調査
一息をついて手を止める。エックスと公平から引き受けた械人の解析は、やはり難航していた。
「二週間かけても成果なし、か」
三週間はかけたくないが、このままいくとあっという間にそれだけ過ぎてしまいそうだ。械人は自ら考え、判断し、行動することのできる人工知能を有している。行動を引き起こす思考の要因となるのは累積された記憶だ。で、あれば械人にも当然記憶されたデータがあるはずで、それを解析出来れば明石四恩の情報を得られると思っていた。
四苦八苦したがどうにも上手くいかない。論文には頭部の中にデータを記録するための媒体があると書かれていた。実際の械人にはそれらしいものは入っていない。それ以外は論文の通りにそろっているのに、記録媒体だけがないのだ。東部以外も分解してみたけれど、結局見つけることはできなかった。
五里霧中である。もしかしたら械人の技術が発展して、データをクラウド上にあげてそれぞれが共有しているのかもしれない。そうすれば械人一体一体の学習が積みあがって、膨大なデータになる。学習の効率はそちらの方がずっといい。
むしゃくしゃした峰崎は工具をほったらかしにしたまま、部屋中に散乱した械人の部品を踏まないように注意しながらベッドにもぐりこむ。仮に予想通りクラウド上にアップロードされた学習データを利用しているのだとすると、次に調査をするべきなのは通信機器の有無だ。そこから明石四恩に手が届くかもしれない。
「……先輩は、何がしたいんだろうな」
闇の中。峰崎は小さく呟いて目を閉じた。
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ぱちんと目を開ける。数多に浮かぶ世界の小さな輝きを、それらを遥かに凌駕するほどに巨大な緋色の瞳が見つめていた。
エックスは『魔法の連鎖』を観測できるほどに巨大化していた。明石四恩の開発した『機械天使』が現れていないか確認するためである。
「峰崎クンにだけ頑張ってもらってちゃ悪いもんね!」
エックスが機械天使と対決したのは、ネオンという少女の住む世界でのことである。時系列で言えば械人が発見されるよりも前のことだ。つまり明石四恩は械人よりも先に機械天使を動かしていたということになる。それも人間世界とは異なる世界で。
エックスはその意味を考え、一つの可能性を導き出していた。
『明石四恩の真の計画は機械天使によってエックスの目が届かない世界を制圧することではないか』
仮にそうだとしたら人間世界に潜む械人は囮ということになる。思えば戦闘能力も機械天使の方が上だった。こちらが作戦のメインであると考えるのが自然である。
「さて、と……。他の世界にそれらしいものはいるかな?」
セキュリティソフトがPCに潜むウイルスをスキャンするように。エックスの力が『魔法の連鎖』全域に届いて、その全容を認知する。感覚としてはあくまでも見ているだけだ。故に人に紛れている械人の存在は分からなくても、巨体で人類を脅かす機械天使は見つけ出すことが可能だった。
注意しないといけないのは感知の力を上げすぎないようにすることだ。あまり強い力を送ってしまえば、人間世界にいる械人が全部暴れだす。それはそれで早くに片付くかもしれないけれど、決して少なくはない被害も出るだろう。
「……ん。これは……機械天使ではないね。星を食べる怪獣が人間の住んでいる惑星に近づいているだけだ」
基本的にエックスは自分と関係のない他所の世界の出来事には関わらないようにしている。宇宙を漂う鰐に似た姿をした星喰いの超巨大怪獣が人の住む惑星を一飲みにしようとしていても、干渉するべきではないのだ。
(ボクは神様でも都合のいいヒーローでもないんだから。それより機械天使だよ……)
感知を続行しようとして。他の世界の様子を確認しようとして。
(……あの星の人たちみんな泣いてたなあ)
見えてしまった光景がどうしても頭から離れなくて。そのせいで探知に集中ができなくて。
「……ああもうっ!」
これはやるべきことをスムーズに遂行するために仕方なくやるだけ。そう自分に言い聞かせて、エックスは身体を連鎖級から惑星級のサイズに縮小しながら、星喰い怪獣の迫る星のある世界に向かって飛んでいくのであった。
