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『本性』の動画。

 大きな身体を小さくさせて、エックスは俯いて椅子に座っていた。そんな彼女を机の上で腕組みしながら見上げているのが吾我レイジである。


「どういうことか説明してもらわないと困るんだが?」

「ボクもどういうことか分からないから説明のしようがないのです……」


 吾我は深いため息を吐き、頭を掻いた。彼の頭を悩ませている原因は『本性』というタイトルの動画である。

 時間にして2分程度の二本の動画。たったそれだけなのにこれでもかと言わんばかりの問題が詰め込まれている。


--------------〇--------------


 『本性①』は真夜中のオフィス街を撮った動画であった。人気のない街中を一人の巨人が闊歩している。

 ビルよりも大きな女が、無邪気にスキップしてみたり、たまたまそこにいた通行人を踏みつけてみたり、腰ほどの高さしかないビルに手を乗せ、揺らしてみたりしていた。そうやって笑っている姿は、まるで街や人を弄ぶのを楽しんでいるみたいだった。

 『本性②』はもっと過激な動画である。どこかの街に現れた巨人。彼女が人も車も建物も何もかも踏みつぶして破壊しつくす記録。

 悲鳴と炎。血の赤。それらを嘲笑う巨人の声。動画の最後で、彼女は破壊されたアパートから奇跡的に生き延びた二人を追いかけまわした。逃げ回る彼らのすぐ後ろに足を踏み下ろし弄んでいた。猫が獲物を玩具にしているようにも見える無邪気な残酷さである。

 二つの動画は突然インターネット上にアップロードされた。吾我にそれらを見せられたエックスは青ざめた。どう見てもその映っているのが自分だったからである。


--------------〇--------------


 吾我の所属する組織──WWの働きによって、オリジナルの動画は発見直後に削除された。しかしそれでも遅いと言える。動画は既に電子の海を泳いでいる。どうあがいても完全に消し去ることは出来ない。

 幸い動画は常に人間視点で撮影されている。お陰で巨人の正体は特定されていない。だがそれでも世間一般の警戒心は強くなった。人間と魔女の共存を目指して活動している吾我やWWにとっては悩ましい事態である。


「どうしてこういうことをするんだ貴女は。こっちだって苦労して色々やっているのに。それを全部台無しにする気か?」

「そ、そんなつもりじゃなかったんだって!」

「だったらどういうつもりなんだ!」


 エックスは俯いた。どういうつもりも何も、大した意図はないのだから。心の奥でゼミに行っている公平に助けを求める。早く帰ってきて。


「でもさ。一本目の時はさ、その……事象を操作して、誰も入ってこられないようにしたんだけど……」


 二種類の宝くじを一本ずつ買って、二本とも一等を引き当てることすら出来る彼女の全能の一つ。事象の操作。この日もそれを利用した。

 真夜中のあの時間、エックスが公平と遊んでいるあの瞬間、半径数キロ圏内に人が入ってくることはできず、元々そこにいた人は彼女を知覚できないように動かされていた。当然動画の撮影だって出来るわけがないのだ。


「けど実際に撮影されているだろっ!」

「そ、それに二本目!アレは人間世界じゃなくて、『箱庭』の中でやったことだから文句を言われる筋合いはないよっ!」


 魔法で人間世界の街並みを再現した空間。それが『箱庭』である。人間世界とは別の世界であるので、魔法が使えない人間では、彼女に招かれる以外の手段で入る事はできない。そして、魔法を使える者が入ってきたのであればキャンバスや魔力を感知される。

 この時はエックスとエックスが無理やり招いた二人以外に生物は存在していなかった。その二人も本当に追い詰められていたので、こんな動画を撮っている余裕はなかったはずである。


「だからきっとなんかの間違いだよお……。特撮とかディープフェイクってやつだよ……。多分……」

「アンタの力なら分かるはずだ。全能の魔女さんよ。これが本物か偽物か!」

「うう……」


 どんどんと吾我に追い詰められていく。彼の言う通りだ。エックスにはこの二つが自分を写した本物の映像であることが分かっていた。それ故に解せない。どうやってこんなものを撮ったのだろう。

 百歩譲って前者は分かる。事前にカメラが設置してあって、偶然撮れたものなのかもしれない。後者は本当に分からなかった。魔法を持つ者が『箱庭』に入ってきて、分からないはずがないのだ。


