば分かる。分かりやすすぎ」

「……」


 こんなにサイズ差があって目を見ただけで分かる?思わず目をそらしてしまった。にわかには信じられない発言だったが、エックス相手に常識は通じない。それに嘘がバレているのは事実なのだ。

 触れている指先がほんの少しだけ熱くなったような気がする。恐る恐るエックスの目を見て、まずいことをしたなと思った。


「怒ってる?」

「怒ってる。とても。隠し事はいいけど、その嘘はイヤだ。その嘘はいい嘘じゃない」


 そして次の瞬間、薄暗くじめっとした大穴が公平の目の前に広がった。エックスが口を開けたのだ。公平が引っ付いている指先に口を少し近付ける。生暖かい吐息が公平を包み込んだ。

 意図が分からずに困惑していると、指先が口から離れていく。エックスの表情が分かるくらいの距離になったところで、彼女は再び口を開けた。


「分かった?」

「……なにが?」

「嘘つきは食べちゃうぞってこと!」

「お前は人間は食べないだろうが!」

「食べないけど!……そういうことをしちゃうぞってくらいには嘘を言われるのはイヤなんだ」


 公平は少しの間何も言えずにいた。それは、エックスの目を見た時に痛いほどに理解している。怒りと、それよりも深い悲しみを感じさせる目の色は彼女を酷く傷つけたことを意味していた。


「……分かったよ。もう、嘘は言わないからさ」

「ホントだよ……?……じゃあ今日はもうおしまい!」


 指先に向かってエックスはふっと息を吹きかけた。突然の突風に吹き飛ばされる。吹き飛ばされながら身体が元の大きさに戻っていき、同時に魔法にかかっている制限も弱くなっていった。

 魔法が完全に使えるようになったころには身体も元に戻っていて、浮遊の魔法でゆっくりとテーブルの上に着地することができた。


「嘘をついたバツだ」


 頭上から声が投げかけられる。なんだろうと思ってエックスを見上げると、相変わらず怒った表情をしている。だがもうすでに表情だけだ。内心ではもう怒っていないのだと、公平には分かった。


「明日からの特訓は身体を縮めずにその大きさでやる。魔法にかける制限も弱くしよう」

「おいおい。それじゃあスピード感がさあ……」

「うるさぁい。これは決定事項なんだっ」


 そう言ってエックスは軽く公平にデコピンをした。傷つけず、軽く転ばせる程度の加減で。公平はその場に尻もちをついてしまう。巨人と人間の対格差を考えれば、恋人同士のじゃれあいよりもずっと優しい。怒っているときにする攻撃ではない。


「……分かったよ。じゃあ早くそのレベルをクリアして、またここまで来てやる」

「うん。それがいい。急いでもいいことないからね」


 『ああ』と答えつつ、内心ではそんなことを言っていられないと焦る自分がいた。いつ次の機械天使が現れてもおかしくないのだ。自分が戦えるようにならなければ、またエックスが手を汚すことになる。

 それを思ってまた、気持ちが走り出しそうになった。感情を落ち着かせるように息を吐く。


「……じゃあ、ちょっとシャワー浴びてくるよ。エックスの息のせいでなんかじめっとしたし」

「してないよ。嘘つくな」

「これが嘘じゃないのは分かるだろ。お前こそ嘘をつくな。……まあとにかく。シャワー浴びて、吾我のところ行ってくるから」


--------------〇--------------


 世界と世界のはざまの空間。かつてエックスの家があったどこでもない場所。現在の吾我の家はそういう場所にある。

 空間の裂け目を開けて中に入ると吾我が筋トレをしていた。一瞬公平と目と目が合ったが、彼は構わずに腕立て伏せを続行する。


「よ、よお……」

「いきなり何の用だ」

「いや別に……ノックもしないで悪かったな」

「ここには出入口がない。ノックする扉もないんだから仕方ない。気にするな」

「あ、うん……。まあそうなんだけど……」


 ぽたぽたと吾我の汗が落ちる音がする。魔法が使えなくなった彼だったが、それでも有事には対処できるようにと鍛錬を続けていた。

 邪魔するのも悪いなと思って、椅子に座る。手持ち無沙汰にしていると、吾我から声をかけてきた。


「だから何の用だって」

「用なんかねえって」

「用がないやつがそこに座るわけないだろ」

「……まあそうなんだけど。なんだよ……どいつもこいつも俺の嘘を一瞬で見抜きやがる……」


 公平は諦めたようにため息をついて話を始めた。


「明石四恩について。分かったことの報告に来たんだよ」

「そうか……。なにが分かった?」

「まず腕立てやめようぜ」

「日課だからダメだ」

「そうか……。じゃあ仕方ないな。そのまま聞いてくれ」


 そうして公平は話した。機械天使という敵は人間を部品として使っていること。その敵をエックスが知らず知らずのうちにいくつか倒していること。これについては、吾我は一言『そうか』と返すだけだった。

 械人については同じ大学に通う峰崎が調査をしているということ。


「あとは……その峰崎が明石四恩に会って……」


 そこで。吾我が腕立てをやめて立ち上がった。


「日課はいいのか」

「ノルマの回数は終わったからな。それで。その峰崎ってのは明石さんから何か聞いたのか」

「有益なことは何も。ああいや。明石四恩の目的とは言ってたな」

「それはいい。目的が何であれ、戦うことに変わりはないんだ。気にしても仕方ない。他には?」

「他にはって……。ああけど、ただ……」

「ただ?」

「直感的に峰崎は、あの明石四恩は自分の知ってる明石四恩とは別人だと思ったらしい」

「別人?」

「話を聞いたら、俺もそうかもって思ったんだよ」


 明石四恩は科学や研究そのものを目的としているところがあった。それで人類にどれだけの不利益が生じようと構いはしないという、マッドサイエンティスト的なところがあった。

 けれど峰崎の出会った明石四恩は違う。彼女は科学や研究を、『異能の駆逐』というの目的のために行っている。明確なズレがある。それは公平にも納得できた。


「俺なんて一回、『お前は何のために大学通ってんだ』って怒られたしな。けど理由なんかねーよ」

「……なるほど。ズレか。言われてみると確かに」

「……けどどう見てもあれは明石四恩だったぞ?お前はどう思う?」


 吾我は少しだけ考えて、それから『分からない』とだけ答えた。


「なんだよ」

「もう少し考えてみるよ。シャワーでも浴びながらな」


--------------〇--------------


「よっと」


 吾我の家から出た途端に携帯電話が鳴った。田母神の名前が表示されている。吾我の家は以前のエックスの家と違って電波が届かない。万が一でも、裏切り者がいるかもしれないWWに情報を流したくないという吾我の要望で、だ。

 用心深いがすぎるとも思うが、電波が届かないように設定するのはエックスとしては楽なので了承した。一方でこういう時には不便である。


「もしも」

「公平クン!アンタ何やってんの!?」

「……えっ?」

「機械天使よ!また出てきて……エックスさんがもうやっつけちゃったわよ!」

「……なっ」


 どうして。このタイミングで?

 電話口の向こうで田母神の罵声が聞こえる。ただ罵声であるということが分かっただけで、心に対するダメージはなかった。そんな声よりも一層強く、公平自身の心が公平を罵倒していたからだ。


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