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「はあ……」
なかなか『魔法の連鎖』全体のチェックは終わらなかった。本当なら一分足らずで終わる作業だが、定期的にその世界の人間ではどうもならないトラブルが観測されてしまって、その度に作業を中断してはトラブルを解決しているせいで思うように進まない。
星喰いの怪獣に襲われる惑星があった。その時は怪獣が星に牙を突き立てる前にそのしっぽを引っ掴んで、星から引き離した後に『未知なる一矢』を打ち込んで仕留めた。
かつての人間世界のように、異世界の魔女の侵略を受けている世界があった。その時は魔女たちが暴れている街に降り立ち、相手が唖然としているところに歩いて行って、一人一人をビンタした。その後は建物の残骸があちこちに転がっている壊滅した街に正座をさせて、小さな人間たちが見上げる中、小一時間説教して追い返した。
寿命を迎えた星から脱出できずにいる人類のいる世界があった。その時は恒星クラスの大きさで乗り込んでいき、小指の先にその星の全生命体を回収した。そして死にかけの星を握り潰し、代わりに魔法で新しく星を作ってあげて、回収した生き物を全員返してやった。
いずれもエックスが現れた時は恐怖に震えていた。ただでさえ危機的状況だというのにそれを上回る別の危機が襲ってきたように見えたのだから無理もない。怯える姿は可愛らしく、思わず意地悪してやりたくなった。結局やらなかったが、小指の先に生き物を回収した時は、舌を近付けて驚かしてやろうかと思ってしまった。
「うーん……ボクってキュートアグレッションの気があるのかな……」
独り言を呟きながら『魔法の連鎖』のチェックを終える。機械天使と思われる存在が現れている世界の数は三つあった。いずれも姿かたちは異なっている。車輪のような姿。一つ目の怪物。翼の生えた人型。だがどれも巨大な機械仕掛けであることに変わりはない。
「……よしっ。行くぞっ!」
まずは車輪をやっつける。エックスは機械天使を見つけた世界へと飛んでいくのだった。
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『アハハハハ!ほらほらっ!逃げなよチビども!踏み潰されたくなかったらさ!』
『んー?……ぷっ。アッハッハッハ!これもしかして戦闘機!?蚊かと思った!』
『ほらっ!……なあんだ。やっぱり蚊じゃないの!あっさり叩き潰しちゃった!』
『弱い弱い!こんな兵器しか用意できないの!?魔法ってやつはどうしたの!?』
『……えっ。な、なにあれ。機械天使よりずっと大……きゃっ!?やめ、離せ!』
『は、離して!い、いや。に、握り潰され。あ、ああああああ!やだやだやだ!』
『いや!いやいやいや!だ、出して!助けて!こん、な、死に方いやああああ!』
『あ……』
機械天使・『守護』から送られてきた最期の報告である。『魔法の連鎖』を蹂躙していたところにエックスに遭遇。握り潰されたらしい。当然部品の少女も。他の機械天使からの報告もほぼ同様のものだ。『影楼』も『無道』もエックスを前には手も足も出ずに倒されている。
「ふふっ……」
「四恩」
「……ん?」
明石四恩は振り返る。ぼさぼさの髪をした眼鏡の科学者がそこに立っていた。彼の名は神居一会。
「ああ。一会か。どうした?」
「どうしたもこうしたもない。貴重な機械天使を三機も無駄にしやがって」
「無駄じゃないさ」
神居一会は怪訝な表情を浮かべる。
「どこが。『魔法の連鎖』の女神に全部やられてしまったじゃないか。部品を用意するのだって簡単じゃ……」
「やられたからいいんじゃないか」
報告書を置いて、明石四恩は立ち上がった。
「どこに行く?」
「将来有望な若者のところへ。まあ見ていなよ、一会。部品の損失は無駄じゃない。彼女を一撃で殺す毒になってくれるはずさ」
そう言うと彼女は部屋を出て行った。小さくなっていく白衣の後姿を見つめながら、神居一会は『どうだか』と呟いた。