「とにかく!今回はアンタだと特定されていないようだから目を瞑る。だが暫くは目立つことをしないでくれ。他の魔女にも、落ち着くまでは人間世界に来ないように言っておくように!」

「はい……」


 久しぶりに泣きそうだった。こんなに怒られたのっていつ以来かしら。それもこんな小さな相手に。この場合自分の方が大きいのだとは分かっているけど。

 これからしばらくは魔女の身体で人間世界に遊びに行くのを控えないとな。そんな風に考えたその時。


「……ッ!?」

「どうした」

「人間世界に何かが来た……!」

「なにっ!?」


 異世界からの気配を感じた。数十の魔法使いの気配が現れた。そのうち2人は魔女である。彼女も知らない未知の相手だった。

 エックスは人間世界への裂け目を開いた。


「ま、待てっ!今行くのは……」

「ふふん。今行ってかっこよく敵をやっつければ、名誉挽回できるってもんさっ!」


 彼女は明るく言うと裂け目の向こう側へと飛び込んでいった。本当なら止めるべきである。しかし吾我はそうしなかった。出来なかった。自分では魔女には勝てないと分かっているからだ。


--------------〇--------------


 翼の生えたトカゲ。角と羽を持つ巨人の少女。彼らは空に開いた空間の裂け目から現れた。エックスはその姿を見てピンときた。以前公平が戦ったという『飛竜の世界』の生き物だろう。


「なんだなんだ。とうとう向こうの世界を滅ぼしちゃったのか。だからってこっちに攻めてこないでほしいんだけどな」


 地上に降りようとする飛竜の魔女たち。後に続く飛竜の群れ。空を仰いで怯える人々。都合がいい。なんて都合がいいんだ。エックスは高速で敵に迫ると、魔力の波動で地上へ迫る上空へと吹き飛ばす。同時に公平からの連絡が来た。


『なんかすごい沢山の気配感じたけど大丈夫か?俺も行こうか?』


 エックスは矢を構えながら答える。


『大丈夫だよ!今日はボクに任せてっ!』


 光の矢を引き絞り、力を溜める。この一撃で魔女も飛竜も纏めて無力化する──。

 矢を放つ直前。彼女の背後からいくつかの光が飛び出してきた。生き物を象った巨大な力。竜や獅子や天使。それらが飛竜たちを一撃で爆散させていく。


「えっ。えっ、なに?」


 魔法を撃つタイミングを失った。エックスは戸惑いながら地上に目を向ける。その間も謎の力は飛竜たちを倒していた。しかし魔女を仕留めるには威力が足りない。仲間を殺されて、却って怒らせたくらいだ。


「やはり。アレは私でなければ難しいですね」


 その声と共に。エックスの真横を何かが通りぬけていく。それは分かっていたのだが、それでも地上から目を離すことが出来なかった。見知った顔がある。どうしてそんなところに北井がいるのか。


「『凍る身体。崩れる魂。削れる記憶』」


 背後で未知の力が動き出す。エックスはそこで初めて振り返った。魔法ではない力。異連鎖の力。それを駆使して魔女に相対するは男性用の帽子とスーツを着こなす女性。


「『ガレム・アリム・ザラム』!」


 発声と同時に飛竜の魔女たちが静止した。『彼女』は凍り付いたように動かない巨人の背後に回り、右腕を天に掲げた。


「『燃える心。朽ちる心。瞬く心』」


 その腕に輝きが集まっていき、光が巨大な剣を形作る。


「『バロム・ホロム・カロム』!」


 光の剣を構え、飛竜の魔女に向かって落ちていく。その一閃がピクリとも動かない魔女を切り裂かんと迫る。空気を斬りながら迫りくる刃。その攻撃が。


「……ッ」

「……キミは、誰だい」


 その攻撃が届く直前である。エックスは飛竜の魔女と『彼女』の間に割って入った。光の剣を素手で押し止め、そのまま握り潰す。光の結晶が地上へと落ちていく。

 飛竜の魔女たちを静止させていた力が消えた。再び動き出そうとする彼女らを、エックスは魔法で縛り付ける。ぎゃあぎゃあ喚く魔女たちを、『飛竜の世界』へ送り返した。それを見た『彼女』は呆れたような口調で言う。


「何をしているのです?殺さないとまた来ますよ?」

「もう一度、聞く。キミは誰?」


 『彼女』は帽子をかぶりなおした。顔を隠すように俯いて、エックスの質問に答える。


「私の名前はアルル=キリル。一言で言うと、異連鎖の神というやつです」

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